鷺から出る誠
・昌子メアリー
新聞部所属
「まさこ」と呼ぶと滅茶苦茶怒る
学園から女子寮に戻ってきたアタシは、周りを威圧するかのように怒りの形相で中央のリビングを通り過ぎる。そのまま踏み抜かんとばかりの勢いで、これ見よがしに階段を一段一段上っていく。
この様子から見て分かると思うが、アタシは今最高にイラついてる。ここまで不機嫌になる事なんてかつてあっただろうかって位、実際結構短気な質であることは自覚しているので、探せば幾らでもあるだろうけど、でもそれ位今は不機嫌なんだって話。
原因は今日の昼休み迄遡る、明日に配る新聞の最終的なチェックを兼ねて部室に数名の部員と共に集まっていた時の事だ。いきなり生徒会役員の一人である、作花双葉が訪ねてきたのだ。
アイツの顔を見た瞬間、部室に居たほとんどの連中は嫌な予感を感じ取っていたと思う。だって、生徒会の連中が新聞部を訪ねる時なんて、やり過ぎた記事に対するお小言だったり、掲載する記事の差し止めなんかだったりと、基本的に良いことが少ないからだ。
それに加えて、やってきたのがこの作花なんだからもう本当気分としては最悪だ。アタシなんて隠そうともせずに露骨に嫌そうな顔してたと思う。彼女は生徒会の中でも特に新聞部に対して当たりが強い。もう本当になんか恨みでもあんのかって位。
噂では書記である彼女が、生徒会の公式校内新聞を編集してるから、新聞部をライバル視してるんじゃないかって話だけど、自分の作る新聞がつまんないからって、コッチに当たり散らすのは正直お門違いってなものよね。ただでさえ一年の癖に可愛げがないんだから、搾りかす並みでもいいから愛想を振りまく努力をするべきよね。例えばアタシみたいに。
そして案の定、彼女がやってきた理由というのが、明日載せるはずだった記事の一つの差し止め。今学園内で起きてる事件の影響で、一時的に明日の新聞で載せる内容を、予め生徒会がチェックすることが義務付けられたのよね。過激な憶測などで、無用に生徒の不安を煽らない様にとの処置らしい。そして今回運悪く、一つの記事が生徒会様の基準では、不安を煽りかねないと判断されたってわけ。
正直今回の件は新聞部でも予想外だった。何せ、犯人が新たな事件を起こしたわけでもなく、捜査に何か進展があったわけでもないからね。あとは好き勝手犯人像を想像したり、無意味に連想させるような記事を自粛すれば、引っかかる事もないだろうって考えだったし。
そんな中、生徒会が問題があると見たのは小さな特集記事。オカルト研究会との合同特集記事。一応非公式の部活動なので、生徒会にはあらかじめ「面白くする為に架空の部をでっち上げた」という体で話してあるから、オカ研の存在自体が問題になったわけではない。問題となったのは、七怪奇について説明がなされる。という部分らしい。
毎週一つずつ、七怪奇の詳細を説明していく。という良くあるオカルト話なんだけど、明日載せる内容の白面刀ってのが問題だったらしい。様相が今回の事件の犯人に酷似している事もあり、生徒の不安を煽る可能性があるって話。いくら何でもこんな怪談話でさえダメだなんて、ちょっと厳し過ぎない? こんな程度すらダメなんだったら、今後この件を取り上げることすらできないじゃない。
そんな文句言ったって悲しいかな、お上には逆らえないのよね。しかも、念の為コーナー自体を廃止するという話になるんだから、本当にムカつくわよね。別にアタシが担当してる記事じゃないけどさ、正直あの女の偉そうな態度からくる通知を受けるだけで、はらわたが煮えくり返る思いだわ。つーか思い出しだらマジでイライラしてきた! あームーカーつーくーー!!
「スーさんやっほ」
今にもアタシが髪を掻きむしらんばかりの時、後ろから呼びかけられた。私をスーさん等と、舐めた名前で呼ぶのは学園広しといえど一人しかいない。なのであらかじめ視線を若干下に向けながら振り返ると、予想を裏切らずに妙に小さい生徒が手を上げて突っ立っていた。
「おやおや、これは鷺宮先輩。寮内で会うのは珍しいですね」
「そだね。でもグッドタイミング」
鷺宮誠、この学園で知らない人間はいないだろうって位の有名人だ。生徒会長等の肩書がついていない三年生を除けば、恐らく一番の有名人といっても間違いはないと思う。色々問題の多い人物であり、敬遠する生徒も少なくないんだけど、新聞部には何かと縁が多く、接する機会が多いのよね。なのでアタシも表向きはそれなりに友好的に接してはいる。
しかしグッドタイミング。という事は新聞部に何か用事あるという事かしら? 彼女は学園の生徒全てのプロフィールを把握をしている。という噂も立つくらいに、学園の事情や情報に詳しい。だからこそ、多くの生徒から避けられているわけだけど、新聞部に定期的にネタを提供しに訪れてくれるので、アタシ達からすればありがたい存在だ。
しかも自身でも色々問題を起して、それも記事にできるんだから、新聞部としては微妙に頭が上がらない存在だったりするのよね。そうでなきゃスーなんて呼び方されたらぶっ飛ばしてる所よ。
「へへへへ先輩、何かいいネタがあったりするんですかね」
「うんうん。スーさんもすっかり媚びるのが様になってきた。将来安泰」
揉み手をしながら中腰になるアタシを横目に、先輩は扇子を取り出してパタパタと仰ぎだす。基本的にはアチラも載せてもらう事が目的で情報を渡してくる訳で、立場自体は対等なのよね。なので正直ここまで下手に出る必要もないんだけど、まぁ雰囲気は大事よねって話。
一通りくだらない寸劇をした後、先輩はポケットから物を取り出すとアタシの右手に載せた。
「なんですか? これ」
「知らない? 電子機器のデータ保存ができる優れモノ」
「いや知ってますよ、中身を聞いてるんですよ」
ちょっぴりイラっとしながらもなんとか抑えて、再度詳細をたずねる。しかし先輩は悪い笑みを浮かべながら「ヒミツ」と小さく返した。
「ちょービッグニュースなので、ここでは話せない。部屋でゆっくり楽しむヨロシ」
「まぁ良いですけど」
確かにここは寮の廊下だし、誰が聞き耳を立ててるとも限らない訳で、言いたいことは分かるんだけど、そんなにヤバいネタなのかしらね?
正直勿体ぶられて大したことないと、モチベーションが下がるから勘弁してほしんだけど、そんな贅沢を言っちゃ罰が当たるってもんかしら? 誰が下すのかって話だけどね。
「正直部室まで行くの面倒だったから良かった」
「えぇ……、なんか期待値下がること言わないで下さいよ」
部室に行ってまで提供するのは面倒程度だと、先輩的には正直そんな重要なネタではないのかも。そうなると生徒の個人的な、しょーもない内容だったする可能性が高いかしら? うーんますます期待できないわ。
そんなアタシの気持ちが顔に現れてしまったのか先輩は「ウソウソ」と訂正する。あまりにも適当な物言いにますます信用できない。
「ビッグニュースビッグニュース。明日の一面間違いなし」
「それはそれで差し替え作業面倒なんですけど」
「ま、有効活用してちょ。ツバミンも頑張ったんだしね」
「?」
そう言って先輩は廊下を走っていく。体が小さいせいか、走ってる姿は本来の倍くらい幼く見える。彼女の姿が見えなくなると、渡されたメモリーをじっと眺める。まぁ、見るだけ見てみようかしらね? 使うかはどうかはこっちが決められるんだし。微妙な物だったら部の先輩に指示を仰げばどうとでもなるでしょ。
部屋に戻って、さっそくデータを確認してみると、中身は画像ファイルの様だった。データの大きさからするとデジカメで撮ったものかしらね?
アタシはあくび交じりにデータの一つを開く、瞬間驚きで目が見開いた。画像に映っていたのは全身黒ずくめの人物。真っ白な仮面を被って手には剣を携えて……ってコレ、事件の犯人じゃない? いやまてこれだけで判断するのは早計だ、こんな人物だけなら演劇部が適当に衣装合わせるだけでも、どうにでもできるんだから。
焦る気持ちで次の画像へ移ると、その犯人と思わしき人物と刀を持った女子生徒が打ち合ってる姿が写っていた。彼女は知ってる、一年の佐納だ。風紀委員でもあるが、何より常に刀を持ち歩いている。という変人具合により学年問わず有名人となっている。
他の画像も、犯人と佐納が恐らく真剣で対峙してる姿が映されていた。まるで狙っていたかのようなベストアングルが多くて、正直画像編集を疑っちゃうレベルなんだけど、流石に鷺宮先輩はそんな質の悪いイタズラはしない。いや、しょうもないイタズラは多いんだけど、新聞部に提供するネタで悪質なデマを流すことはしない人だ。
もちろん今までがそうだからって、信用するには危険な人物ではあるんだけど、流石にこれは信用に値するような気がする。作り物だとしたら、佐納と打ち合ってる絵なんて作る必要はない。それこそコスプレさせた人物をそこら辺で走らせるだけで十分だ。
それに移ってるのは佐納だけじゃないのよね。画像によっては奥の方に二人生徒が見える。ワザワザ第三者を加えるのは手間な上、嘘だとバレる可能性が高まるだけ、そんなマヌケな真似はしないわよね普通。
画像の情報を見ると撮影日は今日の放課後。丁度直帰する生徒が下校し終えた直後位かしら? つまりその時間帯に犯人が現れ、佐納が交戦したってこと? いや、背後の生徒達が襲われている所を助けに入った可能性もあるかしら?
どちらにせよこれは確かにビッグニュースだ。交戦の結末は分からないけど、捕まえたなら、そのシーンを抑えてない筈はないだろうから、多分取り逃がしたんだろう。まぁ細かいことはどうでもいいわ。これはいいネタ頂いたわ。
そうとなったら急いで部室に戻らなきゃね。早くしないとみんな帰ってしまう。大急ぎで支度をする途中でどうしても悪い笑みを浮かべてしまう。いや、先輩もいいタイミングネタを渡してくれたものね。
新聞という媒体の関係上、どうしてもギリギリで記事を差し替えなきゃいけない場合も出てくる。そういう場合に限ってのみ、生徒会からの検閲は通さなくても良いという約束も取り付けている。
勿論、明らかに隠してた。なんて内容だったら問題なんだけど、これに関しては放課後に生徒会からの審査を通した後に起きた出来事だ。それならいくらだって言いようがあるわけで、つまり小生意気な一年の目を通さなくて良いってことザマアミロ!
自分でもちょっと無作法かな? って位の高笑いを響かせてアタシは勢いよく部屋から飛び出した。




