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北砦の戦い・7

 

 蟲騎士は、シズカが扇を振り下ろすタイミングより少し早く、隠れていた森から飛び出した。


「まっっってましたー!!!」


 ナナジは大はしゃぎで蟲騎士の身体を操り、飛び上がりながら、両方の篭手から黒い鉈が飛び出し、空中で掴む、目に映る牛郡領軍の兵士達全員を赤い六角形のマークを付けていく。

 その数、約二千人。喰い放題。


 着地。


 地面が揺れる。森の伏兵に備えていた兵士達の目の前。蟲騎士の大顎がガクンと開く。


「てめえら皆殺しだァァー!」


 咆哮。


「ひぃ……」


 兵士達は臀部まで痺れるような咆哮。二十メートルはある魔物を目の前に、生物として理解した。


 はやく、ここから、逃げろ、ここに居ると、死ぬ。


「うあああああ! ぐえっ!」


 クリフに一矢報いてみせると言った騎士が、暴走した馬から落ち、兵士達は武器を捨てて、中には失禁し、我先にと逃げ出した。


 咆哮を上げながら、自分の耳を塞ぐナナジは、蟲騎士の強化した聴覚を使い、この咆哮の中からパンパンと二回続けて、軽い破裂音を聴き、目を向けた。

 その役割が見える目には、〈学者〉と付いた顔色の悪い若い男が倒れる様子が見えた。


 ーーーーーー


 ――待機中の森の中で。


「ナナジ、ここから飛び出したら周りの音をかき消す程の咆哮を上げろ」

「ナンデ?」

『何故だ? と言っている』


 ヤマは、黒装束の上に土や草色で染められた、沢山の紐で出来たゴミの塊の様なローブを被り、紐には、この辺りの草を大量に縫い付け、顔全体に緑色や土色の塗料を塗り付けていた。


「任務だ、ある人物をこれで撃ち殺す。この武器で攻撃すると大きな音を立ててしまう、お前の声で消して欲しいんだ」

「エ〜! イッテクレタラアタシガスルノニ〜」

『命令あれば我々が殺すると言っている』

「バナンが言ってたろ、人の争いの決着は人の手でする物だと、では頼むぞ」

「チェ〜リョウカイデアリマス」

『承知いたしましたと言っている』


 ヤマは頷いてフードを被り顔が見えなくなる。

 全身モサモサで、ゴミの塊のような姿で、布を巻いた銃を抱えて、北砦との戦闘を開始した牛郡領軍の本陣がある方角へと、地面を這って進んで行った――


 ーーーーーー


 彼がシズカから受けた任務は済んだようだ。


 ヤマに撃たれた学者の男は、両膝を付け、地面に倒れるが、周りの騎士達は蟲騎士の姿と咆哮で音をかき消され、全く気付いていなかった。 



 丘の上にある鹿郡領軍後陣では、マチルダとウルリカ、その護衛の兵士達も、デクだけは口を開けてボ〜っと空を見上げているが、咆哮を上げる蟲騎士に注目している。


 だがシズカは、蟲騎士では無く、丘から見える牛郡領軍の本陣に、遠くて良くは見えなかったが、ガクッと人が一人倒れる様子が見えた瞬間。


「アハッ♪」


 声がもれ、行為中のようなゾクゾクとした興奮が全身を包み、赤い戦闘ドレスの上から下腹部に手を当て、ギュッと強く、スカートを握った。


「ああ〜可愛そうで愚かな旦那様〜ひとこと愛していると言ってくだされば、こんな最後にはならなかったのに、ああ〜私の旦那様、愛しい愛しい旦那様〜貴方はもう何処にも居ない〜」


 扇で口元を隠し、潤んだ青い瞳を細め、熱い吐息を吐きながら、赤竜乙女は小声で歌っていた。

 その詩は竜の乙女が、夫の愛を偽りと見抜き、夫を食い殺したというお話の詩だった。


 牛郡領主代理のロジャーは戦場で、誰にも気づかれないまま、その頭脳を活かす事なく、何も出来ないまま死んだ。


「あの女! 生きて――」


 これがロジャーの最後の言葉であった。


 ーーーーーー


 ――鹿郡領都の屋敷で、暗殺者騒動があった頃。


 暗殺者を討ったヤマは、アーダムに気を失ったメイドを任せ、一人庭で待っているシズカに報告していた。


「暗殺者は人の精神を薬を使って洗脳する〈調教師〉と呼ばれる、元御庭番の影だった」


 顔に返り血を付けたままのヤマから、その名を聞いた瞬間、シズカの目に怯えの色が浮かんだ。


「あ……あの男がここに? 殺した? 本当に死んでるの?」

「ああ、手勢を俺達に消され、直接乗りこんで来たようだ、殺したし、死んでいる、知っているのか?」


 シズカはキョロキョロと庭を見渡し、誰も居ない事を確認してから、ヤマに自分の秘密を話しだした。


「誰にも言わないでね?」

「ああ」

「……昔、牛郡領に居た頃ね、その時の旦那が、あの男を連れて来て、私、〈改造〉された事があるのよ。絶対服従の奴隷を作ろうとして」


 ヤマが珍しく目を見開いた。 


「あの男の術を受けて良く精神が、いや待て! それ以上話すな! 洗脳がぶり返すかもしれない! 奴の顔を思い浮べるな! 俺の目を見ろ! 深呼吸し、心を落ち着かせろ!」

「フフフフ……」


 雇ってから初めて見せる、慌てている様子のヤマに、シズカは笑ってしまった。


「んん! ごめんなさい。大丈夫、術はココ先生が解いてくれたわ。体中に入れられた毒や印も、ココ先生のお薬と精霊水のおかげで消えたし、……ただ、何日も灯りの無い地下に閉じ込められてお香を嗅がされて、今でも暗闇が怖かったり、性欲が異様に強くなったりするけど、ココ先生は時間が経てば治るって」 

「問題無いのだな?」

「ええ」

「そうか……しかし、術を解いた? あのエルフが? 一体何者だ?」

「私の遠いご先祖様よ」

「そうか」


 シズカはヤマを更に驚かせようと言ったが、反応が薄かったのでアレ? となった。


「それなら良かった」 


 ヤマは、大きく息を吐いた。


「三人は知ってるのか?」


 三人、シズカの愛人達。


「いいえ……あ、アーダムにだけ身体を改造された話しをした事があるわ。消えたと思ってた印の跡を触って、これは何か聞いてきたから」


 シズカは戦闘ドレスの上から、下腹部に触れた。


「そうか」


 ヤマは、アーダムがこの女に興味を持った理由が少し分かった気がした。

 歴代御庭番衆の中でもトップクラスの術使いの身体改造と洗脳術に耐えた女など、聞いた事が無かった。


「親が決めた結婚で、政略結婚でも夫婦でしよ? 新婚よ? 私、迎えてくれた時は尽くそうと思ってたのよ? だから頭きて、服従したように演技して、あいつがここにキスをしろって押し付けてきたから私―――」


 赤い唇を開き、カチンと歯を鳴らす。


「――って! やってやったの! フフフフ!」


 不仲の原因を、双方話さなかった秘密の話しを、シズカは段々とヒートアップし、声が大きい。


「お、おお……そうか」


 両陣営こんな事を公表出来ないに決まっている。前鹿郡領主のヴォルケが、デクに縄で縛られ吊るされてもヘラヘラ笑っていたあのヴォルケが、娘が改造されたと聞いて戦争寸前にまで怒り狂うのも頷けた。


 ヤマは、一刻も早くここから離れて帰りたくなってきた。


「ああ! そうか!」


 シズカは突然、パン! と両手を合わせた。


「あの男が出て来たって事は、暗殺は私を殺そうとしていたのかも」

「心当たりが?」


 訪ねると、シズカはにっこりと微笑んだ。

 それだけなのに、ヤマはゾクリと寒気がした。


「ええ、さっき言った私の元旦那様、牛郡領主代理のロジャー卿。南部でこの私を一番殺したがっている男。……〈山猫〉、一つお仕事をお願いできないかしら」


 名を呼ばれ、お仕事、任務と聞いて、ヤマは片膝を地に付け、シズカに向けて深く頭を下げた。


「何なりと御命令を、我が主様」


 ーーーーーー


 準備の為に、暗殺者騒動で近衛兵達で騒がしくなった廊下を歩いていると、騒ぎでオロオロしているメイドがヤマの顔を見て、ビクッと驚いた顔をした。

 それで自分の顔に、まだ賊の返り血が付いていた事に気づいた。


「ああそうか……済まない水を頂けないか」

「は、はい! 只今お持ちいたします!」


 古い友人を殺した事に少し動揺があったようだ、余り良い趣味を持った友人では無かったが。


「あ、ヤマさ〜ん!」


 水で濡らした手ぬぐいで顔を拭いていると、アーダムがやって来た。


「エルフの先生に見てもらったら、あのメイドさん大丈夫だって、嗅がされた薬も少量で身体にも問題無いそうですよ」

「そうか」


 ヤマは軽く返事し、じっとアーダムの顔を見た。

 知っている昔の、尖っていた頃のアーダムの面影は、今の彼には殆ど無い、潜入等で使う偽りの顔でも無い。


「えっと〜、なんでしょう?」

「いや、お前は凄い奴だと思ってな」

「はい?」


 ーーーーーー   


「あんな恐ろしい女を抱けるお前は、凄い奴だよアーダム」


 地面に伏せるヤマは、領都に残り、今も調査を続けている後輩を褒める。


 擬装ローブで、草原の草木に溶け込み、すぐ側を騎兵が通っても、そこにヤマがいる事に全く気が付かれなかった。

 確実に当てられる距離まで接近し、目標には二発命中させた。

 周りの兵士達は、未だに倒れた男が死んでる事にさえ気づいていない。


 銃に巻きつけた、まだ熱のある空薬莢が入った袋を引きちぎり、音を鳴らさないようにしまう。  

 蟲騎士が咆哮を止め、ズシーン、ズシーンと前進する様子を横目に、あとは馬を止めている狩猟小屋まで帰るだけだと、来た時と同じ様に地面をゆっくりと這って、牛郡領軍から離れて行く。



 再び丘の上、鹿郡領軍後陣。


 戦場を上から見える彼らには、蟲騎士の登場で牛郡領軍が崩壊する様子が良く見えた。

 誰もが勝利を確信し、胸を撫でおろしていた時だった。


 それまで口を開いて、空をぼ〜っと見ていたデクが、口を閉じマチルダに声をかけた。


「お頭」

「何? あ、もう頭はやめろって言っただろう!」


 マチルダは怒るが、デクは気にした様子が無く続ける。


「お頭 ここから はやく 逃げて」

「だから頭って呼ぶなっ……え? 何だって?」


 デクはマチルダを無視し、前へと歩いて行く。


 上機嫌なシズカの横を通り過ぎ。


「おう? デクどうしたあ?」

「戦は勝ったみたいだよ」


 ジョンとアナンが並んで戦場を見ていた二人の隣でデクは止まり、そこで大きく息を吸った。


「ナ ナ ジ! そ ら を 撃てえええええええええええええ!!!!!!」 


 初めて聞くデクの大声に二人は驚いて抱きついた。


 戦場では、ナナジの操る蟲騎士が、起動を急ぐ六機の機械甲冑に向けて、熱弾を発射しようと鉈先を向けていたが、ピクリと何かに反応した。

 そして急に、向けていた鉈を空に向け、赤く光る熱弾を、最大火力で発射した。


 ーーーーーー


「ナナジか? 何処を撃っている?」


 機械甲冑隊八番機のハチが言った。


「何の光!?」


 機械甲冑隊三番機のエリスが言った。


 ーーーーーー


「熱! ナナジめ! 何をやっている!」


 地面に伏せていたヤマは、空気が焼けるような熱量に舌打ちし、空を見上げた。


「なにい!?」


 ヤマの目にそれが見えた瞬間、今日で二度目、目を見開き、立ち上がって走り出した。


 ロジャー領主の死体が倒れている場所を中心に、周辺が突然フッと暗くなった。

 蟲騎士の発射した光と熱に驚きつつ、一人の兵士が暗くなった空を見上げた。


「あ」


 その瞬間、兵士の身体は押し潰され、大地が揺れた。


 地面が、蟲騎士の時よりも大きく揺れ。

 レオンと剣を合わせていたクリフはよろめき、膝を付いて振り返る。


「新たな魔物!? ロジャー!」


 甥がいた筈の、後の全てを任せたロジャーが居た場所に、巨大な魔物が落下していた。


「なっ! あの魔物は!」


 クリフや他の牛郡領軍の将や兵士達は、その魔物を知っていた。



 その魔物が落ちて来て、両軍は、周りが見えない機械甲冑兵以外の兵達は、戦いを止め口を半開きにして呆然としていたが、一人戦場を駆ける者がいた。


「撤退ー! 戦を止めて両軍撤退しろー! ロカ! みんなを連れて村まで走れ! みんな逃げろ! 牛郡の将兵! 君達も来い! 死にたくないなら逃げろー!」


 真銀の鎖帷子を纏う騎士が、敵味方関係なく目に付く兵に叫びながら馬を駆け、レオンがいる戦場の中心まで来た。


「レオン領主! 撤退を! ここは危険です! 北砦隊にも砦を放棄して逃げろと命じて下さい!」

「バナン隊将? あの魔物を知ってるのですか?」

「あれは、魔王軍です! 帝国の東要塞を空から爆撃して破壊した魔王の魔獣兵です!」

「魔王軍?」

「魔王だと!?」


 レオンと、対峙していたクリフが声を上げた。


 ーーーーーー


 蟲騎士は、空から落ちて来た魔物に、人間の言葉をかけた。


『お、お前は!』


 蟲騎士の身体の操作は、頭部に上半身だけ生えている人間、ナナジが操っているので両手に鉈を握り、戦闘姿勢を崩していない。 


 地面を血で真っ赤にし、多くの人間を踏み潰したその巨大な魔物は、片方が酷く焼けた翼を閉じ、四本の脚で起き上がり、ブルンと首を振った。


『何故お前がここにいる!?』

『うるせえクソがあ! よくもやりやがったなあ! クソクソクソ! 裏切り者のクソ虫野郎があ!!』


 背に上半身だけの人間を生やしたドラゴンが、竜騎士が人間の言葉で吠えた。


 ーーーーーー

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