先輩と双葉ちゃん
・鷹野雛
高等部一年生
さか上がりが出来ない
昼休み、購買部で手に入れたサンドイッチと紙パックのミルクティーを手に廊下を歩いていた。
今日は何となく、中庭でお昼を食べようかと思っていたんだけど、あいにく腰を落ち着かせるような場所は空いていなかった。
わたしはこういう時にどうにも間が悪い。というよりは、動きがトロくさいので大体他の人に先を越されてしまうだけなんだけど。
特に購買部で食べ物を調達してから、なんて悠長なことをしている以上この結果は至極当然だと自分でも思う。
「うぅ……ごめんね双葉ちゃん」
沈んだ声で、隣で歩いている双葉ちゃんに謝罪した。
わたしが思い付きで中庭で食べたいなんて言ったばかりに、それに付き合ってくれた彼女も未だ食事にありつけないのだから申し訳ない。
これだったら、お弁当を作ってくれば良かったなーと、ちょっと後悔。でも、授業中に急に思いついちゃったんだから仕方がない。
「別に私は良いけど、中庭で食べたがってたの雛だし」
「今思えば無謀な思い付きだったよ」
今から教室に戻るのも大した労力ではないんだけど、なんだかこのまま素直にそうするのは、負けを認めたみたいで何だか悔しい。どうにかして、いつもと違う場所で食事はできない物だろうか。
別棟に行くには遠いし、散歩道のベンチは中庭と一緒でもう先客もいるだろう。屋上は立ち入り禁止だし……。
「素直に教室で食べればいいのに」
往生際の悪いわたしを見て、呆れた風に双葉ちゃんはそう言った。
本当に全く持ってその通りなんだけど、イマイチ引くには引けないというか、偶には代り映えしない昼食に変化が欲しいというか、取り合えずもう今日は是が非でも自分の教室で食べたくないのだ。
こんな滅茶苦茶な言い分にも、双葉ちゃんはため息交じりに付いてきてくれる。
なんだかんだ言って優しいのだ。
いっそのこと、どっかの空き教室で食べてしまうだけでもいいかもしれない。わたしはそんなことを考え出した。
教室なんてどこに入っても大体同じ様なものだけど、双葉ちゃんと二人っきりで静かに食事ができると思えば、それも悪くない。そう思ったわたしは、丁度近くにあった会議室の扉をあけ放った。
中にはなんと先客がいた。三年の鷺宮先輩だ。
「やっほ! お二人さん、逢引かね」
「こんにちは先輩。えへへへ、そうなんですよ」
先輩は突然現れた私達にも動じずに、無表情で軽口をかわす。愛想よく振舞うわたしとは裏腹に、双葉ちゃんは仏頂面で返事も返さなかった。
あんまり社交的ではない彼女だけれど、鷺宮先輩に対しては、特に当たりが強い気がする。
色々問題を起してる先輩なので、生徒会役員としては仕方がないのかもしれない。
けど、話してみれば結構愉快な人なので出来れば仲良くしてくれると嬉しいんだけどね。
双葉ちゃんは無言で部屋の中を観察する。
一通り見終わった後、先輩を睨むようにして口を開いた。
「会議室の使用予定は明後日までなかった筈ですが、先輩はここで何を?」
「そんな事言ったら、お二人さんは? お昼食べる為の使用許可なんて出ないでしょー」
「……別に会議室での飲食は禁止されていませんから」
「それは授業前の準備の際にやむなし。て言うのが暗黙のルール化してるだけで、生徒会役員が言うセリフではないと思うなー」
「今は先輩が何をしているかの話です。その話はこちらを終えてからでよろしい筈です」
「んじゃあ、あちしもお昼ご飯」
そう言って互いに表情を変えずに言葉の応酬が繰り広げられる。互いに顔色を崩さない。という点では同じだけど、先輩はまさしく無表情。パッチリお目々のお人形が喋ってるようだ。
対して双葉ちゃんは睨みつける様な視線だ。心底相手を見下してる冷たい目。だから何を言われたところで表情を崩す意味もないといった感じ。
「せ、先輩もご飯なんですか? じゃあわたし達とご一緒しませんか」
これ以上空気が悪くなるのが怖くなって、思わずわたしは口を挟んでしまう。
先輩の両手には何も握られていない。なので、ここでお昼ご飯というのは真っ赤なでたらめなのだろう。
「んにゃ、もう食べ終わったからへーき。お二人の邪魔はせんよ」
だからこう返すことも何となく分かっていた。
先輩は右手をヒラヒラと揺らしながら、わたし達の横を通り過ぎていくと、扉の前で振り返った。
「そんじゃグッバイ! ごゆっくり」
そう言い残して、先輩は逃げるように会議室を後にした。
その際も、双葉ちゃんはずっと彼女を睨むように見ていたけど、追及はしなかった。
恐らく問いただしても無駄だというのが分かっているんだと思う。
「あはは。先輩も相変わらずだね」
わたしの言葉に彼女は「そうね」と短く返事をした。
暫く会議室の中を不審に見まわしてはいたけど、ため息をついて中断した。
「まぁいいわ。お昼にしましょ? いい加減時間なくなっちゃうし」
「うん。そうだね」
結局は空腹を満たすことを優先した。
多分、いつまでも気にしていたら、わたしが食事にありつけないだろうと気を使ってくれたんだと思う。
彼女の言葉に、わたしは跳ねるように同意して席に座った
それにしても、先輩はここで何をしていたんだろう。
彼女の事だから、何の理由もなくこんな所にはやってはこない筈だけど。
そんな疑問も、双葉ちゃんとお喋りしながら食事していたら、いつの間にかすっかり気にならなくなってしまったのだった。




