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偽妹

・渡戸阿奈多

新入生

悩み:名前で呼ばれているかどうか判断に迷う

 親愛なるお兄ちゃんへ


 どうも! 初めまして。

 突然でビックリするかもしれないけれど、私はあなたの生き別れの妹です。

 私も、お兄ちゃんの事はお母さんから聞いていて、とっても! とっても! 会いたかったんだけど、この学園に居る所為で会いに行くことが出来なくてとても残念でした。

 だから楽集新聞でお兄ちゃんの記事を見たときはすっごい感激したの!

 お兄ちゃんも私に会いたいって思ってくれてたんだって涙が出ちゃった!!

 でもやっぱり、今日までなかなか顔を合わせる勇気が出てこなくて、それでもなんとか頑張って勇気を出して書いたのがこの手紙です。

 私お兄ちゃんと会って話がしたいです! でも折角の再会を周りの人から冷やかされるのも嫌だし、今日の放課後、第一校舎内の三階突き当たりの教室で待ってます。ずっと、ずっと待ってます!


 あなたの妹より


――――


 昼休みになり、俺は人目を避ける様に校舎外の散歩道へと足を運んでいた。

 山の中なだけはあり、自然に溢れ、日当たりも良くて昼食をするには悪くない場所だ。その割に人気ひとけが全くといってないのは、中庭の方に集中しているからだろう。


 外で食事がしたいなら、校舎内にある中庭の方が近いし、何よりも虫が少ない。もちろん散歩道も整備されている為、そこまでではないのだが、やはり校舎に囲まれているか否かでも大分違いが出るみたいだ。


 俺はベンチに腰掛けて、手紙を読んでいた。内容は俺の妹だと語り放課後に会いたいというものであった。

 女子らしい丸々とした字に、ハートや星、何故だかデフォルメされた鶴の絵が至る所に散りばめられていた。


 この手紙は今朝登校した時に、自分の机中から発見したものである。ピンク色のファンシーな便せんに、これまたデフォルメされた鶴のシールが口に貼られていた。


 中身と同じように可愛らしい丸文字で渡戸わたしど君へと書かれており、一見するとラブレターの様にも見える。

 その場で開けて読んでも良かったのだが、実際その通りであった場合、ようやく落ち着きかけていた新入生への好奇な目線が最熱しかねない為、現在まで先送りにしたのだった。


 自分でも今どんな顔をしているかは分からない。だが、喜ばしいと取れる表情はしていないことは確かだ。それもそのはず、俺が生き別れの妹を探しにこの学園に来たのは嘘だからだ。

 さらに言えば、生き別れの妹がいた事実なんてものも存在はしない。全くのでたらめだ。


 この学園はあまりにも特殊だ。外部との関わりを異常なまでに排除し、六年もの間生徒達を閉じ込める事を強要する。もちろん、それは()()()()の都合でしかなく、生徒達の多くがが望んでいるわけではない。


 当然、そんな所に好き好んで途中から入ってくる奴は注目される。生徒達はここが一種の収容所だということを一番理解しているからだ。

 高校生の年齢ともなれば、この学園に押し込まずとも幾らでも厄介払いをする方法は存在する。ともすれば、ここにやってくるのは自分の意思に他ならず、そんな奴は余程の馬鹿か、何か目的があるに違いない。


 だから入学すぐに新聞部の取材を利用させてもらった。本来はあまり目立つ行動は好きじゃないんだが、学園全体から探る様な目で観察されるよりは遥かにマシだ。


 生き別れの妹。というのはその場で考えた適当な嘘であったが、ある程度の効果はあった。この学園に押し込まれた生徒たちの境遇を考えれば、頭ごなしに嘘とは言えないというのが大きな理由だろう。まぁ当然、新聞を読んだ人間全てが信じてくれるとは思わないが、それでも目的が分からない事による疑いの視線は少なくなった。


 と思った矢先でのこの手紙であった。差出人の名前は不明。イタズラならば無視してしまえば済む話だが、そう簡単な話でもない。

 こんな学園に来てまで探している妹から手紙が来て、なんのアクションも起こさないとなれば、その発言に疑いが持たれる可能性が出てくる。折角浸透させた設定が水泡に帰すかもしれない。それはなるべく避けたい。


 興味本位のイタズラに対処しなければならない可能性は考慮していなかっただけに少しだけ気が滅入る。今後もこういった事が起きるのも面倒だ。

 ただのイタズラだった場合、今後の為に何かしら上手い対応考えなければならない。


 そんなことを考えていたら、唐突に足音が聞こえて来た為、反射的に手紙をポケットへとしまう。音がする方へ目を向けると、妙に小さい女子がこちらに走ってきている所であった。


 身長からすると中等部の子か? いや、違う。あれは――


「ヘイ! 坊主。悪いがちょっと匿ってくれ」


 少女は走る勢いのまま、俺の座るベンチへ飛び乗った。その勢いで左に小さく縛った房が大きく揺れた。

 緊急性の欠片も感じないSOS。こんな開けた散歩道で匿うもクソもありはしない、そもそも状況も解らずにこんな得体も知れないロリ女の味方をするほど俺はお人よしではない。


 あからさまに第二次成長期が早々に止まったとおぼしき、この女の名は鷺宮さぎのみやまこと。れっきとした高等部の三年生だ。

 一五〇にも満たない体ながらも、入学してから現在に至るまで、好き放題悪事を働く学園一の問題児。ことこの学園に至っては彼女を知らぬものはいないと言っていいほどの有名人だ。


「実は私、悪い人に追われてるの! 助けてボブ」

「ゴメン。俺道端で泣いてる子供がいても無視する主義なんだ」

「サイテーな人間。きっと地獄に落ちる」


 下手すればこっちが変質者として通報されかねない世の中だ。ちょっとした善意すらも、過剰な悪意に誤解されかねない。だったら個人で自衛を頑張ってください。ってなわけで、助け求められたって知ったこっちゃないんだが、それを突っぱねると責められるのは非常に理不尽な世の中だ。


 だがここは学園の中で、彼女は上級生に当たる。年上を無条件で敬えっていう精神は個人的にクソ喰らえだが、従わなかった場合に今後の生活に影を落とすかもしれない。っていうリスクがあるのが、閉じたコミニティの難しい所。


しかしそれでも言わせてもらう。


「とっとと失せろ!」


 ゆさゆさと肩を揺する手を払いのける。異様に小さい体の為か物凄い罪悪感を覚えるが、そんな良心に付け込むのがこのロリの手口に違いあるまい。

 俺は断固として心を鬼にする所存だ。

 どうせ、追われてるのは生徒会か風紀委員のどっちかでコイツが悪いに違いないのだ。


「それ相応の報酬は出す」

「へぇ? お幾ら万円?」

「悪いが時間がない、後は頼んだ。アデュー」


 俺の質問に答えるよりも早く、鷺宮はベンチの後ろにある草むらへと飛び込んだ。ほどなくして、息を切らせながら一人の女性がこちらへと走ってくる。生徒会長、すずがさき音色ねいろだ。


「あなた、ここらへんで、鷺宮さんを、見ませんでした?」


 息を必死に整えながらも俺に尋ねる生徒会長。額にかいた汗で黒髪が重みを増しているのが分かる。あのロリっ子が息も切らせずに走ってきたのに対して、この消耗具合を見るに随分と体力に開きがあるようだ。


「? ……あぁ、貴方は、新入生の。異様に背の小さい、生意気な少女が来ませんでした?」


 あまりに呼吸が粗いので、落ち着いてから対応しようかと思ったんだが、どうやら俺が新入生だと気づき、鷺宮を知らないと勘違いしたらしい。特徴を交えて再度聞き返される。


「その子は何をしたんですか?」


 取り合えず、一呼吸入れさせようと事情を軽く伺う。ここまで必死になって追い回す理由にも、ちょっぴり興味が沸いてきているという理由もあるけど。


「いえ、別に。ちょっと話を伺いたかっただけなのですが、人をおちょくる様に逃げ出して、困ったものです」


 そういう割には、彼女の顔はずいぶんと怒りに満ちていた。呼吸はずいぶんと落ち着いたものの、別の意味でまた顔に赤みが走っている。


「なので、もし行方をご存知でしたら、教えていただけるとありがたいのだけど」


 自分の表情に気付いたのか、軽く咳払いをすると再度鷺宮の居場所を訊ねる。

 イマイチ事情は把握できなかったが、おおよそ鷺宮に非があることが何となく理解できた。これ以上彼女を全力疾走させるのも気が引けるが、これ以上猫とネズミの喧嘩に付き合うのも正直御免だ。


「それなら見ました。こんなチンマイの」

「恐らくそれね。どっちに行ったかしら」

「えぇ丁度俺のう――」

「前を全速力で走り去って、校舎の方へ迂回していきました」


 俺の発言を引き継ぐように突如後ろから声が聞こえた。俺の声が。


「は?」

「ありがとう。ああもう! 敏捷はしこいんだから」


 驚きに訂正する間もなく、会長はお礼も早々に来た道を走って戻っていく。足取りはずいぶんと遅かったが、呆然とする俺が気付いたときには既にその姿は小さくなっていた。


「ミッションコンプリート」


 一仕事終えた様に鷺宮は俺の隣に腰かけた。ご機嫌な様子で鼻歌を奏でるチビッ子。絵面としては微笑ましい限りだが、とても和んでやるような気持ちには馴れない。


「さっきのはお前か」


 非難と確認を込めてそう訊ねる。鷺宮は視線をこちらによこすと、一考したのち、整える様に二度喉を鳴らすと――


「騙したのね、渡戸君! 鷺宮さんの味方をするなんて見損ないました!」


 生徒会長の声色でそういった。あまりにも似通ってる為か、つい周囲を見回してしまう。

 声帯模写というやつだろうか。会長の声だけならまだしも、異性のましてや、先ほどあったばっかりの俺の声を真似るなど、正直言って人間業とは思えない。


「もう一回俺の声、真似てみてくんない?」

「男の声は疲れるからヤダ」


 ちょっとした興味本位だったが、にべもない反応だこと。

 肩を竦める俺の顔を鷺宮はジッと見上げてる。咎める様なそんな目線だ。


「話が違う」

「何が?」

「音色ちゃんに私を売ろうとした」

「お前が勝手に決めつけただけで了承しとらんわ!」


 あまりの自分勝手な物言いについ怒鳴るも、まるで気にした風もなく、ベンチから地に届かない足をブラブラと揺らしていた。


「だいたい、私と音色ちゃんで態度が違う。下級生の癖に生意気。敬語を使え」

「俺は年齢じゃなくて人を見るんでね」


 余程な人間でもなければ、年上には下手にではするが、残念ながらこのロリは余程の人間だ。敬語を使う気持ちにはとてもならない。


「やれやれ、これじゃあ報酬は次回に持ち越しですね」


 勢いよくベンチから飛び降りると、肩を竦めて大げさに溜息をつく。無茶苦茶ムカツク。


「では解散。指定の時間に例の場所に集合で」

「ハイハイさようなら」


 中指と人差し指を立てて、気障に右手を振ると鷺宮は校舎の方へと足を向ける。正直サッサと行って欲しかったが、最後に一つだけ残った疑問を投げかけた。


「生徒会長に何したんだ?」


 鷺宮を足を止め「何も」と呟いた。


「任意同行を断って服の中にヤモリを入れただけ」

「それを、何も、とは言わん」


 呆れかえっている間に鷺宮は走り去っていった。会長とは違い随分と速く軽快な足取りだ。

 首根っこ掴んで差し出せば良かった。と心底思ったが、それももう遅い。


 どっと疲れて溜息をつくが、気づけば昼休みも、もう終わりに近づいていた。

 結局、放課後どうしよう。げんなりした気分で俺も校舎へと向かうのだった。

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