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二人の剣士

・佐納燕

高等部一年生

中等部一年時の仇名は赤べこ

「おや?」


 放課後の廊下。

 そこで珍しい人物と出くわした。

 武芸部副部長、無藤龍姫むとうたつき先輩だ。

 

 彼女は学年が違う事もそうであるが、授業が終わればすぐに武芸部に赴いて鍛錬をひたすら繰り返す。

 なので風紀委員時代に見回りをしていても彼女と顔を合わすことは殆どなかった。

 一度だけ部に勧誘された時に顔を合わせて以来はまともに会話した覚えもない。


「無藤先輩。お久しぶりです」

「やぁやぁ、これは佐納さのうさん」


 頭を下げる自分に、先輩は軽い調子で手を振ると、こちらへ距離を詰めてくる。

 その様子にどこか違和感を覚えるが、一先ず自分は頭を下げる。


「部の方はお休みですか?」

「いやぁ、恥ずかしながら我が部は現在活動停止中でして」


 何ともないように先輩は答える。

 その言葉でふと思い出す。

 白面刀が凶事に扱っていたあの刀。

 あれは武芸部が管理所有していたものだと発表された。

 代わりに精巧に作られた模造刀に差し替えられており事実の発覚が遅れたとの事だった。

 とはいえ部全体の管理責任という事で一週間の活動停止が言い渡されたのである。


「失念しておりました。これは失礼を」

「いえいえ。身から出た錆というもの。まぁ休養期間としては丁度良いでしょう」

「はぁ? 休養ですか」

「恥ずかしながら、先日不覚を取りましてね。現在少々負傷中なのですよ」

「先輩がですか?」


 その言葉に自分は驚きを隠さずに疑問を口にした。

 先輩の剣の腕は、悔しいが自分よりも一段上の所に居る。

 そんな彼女を退けるほどの腕を持つものは学園内では数えるほどしかいないだろう。


「買いかぶり過ぎですよ。とはいえ戦う以上は誰とも負ける気は持ちませんが……、まぁ結果はこの様ですよ」


 笑いながら彼女は片足を軽く前後に振った。

 恐らく負傷した場所がそこなのだろう。

 言われてみればこちらに近づく際に歩き方がぎこちなく感じた。

 成程、どうやら怪我の影響という事らしい。

 しかしながら部内で、彼女がそこまでの怪我を負うというのも少しだけ不思議に感じる。

 よもやどこかの武道系の部活と交流試合でもしたのだろうか?


「私としてはそこまで大事とは思いませんが、どうにも無理をすると目くじらを立てる方がいましてね」

「はぁ。左様ですか」

「とはいえ恩義もある手前無下にも出来ませんし、ここは大人しくしておきますよ」


 肩を竦めて先輩は溜息を吐いた。

 そうでもなければ、部活内で自己鍛錬に勤しむつもりであったのだろうか。

 面倒くさそうに語るその姿は、しかし何処か嬉しそうに見えた。


「そういう佐納さんは見回りですか?」

「いえ勝手ではありますが、自分はこの度風紀委員を止める事にしました」


 自分の言葉に先輩は特に驚きもせずに小さく「ほぉ」と口にした。

 実際、風紀委員長の不祥事が取り沙汰されている為そこまで意外には感じないのだろう。

 だが自分が風紀委員を抜けた理由はそこではない。

 無論、多少の影響がないとは言わないが、重たる理由は自身の未熟さを痛感したうえでだ。


 今回の件で、自身の精神、そして学園内の歪な権力争いに対しての認識の甘さを実感した。

 そんな半人前な自分が、表立って正義を語り行動を起すのは余りにも不誠実であろう。

 故に、今一度自身を見つめなおす為、権力を持つ組織から離れる事を決意したのだった。


「ふむ。佐納さんは真面目ですね。どうですか? これを機に我が部に入っては? 活動停止中に言うのもなんですが」


 確かに武芸部に集まるものは、各々の研鑽に重きを持つものが多く、部同士の権力争いはあまり起こらないだろう。

 しかしながら自分は静かに首を振った。


「実は誘われている所が既にありまして」

「おや。私としたことが先を越されるとは。まぁ気が向きましたら」

「えぇ。その時は是非とも」


 そういって頭を下げると自分は先輩と別れる。

 廊下を曲がり彼女の姿が消えた事を確認すると反対方向へと歩みを進めた。

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