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魔獣兵器・4


 人体が石の建造物を破壊する程の爆風を近距離で受けた場合。最もしては行けない事は、自分の腕で顔を守る事である。

 爆風を受けた人の腕はどれほど筋力があろうとエネルギーに押され、顔面にめり込む。

 顔面にめり込んだ腕は、骨を砕き、眼球を潰し、脳を破壊する。

 人体で最も重い頭部はエネルギーに押され、めり込んだ腕と共に首からちぎれる。

 頭部と腕を失った人体は、熱と爆風で飛んできた小石や破片でズタズタに裂けながら、上から順にちぎれていき、最後は人体で最も軽い足首から下と靴だけが残る。


 人体が石の建造物を破壊する程の爆風を近距離で受けた場合。人間の肉体など、結局は何をしても、一瞬で細切れの肉片になるのだ。



 ーーーーーー



 竜騎士の放った棘の爆発を受けた蟲騎士はよろめき、片膝を地に付けた。


『ぐうっ! 目をやられたか』


 蟲騎士の蛾のような顔にある右目が潰れ、血のように橙色の液体が漏れている。

 だが魔獣兵には数分で再生できる傷だ。

 竜騎士の爆発攻撃は、蟲騎士にはこの程度のダメージしか与える事はできない。だが……


『ナナジ!』


 蟲騎士は、身体の操作が自分に戻っている事に気づいた。


『――? ――! ――大丈夫か!』


 ナナジの口を使って彼女を呼ぼうとしたが上手く行かず、大声になって自分の口で言った。


「だっ、大丈夫よ!」


 返事があった。だが頭部に生えるナナジからでは無く後方からだ。


 蟲騎士の後ろには丘があり、シズカ達の鹿郡領軍の後陣があり、爆発の威力はそこまで届いていた。



「シズカ様、お召し物が……」

「汚れなんて気にしてる場合じゃないわ。ヨーコは大丈夫?」

「はい、守っていただけたので」


 シズカは爆風を受ける直前、シズカを守ろうとしたヨーコを逆に押し倒していた。

 

 ヨーコの顔についた土を払い、一緒に手を取って、うつ伏せの状態から立ち上がる。


「みんな! 大丈夫?」


 仲間達を呼んだ。


「私は大丈夫。一体何が爆発したんだ?」


 マチルダは頭を振りながら、デクに支えられて立ち上がる。

 彼女の部下達も、デイブが白目でガイに背負われているが、目立った怪我は無いようだ。


「テオ! 負傷者に回復魔法を! テオ? あ、寝てるんじゃないよ! 起きな!」

「痛! 痛い! 待って! 起きてますから! あ痛!」


 ウルリカは、テオドールの顔を叩いて起こそうとしている。


 後陣は蟲騎士が盾になり、爆発の被害は軽微であった。



 蟲騎士は、シズカ達に声を掛けたつもりでは無かったが。


『急ぎお下がりを、ここは危険です』


 そう言い、ナナジの回復に集中する。


 ナナジの身体は酷く潰れていた。

 長い黒髪は、熱と爆風で殆どちぎれて失い、両目とも潰れ、顎が砕け口から舌がダラリと落ち、腕がありえない方向に曲がって顔にめり込んでいる。


 だが、彼女と繋がる蟲騎士には分かる。


 ナナジは奇跡的に、まだかろうじて生きており、脳と心臓は無事で、人の形を保っていた。

 武器商人のタルンが、彼女の為にと用意してくれた戦闘ドレスが、彼女の身体を守ってくれたのだ。

 ドレスの布地は殆ど裂けて失っているが、ミスリルの小板を繋げて出来た鎧部分は残っていた。


 傷は()()()程では無い、それに今の彼女は人間では無く魔物だ。

 全ての力を回復能力に集中すれば、再生出来るはずだが……


『ハッハー! 最強の魔獣兵器がざまあ無いぜ!』

「身を犠牲にして、後ろの人間達を守った?」


 爆発が上げた土煙の向こうから、竜騎士が歩いて迫って来る。


 今動けば、かろうじて保っているナナジの首がちぎれて落ちるかもしれない、そうなってはもう助けられない。


『まずい……』


 ギリリと鉈の柄を強く握り、唸り声を上げたその時、女の声が聴こえた。


「蟲騎士殿、私の指示に従いなさい」


 蟲騎士はハッとした。


『その声、ココ殿か』

「我が君が助けよとご指示されたのでね。しかし、これは酷い、彼女は生きているのかい?」

『そこに居るのか』


 蟲騎士の頭部、蛾の額に生えるナナジの隣に、紫色のローブを身に纏った、鹿郡領主レオンに仕えるエルフの魔術師、ココが腰かけていた。


『生きている。だがいつの間にそこに』

「そんな事よりも、これから私の指示通りに動きなさい。昔のように助けてあげるよ」

『承知した、助けてくれ。だが身体は動かせん、ナナジが死ぬ』

「あ〜身体は動かさなくていい」


 ココは腰の袋からガラス製の小瓶を取り出す。


『なに?』

「毒鱗粉の翅を開きなさい。それだけで良い」


 小瓶の蓋をキュポンと開け、中に入っていた液体を、辺りにバッと振り撒いた。




 勝敗は決したと判断したミカと竜騎士は、膝を付いて動かない蟲騎士に向かって歩いて近付く。


『後はクソ虫野郎の同化者を引っこ抜くだけだ! アレを喰らって肉が残って居たらだがな!』

「……」  


 上機嫌な竜騎士と違い、ミカは、殺した少女の姿が頭から離れない。


「(なに、この気持ち……これは後悔?)」


 自分と同じ、同化者の少女を殺した事の後悔。

 町や要塞を吹き飛ばし、多くの人を殺して来たのに、こんな気分になったのは初めてだった。


 蟲騎士の頭は土煙でまだ見えない、ミカは目をそらした。肉片になった彼女を見たく無かった。


「何故……え?」   


 一瞬、甘い花の香りを嗅いだ気がした。

 顔を上げ、辺りを見る前に、土煙の向こうから蒼い光が上がり、光の膜が迫って来た。


『馬鹿な!』


 その蒼い光の膜は、竜騎士の記憶で見た事のある。


『毒の鱗粉だ!』

「くっ!」


 ミカは光の膜を避けるように後へ跳ぶ。膜が追ってくる。


『何故このスキルが使える! 同化者を失ったらこいつは使えない筈だ!』


 着地。走る。蒼い光の膜は竜騎士を包み込むように迫る。再び跳ぶ。


『宝玉の女神より最強の名を賜った私を、なめるなよ()()!』


 土煙が晴れ、膝を付いたまま、毒鱗粉を放出する蒼い蝶の羽根を広げた蟲騎士が叫んでいる。


 蟲騎士は怒りで我を忘れたかのように、潰れていない片目が、どす黒い赤色に変わっていた。

 その左手には熱線を発射する鉈を握っている。もし鱗粉の膜に捕らえて包まれると、蟲騎士は熱線を発射し、鱗粉を燃やして爆破する。

 その破壊力は棘の爆発をはるかに超え、この辺りの人と地形ごと、竜騎士を吹き飛ばす気だ。


 かつて西方最強の勇者と名を残す雷帝シズカと、彼女の百万の軍勢を吹き飛ばしたその破壊力は、竜騎士とミカの肉体を、肉片も残さず吹き飛ばすだろう。


『まずい! まずい! まずい! ミカちゃん! 撤退だ!』

「了解!」


 ミカは光の膜を避けて大きくジャンプし、空中で身体の操作を竜騎士に返す。


 竜の身体の色が変わり、首が伸び、翼を広げて羽ばたく。焼けた翼は既に治っている。

 鱗粉が前から迫り、旋回して回避した時、上空から蟲騎士の頭部が見えた。


 頭部には蟲騎士の同化者が、白いドレス姿の少女が、全くの無傷でこちらを見上げていた。  


『馬鹿な! アレ喰らって無傷だと!』

「リュウ! 鱗粉が来ます! 急いで!」

『ク、クソがー!』


 竜騎士は加速し、鱗粉の膜を振り切り、東の方角へと飛んで行った。




『本当に、上手くいった……』


 竜騎士の姿が見えなくなると、蒼い光の膜は消え、無傷のナナジも消え、赤い目の色も消えた蟲騎士が呟いた。


 そもそも蟲騎士は、翅を広げていただけで何もしていなかった。鱗粉も出していない。

 膝を付いたままで、ナナジの為に動かないようにしていたが、竜騎士は突然何かを避けるように、飛んで逃げて行ったのだ。


「どうだ我が魔術! 奴が最も脅威と思う物が目に見える魔術をかけたのだ!」


 竜騎士の目にはナナジの姿に見えていたココは、えっへん! と、エルフにしてはある胸を張った。


『ココ殿、本当に感謝する。これで回復に集中できる』


 既に回復を始めており、潰れたナナジの顔と身体が、潰れたゴム玉に空気を入れるように戻って行く。

 ココはその光景に、うっと目をそらしたが。


「あ、そうだ。良い物がある」


 袋からまた小瓶を取り出し、蟲騎士に見えるよう、ポコンと再生したナナジの眼球の前に持って見せた。


「この薬を飲ませよう、私の特製回復薬だ、口を開けおくれ」

『すまないココ殿、頼む』


 ナナジの片目を、キョロキョロと動かし治ったばかりの顎を開いた。


「良いさ、今この娘に死なれたら世界が困るからね」


 ココはナナジの口に、小瓶のドロリとした緑の液体を流し込む。


『世界?』

「言い間違えた、鹿郡が困る」

『そうか。では回復に集中したい。降りたいなら手をかそう』

「ああ、このままで良いよ。頑張りなさい」

『……』


 返事は無かった。既に集中し、声も聞こえていない。


 ココは微笑む。 


「彼女もだけど、君も死なれると困る。古い友を失うのは、とてもとても辛いからね」


 永遠に近い時間を生きるエルフは、自分が腰かける、傷付いた蟲騎士の頭をそっと撫でた。


 ーーーーーー


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