作花双葉
・鷹野雛
高等部一年生
コーヒーは苦くて飲めない
消灯時間が近くなってきた所で、双葉ちゃんが部屋を訪ねてきた。
「どうしたの?」
「いえ、えっと……一緒に寝ない?」
言葉を探す様に視線をさまよわせて、結局単刀直入に切り出してきた。彼女がこういった事を言ってくることは非常に珍しく、思わず首を傾げてしまう。もしかして、昨日の事を気にしているのかな?
昨日、白面刀に襲われて、佐納さんに送ってもらった直後、部屋の前で双葉ちゃんはわたしの帰りを待っていた。誰かが見ていたのか、わたしが襲われたことを聞いたみたいで、いつも冷静な彼女らしくないその様はとても印象に残っている。
怪我が無かったことに安心してくれたんだけど、その日は襲われたショックの事もあって、双葉ちゃんの部屋で一緒に寝させてもらったのだ。もしかしたら今日はわたしが変に我慢してるんじゃないかと、心配して来てくれたのかもしれない。
「もしかして、心配してくれてるの? ありがとう。でも、もう大丈夫だよ」
「そう? でもその、もう一日くらい様子を見ても、良いんじゃないかしら?」
そういって尚も食い下がる双葉ちゃんに、わたしは再度首を傾げてしまう。
昨日の事があったにせよ、ここまで彼女が頑ななのも珍しい。
彼女の気遣い自体はそんなにおかしい事ではないけれども、それでもわたしが大丈夫だと言えば、それを信じて引いてくれるのがいつもの彼女だ。
「もしかして、今日何かあったの?」
なんとなくそう思って聞いてみる。彼女がここまで心配するのは、もしかして今日も白面刀が現れたからなんじゃないだろうか。
わたしの問いに双葉ちゃんはジッと目線を下げる。無言の肯定だ。わたしはそのまま彼女を部屋に招き入れた。
★★★
「えぇ! 別の白面刀が現れたの!?」
「笠村先輩の予想では恐らく」
ホットミルクが入ったマグカップを両手で包むように持って双葉ちゃんは静かに語る。今日の放課後に生徒が襲われ、偶然近くに居た副会長さんが追い払ったという話だ。
「へー、しかし副会長さん凄いね! 刃物を持った人に立ち向かうなんて」
「そうね。あの人はそういうのは見過ごさないでしょうから」
声こそ平坦な物だったけど、双葉ちゃんの物言いはどこか誇らしげに感じた。
人には無関心な質の彼女だけど、なんだかんだで生徒会の人達には、一定以上の親しみを持っているようだった。
わたしが入り込めない交友関係だと思うと、ちょっとだけジェラシーを感じてしまう。
「でも佐納さん程、強いわけでもないのだから、あまり無茶はしないで欲しいものだけど」
「ふふふ」
「? 何かおかしいかしら?」
突然笑いだすわたしを、不思議そうに眺める双葉ちゃん。それに「なんでもないよ」と笑いながら返す。
例え本人が目の前に居ないと言っても、堂々と誰かへの心配を口にする彼女の姿は珍しく、それがとても微笑ましく感じてしまうのだ。
そして、そういう姿はわたしの前でしか見せないんだろうなぁ。と思うと少しだけ優越感を感じてしまう。
わたしの部屋に来たのも、ちょっとした愚痴を聞いて欲しかった。というのもあるのかもしれない。
「そう考えると、渡戸君も凄いよね」
わたしの言葉に双葉ちゃんが反応を示す。何とも言えない微妙そうな顔をしている。
「……渡戸?」
「うん。刀を持った相手の前にバーッと、飛び出して助けに来てくれたんだもん」
「……まぁそうね。でも結局、佐納さんが助けてくれたんでしょう?」
「それはそうだけど、助けに来てくれたのは本当なんだよ?」
「……えぇ。そうね」
渡戸君を話題に出した途端、露骨に口数が少なる双葉ちゃん。
昨日も助けてくれた事を説明しても微妙そうな顔をしていたけど、何か思う事でもあるんだろうか?
そんな疑問に首を傾げていると「雛」と短くわたしの名を彼女が呼んだ。
「彼とはあんまり関わらない方がいいわ」
「えぇ! な、なんで!」
「うん……と、そもそも、なんで女子寮への道に居たのかしらね? 怪しいわ」
「それは新入生だから、まだ道が分からないだけじゃない?」
「で、でも以前も迷ってたんでしょ? そう続けて同じ道で迷うかしら?」
「わたしも中等部の頃はよく迷ってたけど」
「雛は良いのよ雛は」と良く分からない理屈をこねる双葉ちゃん。なんだか渡戸君に対しては、異様に厳しい気がするけど、気のせいかな?
以前道に迷っているのを助けた時もそうだけど、彼の話題が出ると彼女は嫌そうな顔をしている気がする。嫌そうな顔というのもなんだか違う。バツが悪いというか、居心地が悪いとかそんな感じ。
「双葉ちゃん。あんまり人を憶測で悪く言っちゃダメだよ」
「ぐ、いやそんなつもりは……いえ、そうね。ごめんなさい」
まだ抵抗を試みようとしたけど、わたしの顔をみて渋々と言った感じであやまった。
なんだか二人とも雰囲気が似てるから、仲良くなれそうな気がするんだけどなぁ。
なんだろう? 同族嫌悪って言うんだっけ? でも二人はあったことはなさそうだし、それはちょっと違うのかな。
もしかしたら、自分の把握してない交友関係に嫉妬してくれてるのかもしれない。丁度さっきのわたしみたいに。
そう考えるとさっきの仕返し、というとちょっと意地が悪いけど、双葉ちゃんもおんなじ気持ちになってくれたんだ。とちょっと嬉しい気持ちになる。
思わず笑みを零すわたしに、双葉ちゃんはまた不思議そうに首を傾げるのだった。




