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2名様入りま〜す!

 一方その頃。


 逃走した竜騎士とミカは、再生した翼で風を切りながら、先程起きた事で話し会い、自分達が騙された事に気づいた。


『やられた! あの花の香りは魔術の触媒だ! 俺達の目を奪い幻を見せられたんだ!』


 香りの正体は何かと確認しようとして直ぐ、土煙の向こうから蒼い光、毒の鱗粉が迫ってくる幻を見せられた。 


「香りを感じた、あの一瞬であれ程の魔術を……」 


 ミカは魔術には詳しくはないが、魔術の触媒には様々な物があるのは知っていた。

 詠唱の声であったり、杖に付いた水晶からの光であったり、御札に描かれた模様であったり、お香などの匂いだったりする。

 術者の力量で魔術を使用した時の触媒が大きくも小さくなるとも教えて貰った。

 自分達に術を掛けた魔術師はほんの僅かな花の香りだけで、あれ程の巨大な幻を見せたのだ。

 蟲騎士の側には、百年に一度、役割の神から魔王に選ばれてもおかしくない魔術師がいたのだ。


『クソ! クソ! クソー! 戻って空から爆撃してやろう!』

「悔しいのは分かりますが駄目ですよ。今度は本当に全部吹き飛ばされるかもしれません」


 ミカはそう言いながら、装備と衣服を焼かれて失い、上半身だけの裸体に風を受けても竜騎士と繋がってるからか寒くは無いが、無意識に体を擦る。


「っ!」


 直ぐに肌から手を離した。


『大丈夫かい?』

「はい、暫く服は着れませんね」


 焼けた皮膚が再生したばかりで、触れると敏感に感じるのだが、前だけはしっかりと腕で隠す。


「それよりも急ぎ軍師様に知らせましょう」

『あ、そうだった! クソ虫野郎が裏切った事を知らせないと! 《通信》! こちら竜騎士――』


 竜騎士が通信スキルを使う。


 魔獣兵達が使う通信スキルは軍師と呼ばれる魔獣兵とリンクした者で使えるスキルで、こちらから呼びかけ、返事がくるまで時間が少しかかる。

 ミカは魔物の言葉は理解できないが、返事が来るまで考える事があった。


「(本当に裏切りなのだろうか……)」


 白騎士と、車騎士から聞いた、〈勇者殺し〉と呼ばれた魔獣兵の話を思い出す。


 その話では、同化者をとても甘やかす所があり、身体を乗っ取られて魔王城を破壊したりと失敗もあるが、真面目で、仲間思いで、裏切ったりする様な魔物では無い気がした。


 もしかしたら自分にもあった、同化者になりたての頃、何もかも破壊したくなる気が狂いそうなあの衝動を抑える為、自分に付けられた世話係達と話をして落ち着いていったように、同化者の為に人間達に近付いて暮らしていたのではないか。

 その恩返しで、棘から守った人間達の為に戦場に出て来たのではないか。

 もしそうなら裏切りでは無い。自分だってそうする筈だし、棘を放つ直前、蟲騎士は何か言おうとしていた。

 鍛え上げた技が通用せず、自分以上に魔獣兵を使いこなす同化者と出会った事に動揺もあった。

 あの時に、ちゃんと話を聞いていれば、もしかしたらあれ以上戦わなくても良かったかもしれない……


「もう一度会って……今度はちゃんと話を」


 そう呟いた時、自分達しか居ない空の上で、その音が聴こえた。 


 リーン……


「何の音ですか?」

『げえ!!!』

「っ! どうかしまし――」


「お邪魔するわよお〜」


「たッッッ!!!?」


 誰も居ないはずの空の上で、背後から女性の明るい声に驚き、振り返る。


 ミカの生える直ぐ後に、沢山の宝石と、肌の色が透けるほど生地が薄い白いドレスを纏った、同性が見てもゴクリと喉を鳴らすほどの美貌の美女が、空を飛ぶ不安定な竜騎士の背中の上に、平然と立っていた。


「まさか……そんな!」


 ミカは美女を知っていた。出会ったのは初めてだが、子供の頃から知っていた。

 その姿は、帝国と戦争中に、降伏した町に建てられていた、九大神を奉る九体の像でも見た事があった。



 この役割の世界を作り、住む者達に役割を与える、役割の神。


 暗闇で迷い人の道をランプの灯りで照らす、暗黒の神。


 ミカが信仰する炉と金床、武人の神でもある鍛冶の神。


 記録と水道路を司る、勇者の神。


 夫婦と裏切りと復讐の誓いを司る、愛の女神。


 獣達の神である、山の神。


 魚達の神である、海の神。


 夢と勇気と、子供達の守り神、たまねぎ神。


 そして。


 大地と宝石、魔物の神――


「ほ、宝玉の女神様!」


 ミカが見たその宝玉の女神像、公開されてから突然本人から、いや、本神からのクレームにより、自らがモデルになって作り直させたという逸話がある女神像と、全く同じ姿形をしていた。


『宝玉様、お久しぶりで御座います。このような空の上で、我々などに何か御用で御座いますか』


 竜騎士がミカの口を使い、女神に挨拶した。


「ちょっとねぇ〜貴方達とお話を……あらん? 魔獣兵が駄目じゃない! 大事な同化者にこんな格好をさせて!」


 ほとんど裸だったミカの姿を見た女神は、ミカの肩に触れ、ミカの目を通して竜騎士を叱りつける。


「っん……!」


 翠色の瞳を見ながら、今は敏感な皮膚に触れるのは止めてほしかったが、神に逆らう事など出来ない。


『彼女の衣服は先程、戦いで焼けてしまいまして、焼いた相手が――』

「言い訳しない!」

『はっ! 申し訳御座いません!』


 そんな事を言われても……とはけして思っては行けない。

 宝玉の女神は、その手に触れた者の心の中を覗く事が出来るのだ。


「全くもう!」


 女神は、ぎゅっとミカを、温めるように抱きしめた。


「はひいいいいん!」

『はひん?』


 ミカが聞いた事の無い悲鳴を上げた。


「あああああのあのあの! めめめめめめ女神様にそんな! 畏れ多く! あ、あ、駄目、そんな、駄目です〜!」

「あら? ……何が駄目なのお?」


 女神は可笑しそうに微笑み、更に密着する。


「あっ! あっ!……あうううう〜」


 敏感な背中に、女神の柔らかな温もりと、その身に着けた宝石の冷たさが直に伝わり、ミカは耳まで真っ赤になった。

 竜騎士と同化する前にも後にも、同性とはいえ、こうして抱きしめられた経験が無かった。


「フフフ……これが魔王の姿ねえ」

「ハァ……ハァ……え?」

「何でも無いわあ、お前は心が綺麗ねえ、気に入ったわぁ」


 女神の指がミカの額に触れると、身体から力がストンと抜け、女神にもたれかかる。


「ああっ! なななな何を……!」


 女神の胸に、無礼にも頭を乗せた形になったミカは、もう泣きそうになっていた。

 宝玉の女神はミカの頭を優しく撫でる。


「貴女は疲れているのよお。お休みしないと、(わらわ)の神殿で衣服を与え、食事と湯も用意させましょう。ゆっくりと休んで行くと良いわあ」


 女神の腰帯にぶら下がっていた小さな金の鐘がひとりでに浮き上がり、リーン! と大きく鳴った。


 女神の宝玉神殿に招かれる。それは大変名誉な事なのだが……


『お待ち下さい! 我々は任務で連絡の途中です。それが済んだ後に……』

「だ〜め。今すぐ行くのよお」


 鐘は鳴り続ける。


 竜騎士の周りの空間が、音と共にグニャリと歪んで行く。


「こ、これは!」

『〈門〉と同じ空間転移魔法だよ。しかし参ったな……』


 竜騎士は断り、逃げ出したいが、女神に向かって逆らったり、無礼にも指を差して怒鳴りつける者など、この役割の世界には居ない。

 宝玉神殿ではおそらく通信スキルは使えないだろう。

 何故かは分からないが、自分達は宝玉の女神に捕らえられたのだ。


 ……


『――?――?――! ――!?』


 竜騎士の姿が鐘の音と共に消えてすぐ、空に何処からか声のような音がしたが、その音に答える者は、何処にも居なかった。 


 ーーーーーー


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