第30話
アルベール姉妹達五人と分かれ、人間では追い付く事など到底不可能な程のスピードで、暗闇の中を駆け抜けていくヴァンパイア達。
まだ分かれてから五分程しか経過していないが、四人の視界にはユーティアスの町並みが映り込んでいた。
しかしその町並みは、既に四人の記憶にあるものではなくなっていた。
「手遅れでしたか……」
「エヴァの奴、最初からこうする事が目的でフォートリエ様に仕えていたのか?」
そのノアの発言に、サクラは足を止める事なく走りながら答える。
「ヴァンパイアになった経緯はわかりませんが、彼女も私と同じように元々は人間であったらしいですからね。あなた達のような純粋なヴァンパイアならいざ知らず、それなら裏切りを考えても別段不思議ではないかと」
「エヴァ、人間だったんだ……」
「初めて知った……」
双子の二人がそう呟く。
「あれ程の力を持っていては、見分けなどつきませんよ。見抜けなくとも無理はありません」
すると、サクラの話を聞いていたノアが、鼻で笑ってこう言った。
「元々は人間だった――か。やっぱり人間って生き物は姑息なんだな」
「あら、どうして?」
「お前だってフォートリエ様を裏切ったじゃないか。お前達人間には忠誠心ってものが無いのか」
「忠誠心――ですか。ふふ、素敵な言葉ですね」
「けっ……。畜生め……」
会話が終わる頃には、四人はユーティアスの目の前にまで到着していた。
最短距離で道なき道を突っ走った結果、四人が到着に要した時間は十分足らず。
それでも、既に町はエヴァの手によって変わり果てた姿になっていた。
天災の如く突然襲ってきたヴァンパイア達に対し、人々は逃げまとう事しかできない。
しかし、彼らを救う為に現れた四人もまた、皮肉な事にヴァンパイアであった。
「さて、まずはどうしましょうか」
周りの喧騒を気にもせずに町の敷地内にゆっくりと歩いてやってきた四人の内、サクラが辺りを見回しながら呟く。
「悠長に考えている暇は無さそうだよ。やっぱりボク達も敵だと認識されてる。こいつら全員、間違いなくエヴァの手先だ」
自分達を囲み始めているヴァンパイア達を睨み付けて牽制しながら、ノアがそう答える。
「それでは、まずはこの子達にどちらが上かを教え込んであげるとしましょう。恐怖におののき、戦意すらも失なう程にね」
サクラが不気味に口元を歪め、右手をすっと上げると、辺りの建物の陰から忍び装束に身を包んだヴァンパイアが六体現れた。
そのヴァンパイア達はサクラを囲うように位置取り、得物のクナイを構える。
「なんだ……お前の連中か……」
新手かと思い身構えたノアであったが、彼等がサクラの配下という事を知り、安心したように溜め息をついた。
「あなた達の配下はどうしたのです?数だけは揃えていたでしょう」
「一言余計だ。――ボクの奴等はヴァンパイアハンターにやられたよ。残ってた連中も、ボクが気を失ってた間に死んだと勘違いして暴走してた」
「あぁそう言えば、私が斬りましたね。失礼失礼」
「やっぱりお前だったか……」
ノアに続き、双子の二人も答える。
「私達も同じ。ヴァンパイアハンターにやられた」
「一体残らずね。お気に入りだったシャンデリアが仇になるなんて思いもしなかった」
「……つまり、残る配下は私の子達だけという事ですね。よくわかりました」
サクラは苦笑を浮かべてそう答えた。
「とにかく、この愚かなヴァンパイア達を一掃しましょう。エヴァを探すのはそれからです」
「お前の作戦に乗るのは癪だが、そうする他無いか」
「行こう。ルナ」
「任せて。リナ」
刀を抜くサクラ、気だるそうに首を回しながら指を鳴らすノア、お互いの手のひらを合わせてヴァンパイアの血を覚醒させるリナとルナ。
痺れを切らしたかのように、ヴァンパイア達は一斉に襲い掛かった。
始めに動いたのはサクラの配下達。素早い動きで翻弄しながら、クナイを用いてヴァンパイア達を返り討ちにしていく。
それに続くようにサクラはゆっくりと歩き出し、迫り来るヴァンパイア達を次々と斬り捨てていく。
真の姿を解放するような相手ではないと判断したノアは、そのままの姿で持ち前の怪力を生かし、ヴァンパイア達を豪快に殴り、蹴り、投げて仕留めていく。
リナは魔法で、ルナはナイフで、お互いをカバーしながら戦っている。
アルベール姉妹との戦いでは黒星をつけられてしまった一同であるが、誰一人としてその場に居るヴァンパイア達に遅れを取るような事は無かった。
途中、サクラの背後に一体のヴァンパイアが忍び寄る。
彼女はそれに気付いていたものの、サクラが迎撃する前にリナがそのヴァンパイアを魔法で仕留めた。
「あら、ありがとう。ルナ」
「……私リナ」
「あら、失礼……」
誤魔化すように苦笑を浮かべるサクラと、ツンとそっぽを向いてしまうリナ。
一方でノアとルナの二人も、似たような状況になっていた。
正面に加え左右二方向から同時に攻撃されたノアを、ルナが援護する。
ルナは左右のヴァンパイアの内、左側の方に飛び付き、顔面にナイフを突き刺して仕留める。そのまま右側の方に飛び移り、そのヴァンパイアも同じように仕留めた。
ノアは正面のヴァンパイアを殴り付けて転倒させ、その頭部を踏みつけてから、ルナの方に顔を向ける。
「一応、礼は言っといてやる」
「何その態度。助けてあげたのに」
「別にお前が来なくてもボク一人で対処できたからな。それでも礼を言ってやってるんだ。むしろそっちが感謝しろ」
「……」
真顔でナイフを構え、ノアに向かって走り出すルナ。
「お、おい!そんなに怒るなよ!」
「どいて」
ルナはノアの頭に手を掛けて彼女の身体を飛び越え、背後に忍び寄っていた一体のヴァンパイアに飛び掛かってナイフを突き刺した。
逆上したルナが襲ってくると勘違いしていたノアは、きょとんとしながら彼女を見つめる。
そんなノアを見て、ルナはふっと鼻で笑った。
「バカだね」
「くっ……!」
何も言い返せないノアは、八つ当たりをするかのように側に居たヴァンパイアに殴りかかった。
辺りのヴァンパイアが減り、戦況に一段落がつく。
「こんな所ですかね。先に進みましょうか」
刀を鞘に納めながら、サクラが一同に呼び掛ける。
「これからどうするんだ?ボク達四人でエヴァを探しに行くのか?」
ノアが訊く。
「いいえ。四人で一緒に探す必要はありません」
「と言うと?」
「手分けをしましょう」
サクラのその提案に、他の三人はあまり良い顔をしなかった。
「相手はエヴァだぞ?戦力を分散させるのは危険だと思うがな……」
「見つけた時点ですぐに戦う必要はありませんよ。誰かが見つけたら、そこに全員が集合すれば良いだけの話です」
「あくまでもエヴァを探すだけ――って事?」
ルナの確認に、サクラはにこっと笑って答えた。
「そういう事です。とはいえ、町にはまだエヴァの配下であるヴァンパイア達が大量に彷徨いているハズです。あなた達双子は、一緒に行動していた方が良いでしょう」
「わかった」
「それでもってあなたは――」
サクラは言葉を切って、ノアを見つめる。ノアは苦笑を返した。
「私と一緒に来なさい――ってか?冗談じゃないね」
「それならそれで構いませんが、お一人で大丈夫ですか?」
「エヴァとやり合うワケじゃないんだろう。雑魚相手ならボク一人でも充分だよ」
「ふふ……。では、そのように……」
サクラは右手を上げて配下のヴァンパイア達に指示を出してから、彼等と共に歩き出す。それから、一度立ち止まって振り返り、三人を見る。
「必要であれば、この子達を付かせてあげても良いですよ?」
他の三人を気に掛けての提案。
しかし三人は、考える間もなく拒否した。
「必要ないね。他人の手下なんて居るもんか」
「私達は大丈夫。――ね?ルナ」
「うん。リナと一緒なら、大丈夫」
するとサクラはくすくすと小さく笑って、その返答を知っていたかのようにこう言った。
「念の為――ですよ」
そして、再び歩き出す。
「それでは皆さん、御武運を」
「自分の心配をしなよ。――また後で会おう」
ノアもそう言って、サクラとは別の方向に歩き出す。
「ルナ。怖くない?」
「うん。リナと一緒なら、怖くない」
リナ、ルナの二人も、その場を後にした。
その頃――
町の中央にある、大きな噴水広場。
そこに、エヴァは居た。
「(もう少し……もう少しで……)」
不気味な笑みを浮かべている彼女の足元には、広場の地面を埋め尽くす程の巨大な魔方陣が描かれていた。




