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切り裂き魔 三度現る

・笠村忍

高等部二年生

生徒会執行部副会長

 昨日(さくじつ)午前七時頃、化学室のカーテンが切り裂かれているのを教員が発見した。教室内にある六枚の内、二枚のカーテンが刃物で切り裂かれており、風紀治安委員は昨月に第二部活棟のカーテンが引き裂かれた件と同一犯の可能性があるとして引き続き捜査に当たっている。

 二月にも同様に美術室のカーテンが引き裂かれており、今回の件で三度目となる。同一の手口であることからいずれも同一犯である可能性が高いが、生徒会執行部会長:すずが)(さき音色ねいろ氏は『犯行を面白がった、別人物という可能性もある。いずれにせよ安全の為、放課後用事のない生徒はなるべく速やかに下校するように心掛けてほしい』とコメントしている。


――光桜学園新聞部発行:楽集新聞より――


 風紀委員達が部屋から出ていくのを見送ると、生徒会長は背伸びをして椅子に勢いよくもたれかかった。ハーフアップに纏めた黒髪がその勢いで首の脇からふわりと前方へとなびくと、元の位置へと戻った。


「それでどうするんですか?」

「どうする。というのは?」


 気だるげに体を投げ出したまま、会長は僕の問いかけを、心底分からないという風に視線だけ投げて聞き返した。

 とても一学校の生徒会長とは思えぬ態度ではあるが、他の生徒の前では常に気を張っている彼女が、僕達の前だけに見せる姿だと思うとこれはこれで悪くないように感じてしまう。


「今後の対策とか。流石に放っておくわけにもいかないと思いますよ?」


 先ほどまで風紀委員と話し合っていたのは、今年の二月から起きているカーテン引き裂き事件についてだ。

 教室のカーテンを刃物で切り裂く。という内容として書き出すと大したものではないのだが、刃物を使用している事、続けて同じことが起きているという点はやはり放置しておけない。

 今の所、月に一回程度のペースではあるが、今後エスカレートしないとも限らない。


「対策と言っても特にやることもないのよね」


 興味ないとばかりにヒラヒラと手を振って会長は天井を見上げた。

 訂正。流石にもうちょっと真面目にやって欲しい。


作花さくかさんはどう思う?」


 おさの意見は諦め、書記である作化双葉さんに意見を求める。

 物静かでクールな印象の彼女だが、実際も沈着冷静に物を言ってくれる生徒会の常識人だ。

 手入れの行き届いた黒く長い髪を揺らしこちらを一瞥すると、考え込むように顎に手を当てる。


「確かに。月に一回、数ある教室の中から一つの教室を選んで犯行に及ぶ。というペースではこちらとしてできることは少ないでしょうね」

「うーん。やっぱりそうなのかな」

「予防、抑止をするにしても、全ての教室に注意を割くのは無理があります。かといって犯行場所の共通項も少なく、日にちに規則性も見当たりません。現行犯で捕まえるとなればそれこそ奇跡的な確立になるでしょうね」

「そもそも、月一程度で起こる悪戯にそんな労力は割いてられないわよ」


 作花さんの発言を会長が割り込んで締めくくる。乱暴な言い分だが、結局の所はそう言う事なのだろう。

 放置するわけにもいかないが、規模、頻度からしてできることも少ない。という訳だ。

 風紀委員との話し合いでも似たような結論になったが、やはりどうにも納得はしがたい。


「いっそさ、もうカーテン全部防刃仕様とかにすればいいんじゃん。軍とかで使われてるようなの」

「そんなものがあるの?」


 中等部代表の美利みとりちゃんが左右に小さく纏めた栗色の房を揺らしながら唐突に口を挟みだす。恐らく思い付きの発言であるだろう。

 しかし会長は律義に意見の一つとして取り上げる。


「それは分からない。無いなら作ろうオーダーメイド!!」

「そんな予算出ませんよぉ」

「じゃあ無理だね。もうカーテン全部鉄板にしちゃおう」

「……迎山むかえやまさんはもう少し考えてから発言するよう心掛けてください」


 無茶苦茶な発言に会長は頭を抱えて溜息をついた。

 美利ちゃんが脊髄反射で喋るのはいつもの事なのだ。なのに、ちゃんと話を聞こうとする会長のこういった所は心底偉いなぁと思う。


 そもそも美利ちゃんは今回の会議には呼ばれていない筈だ。しかし素直に指示に従うことを期待するだけ無駄というのは生徒会の共通認識になってしまっている。寧ろ会議中はお絵描きに夢中で話を中断させなかっただけマシだったとも言える。


「冗談はさて置き、結局生徒会こちらとしてできることは生徒への注意喚起位になるのかな?」

「そうですね。朝礼なり放送なり。それとなく言う感じで。先月もやりましたけど」


「冗談じゃないぞ」と美利ちゃんが吠えるが無視して話を続ける。ある程度本気なのはわかってはいるが一々相手にしてはいられない。作花さんもそれを分かっているので見向きもしない。唯一会長がまぁまぁと宥めすかしていた。


「あとは校内新聞にも書いとけばいいかな?」

「あれ? でも今日新聞に載ってるのみたよ。生徒会長ネロネロのコメント」

「その呼び方は金輪際辞める様に」

「あれは新聞部のです。非公式な、何人読んでるかも不明な物に載せても効果は知れてます」

生徒会ウチが出してるのも何人読んでるか分かんないけどねー」


 心無い発言をする美利ちゃんを作花さんが微妙に拗ねた表情で視線を送るが当の本人はどこ吹く風だ。生徒会の新聞は、作花さん主導で作っているからあんまりいい気分じゃないのだろう。


「あとは風紀委員に任せましょう。とはいっても、現状あちらも大差ないでしょうけど」

風紀委員アッチもおんなじこと思ってたりして、互いに期待して両者何もせず」

「実際互いにやることないですからね」

「もうちょっとみんな真剣になろうよ……」


 三者三様の投げやりな発言に呆れて、思わず溜息交じりの声が出た。


笠村かさむらは真面目ね。もう少し気楽になさい」

「会長達は楽にしすぎな気がしますけど」

「あら失礼ね。内容相応には真面目にしてるわよ? 私も作花もね」


「ねっ?」と意地の悪い笑顔を浮かべた会長に同意を求められると、作花さんは小さく肩を竦めるに留めた。省かれたことに気づいていない美利ちゃんが、なぜか勝ち誇ったように笑みを浮かべていた。


 確かに彼女達ふたりの言う通り、現状こちらでできることは少ない。かといってこのまま傍観に徹するのは個人的にはばかられた。


 何が動機かは分からないが、犯人は刃物を用いて破壊衝動をぶつけているのだ。

 対象が物な内はまだいい。それがエスカレートして生徒に向けられないとも限らない。

 その事を思うと、とてもじゃないが気楽に構える事はできなかった。


「いっそ、その方が楽でいいけど」

「会長!」


 あまりにも不謹慎な発言に興奮した僕を、どうどう。と会長が宥めつつも言葉を続ける。


「カーテンを切り裂かれた程度じゃ、さっきも言った通り注意喚起が精々。だけど実際に怪我人が出たともなれば、生徒会権限で活動に制限を設けることも可能って事よ。一時的にせよ、ある程度規則を強くするには、まだ材料が少なすぎるのよ」


 確かに怪我人が出ないようするのが一番ではある。

 だけど学園全体の危機意識が薄いうちから過度な締め付けをすれば、それこそ生徒達から反発が起こるだろ。しかし一回でも実例が出てしまえば、多少の無茶を通すこともできる。


 多少の反発はあるだろうけど理解は示してくれるだろう。

 それこそ怪我人は出なくても襲われた、という事実だけでもいいのだ。


 生徒の支持で成り立っている以上、生徒がある程度納得できる材料を用意しなければ強権を行使できない。したとしても効力をなさない。というのが生徒会の辛い所でもあった。


「いっそ、被害者をでっち上げて無理矢理やってしまうのが一番いいのだけどね」

「バレたときが酷いので止めてください」

「冗談よ」


 悪い笑みを浮かべて否定する会長であるが、どうにも信用し難い。

 彼女が変な気を起こさないように祈りながら小さく溜息をついた。

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