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あらぬ誤解

・笠村忍

生徒会執行部副会長

妹が三人いる

 生徒会室で会長が、楽集新聞を読んでいた。

 意外と会長は、学園内の噂はマメにチェックしていたりする。些細なことがきっかけで大きな問題に発展することも視野に入れて、こういった事は怠らないとこは生徒会長の肩書に相応しく真面目だ。

 しかしどれも大まかに内容確認する程度であり、現在の様に食い入るように記事を読むことはあまりなかった。


 だけどそれも仕方がない事だと思う。今日の新聞に載っていたのは、刃物を持って事件を起こしていると思わしき、犯人の姿であったからだ。証言から大体の様相は予想できてはいたが、実際の姿を確認するのは生徒会を含め、多くの生徒にとっては初めての事なのだから。


 しかも、ただ犯人の姿が写っているだけでなく、一人の生徒と刀を打ち合わせている姿が、大きく写されていた。学園ではサムライガールとして有名な佐納さのうさんだ。

 匿名の生徒からの情報提供という事で、詳細は細かく書かれてはおらず、襲われた生徒を救うために刀を振るった彼女の勇姿を称える内容が主であった。

 犯人についての憶測などが少ないのは、急に記事を差し替えた事に対する、こちらへの配慮があるのかもしれない。


 一応真偽の確認を取るために佐納さんを訊ねると、事実であるとの証言を得ることが出来た。それ以上に新聞でこの件を取り上げている事に驚いており、どうやら新聞部に情報を渡したのは彼女ではないらしい。

 通り魔から生徒を救うためにその身を投げ出した彼女は、クラスメイトからもヒーローとして担ぎ出されて、少し困っているみたいだった。


「しっかし意外ね。私はてっきり暫く活動を自粛するものだと思ってたけど」


 新聞から目線を外すと会長はそう言って溜息をついた。

 前回の事件は、犯行を目撃されたことによって、犯人が混乱して予定外の危害を生徒に加えたものだと会長は睨んでいた。

 なので、上手くいけば罪悪感に駆られて自首、そうでなくとも、これ以上の犯行はないだろう。という結構楽観的な方針であった。今回の件でそれが見事に覆された結果ともなり、微妙に機嫌も良くなかった。 


「会長の推理、ぜーんぜん的外れだったね。こりゃ名探偵にはなれないね」

「別に当たり外れはどうだっていいのよ。問題は完全に標的を生徒に切り替えているって所ね」


 苛立たし気に親指の爪を噛む。

 確かに今回の事件では、今まで必ず行われていたカーテンへのイタズラは行われていなかった。

 とは言ってもこの学園は広く教室の数も多い。全てをくまなくチェックできたとは言い難いので断言はできないが、犯行場所が今までとは違い、校舎の外だという点からみても可能性は低い様に感じる。


「やっぱり人を襲う方が反響が大きくて、味を占めたんですかね?」

「その可能性もあるかもね。作花さくか! この記事は載せて良かったわけ?」


 会長は作花さんに問いただす。現在、彼女が一時的に新聞部の記事をチェックをしているからだ。昨日は一部ダメ出しをしたという話であったが、どうやらこの記事ではないらしい。

 同じ記事を眺めていた彼女は、その声に反応するとゆっくりと視線をこちらに向けて口を開いた。


「私がチェックしたときにはこの記事はありませんでした。放課後に起きた事件ですし、こちらのチェック後に急遽差し替えられたものかと」

「チッ! なら仕方ないか。でも一言こっちに知らせるべきじゃない? あいつら絶対ワザとよね」

「恐らくは。といってもこのレベルの事件を隠すと逆に生徒からの不信感を得るだけでしょうけど」

「自分で言っといてアレだけど、本当にそんな単純な動機なのかなぁ」


 実際問題、ただの目立ちたがり屋にしては戦闘能力が異常だ、実際に立ち回りを見たわけではないが、佐納さんと対峙して逃げ遂せたという事実は、正直言って驚愕に値する。


「佐納ってそんなに凄い訳? 刀持ち歩いてるけど、武道系の部出身って訳でもないでしょ?」

「彼女は実家が剣道場で、そこの三女です。剣の腕だけならこの学園でも五本の指に入るかと」

「この学園のサムライ事情に詳しくないから、その例えはピンとこないわね」


 間を入れずに作花さんは説明をするも、会長には上手く伝わらない。実際大会などの実績がない事もあり、当学園に置ける生徒の個人技能は把握し辛いのが現状だ。

 ましてや学園生活において、人前で剣術を披露することなど滅多にない事を考えれば、会長がイメージし辛いのも仕方がない事といえる。


「笠村とどっちが強いのー? 笠村忍者でしょ? 忍者と侍だとどっちが強いの?」

「いや、忍者じゃないけど」

「えーでも手裏剣使うじゃん? 手裏剣使うんなら忍者でしょ?」

「あれは護身術というか宴会芸みたいなものだけど」


 目をキラキラして語る美利みとりちゃんの発言をやんわりと否定する。

 以前ちょっとした余興で特技の投擲を見せた事があるけれど、それ以降彼女の忍者押しが微妙に根付いている。


「多分僕が佐納さんと戦ったら、刀関係なく手も足もでず負けると思うなぁ」

「えー、忍者弱くない?」


 佐納さんと喧嘩した事なんてもちろん無いけれど、以前授業で武芸部の無藤さんと剣道をしたことがあった。

 その時は防具の上から一撃で昏倒させられた。まるで動きが見えず、何をされたのかすら分からなかったけれど、多分面だったんじゃないかと思う。

 彼女は佐納さんの腕をやたら褒めていた事があるので、少なくとも彼女と打ち合える位はあるのではないかと思われる。


「ふーん。笠村より強いんだ? じゃあ結構やるのね」

「はぁ、どうも」


 良く分からないが会長的には納得できたらしい。

 正直この学園は身体能力が異常な人間も多いので、僕と比べても,あんまり参考にならないと思うけど。


「というか、美利ちゃんここに来ちゃダメじゃないか。帰らないと」


 今更感が強いけど、話が一区切りしたので思い出したように彼女を咎める。

 今回の件を得て、一時的に生徒への集団下校が義務付けられた。

 寮までの道のりも学内である以上、そんな措置を取らずとも、下校時には生徒が密集して帰る様なものだし、犯人の身体能力を考慮すると気休めレベルなのかもしれないが、やらないよりはマシだろう。


 会長なんかは「被害者が増えるだけじゃない?」とか言ってるけど。


 それに伴い、中等部の学生は部活、委員会活動を一時的に休止して即時下校することも伝えられた。生徒会役員とはいえ、彼女も例外ではない。寧ろ率先して、見本を示さなければならない立場なのだ。


「えー! みんなはココでお喋りしてるのに私だけのけ者~」

迎山むかえやまさん。何度も言いますが、私達はお茶会をしているのではありません」


 ブーと膨れる美利ちゃんの横で作花さんは無言で紅茶を口にする。


「取り合えず一時的な話だし、今日は帰ろう。一緒に帰る友達はいる? 送っていこうか?」

「えー、もうみんな帰っちゃったよー」

「じゃあ、僕が寮まで送るからさ、ほら行こう?」

「……」


 拗ねる美利ちゃんを僕が宥めていると、作花さんと会長が横目で蔑む様な視線を送っていることに気付く。


「え、なんですか?」

「なんか笠村、発言がロリコンっぽいわ」

「いやいや! 流石に一人で帰す訳にはいかないでしょ! 作花さんも無言で頷かないでよ!」

「でもちょっと……っぽいです」


 っぽ! っぽい!?

 まさか作花さんからもそんなことを言われるとは、予想外である。


「別にロリコンでいいじゃん。ほら帰ろうよー」

「いやいやいや、良くないよ!? 今後の関係に支障が出る重要な話だよ」

「うわっ、関係って……」

「先輩……」

「うぐぐぐぐ」


 自分から帰ることを促した手前、あまり長引かせることもできず、結局反論の言葉もそこそこに生徒会室を後にすることとなった。

 因みに、美利ちゃんが戯れで手をつないだ所為で余計に二人の視線が鋭くなり非常に背中が痛かった。

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