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無力なわたしと迷子の新入生

・鷹野雛

高等部一年生

大抵の事は苦手

 わたしは特に意味もなく第二校舎をブラブラと歩いていた。


 昨日起きた事件の影響で「放課後用事のない生徒は速やかに下校するよう」に生徒会から通達が出ていたし、当初はさっさと帰ろうかなって思っていたんだけど気が付けば今のような状態になってしまっていた。


「速やかに下校」と言われても、寮内だって学園の中に存在しているんだから何処に居ようとも結局一緒なんじゃないかなーていう気持ちもあるのかもしれない。


 双葉ちゃんだったら「屁理屈だ」って呆れてしまうかもしれない。


 いやどちらかと言えば、怒るのかな。ドライな人間だと思われがちだけど、感情を表に出さないだけで彼女はとっても優しい女の子だ。特に刃物を持ち歩いている不審者が現れるかもしれない放課後にわたしが残ってると知ったら、すごく心配すると思う。


 そう思うならさっさと寮に帰ればいいんだけど、やっぱり気分が乗らない。その理由としては帰ったところで特にやることもないから。


 双葉ちゃんは生徒会に所属している為、今回の事件の対応を話し合うためにどうしても放課後に時間を取られてしまう。彼女のいない寮に帰ったって面白くもないんだから仕方がない。


 こういうこと言うとまた呆れられちゃうかな? これに関してはちょっと嬉しそうに照れ笑いが含まれるに違いない。その姿を想像するとついつい笑みが零れてしまう。


 だからなのか、無意識に私の足は事件現場へと運ばれていく。もしかしたら、謎を軽やかに解決して双葉ちゃんの仕事を減らしてあげたい。そんな気持ちもあるのかもしれない。

 事件の詳細だけ知ってスパーンと格好良く解決できるのが理想だけど、あいにく私はそんなに頭の回転は速くないし、物事を理論立てて考えることもできない。


 それでももしかしたら奇跡的に何か思い浮かぶかもしれない。丁度すべての事件現場を回り終えた私は休憩がてら中庭のベンチに腰かけてちょっぴり考えてみることにする。


 今回の件は、二月の美術室を皮切りに、第二部室棟の教室、化学室、そして昨日の特殊授業教室の順番に起きている。

 最後の事件現場以外はどれもカーテンは交換されていて綺麗になっていた筈だ。「筈」というのは、ちょっとわたしの記憶があやふやだから。確か授業で使った際に「新しいのに交換されている」と思った気がしたからだ。


 実は各教室に立ち寄ってはみたんだけど、特別授業教室以外はどれも部活動で使用されていて中に入ることができなかったのだ。放課後なんだから当然だよね。

 美術部、化学部が両教室を放課後に使うの当たり前だし、部室棟なんて名前のまんまだ。ちょっと考えが足りなかったかもしれない。最初はなにも考えてなかったんだからしょうがないけれど。


 しかしこうして見ると、部の活動場所を狙った犯行なのかな? なんて単純な事が思い浮かんでしまう。最後の犯行現場は何処の部活も使ってなかったから、何とも言えないけどもしかしたらどこかしら使っているのかもしれない。


 あとは他に何かあるかな? どれも文化部系の活動場所という事くらいかな? 第二部室棟は文化部系の部室棟だし、そう考えると犯人は運動部に所属してるなんて考えられないだろうか?


 双葉ちゃんの受け売りだけど、ウチの学園は運動部よりも文化部が優遇されている傾向に強い。


 閉じた世界に等しいこの学園は、部活動においても同じことで、競技相手に恵まれないスポーツ系なんかは目に見えて規模が小さくなる傾向にあるらしい。なので団体競技よりも一対一で成立する個人競技の方が多い。それでも大会などの目に見えた目標等もないせいか、ひたすら自分の技術、限界を求めるストイックさが求められる為、文化部に比べると比較にもならないらしい。


 対して文化部も大会やコンテストに出ることが出来ないことは一緒であるが、娯楽の少ないこの学園に置いては数少ない生産者として生徒達から重宝されている。という面がある。

 なので、他の学園に比べると学園全体が自分達の作品に興味を持ってくれるということもあり、内部間だけでも十分なモチベーション維持に繋がっている事が規模の拡大に拍車をかけている。


 そういう面もあり生徒会も文化部を優遇してしまっているのが現状なんだという。だから運動部の中には露骨な差を感じて文化部全体を敵視している人も少なからずいるんだそうだ。

 もしかしたらその内の一人が憂さ晴らしを目的に文化部の部活に嫌がらせを繰り返していたとは考えられないかな。


 ダメだな。こんな事くらいきっと生徒会や風紀委員会だって気付いてる筈だ。わたしなんかじゃ、やっぱり当たり前程度の事しか浮かばないや。

 文化部より人数が少ないと言ったって運動部の人数だってそれなりだ。そんな大雑把な絞り方じゃあ結局何も分かってないのと変わらない。


 自分の無力さ加減に溜息をつくと、わたしは立ち上がる。大人しく帰ろう。

 こんな事しか思い浮かばないんだったら、大人しく寮で待っていた方が双葉ちゃんも喜ぶに違いない。


 あきらめて、寮への帰路へとつく。


★★★


 帰り道の途中、一人の男の子と出くわした。

 ちょっぴり自己嫌悪に陥って俯き加減になっていた所為かうっかりぶつかりそうになってしまった。


「わっ! ご、ごめんなさい。ボーっとしてました」

「いや、俺も同じだ。すまなかった」


 ペコペコを頭を下げる私を宥めながら男の子の方も謝ってくれた。

 覗き込むと、ぶっきらぼうでちょっと冷めた印象を受ける。

 なんかどこかで会った事がある様に感じるけど気のせいかな? といってもこの学園の生徒なんて大体は顔見知りみたいなところがあるけど。


 でも彼のネクタイの学年色は高等部一年生のものだ。その割には顔に馴染みがない。の癖にどこかで見覚えがあるという何とも妙な感覚だった。

 と、そういえば最近新聞かなんか見た記憶が――


「あっ! 新入生の!」

「あぁ、そういえば新聞部に載ったんだっけか」


 ジロジロ見た上になんだか珍獣を見つけたような失礼な反応をしたのに、彼は特に気にした感じはなさそうだ。


「ひ、みは今帰りなのか?」

「ひみ?」


 思わず聞き返すとバツが悪そうに男の子は手で顔を覆った。どうやら噛んだらしい。

 見た目の印象の所為かなんか意味がある言葉なのかと思って聞き返したのはちょっと悪かったかな。


「なんか知らんけど、物騒らしいからさっさと帰った方がいいんじゃないか」


 気を取り直して咳払いすると、彼はそういった。思わずキョトンとしてしまう。なんか照れ隠ししながらも人の身を心配する様が何だか双葉ちゃんと重なって感じて思わず吹き出してしまった。


 からかわれたのかと思ったのか、彼は顔を赤くしてほっぺたを掻いた。


「きみも大変だね。入学早々物騒で」

「ま、注目が薄れてくれるのは助かるね」


 双葉ちゃんと重ねてしまった所為か、妙な親近感を覚えてちょっと馴れ馴れしく話してしまう。彼はそんなことは気にした風もなく答えてくれる。こうして見ると雰囲気も双葉ちゃんにどことなく似ている気がした。顔つきなんかは全然なんだけど、話し方の感じがちょっとそれっぽい。


「もしかして道に迷ったの?」

「? なんでだ」


 わたしの質問に彼は不思議そうに首を傾げた。


「だってこの先、女子寮しかないし。男子学生は普通うろつかないから。この学園は広いから入ったばっかりで迷っちゃったのかな」


 中高一貫校な上に全寮制という事もあり、学園は一般的な学校の敷地に比べるととても広い。山を切り開いて作られた影響もあり、そこら辺に自然が溢れているから、分かりやすい目印なんかも馴れてないと見つけ辛い。在校生もちょっと油断してると、ショートカットしようと森に入って迷うことだって珍しくはない。ましてや新入生ともなれば、普段使いの道だってまだ覚束ないもの仕方がないのかもしれない。


「……素直に白状するとそうなんだ」


 しばらく考え込むと彼は観念したかのように肩を竦めてそれを認めた。その様子がなんだかおもしろくてつい笑ってしまう。


「どっちの寮も似たような道でまいっちゃうね」

「アハハ。入ったばっかりだとしょうがないね」

「あんまりウロウロしてると俺が不審者だと間違われそうで内心ビクビクしてたところだ」

「そっか、それじゃあ急いで帰らないとね」


 彼の軽口に笑いながらもわたしは真剣にそう提案した。

 この学園は夜になると目に見えて真っ暗になる。それでも最低限の灯はついているけれど、入ったばかりで馴れていないとまたうっかり迷いかねない。

 ただ来た道を戻れば良いだけなんだけど、私は念の為彼に男子寮までの道を教えてあげた。ちょっとお節介かなとは思ったけど、特に不快感を示さずに素直に話を聞いてくれた。


「悪いな。これで問題なく帰れそうだ」

「うん。暗くなると危ないから気を付けてね」

「ひ、君もな。それじゃあ」


 今度は噛まない様に気を付けながら彼はそう言って男子寮までの道を歩いて行った。そんな姿にまた笑みが零れてしまう。

 さっきまでの沈みがちな気分は幾分か和らぎ、わたしも足早に寮へと帰って行くのだった。

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