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朝の憂鬱

・渡戸阿奈多

新入生

ネタバレされても平気なタイプ

「ずいぶんとご機嫌だな」


 登校すると、珍しくけいが席に座っていた。

 別段不良学生と言うほどでもないのだが、俺が入学してきてからコイツが俺より早く登校してきた事は今までになく、何とも珍しい光景だ。


 景は鼻歌交じりに楽集新聞の記事を眺めており、えらくご機嫌の様子であった。

 俺の挨拶に気づくと、人懐こい笑顔を浮かべて体の正面をこちらに向けた。


「やぁ、阿奈多あなた。見てよコレ!」


 最新の漫画雑誌を共有するかのような無邪気さで、俺に読んでいた記事を突きつける。早朝からこのノリは正直厳しいものがあるが、あまりの興奮度合いに無視をするにもはばかられた。


 俺はあくび交じりに記事を眺める。どうやら、刃物を持った男の続報の様であった。しかし内容自体はそこまで大したことは書いていない。被害者生徒の証言が公表され、発見した男子生徒との証言とで微妙に食い違いが生じる。と長々と書いているが要約してしまうとそんな内容だった。


 別段そこまで、興奮する内容とは思えない。被害に遭ったショックが大きくて、細部がゴチャゴチャになってしまう。なんてそこまで珍しくもないだろう。

 ましてや殴られて昏倒してたんだし、前後の記憶が不鮮明なのは仕方がないんじゃなかろうか?

 そんな俺の感想に景は呆れた溜息を吐く。何だか知らないが異様にムカつく。


「何処を見てるんだよ。そんなのはどうだっていいだろ?」

「どうでも良くはないんじゃないか?」

「どうでもいいんだよ! 僕が言ってるのはココだよココ」


 景は俺の後ろに回り込むと記事の一部分を指さした。そこには「怪人白面刀はくめんとう」の文字が書かれていた。


 犯人の特徴については、男子学生の証言とも一致しており、風紀委員会は引き続き放課後の見回りを強化し、再犯の防止を図っている。また、犯人の身なりは学園で語られる噂の一つである、怪人白面刀に酷似してるとして。噂を模倣した愉快犯の可能性もある。


 大体はそんな内容だ。


「これが何か?」

「何か? じゃないよ! 白面刀っていう名前が大々的に記事に載ってるんだよ! 凄いだろ」


 正直何が凄いのかも良く分からないし、こいつが何にそんな興奮しているのかも、良く分からなかった。そもそも大々的と言うほど大きくなく「なんかついでに書いとくか~」位のサラッとした扱いだ。現にコイツが指摘するまで必要のない情報だと思って読み飛ばしてたしな。


「大体こんなん載る前から、絶対犯人は白面刀だよ! って騒いでたじゃん」


 昨日の新聞で犯人の特徴が書かれていた時も、今日ほどではないにせよ、コイツはやたらと興奮して騒いでいた。それが新聞で名前が出ただけでこの高揚具合は、正直ついていけない。というか意味が分からない。


「分かってないなー!阿奈多はこれは長い歴史の内の一ページに刻まれたって事なんだよ」

「たかだか部活動の非公式新聞で大げさだろ」

「されど! さ。七怪奇ってのは事件が起こるたびに学園で記録として残されてきたんだ。その長く貴重な資料の一つとして今回の新聞も仲間入りしたんだ。僕たちの世代でだよ? 凄いと思わない?」


 熱く語る景には悪いが、まっったく思わない。

 大体この記事だって、どちらかといえば、怪談を知った馬鹿がマネしてる。的な書かれ方だ、間違っても伝説の怪人が蘇ったなんて書かれ方はしていない訳で、これで伝説の歴史の一ページに刻まれた! とか言われても全然ピンとこない。


「怪奇現象っていうのは、どれも最初は疑われる所から始まるのさ。ここからなんだよ」

「あー、そうですか」


 尚も得意げに話す様について行けず、投げやりな返事をする。

 オカルト好きの言う事は良く分からん。全員がこんなのだったら、今日はオカ研で記念パーティでも行われても不思議じゃない。

 そもそも怪我人が出ている案件にこの興奮度合いはどうかと思う。


「というか、この記事の書かれ方だとオカ研が疑われたりするんじゃないか?」

「その点は大丈夫さ」


 俺のちょっとした心配を、景は自信満々に返答した。


「オカ研は非公式の団体だからね。生徒会にも部員の詳細は把握していない筈さ」

「でも新聞部に記事を乗っけてるわけで、そこから辿られるんじゃないか?」

「新聞は非公式の部活動の特集を組む時はイニシャルで表記しているのさ。記事がきっかけで生徒会に睨まれちゃ溜まったもんじゃないからね」


 仮に詳細を尋ねられても「記事の面白さの為に架空の部活動を創作した」で通すのが、新聞部では通例となっているらしい。それ位しなければ、ワザワザ非公式の部活が、協力なんてしてくれないだろう。という事らしい。


「そんな言い分通るのか?」

「そうとしか答えないんだから、どうしようもないさ」


 理屈としてはそうなんだろうが、怪我人まで出ている事件の協力すら、それで済ませてしまうのは果たして良いのだろうかという気がする。


「仕方ないよ。一度前例を作ってしまえば、今後の協力は得られない。新聞部としては死活問題さ」

「まぁどうでもいいけど。それよりいいのか?」

「何が?」

「オカ研の記事が載る前に白面刀の事が書かれてるじゃん盛大なネタバレだが、お前ら的には良いのかこれ?」


 折角予告迄したのに、肝心の本番が来る前にネタバレされたようなものだ。記事を提供している側として正直溜まったもんじゃないのではないだろうか?

 そんな俺の疑問にも景はまるで動じず「大丈夫さ」と不敵に笑う。


「白面刀の名前は出たけど、詳細は語られてないからね。寧ろ記事が載った時の注目度が上がる位さ」


「名前自体は予告の時点でも出したしね」と続ける。寧ろ、名前だけ出して今回の事件と関連があることを仄めかすことで、注目度をさらに上げよう。という寸法なのだという。


 つまり今回の記事は両部が示し合わせた前振りの様なものだって事か。


「マジで犯人はお前らなんじゃないだろうな」


 あんまりなやり口につい疑いの視線を向けてしまう。

 そんな俺の目を景は「さてどうだろうね」と涼し気に躱すのだった。

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