魔獣兵器・1
戦仕度をしていた竜郡領の領主は、牛郡領との領境にある砦で、届いた "その" 報せを聞いた。
戦況の第一報は、冒険者ギルドに働きかけた支援クエストと同時に、冒険者に扮し牛郡領に潜入させた影からの報せだった。
貴族というより、山賊の親分のような竜郡領主が振り返った。
「何? 終わっただと? 牛の連中が負けたのか?」
「はっ! 領境の町には逃げ帰った兵士達や怪我人で溢れかえり、揃って負け戦だと言ったそうです」
町に溢れた兵士達とは、負傷兵を連れて撤退した傭兵達であった。
側近から報告を聞いて、竜郡領主はガシガシと頭をかく。
「うううう…………何だよ! もう終わったのかよ! もうちょっと時間かけろよ! こっちの準備が終わってもいねえのによお!」
「どうされます? 計画通り牛郡領に侵攻します? 今なら容易く切り取れますが」
「お前酷え奴だな、ドラゴンの攻撃と、戦で負けて弱ってる所を襲うとかよお、南部の漢がするもんじゃねえだろう?」
「はあ、そうすね」
「動員かけたのあんただろ。」そう側近は口には出さず思った。
別の側近が進言した。
「閣下、虎郡領経由で詳しい戦況の様子が届くと思われます。それを聞いてからでも良いかと」
竜郡領主は椅子に座り、腕を組む。
「そうだなぁ〜そうするか。しかし久々の戦と聞いて張り切ったのに一日で終わるとか、さえねえ戦だなぁ!」
このように、徐々に届き始めた鹿郡領と牛郡領の戦の様子を、周辺領主達は揃って、一日で終る小さい争いと受け取り、続報を待った。
だが、詳細な戦況が届くと一変する。
「はあ? 待て待て!」
誰もが、 "その" 報せに、聴き返した。
「なんて? もっかい言え!」
困惑し、聴き返し、そして理解すると、領主達が慌てふためいた "その" 報とは。
"魔王軍の襲来"
「魔王軍だと〜!?」
竜郡領主は椅子から立ち上がった。
ーーーーーー
北砦の戦い。
鹿郡領と牛郡領の争いは、終盤に状況が突然変わった。
「ア……アア……ア……」
一人の兵士が、全身を真っ赤にし、突然背後に出来た、戦友達を踏み潰した壁の前で座り込んでいた。
少し前まで兵士の周りには、同じ村を守る守備隊の戦友達が居たが、右に立っていた戦友が急に暗くなった空を見上げ「あ」と声を上げた瞬間。兵士は背後からの衝撃で倒れ、周りに立っていた戦友達は潰れ、まるで水風船のように破裂した。
兵士は震える手で、頬に付いた物を拭い、手に付いた物を見た。
それは人の歯であったが、兵士の脳はそれが何か理解することを拒否した。
『何故お前がここにいる!?』
急に聴こえた声に、兵士はビクン! と反応した。
「何故? 俺は……任務で……ここに……行進するだけって、……皆と……」
その壁には鋭い爪があった。
『うるせえクソがあ! よくもやりやがったなあ! クソクソクソ! 裏切り者のクソ虫野郎があ!!』
頭上から大声が聴こえた。
「裏切り? ……そんな、……俺は裏切ってなんか」
声がした頭上を見る。
「ヒィッ!? ド、ど、ドラ――」
下から巨大な顎を見上げた兵士は、ドラゴンの右前脚、その指の間で白目になり、パタリと倒れて動かなくなった。
北砦の戦いは終盤。
戦場に突如、最強最悪の魔物、ドラゴンが落下してきたのである。
ーーーーーー
鹿郡と牛郡の両軍が逃げ惑う戦場で、全長が二十メートルはある二体の巨大モンスターが睨み合っていた。
魔物の一体は、鹿郡の魔物、シズカの魔物と呼ばれ、蟲騎士と名乗る、カイコ蛾のような顔をした魔物。
最初は驚いたように人の言葉を話したが、今はコロロロと大鈴を転がしたような鳴き声を上げている。
もう一体は、牛郡領を襲い、領主とその息子を殺し、そして領都の町を破壊した魔物、ドラゴンであった。
ドラゴンは片方の翼が焼け失っており、蟲騎士に向かってグルルルと威嚇のような唸り声を上げている。
二体の近くに居た兵士達は突然の事で混乱し、逃げ惑うが、少し離れた丘の上や北砦から見ていた、シズカ達や兵士達には状況がよくわかっていた。
蟲騎士が空に放った熱線を、ドラゴンは翼に受け、牛郡領軍のど真ん中に落下してきたのである。
グオオオン! とドラゴンが大きな咆哮を上げた。
蟲騎士はコロロロン! と鳴きながら二本の鉈を構える。
落ち着いて見れる者達は、これから始まるだろう戦いに息を呑んで見ていた――
――のだが、先程から鳴いたり吠えたりする声は、威嚇では無く、人間には分からない魔物達の会話であった。
翻訳するとこうだ。
『今日は〈勇者殺し〉さん、お久しぶりですね。私は名前を変えました、〈竜騎士〉とお呼び下さい』
『承知しました。今日は竜騎士さん、私も名前を変えました、〈蟲騎士〉とお呼び下さい』
『承知しました。蟲騎士さん、先程あなたのお声が聴こえましたので、お迎えに来ましたら突然翼を撃たれました。どうしてですか? 裏切りですか?』
『申し訳御座いません、現在戦闘中でして、空からの気配を感じ、咄嗟に撃ってしまいました。謝罪いたします』
『承知しました。声をかければ良かったですね』
魔物達はこの様に、馬鹿丁寧に会話していた。
人間の言葉を使う時は、教えてもらったり、学んだ言葉で会話するが、彼らにとってはこれが通常の会話なのだ。
オークやゴブリン、普通の魔物でさえこの様に会話している。
魔物の声を攻撃的と思うのは、人間の勝手な思い込みなのである。
同化しても魔物の会話が分からない蟲騎士の身体を操ったままのナナジは、両手に握る鉈を構えたまま、竜騎士を睨みつけている。
蟲騎士はナナジに戦闘を止める様に声をかけた。
『ナナジ、竜騎士と戦闘はしなくていい、攻撃しないでくれ』
「わかった。死ねええええ!!!」
ナナジは、右手の鉈を竜騎士の頭部に向けて投げた。
『なにー!?』
『こら〜!?』
人間の言葉を上げ、竜騎士は慌てて躱す。蟲騎士はもっと慌てる。鉈は後方へと飛んで行き、ゴーン! と何かにぶつかり、地面に刺さったがナナジは確認しない。
『不意打ちかあ! やってくれるじゃねえか! もう許さねえ!』
『待て! 違う! 今のは私では無い!』
『やかましい!』
竜騎士は人間の言葉で吼え、飛びかかろうと、身を低くした。
「おっと」
ナナジは竜騎士に向けたままの右手首から、蜘蛛の糸を飛ばした。
『くっ!?』
竜騎士はまた不意をつかれ、拘束の糸を左に大きく跳んで避け、逃げ惑う人間達をブチブチと踏む。悲鳴が上がる。
『クソ虫野郎め……戦い方が昔より上手くなってやがる』
竜騎士が避けた糸は、先程投げて地面に刺さった鉈を掴み、回収する。
攻撃のタイミングを失った竜騎士は、糸が掴んで戻ってくる鉈にも警戒し、攻撃を足踏みする。
『ナナジ、頼むから攻撃は止めてくれ』
「何でよ?」
『状況が悪くなる。話しが終わるまで、頼むから』
「説得出来ると思ってんの?」
『奴はアレでも話しが分かる奴なんだ』
戻って来た鉈を掴む。糸はジュッと小さい音を立てて消えた。
掴んだ右鉈をまた投げれるように上段に構え、右足を引き、前に出した、まだ熱弾が撃てる左の鉈先を竜騎士に向ける。
竜騎士は翼を焼かれた熱弾を警戒し、鉈先を唸りながら避ける。掛かっては来ない。
「説得は無理」
『何だと?』
「私の記憶、見れるんでしょ? 撃ち落とす前の奴は、私達に爪を向けて猛スピードで真っ直ぐに降下して来たのが見えた。デクさんの声が聴こえてなかったら危なかったかも、始めから私達を殺す気なのよ」
ナナジの記憶で見えた竜騎士は、空高くから降下し、その爪で獲物狩るという必殺戦法を使っていた。
爪は、守ると誓ったナナジに向けられている。
『……』
黙ってしまった蟲を置いて、ナナジは竜騎士が糸を避けて着地した地面に目を向ける。
潰れた人間達の中には、鹿郡の兵もいて、〈騎士〉のバナンと〈猛将〉と役割が付いた老騎士が後退を叫んでいた。
視線を竜騎士に戻す。
「……奴の能力は?」
『……見ての通り空を飛ぶ、姿を空の色と同化する事も出来る、熱弾のような射撃スキルは無いが、尻尾の付け根から先まで生えている爆発する角を空からばら撒く空爆を専門とした魔獣兵だ』
「回復能力は?」
『我々と同等だ。先程焼けた翼もあと数分で回復するだろう』
「ふ〜ん。やっぱ口から火を吐くの?」
『吐かない。奴はドラゴンに似ているが竜種では無い』
「何だ。じゃあ接近して――」
跳び掛かろうと、脛当てのように畳んである八本の飛蝗の脚と、肩当てのように畳んでいる八本の蜘蛛の脚が、カサカサッと動いた。
『奴の爪は我々の身体を容易く切り裂き、力も我々よりもはるかにある。絶対に組付かれるな』
「おっとと」
ピタッと脚が止まる。
『奴は我々と同じ魔獣兵器だが第四世代だ、性能は奴の方が上だ』
「蟲は何世代?」
『第二世代』
「旧式かあ〜」
『古参と言え、これでも第二で唯一現存してるんだぞ』
蛾の表情はわからないが、拗ねるような気配がした。
「う〜ん接近戦は駄目か〜やり辛いなあ……」
ナナジは鉈を構え直す。
「でも……ああ、この緊張がイイ……」
『なに?』
「戦いはこうでなきゃ……」
心地良さそうに、吐く息に熱を帯び、頬が紅潮し、唇を舌で濡らす。
「楽しく無いよね……」
『ナナジ?』
様子がおかしいと蟲騎士は気づいた、大森林の中でもこのような時があった。〈砕く者〉と、その一族と戦った時だ。
森でのナナジは、魔獣兵の血に酔い、虐殺を快楽のように愉しんでしまう。そう思って落ち着かせる為、つがいを作る為に人間達、シズカ達に近づいたのだが……
『(戦闘そのものを楽しんでいるのか? まれに戦闘を好み、戦場で死ぬ事を望むような人間の戦士はいたが、元巫女のナナジが?)』
兄弟と言っていい魔物と敵対した状況で、蟲騎士は全く別の事で困惑している中、ナナジはどう戦うかを考えていた。
「アレを使うか……」
蟲騎士には、森の中で教えてもらった、とっておきの切り札がある。だが……
「いや待てよ。手の内知ってるのは向こうも同じか」
『アレか、もちろん奴も知っている』
「そっかあ、知ってるかあ」
ナナジは、何か悪戯を思い付いたような顔になって、ニヤリと笑った。
『?……それにアレは周りにも被害が大きく出る。シズカ達にも被害が出るぞ』
ナナジは、竜騎士が踏み潰した人間達をチラリと見て、蟲騎士を安心させるように言った。
「大丈夫よ、ちょっとぐらい」
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