魔獣兵器・3
竜騎士が背を向けて走り出した時、蟲騎士を操るナナジは、悪戯が上手くいった子供のような笑顔だった。
「かかったあ♪」
蝶の羽根から毒鱗粉は出さず、ちょっとだけ蒼く光らせただけで消し、パタンと翅を閉じる。
地面に刺していた、両肩の蜘蛛の脚を抜く。
地を掴んでいた飛蝗の脚で地を蹴り、隙だらけの背を向ける竜騎士を追って、ドカン! と跳んだ。
『なにい!?』
鱗粉の毒を吸わないようにと、口と鼻を両手で押さえ、後を振り返っていたミカの目で、迫って来る蟲騎士を見た竜騎士は驚く。
こちらに隙を出させる為に切り札が囮、竜騎士が知る蟲騎士はこんな手を使う魔物では無かった。
不意打ちの後、蟲騎士は私では無いと言った。
『操ってるのは同化者か!』
「リュウ! 私が!」
滅多に言わない竜騎士の愛称を、同化者のミカが呼ぶ。
『分かった! 任せるよミカちゃん!』
竜騎士の中で、何かが切り変わると、ドラゴンの身体に変化が起きた。
ドラゴンの首が短く縮み、同化者が生える位置が、滑るように頭部へ、二本の角がある間へと移動する。
走りながら状態を起こし、地を蹴る後脚が変化して人の足のようになり、地から離した前脚が、人の腕のように振る。
その走るフォームが女性のようになり。
濃青色の皮膚が、鮮やかで深みのある真紅色に変わった。
竜騎士は獣型から、棘がある尻尾だけはそのままに、人型へと変形したのだ。
「変身した!?」
『奴の同化者だ』
驚くナナジは、蟲騎士の短い説明で理解した。
自分と蟲は、身体操作の受け渡しが出来るのだ、同じ魔獣兵の同化者なら同じ事が出来る。
蟲騎士は入れ替わっても身体に変化は無いが、竜騎士は大きく変化するようだ。
「だから、何だー!」
人型になり、走るのを止め、両足で地面を削りながら止まろうとする竜騎士の背に、右手の鉈で斬り掛かった。
「死ねえええ!」
振り下ろす。
獲った!
そう思った。
止まった竜騎士が、小さく左足を引き、奇妙な足運びで、竜騎士はクルンと一瞬で振り返り、拳を握った左腕で蟲騎士の鉈を受ける。
ガキーン!
まるで金属同士を強く叩き付けたような、重い音が響く。
「硬あ!」
『これ程とは!』
ナナジは、鉈を持つ蟲騎士の右手が、痺れる感覚を感じた。
魔物の身体になって目覚めて、初めての感覚だった。しかも、鉈を受けた竜騎士の左腕には傷一つ付いていなかった。
『距離を取れ!』
警告の声がナナジの口から飛び出し、後へ跳ぼうとした。
だが、竜騎士が右足で、ズン! と蟲騎士の左足の甲を踏み、動きを封じる。
「しまった!」
『いかん! 組付かれるな!』
動きを封じた竜騎士は、一発でも入れば蟲騎士の身体を砕ける拳で、殴ると言うより、突く様な鋭い連続の打撃を繰り出す。
『この動きと技、拳法か!』
蟲騎士から見てその動きは、何年も鍛錬を重ねた武闘家の動きだった。
『(奴の同化者は、昔からとても好む、努力する人間のようだ)』
それに対して、目覚めてから食っちゃ寝るを繰り返していた自分の同化者は……
「おっと! うわっ! 危なっ! ひぃやん!」
一度スキルを見せれば完璧に使いこなすナナジは、そんな間抜けな声を上げながら、全て躱していた。
『何だこの身体の動きは……』
「うっさい! 気が散る!」
攻撃を避けながら、ナナジは、魔物の目でチラリと、竜騎士が踏む足を見た。
『ミカちゃんの攻撃が当たらない!?』
ミカが繰り出す拳打を、蟲騎士の同化者は片足が封じられたままで、僅かな動きで躱し、掌底打を払い、肘打ち、手刀を火花を上げながら鉈で受け流し、連続の拳撃をフニョフニョフニョと奇妙な動きで器用に、全て躱す。
『(いつも同化者を甘やかす虫野郎が、今回はクソ鍛えたようだ)』
魔物達は、相手の同化者に、感心していた。
片足を踏み、踏まれた状態での二体の魔物の攻防は、周りの人間達には、まるで魔物の武術演劇を見てるかのようだった。
「何で当たらない!」
『落ち着いて! 足!』
「くっ!」
攻撃するミカの方が焦り、その焦りが隙を生み、甲を踏む足の横脛を、ガツンと鉈で強く叩かれて一瞬浮き、足が抜かれた。
「逃がすか!」
蟲騎士の溝内を狙って、大きく踏み込み、両手で掌底打を打ち込む。
今なら足を抜いた直後で、回避する事が出来ない。
「ヤー!」
「にゃー!」
だが、ナナジは回避した。
足の変わりに、両肩の蜘蛛の脚で跳び上がり、鉈を持った両手で、竜騎士の腕の上に乗った。
「アッ!」
「あっ!」
ナナジの青い瞳と、ミカの黒い瞳が見開く。
踏み込み、躱した魔物同士の頭部が接近し、その頭部に生える同化者達は、すぐ目の前、手を伸ばせば届く距離にまで接近した。
ナナジの瞳に、自分と同じ身体が上半身だけの、服が焼けてほぼ裸の少女の姿が飛び込み、まだ自分の中に残る男の反応で見てしまう。
「オ〜……」
「はっ! 何処を見ている!」
少女はサッと片腕で隠す。
その動きと同時に、竜騎士が払い落とそうと腕を振り、ナナジはまた蜘蛛の脚で、竜騎士の身体を踏台にして跳ぶ。
ナナジは空中で、何か確認するように戦闘ドレスの上から触れ。
「くっ! 負けたか!」
『気にするな、そもそも性能差が違う』
「性能差じゃない! まだ成長の可能性がある!」
何故か涙目。
『お、おう?』
蟲騎士は竜騎士から大きく跳んで離れ、八本の脚で着地、まるで本物の蜘蛛の様に、ギチョギチョと脚を動かして竜騎士の方に向き、二本の足で立つと蜘蛛の脚は短くなって肩の位置に戻り、シズカ達がまだ居る丘を背にして、再び鉈を構え直す。
ミカは、両腕で隠しながら、蟲騎士のその動きに驚いていた。
「凄い……魔獣兵の身体を使いこなしてる……」
彼女の知る魔獣兵の同化者達の中で、自分以上に動かせる者は居なかった。
白騎士と黒騎士の同化者は、指一つ動かせず諦め、銀騎士の同化者は訓練すらしてる様子を見た事が無く、車騎士は未だ同化者が居らず、軍師は人に取り憑くタイプなので逆だった。
竜騎士と同化してから、毎日休み無く何時間も、何年も訓練と修行をし、やっと自由に動かせるようになった魔獣兵の身体とスキル。まだ翼は動かせないが、いつかは自分で空を飛びたいとも思っていた。
今戦ってる蟲騎士の同化者は、どれだけ修行して魔獣兵を自在に動かせるようになったのだろう。
一瞬だけだったが、顔に化粧をし、銀の鎧ともドレスとも見える服を着た、黒髪で青い瞳が美しい少女だった。
話をしてみたい。
だが、殺さなければならない。
あの少女を殺し、同化者を失って大人しくなった蟲騎士を、あんな危険な魔獣兵を、魔王軍に連れて行かなければならない。
代わりの同化者は、自分達の代わりは幾らでもいるのだから。
『そろそろ決めないと、クソ虫野郎が今度こそ羽根を使うよ?』
竜騎士が迷いを察したようだ。
「分かってます。次で終わりにしましょう」
ミカは油断無く構え、蟲騎士に向かって進む。
一方、近寄って来る竜騎士を見ながら、ナナジは迷っていた。
「参った、楽しいが打つ手が無い」
『私も竜騎士があれほど硬いとは知らなかった』
「弱点とか無い?」
『竜騎士の弱点というか魔獣兵の弱点は皆共通だ。同化者を殺し、失えば力を殆ど失う』
「あの女を、……ちょっと難しいなあ」
『《毒鱗粉》は使わないのだな?』
「使わないよ」
蟲騎士の確認にきっぱりと言った。
「後にシズカさん達が居るんだから危なくて使えないよ」
『そうか、分かった』
蟲騎士から安心した様な気配がした。
ナナジはどれだけ戦いたい、人を殺したいと過激な事を言っても、シズカ達の事を殺そうとはしない。
人間達と過ごす事は無駄にはならなかった。
『では降参しよう』
「なっ!」
『聞け、そもそも竜騎士は魔王軍の兵だ。我々は魔物なのだから魔物の王、魔王に逆らう事は出来無い。ナナジの生存を条件に魔王軍に合流すると言えば向こうは聞くはずだ』
「でも……」
『シズカ達への恩なら何時でも返せる。今は生き延びる事を考えろ。奴らはナナジを殺して、私だけを連れて行く気でいるんだ。私はナナジを殺されたく無い』
ナナジは唇を噛み、迷う。
心の何処かで、魔王軍に行く事に、何故かざわつきを感じるが、先程話を聞かず竜騎士に攻撃した事に後ろめたさがあった。その事は全く咎めず、蟲騎士は守ろうとしてくれる。
ハァ〜! と息を大きく吐いた。
「降参しよう。でも条件を一つ追加、この後シズカさん達を、鹿郡の皆を攻撃せず引く事」
『分かった』
コロ――
蟲騎士は鈴を転がしたような鳴き声で、降参の声を上げようとした。
だが。
竜騎士が先に動いた。
尻尾を高く上げ、先にある棘が数本膨らみ、黄色く光り出す。
『っ! 待て! 我々は降――』
『問答無用!』
ミカはその場で、コマの様にグルンと一回転した。
その技は、射撃スキルの無い竜騎士の為に、ミカが修行中に考え、編み出した技だった。
尻尾と共に回転しながら、棘の一本、ポンと切り離し、ナナジに向けて飛ばした。
『避けろ!』
「避けられない!」
本当は避けられる。だが、後の丘には、まだシズカ達が居た。
「避けない? だったら本命を叩き込む!」
一発目は囮だった。避ける為にまた跳べば、そこを狙う予定だった。
カンッ!
ナナジは飛んで来た最初の棘を鉈で払う。
だが続けて直ぐ、黄色く点滅する五本の棘が飛んできた。
「くっ!」
カッ! カッカッン! ザン! カン!
ナナジは見事な剣技で、全ての棘を鉈で払い、中には二つに切れた棘もある。一本も刺さる事は無かったが、竜騎士の棘に刺さる事には意味はない。
ミカは、左腕で隠しながら、ナナジに右手を向け。
「終わりです……《爆発》!」
パチンッと指を鳴らす。
蟲騎士の周りに、払ってからまだ空中ある棘の光が、黄色から赤に変わる。
『この棘は!』
ナナジは蟲騎士の警告よりも速く、直感で自分の両腕で顔を、蟲騎士の腕で身体を守ろうとするが、それにどれだけ意味があるのだろうか。
蟲騎士の頭部の周りで、連続の大爆発が起こった。
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