学園七怪奇
・渡戸阿奈多
高等部一年生
新入生
という訳で、来週より『学園七怪奇』について書かせていただくことになりました。オカルト同好会のWです。七怪奇という事で七週という短い期間になりますが、どうぞよろしくお願いいたします。
さて、今回は予告という事で簡単に学園七怪奇についての説明をさせていただきたいと思います。多くの皆さんは学校の七不思議はご存知だと思います。学校によっての細部や七つの組み合わせの違いはありますが『トイレの花子』さんや『音楽室のピアノ』等が一般的でしょうか。
この七不思議はこの学園にも存在していますが、それとはまったく異なるこの学園独自の七つの怪談話が伝えられているのです。それが学園七怪奇です。もう一つの学校七不思議と言えばわかりやすいでしょうか。
この七怪奇の興味深い所は、どれも過去に学園の公式な記録として残っている。という所です。生徒のみが語るうわさ話。としてではなく、実際に学園側が被害者を増やさないように注意喚起を行っている。というものが度々散見されるのです。
そして怪奇現象の正体はいずれも語れてはいないのです。真相が闇に葬られたのか、はたまた本当に魑魅魍魎の仕業だったのか。そもそも――
――光桜学園新聞部発行:楽集新聞より――
「阿奈多の学校には七不思議ってあったかい?」
放課後になった直後、前の席にいる渡井景はそんな事を訪ねてきた。
知り合ってから一月も経たぬ内から(というか初日からだ)下の名前を呼び捨てにするような気安い奴で、学園に来て初めてコイツの存在を知った時は、面食らったものだ。
その甲斐あってというのも変な話だが、唐突なこの物言いにもあまり不思議には感じなかった。
「あったんじゃないか? 興味ないから詳しくは知らんけど」
軽く一考するが正直そんな話聞いたこともない。だが、自分が知らないだけできっとあったに違いない。と無責任な決めつけの元そう答える。
「別に詳しく話を聞きたいわけじゃないから、それは構わないさ」
「じゃあ何で聞いたんだよ。そもそも時季外れじゃないか?」
話を振ってきた割りに、大した興味を示さない態度を疑問に思い尋ねると、景は待ってましたとばかりにニヤリと笑みを浮かべた。
「実はこの学園。その良くある学校の七不思議と別のもう一組の不思議があるって知ってるかい?」
「あぁ。七怪奇だっけ?」
思い出す様に呟くと、景は拍子抜けしたかの様に溜息をついた。
「なんだ知ってるのか」
「いやだって、この前校内新聞に載ってたし」
厳密に言えば予告記事だった気がするが、細かいことはどうでもいい。
「阿奈多って楽集新聞とってたのか。新入生なのに行動速いね」
「知り合いに読まして貰っただけで、とってはいないな」
「同じことさ。僕以外にそういう人脈が既に出来上がっている事実。正直嫉妬を禁じ得ない」
「気持ち悪い事を言うな」
フランクなのは結構だが、時々無駄に芝居がかった口調で喋り出すのが困りものだ。ムカツク位顔が整っている所為で、妙に様になっているのが微妙に質が悪い。
そんな俺の視線を物ともせず、景は顎に手を当てて一考する。
すると思いついたようにまたも突然切り出した。
「これは知ってるかい? 高等部の一年に、常に帯刀している女子が居るんだけど――」
「あぁ、風紀治安委員の人だろ? 佐納さんだっけ?」
引き継ぐように答えると、景はいよいよ顔を曇らせ、唇を尖らして不満を口にした。
「なんでそんな学園事情に詳しいのさ! 新入生の癖に! 癖に!!」
「な、なんだ、新入生差別か! 外部の人間を拒む閉鎖社会はいずれ滅びるんだぞ」
急に不機嫌になる景に少々戸惑う。
普段から良く分からない奴だが今回の態度は一際に意味不明だ。
そんな俺の様子を察したのか、景は駄々を治めると溜息をついて肩を竦めた。
「まったく。阿奈多が妙に情報仕入れるの速いから、新入生に学園事情を色々教える親友キャラのポジションが演じれないじゃないか」
「なんだその謎のポジション」
そんな良く分からないキャラムーブができない事に対して憤慨していたのかコイツは。
一瞬でも何か悪い事でもしたのかと思い悩んだ俺の杞憂に謝罪してほしい気分だ。
「ま。それは半分冗談」
「本当にいい加減にしろよお前」
「だから半分は本気さ。まぁそれは置いといてさ、七怪奇の話さ」
七怪奇? ここで話を元に戻すという事は、唯の興味本位で話を振ったわけじゃないのか。
微妙に嫌な予感が頭を過る。
「言っておくけど、一緒に秘密を暴く協力をしろっていうならお断りだぞ」
季節外れの肝試しなんて正直趣味じゃない。
そう思いあらかじめ釘を指しておくも、景は考えてもなかったとばかりに首を振った。
「ふむ。その提案も魅力的ではあるんだけどね。いやある意味では近いのかな?」
微妙に煮え切らない事を言いながら首を傾げる。
その姿を怪訝な様子で眺める俺を見て、景は不敵にほほ笑んだ。
「実はね。七怪奇の一つに、新入生に関連した物が存在するんだよ」
「ふーん」と何とも気のない返事が自然に漏れる。
この学園において高等部からの新入生は稀だ。こういう閉じたコミニュティに置いて、そういった希少価値が付与された存在は、何かと噂話の中心になりやすい。
この前話した新聞部の話では、ここ数百年で三、四人程度という事だ。そこまでのレアケースともなれば長い歴史の中で何かしらの《曰く》が付くのも考えられる事だ。
なので、そんな事を言われた所で正直驚く程の事でもない。
とは言っても、ここまで直球で教えられるのはちょっと意外だが。
「へぇ、いよいよ排他的な寒村染みた話になってきたな。余所者は災いをもたらすってか?」
「当たらずとも遠からずって奴かな」
茶化す様に先を促すと、半ばそれを肯定するかのように景は引き継ぐ。
「七怪奇の一つに、『怪人白面刀』っていうのがあるだろう?」
確認するかのように訊ねられたので、記憶を手繰る。新聞に載っていたのはあくまで予告であった為、書かれていたのは各怪奇の名称のみで、詳細を詳しく書かれていた訳ではない。なので記憶としては、結構うろ覚えなんだけど、確かにそんな名前があった様な気がする。
俺の返答を聞いて景は話を続ける。
「その白面刀が現れたっていうのがさ、毎回新入生が入ってきた年だって話なんだよ」
「なるほど、貴重な出現条件を満たしたって訳だ」
「そういうことだね」
そしてその怪人が出てくる原因であろう俺に話しかけたって訳か。
夢のない話をしてしまえば、新入生が入った年に現れる不審者だ。
常識的に考えてしまえば、新参者が疑われるのも仕方がない。
「となると正体は新入生ってオチなのか?」
「そういう説もあるね。だけど書いてあっただろう? 七怪奇の正体は未だどれも明かされてないって」
景はさも得意気にそう話すが、正直そこまでまともに記事を読んでいたわけでもないので覚えてはいない。最初に言ったが、そもそもあんまり興味ないんだよな。怪談話って。
「それは残念」と景は俺の発言に肩を竦める。
しかし、詳しく知らないのは幸い。とばかりに説明を続ける。
コイツはアレだな。街頭で怪しいオカルトグッズとかを売るのが天職な感じの人間だな。
「白面刀の正体は、阿奈多の言った通り新入生だって言う説もあればその逆って話もある」
「逆?」
「新入生が来る前に居た学生だよ。原則、新入生を取るのは中等部以前で空きができている事だろ?」
俺の疑問を景がまたも得意げに話す。
基本的に人に説明するのが好きな質なんだろう。俺の語尾にクエスチョンマークがついてると、やたら楽し気な声色になる。
「不幸にあった元学生が無念を晴らす為、夜な夜な獲物を探してる。とそういう話」
「こっちの方が怪談らしいかな」と楽しそうに笑った。
確かに内容としてはそっちの方がらしいが、その論法だと途中で学園からいなくなる生徒は全員不幸な理由という事になる。正直内容としては、こっちの方がホラーなんじゃないかと思えてならない。
「この学園に入る生徒って、大半がここに居るという事が目的みたいなところがあるからね。
途中で去る生徒にも、そういった妙な勘繰りが後を絶たないのは仕方がないさ」
俺の揚げ足取りを景はそう補足する。
成程。特殊な学園に入る生徒は、入る理由も特殊であり、それ故に去る理由も特殊であるはずだ。という事か。ある意味、自分達の立場になって考えてみたら、そうとしか考えられないのかもしれない。
そう思うと、一概に不謹慎な噂とも断じれない。
「それで今年の転校生はどうなんだ?」
「確か留学とかだった気がするけどね。それでもやっぱり色々憶測は飛び交ってたよ」
しかし憶測は所詮、憶測でしかない。現実で言えば本当に留学の可能性が高いだろう。
となると、残るは入ってきた方。つまるところ俺な訳だが、もちろんそんな珍妙な怪事を犯すためにやってきたわけではない。大体入ってくる人間すべてがそんな変態行為を行う偶然なんて起こるのか? だからこその怪談なのかもしれないが。
「ところで新入生の説はどういったものなんだ?」
つい気になってそんなことを訪ねてしまう。
景は「待ってました」と言わんばかりにいやらしい笑みを浮かべると――
「新入生が、次の白面刀に入れ替わってしまう。という奴さ、よくある話だろ?」
白面刀の正体は悪霊に取り付かれた過去の新入生であり、自由になる為に自分に変わる新たな体を求めて、新入生が入ってくると姿を現すのだという。
「こっちも十分怪談らしいじゃないか」
「でも怪談としてはイマイチだよね。在校生関係ないし」
つまらなそうに肩を竦める。
確かに、高等部からの新入生というレアキャラしか襲わないんじゃあ、在校生の恐怖感を煽るには弱い。そのレアキャラの俺も、イマイチ信じてない所為で恐怖感は湧かないし、確かに怪談話としては微妙な話だ。
「それにしても、随分と七怪奇に詳しんだな」
学内新聞の特集を組むくらいだ。学内の知る人ぞ知るネタなんだろうに、その割りに景はやたらと詳しい。と言ってもコイツが《知る人》ってだけなんだろうけど。
そんなちょっとした疑問を口にすると、景は小さく笑った。
「そんなの当然さ。僕オカルト同好会だからね」
なるほど。
研究対象の原因の一つかもしれないんだ。そりゃあ意気揚々と接触してくる訳だ。
「そういうこと。もしかしたら阿奈多の前に現れるかもしれないだろ?そうなったら是非詳しく聞かせてよ。無事だったらだけど」
「現れたらな。精々憑りつかれない様に気を付けるさ」
「そうだね。僕も君がいなくなると寂しいからね」
イマイチ信用のおけないセリフを残すと、景は鞄を持って教室から出ていった。
呆れて動く気にもなれなかった俺は、景を見送ると大きくため息をつく。
友人に降り注ぐかもしれない危険をあれだけ楽し気に話せる当たり、アイツも結構な面の皮だと思う。が、事前に忠告してくれたと好意的にとるとするか。
そう納得すると、のそのそと立ち上がって帰路につくことにした。
★★★
その三日後だった。怪人白面刀の被害者が出たのは――