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Sacred Punisher  作者: 白川脩
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第28話


 エヴァの裏切り。この場に居る誰もが予想していなかった事態。

 オリヴィアは今にも止まってしまいそうな弱々しい呼吸を辛うじて続けているが、いつそれができなくなっても不思議では無い程に、彼女は弱っていた。

 彼女の忠実な重臣の一人であるノアは、弱りきった主の側に寄り添い、今にも泣き出しそうな哀しい表情で見守っている。

 同じくオリヴィアの重臣であるリナは、エヴァの魔法が直撃した事により意識が無いルナの元に居り、彼女が目を覚ます事をただただ祈る事しかできない。

 エヴァよりも先にオリヴィアを裏切って対峙していたサクラは、致命的な攻撃を喰らった以降、まだ目を覚まさずに倒れたまま。

 オリヴィアの実の娘であるアリスは、何が起きているのか理解すらできないまま、ただ呆然と倒れている母の姿を見つめている。

 エヴァの裏切りは一同の気力、行動力、そして戦意を奪った。

 しかし、ただ二人、ヴァンパイアハンターだけは違った。

「やれやれ。仕事が増えたわね」

 溜め息をつくシャルロット。

「延長みたいなものでしょう。内容に変わりは無いんだから」

 シルビアはそう言いながら屋上の端へと歩いていき、エヴァが消えていった方向を見渡した。

「それで、どうするの?奴を追うってのはわかるんだけど、行き先がわからないじゃない」

 シャルロットがシルビアの隣に来て、彼女と同じ方向を見ながら訊く。すると、シルビアは振り返って、その場に居るメンバーの顔を見回しながら答えた。

「これだけ人が居るんだし、何かしら情報は得られるでしょう。ほら、三人寄ればなんとやら、って言うでしょ?八人寄ったらどうなっちゃうのかしら」

「烏合の衆……」

「何か言った?」

「いえ別に」


 二人がそんな会話をしていると、意識が無い三人の内、ルナとサクラの二人が目を覚ました。

「ルナ!」

 安堵の笑みを浮かべ、彼女の名前を呼ぶリナ。ルナはまだ少し虚ろなままの目を動かして、リナの姿を捉える。

「リナ……」

「大丈夫?何ともないの?」

「うん……。もう大丈夫……」

 ゆっくりと身体を起こすルナ。リナは慌てた様子で彼女の身体を見て確認し始める。

「ホントに大丈夫なの?どこか痛くない?」

「痛くないって言ったら、まぁ嘘になるけど……大丈夫だよ」

「それ大丈夫じゃないよ。もう少し休んでなよ」

「大丈夫だから……心配しすぎ」

「ホントに?嘘はダメだよ。許さないからね。怒るよ」

「怒るの……?」

 一方でサクラは、ふらついた足取りでオリヴィアとノアの元へ向かう。

「何があったのです?」

「エヴァだよ……あいつが裏切ったんだ……」

「彼女が……フォートリエ様を?何故?」

「知らないよそんな事……!」

 涙を堪えているのか、震えた声で答えるノア。そこに、アルベール姉妹の二人がやってきた。

「あら、生きてたのね。サクラ」

「シャルロットさん。状況を教えてください」

「修道服着た女がいきなり現れて、オリヴィアを殺したのよ。それから、私が持ってた十字架を奪ってどっかに行っちゃったわ」

「十字架を?」

「えぇ。どうしてそんなマネをしたのかはわからないけどね。だって、ディミトリ・フォートリエを復活させたいのなら、オリヴィアについて私達を始末すれば良いだけだもの」

「……」

 サクラはシャルロットから顔を背けて、何かを考え込む素振りを見せる。

 それを見て、シルビアがこう訊いた。

「何か心当たりが?」

「十字架を使ってする事など一つしかありませんからね。ディミトリの復活では無いとしたら、他のヴァンパイアの復活でしょう」

「他のヴァンパイア?」

「ノアやあそこに居る双子のような、上級ヴァンパイアの事ですよ。私が知っているだけでも、十体以上は居ます」

「十字架一つで、簡単に復活させる事ができるの?」

 シルビアのその質問に、サクラは首を横に振って見せる。

「相応の対価が必要ですよ。分かりやすく言ってしまえば、生け贄の事です」

 シルビアはそれを聞いた瞬間、エヴァがどこに向かったのかという謎が氷解した。

「なるほど……」

「この辺りで生け贄を確保する場所なんて、一つしかないわね」

 シャルロットが呟く。彼女もシルビアと同じく答えに辿り着いていた。

「急ぐわよ、シャル。ユーティアスが魔界になってしまうわ」

「えぇ。買い出しの場所がこれ以上遠くなるのは御免だもの」

 歩き出すアルベール姉妹の二人。

 その時、言葉を発する事ができずにずっと呼吸をしているだけであったオリヴィアが、弱々しいかすれた声を発した。

「奴は……どこだ……」

「フォートリエ様!」

 ノアが真っ先に反応し、オリヴィアを見つめる。

 オリヴィアはその視線に気付き、彼女を見つめ返す。

「ノア……エヴァはどこに行った……?」

「ヴァンパイアハンターの推測によれば、奴は生け贄を手に入れる為にユーティアスに向かったとの事ですが……」

「そうか……そういう事か……」

 エヴァの企みを察したオリヴィアは、まんまと騙された自分自身に嘲笑を浮かべた。

「情けない最期だな。信頼していた部下に裏切られるとは」

「フォートリエ様……」

 かける言葉が浮かばず、ノアは俯いて押し黙ってしまう。

 そこで、二人の元に足音が近付いてきた。

 立ち上がる事もできないオリヴィアはそちらに顔だけを向ける。

 そこには、アリスが立っていた。

「お母さん……」

 呆然と、母を見つめる少女。

「アリス……」

 それを受けた母は、娘に優しい笑みを浮かべて見せた。

「すまなかった……あんな事を言ってしまって……」

 先程までの冷酷な厳しい表情ではなく、よく知っている、温かい優しい笑み。

「え……?」

 アリスは驚き、オリヴィアに歩み寄る。

「お前の言う通りだ。ヴァンパイアの世界を造り上げるなど愚かな試みよ。いままで通り静かに暮らしていれば、こんな事にはならなかったのだから」

「ちょっと待って」

 シルビアが、その会話に割り込む。

「さっきまでとは随分と態度が違うわね。なんか引っ掛かるわ」

「シルビア……!」

 母と娘、親子の会話に水を差すシルビアを、シャルロットが慌てて止める。

 しかし、オリヴィアは気にもせずに、シルビアの疑問に答えた。

「エヴァだ。私は奴の口車に乗せられていた」

「操られていたって事?」

「操られていたワケではない。ディミトリ・フォートリエの復活は、私自身も望んでいた事だ」

「……どういう事よ?」

「奴は私に切欠を与えた。あの十字架の事だ。封印されていた十字架を持ち出し、私に――」

 流暢に話せていたオリヴィアであったが、彼女は突然話を止め、顔を横に向けて地面に吐血した。

「……もう、長くはなさそうね」

 シルビアが呟く。

「そのようだ……」

 オリヴィアは力無く笑った。そして、アリスに視線を移す。

「アリスよ……側に来てくれないか……?」

「……」

 アリスは目元に涙を浮かべながら、オリヴィアの言葉に従い、彼女の側にしゃがみ込む。

「頼みがある。今ここで、お前にしかできない頼みだ」

 途切れ途切れの言葉。彼女の最期が近付いてきている事は、その場に居る誰もがわかった。

 オリヴィアは最後の力を振り絞り、話を続ける。

「エヴァが――あのような奴がヴァンパイアの長になるなど、あってはならない事だ」

「……」

「私はもう長くない。――私の跡を継いでくれ、アリス」

「——!」

 オリヴィアの発言にはアリスだけでなく、その場に居る全員が驚愕し、耳を疑った。

「ヴァンパイアには長が必要だ。お前はフォートリエの血を継いでいる。資格は充分にあるんだ」

「でも、私なんかが……」

「大丈夫だ」

 オリヴィアはゆっくりと手を上げて、アリスの頬をそっと撫でる。

 そして、優しく微笑みかけながら言葉の続きを言った。

「お前は私の娘だ。お前にならできる」

「……」

 母の優しい手の感触に、胸が熱くなるアリス。堪えていた涙が溢れ、頬を伝って地面に零れ落ちた。

「ねぇ、シルビア……」

「……」

 ヴァンパイアの世代交代など見過ごすワケにはいかないヴァンパイアハンターの二人。

 しかし、それを目の前にしても、二人は止める事ができない。

 シャルロットはシルビアの名前を呼んだきり押し黙ってしまい、シルビアは最初から何も言わずに複雑な表情でその光景を見つめていた。

「……わかった」

 アリスの声。一同の視線が彼女に集まる。

「私はお母さんの仇を取る。その為に、お母さんの跡を継ぐ」

「そうか……。頼まれて……くれるか……」

 オリヴィアはそう言って、アリスの頬に触れていた手を、そのまま彼女の首に持っていく。

 しばらくすると、彼女の手から黒紫色の光が発せられた。そしてその光は、そのままアリスの首に流れ込んでいく。

「——!」

 流れてくるオリヴィアの力に、アリスは思わず表情を歪める。オリヴィアの力は、彼女の身体には有り余るものであった。

 力の受け渡しは数秒で終わり、役目を果たしたオリヴィアの手が力無く地面に落ちる。

「お母さん……?」

 嫌な予感がして、アリスは恐る恐るオリヴィアの顔を見る。

「お別れだ。頼んだぞ、アリス」

 オリヴィアのその言葉を聞いたアリスは、堪えていたものが一気に溢れだし、オリヴィアの胸元に顔を埋めて泣き出した。

 それと同時に、オリヴィアの身体がゆっくりと、少しずつ灰になっていく。

 手の指の先から、少しずつ。

「嫌だ……嫌だよ!お母さん……!」

 形を無くしていく母の身体に、アリスは必死にしがみつく。

 腕が無くなり、足が無くなり、胴体も無くなり始める。

 アリスがしがみついていた部分も灰になってしまい、彼女の手から母の身体の感触が無くなった。

 そして、最後に残された頭部も、首から少しずつ無くなっていく。

 オリヴィアは最期にもう一度笑みを浮かべて、こう言った。

「ありがとう……。愛してるわ……アリス……」

 全てが灰となり、オリヴィアの姿は完全に無くなった。


「お母さん……」

 母であったその灰を見つめ、もう届かないとは知っていながらも、涙を流しながら母を呼ぶアリス。

 その場に居る誰もが彼女に声を掛ける事ができずに、その光景をただ見つめる事しかできない。

 アリスの泣き声だけが、その場に聞こえていた。


 ――三分程が経過した。

 泣き止んだアリスが、不意に立ち上がる。

「アリス……」

 恐る恐ると言った様子で声を掛けたのはシャルロット。

「シャル」

 振り返り、シャルロットに顔を向けるアリス。

「――!」

 アリスの目が深紅に染まっているのを見て、シャルロットは息を呑んだ。

「お願いがあるの。シルビア、あなたにも。ヴァンパイアハンターであるあなた達にこんな事を頼むのはおかしいけど、それでも聞いてくれないかな」

「……何かしら?」

 何となくは察しているシルビアは、溜め息混じりに訊き返す。

「あの女を――エヴァを倒したいの。あなた達にも、手伝ってほしい」

「元よりそのつもりよ。ヴァンパイアハンターとして、奴の企ては阻止する。あなた達ヴァンパイアに頼まれるような筋合いは無いわ」

「……ありがとう」

 シルビアの返答を聞いて、安堵したように笑みを浮かべるアリス。それから、ノア、リナ、ルナの三人を見る。

「私なんかがいきなり長になったと言われても、納得できないって事はわかってる。それでも、私に従ってほしい。お母さんの――オリヴィア・フォートリエの仇を取る為に」

「わかってる――いや、わかってます。"フォートリエ様"」

 ノアはアリスに向かってそう言った。

「オリヴィア・フォートリエが認めた相手。従わないワケにはいくもんか。ボクで良ければ、力になりますよ」

 それに続けて、リナ、ルナの二人も頷いて見せる。

「主の命令には絶対服従。それが私達ヴァンパイアの掟」

「その掟を破ったエヴァは許さない。私達は、あなたに従う」

 アリスは三人の言葉を聞き、頷いて見せる。

 そして最後に、サクラを見た。

「わかってますよ」

 サクラはアリスが口を開く前にそう言って、くすくすと小さく笑う。

「ですが、私は人間として生きていく事を誰かさんと約束してしまったのです。ヴァンパイアとしては、あなたに従う事はできません」

 と言ってから、すぐにこう続ける。

「人間として、協力しましょう。人間として生きていく以上、ヴァンパイアを復活させられては困りますからね」

「……ありがとうございます」

「私ごときに頭を下げないでください。ヴァンパイアの長たるもの、もっと堂々と振る舞うべきなのでは?」

「それでも今は頭を下げる。感謝してるから」

「……ふふ、そうですか」

 サクラはアリスの殊勝な態度に、再びくすくすと小さく笑った。


「さぁ、そろそろ行きましょうか。奴が大量のヴァンパイアを復活させるまで、あまり時間は無いハズよ」

 シルビアが一同にそう声を掛け、屋内への扉へと歩き始める。

「そうね。エマとマリエルも下で待ってるワケだし、とりあえずここを離れましょう」

「向かうは決戦の地――ですね」

 シャルロットとサクラもそう言って、シルビアについていく。

「行きましょう、フォートリエ様」

 ノアがアリスに呼び掛ける。

「あなたは長として、堂々と歩き続けてくれれば良い」

「あなたに刃向かう者が居れば、私達が抹消する。だから、何も心配する事はない」

 リナとルナもそう言ってアリスの側に付く。

「――行こう」

 アリスは強く頷き、足を踏み出した。

 彼女の表情には先程までの哀しみに暮れた弱々しい様子は一切見えず、強い決意を抱いた、威風堂々たる表情であった。


 扉の前までやってきた所で、アリスは不意に立ち止まる。

 そして振り返り、心の中で、こう言った。

「(さようなら……お母さん……)」



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