野営陣地にて
蟲騎士
〈勇者殺し〉の名を持つ全長20mの人型モンスター。虫タイプ。勇者と英雄の役割を持つ人間が苦手。性格は真面目で争いや戦闘からは避けようとする。同化したナナジを争いから遠ざけ守る為に人間達と暮らす事を選ぶのだが……
ナナジ
蟲騎士と同化しその額に上半身だけの女性の姿で生えている。性格は残虐で争いと戦闘を好む。人間だった頃の記憶が無くこの世界の言葉は理解できるが話せないので蟲騎士が彼女の言葉を翻訳して会話する。
シズカ……前鹿郡領主の次女。赤竜乙女のあだ名がある男女問わずの色欲魔。暗闇が苦手で人と触れて無いと夜眠れない。
ヨーコ……シズカの使用人で恋人。
ココ……レオンに仕えるエルフ族の魔術師。シズカ、ヴォルケ、レオンのご先祖様。
バナン……元東方軍の騎士。帝国東要塞の生き残り。鹿郡領の中で岩の砦騎士団を作り隊将に任命される。
テオドール……レオンの冒険者時代からの仲間。
ルイス……レオンの冒険者時代からの仲間。
北砦の戦いは、鹿郡領軍1000と牛郡領軍2000が北砦の前でぶつかり合ったその時、人型に変形する巨大ドラゴンが来襲した。
牛郡代理領主ロジャーを踏み潰したドラゴンに、短い間だがロジャーの妻だった鹿郡の小魔王シズカが使役する、蟲姫騎士がドラゴンに挑み戦った。
巨大な魔物同士の戦いは、まるで演武のような攻防の後、ドラゴンの爆発攻撃を蟲姫騎士はシズカを守ろうとして受けてしまい敗れた。
深く傷ついた蟲姫騎士に、ドラゴンはとどめを刺すこと無く東の空へと飛び去り、争っていた両軍は共に安堵した――
と、鹿郡戦記録ではそう記されている。
しかし、牛郡領の戦記録には、内容はほぼ同じだがドラゴンの事を、魔王軍のドラゴンと明確に記されていた。
ーーーーーー
一応は勝利者である鹿郡領軍は負傷者と、軍が崩壊し、捕虜となったクリフと彼の少なくなった上級騎士の部下達を連れて拠点の村まで後退した。
その際、レオン領主から全軍の指揮を任せられているルイス将軍は、バナン隊将にある任務を命じた。
全軍の中で最も消耗が少なかったバナンの部隊は、巨大な魔物同士が戦った戦場跡に小部隊に別れ、幾つもの野営を作って戦場跡全体に散った。
北砦の上から、冬が近い為に日が沈むのが早く、戦場跡に点々と拡がった篝火が灯っている野営陣地が見える。
ある野営には、動かせない重傷者が並び寝かされ、敵味方問わずにヒーラー隊が治療している。
別の野営には幕で囲まれ、中では牛郡領兵の戦死者が山積みにされていた。
バナンは傭兵隊に、牛郡領軍の戦死者達を集めるようにと命じていた。
遺体を集めているのはゾンビーやゴースト等のアンデットモンスターにならないよう、明日の朝に増援と共に到着する神官達が浄化してから故郷に返すためだったが。
「え〜喧嘩せず、皆で仲良く分け合って下さい」
バナンは傭兵達に回収を命令した後、嫌そうな彼らにそう言い、それを聞いた傭兵達は顔色を変えた。
「あの東方人は話が分かる奴だな!」
「全くだ! これであいつらに良い物を食わせてやれる!」
傭兵は同意しながら、騎士から指輪を抜き取った。
ーーーーーー
国と故郷を守るために立つ兵士や義勇兵達と違い、雇われた傭兵が戦場に出る目的は金を稼ぐ事であり、略奪は大事な収入の一つである。
バナンは傭兵達に、死者の衣に変える前の、戦死者の装備や金品のみ、略奪を許可したのだ。
後日、ルイス将軍からこの件を咎められたが、彼は珍しく真剣な表情になり、ルイスに東方で起きたある事件の話しをした。
それは、とある軍が冬の休戦で一時的に解散した傭兵団の一部が、味方だった領内で野盗化し、村々を襲ったという事件だった。
……
雪の降る焼け崩れた村の中、漆黒の騎士は血を噴き出す若い傭兵の前で、その傭兵とは歳が近く、故郷の家族に大金を持って帰るのだと、酔った顔で言っていたのを思い出してから、手に握る血で濡れた剣で若い野盗の首を斬り飛ばした。
……
「閣下は、懐の寒い傭兵達が何処で温めるかと考えた事はおありですか?」
ルイスの神から与えられた役割は〈将軍〉だが、元は冒険者の戦士で、軍や傭兵団に居た経験も、あの日まで戦場に出た事も無く、バナンを注意以上咎める事が出来なかった。
それからシズカの家臣で、森林砦将オットーの代理隊将でしかないバナンと、戦場で活躍を見せたロカという戦士を、自軍の正式な将に出来ないかとテオドールに相談した。
「う〜ん流石に家臣の引き抜きとか国が乱れる元になるんじゃないかなあ、レオンとシズカ姫との関係は良いのだから乱す事もないし」
勇者神教会の一室で、テオドールは茶を出しながら言った。
「そうか、惜しいがそうだな……」
「君にしては珍しいね」
そういった謀略は彼の仕事では無い、だから相談しに来たのだろう。
「俺は役割だけの将だ、レオンの為に優秀な人材は喉から手が出るほど欲しい」
「君は良くやっていると思うよ? でもバナンという男は、戦の経験が豊富で、高い指揮能力に先を見る目も良い、東方で騎士だったらしいが無名なのが不思議だね。……少し調べてみるか」
ーーーーーー
野営陣の中心は灯りが最も明るく大きい。
発見された鹿郡領軍の戦死者と軽傷者、そして百人以上の捕虜が集められていた。
ここに集められた下級兵士達の待遇は、クリフと共に後方の村まで連行された上級騎士達よりも良かった。
見張りと囲いがあるだけで縄や牢も無く、名前と部隊の所属、出身の町や村名の確認ぐらいで他の質問も無く、武器以外の荷物も取り上げず、食事には酒まで出された。
「何で捕虜に酒を飲ませるんだ」
「お前あの北方人の話し聞いてなかったのか? 酔わせて逃げられないようにすんだよ」
「……ああ、なるほど!」
捕虜達は戦に負けて落ち込んでいたが、酒が入って笑いだしたり、泣き出したり、眠ったり、止める上官も居ないのでロジャーが戦死している事に喜んだり、歌い出す者まで現れ、何処からか楽器までとり出して、西方南部で定番の曲を幾つか合唱した後、シズカ姫と魔物の詩を歌いだした。
「姫の祈りは〜天に届き〜竜が舞い降り〜る〜」
「うん? 竜?」
「待て待て、何でだ?」
一緒に聞いていた見張り達が、歌詞の違和感に、酔った男に声をかけた。
「何でシズカ様の魔物が竜なんだ?」
「ん〜? 領都でこう聴いたが〜?」
「いやいや、シズカ様の魔物ってあれだぞ」
見張りは、そこからでも見える魔物を、あれだと指差した。
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「ナイワ〜オキタラゼンブオワッテルトカナイワ〜ココマデキテヤクタタズトカナイワ〜」
『そんな事は無い、我々は活躍したぞ格上の魔獣兵とも互角に戦った、敗れたが』
「そうだよ、大活躍だったんだよ、負けたけど」
「キオクニゴザイマセン……」
『私の記憶を見せよう』
「思い出すかもしれないよ」
「マケタキオクトカケッコウデス〜コチトラモトカラキオクソウシツナンデス〜」
中央野営陣から外れた爆発跡の中心、周りを岩の砦騎士団の野営に囲まれた、蟲騎士の額の上で、ココの膝を枕にし、胸に布を巻き、お腹に毛布をかけたナナジがいじけている。
すぐ側にはシズカが、抱きしめた時にナナジが悲鳴を上げたのにびっくりして離した後、蟲騎士とココが慰めてる様子を、暗闇が苦手なシズカの為に灯りを持ったヨーコと共に見ている。
戦いを好むナナジは、初めての戦争を楽しみにして偵察をしながら静かに潜んでいたのに、目が覚めれば全てが終っていた。
ナナジが覚えている最後の記憶はヤマのおじさんから、アレックスの差入れだと紙袋を渡された記憶だった。
何が入っていたかも思い出せず、ヤマを探せば焦げた毛虫の様な格好で熱いお茶を、ズズズ〜フハーと飲みながら野営でのんびりしている。
蟲騎士とココの話しをまとめれば、戦闘中に竜騎士と名乗る、自分達と同じ魔獣兵が乱入し、どうやらボコボコに負けて吹き飛ばされ、受けたダメージのせいか記憶がキレイさっぱりに消し飛んだようだ。
「タタカウコトハスキダケド、マケルノハダイッキライナンデス〜」
『子供か』
「前にもこんな事があった気がするなあ、まあ今は良く休みなさい」
いじけるナナジのおでこに、ココが手のひらを乗せた。
「ア」
「うん? ああ、まだ痺れるかい?」
「イエ……」
美しい水色の、エルフの瞳を見て急に恥ずかしくなった。
後頭部にローブ越しの柔らかな感触を感じる。
(これは伝説の、頭の位置が安定するという縦の膝枕ではないか!)
いや伝説かは知らんが。
「ちょっとナナジ」
それまでの会話で、ナナジに記憶の混乱があるのを察したシズカに呼ばれた。
「ココ先生にお礼はしたの? 貴女は先生に竜から助けてもらったのよ?」
「エ? ホントニ?」
『本当だ』
「ああ気にしないで、我が君の命により動いたに過ぎないからね。それよりも、その事は内緒にしててくれないかな?」
ココは片目をつむり、唇の前に人差し指を伸ばす。
ランタンを持つヨーコは首を傾げた。
まだ調査隊に所属していた頃に何度かその姿を見たし、魔術師とも聞いていたが、このような力のある術者とは知らなかった。
「何故隠すのでございますか?」
「良い質問だ」
ココは微笑み、ヨーコに指先を向ける。
「竜と対抗出来る魔術師だなんて知れ渡ると警戒するよね。私の魔術は警戒した心には術が通じない事があってね、いざって時にそれだと大変なんだ、だから頼むよ」
三人に再び頼む。
「分かりました先生、ヨーコ、ナナジも良いわね?」
「承知いたしました」
「リョウカイ」
『承知したと言っている』
「助かるよ。所でシズカ君」
「はい?」
「先程お礼と言ったが、君はナナジ君にお礼はしたのかな?」
「ああ! そうでした!」
シズカは両手でパンと鳴らした。
ナナジはシズカを守ろうとして負傷したのだ。
もし竜騎士の棘を一本でも後ろに逃せば、シズカ達は爆発の直撃で死んでいただろう。
シズカは髪留めを外し、まとめていた赤い髪をハラリと落とすと、寝たままのナナジの顔を覗き込む。
「守ってくれてありがとう! お礼をするわね!」
「イヤ〜ナニヲシタカゼンゼンオボエテナ……ウン?」
近い、シズカの顔が近い、赤い髪が顔にかかり、近い、唇に息が――
「おおっと〜」
「また……」
『……』
エルフの耳が紅くなって先が下がり、ヨーコがため息を付き、蟲騎士は声が出せない。
「す、凄いねシズカ君は、人の目も気にもしないなんて」
「申し訳御座いません」
ナナジの顔はシズカの髪で見えず、蟲騎士とつながる蛇のように長く伸びる腰が最初は暴れたが、すぐにポテンと力が抜け、シズカの身体に巻き付く。
「というか、二人とも私の太ももの上で盛りあがらないで欲しいんだけど」
「本当に申し訳御座いません」
ヨーコは、完全に火が入った主人に代わり、深く謝罪した。
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