凶器の詳細
・笠村忍
生徒会執行部副会長
特技:投擲
事件が起きたのは昨日の放課後の事だ。
部活動を終えた後、教室に忘れ物を取りに戻っていた高等部一年高岩君が通り過ぎ際の教室から女性の悲鳴を聞きつけた。
彼はすぐさま声のした教室を覗いてみると、そこには不審者が立っていた。男は全身を黒ずくめで覆い、顔には白い仮面。右手には日本刀、左手にはナイフが握られていたという。
男のすぐそばには女子生徒(のちに高等部二年鈴木さんと判明)が倒れており、危険を感じ取った高岩君は、すぐに二人の間に割って入ろうとしたが、男はすれ違いざまに彼を突き飛ばし、教室から逃げていった。追うように飛び出して廊下を見渡すと、男の姿は煙の様に消えていたとの話だ。
倒れていた女子生徒は顔に軽い打撲と左手に切り傷を負っていたが、幸い命に別状はなかった。事件現場には犯行を誇示する様に、カーテンが切り裂かれていた。
★★★
これが昨日起きた事件のあらましらしい。
高岩君はこの不審者を『男』と呼称していたが、仮面の顔つきからくる印象によるものであり、性別を断定できる要素はなかった。
体のラインが隠れる様なコートを羽織り、髪の毛も一切露出はしていなかったという。身長は一六〇後半から一七〇前後だったというのも、判断材料としてはとても乏しいものだ。
犯人の特徴を聞いた作花さんは「白面刀」と小さく呟いた。
「作花? なにそのハクメントウとかいうのは」
「中華料理みたい! チューレンポートー!」
「それは料理名じゃないよ美利ちゃん……」
「この学園にある怪談の一つで、今回の犯人によく似た格好をしている……らしいです」
僕と美利ちゃんを無視して会長と作花さんが話を続ける。美利ちゃんは語感が気に入ったのかそれっぽい単語を唯々羅列していた。
それは置いておくとして、作花さんの話によると、学園から転校生が出たときに現れる怪人なんだそうだ。なんで転校生が出ると現れるのか? というのが疑問だが、正体は去ったはずの転校生だと言う話で、なんとも怪談らしい。
「ふーん? 聞いたことないけど、要は犯人はそれをマネした愉快犯ってわけ?」
「その可能性は高いと思います」
「僕も聞いたことないや。作花さん詳しいんだね」
「スーラータン! ホイコーロー!!」
「いえ、偶々知り合いから聞いた事があるだけです」
作花さんは少し困ったように顔を俯かせた。
聞きかじった程度の内容で発言したことが少し照れ臭かったのかもしれない。
ちょっと聞いたことがあるから発言しただけなのに、変に食いつかれて詳細尋ねられるとちょっと困る事ってあるよね。ちょっと分かる。
そんな彼女を引き継ぐように美利ちゃんが唐突に挙手をした。左手を前に突き出し、右手は後方斜め上空に挙げている所為か、最初は挙手とは気付けなかったが、元気良く発言するさまを見てそうだと気づいた。
多分さっきの中華料理の流れで変なスイッチが入っているのだろう。
「私も聞いたことある! ハクメントー」
「あら。意外……でもないわね」
「いつかは忘れたけど校内新聞に名前だけ載っていた! 詳細は分かんない!」
「何故作花さんが説明した後にその知識量で割り込んだんだ……」
「オカルト研究会の短期連載記事ですね。各内容の詳細は来週からとの事」
「各」という部分を会長が目ざとく詮索すると、白面刀は七不思議の内の一つでしかない事を補足してくれた。それを聞いて会長は小さく考えこむ。
「という事は、新聞部及びオカ研が怪しいと見るべきね」
「何でですか?」
「だって実際に事件が起きれば自分達の記事の注目度が上がるじゃない? いっそ両部の共犯の可能性もあるかも」
随分と自信満々に根拠のない事を言いだした。
基本的に物事を飛躍して事を大きくしたがるのは毎度の事なので、別段驚きはしないがつい溜息が漏れる。そんな僕の様子を見逃さずに会長は「何よ!」と頬を膨らませた。
「流石にそれだけで疑うには無理がありますよ」
「そうかしら? 我ながら結構いい線突いてる思うのだけど」
そんなこと言ったら、両部に目を向けさせる為にワザと別の人間が行ってる。なんてのも言えちゃうわけで、その程度のこじつけならいくらでも疑わしい所は出てきてしまう。
僕のつまらない物言いに会長は両手で耳を塞ぐと「あーハイハイすみませんでしたー」と唇を尖らせて拗ねだした。
「じゃあ笠村は誰が犯人か分かるわけ? わかんないでしょ?」
「そりゃ分かりませんけど。それよりも気になるのは凶器の調達方法ですかね」
「確かに日本刀ともなると気軽に持ち込む事は出来ませんからね」
それでなくとも学内への刃物の持ち込み、持ち出しは厳しくチェックがされる。それが日本刀ともなれば、それこそ相応の理由が必要となり、所持している人物は記録される事となる。
少なくとも生徒会の目を盗んで持ち込むことはまずあり得ないと言っていい。
「つまり、既に学園内で記録として管理されているものに限られるわけよね?」
「因みに現在の学内で、日本刀を“個人”で所持しているのは、風紀治安委員の佐納燕さん。武芸部、無藤龍姫さん。同部、山本六郎さんの三名です」
作花さんの情報を聞いて「意外と少ないわね」と会長が呟くが、正直言って多いと思う。これに加えて、個人ではなく団体として所有しているものを含めれば、一学園に保持されている量としては異常だ。
「この三人の内の誰かが犯人だと話が早いんだけど」
「流石に日本刀を使えば自分が一番に疑われますし、それは無いと思いますけど」
「あら? それを逆手に取ってあえてって可能性もあるかもしれないわよ?」
さっきの仕返しなのか、会長は楽しそうに笑った。
「団体名義で保管管理してあるのは、武芸部が四本ですね」
「基本的には武芸部しか所有してないのね」
「目撃例が日本刀だったので、西洋剣などは含めていませんから」
「じゃあまず、そっちの所在の確認をしておこう」
目撃者の高岩君は仮面の表情で性別を判断してしまったうっかりさんだ。長い刃物をみて日本刀と思い込んでしまった可能性もなくはない。が、白面刀の風貌からすれば、最初に思いつくのはどちらかと言えばサーベルとかの方が自然な気もする。
それでも尚、日本刀と言ったのだから、その線から潰していくべきだろう。
因みに被害者の鈴木さんは、長い刃物というだけで詳しいことは記憶になかったという。女の子に刀云々の違いは難しいだろう。それこそショックで思い出せないのも仕方がない話だ。
「じゃあ笠村は武芸部に確認へ、ついでに黒野を呼んで来て。作花は私と放課後の活動についての対応を調整」
「私はー!?」
「迎山さんは白川を呼んで来てくれないかしら?」
「ホーイ!」
元気よく返事をすると、美利ちゃんは蹴破る勢いでドアを開けて廊下を走っていった。会長が声を上げて注意をするが恐らく聞こえてはいないだろう。
黒野先輩と白川さんは、運動部、文化部それぞれの管理統括をしている。恐らく、今後の部活動への対応案を調整する為に来て欲しいのだろう。
生徒会役員としてはあるまじき美利ちゃんの態度に苦笑しながら、僕は追うように生徒会室を後にした。
★★★
「なるほど。それでこちらが保管している刀を確認したいと」
「そうなんだけど、今時間は大丈夫かな?」
「構いません。副会長の頼みとあらば無下にできません」
運動部らしく短くボーイッシュな髪型に相応なさわやかな笑みを浮かべ、副部長の無藤さんは用具室へと案内してくれた。因みに部長の黒野先輩は、先程僕の伝言を聞いて生徒会室へと向かって行った。
一応の役職としてはこちらの方が上なのだけど、やはり上級生には少し気後れしてしまう為、同学年の彼女が対応してくれるのは非常にありがたい。
★★★
「ふむ。しかしそんな事件が起きていたとは知りませんでした」
「一応、楽集新聞には載っていたらしいけど、無藤さんは取っていないのかい?」
「あまり噂話は興味ないんですよ」
そう言いながら先導して歩く無藤さん。背筋を伸ばして堂々とした歩きだが、女性の中でも小柄な部類の彼女が先立って歩くと、背伸びをした子供に道案内されているようで妙に可愛らしく映る。
用具室の中には、竹刀等の訓練用の武具が所狭しと置かれていたが、それらを隅に避ける様に掛台に置かれた刀、計四本が鎮座していた。
「祭事の時に行う演武以外では基本的に使う事はありません。しかし手入れは定期的に行っています」
「見た所、四本ともありますね」
となると使われたのは個人の所有物か、もしくは見間違いか……いや犯行後にこちらに戻した可能性もあるか?
そんな風に思考を巡らせていると、無藤さんは無言で刀の傍へ歩いて行く。そして一本ずつ順番に持ち上げ始めた。
三本目を持ち上げたかと思うと、それをこちらへ放って投げた。咄嗟の事でオロオロとしながらもなんとか刀をキャッチして、ホッと一息ついてしまう。そんな様子に彼女はかんらかんらと楽しそうに笑った。
「ちょ、び、ビックリしたじゃないか!」
「いや申し訳ない。しかし何か感じませんか?」
僕の狼狽した姿がそんなに楽しいのか、彼女は未だに「ハハハ」と笑っている。
しかし感じる。というのはどういうことなのだろう? あんまりスピリチュアルな感覚は持っていないので、正直そんな質問をされると困るんだけど……。
笑う彼女に何とも決まりが悪い気分だったが、このまま分からないのも悔しいので渡された刀を様々な角度で観察する――とちょっとした違和感を覚えた。
「いやに軽い……。もしかしてこれ真剣じゃないんじゃあ」
「その通り。おそらくそれは竹光」
「たけみつ?」と思わず聞き返すと「模造刀の事です」と教えてくれた。
「ふむ。どうやら、本物と差し替えられたらしいですね」
「という事は犯人が使用したのは武芸部の刀という事でいいのかな?」
「十中八九、と言うのも往生際が悪いですね。間違いないでしょう」
静かに言うと、先ほどの軽活な様子とは打って変わり彼女は深々と頭を下げた。
「これは我々の管理責任不足です。誠に申し訳ない」
彼女の態度の変わりように面食らい、言葉が詰まってしまう。
責めるべきは刀を盗み出し、犯行を重ねている犯人であり、彼女達は盗難に遭った被害者でもあるからだ。
とはいっても会長がこの事を知れば、流石になんの処分も下さない。というのはないだろう。
確かにこれは武芸部の管理である以上、彼女達の責任問題でもあるからだ。それは間違いではないだが、だからと言って今武芸部に責を問うのはばかられる。
犯人像がぼやけてる今の状態では、事件の悪感情の大半が武芸部に向いてしまいかねない。真剣の管理以上のバッシングにさらされてしまうだろう。それはあまりにも気の毒だし、避けたいことだ。
「取り合えず、この件については今は保留にしておこう」
「しかし――」
「不問にするわけじゃない。だけど、無駄な印象操作に使われるのも困るんだ」
特に新聞部はこういうのを嬉々として風潮するだろう。変に煽られると一般生徒達に根付いたイメージ先行で、必要以上の対応を求められかねない。
今はこの事件を収束させる事が一番重要な事だ。極力余分な仕事は増やすべきではない。
「刀がすり替えられたことも、今は一般公開はしない。他言も無用で」
「承知いたしました。本当に申し訳ない」
そう言うと再度無藤さんは頭を下げた。
なまじ小さい彼女が神妙な謝罪をされると、胸にくるものがあるなぁ。年下の子を虐めてるような妙な罪悪感を覚えてしまう。
会長はきっと甘いって言うんだろうなぁ。と、かしこまった彼女を宥めながら、どう報告して納得させようか頭を悩ませるのであった。