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7月8日 ~その3~

「ここが、天璃ちゃんの住んでいた施設、ですか?」


「だな」


 スマホのナビも確かにここを指し示していた。この建物が天璃の住んでいた養護施設『星の海園』だろう。


 赤い屋根の一軒家だった。端から見れば普通の家となんら変わりない。他と違っているのは、養護施設と書かれた看板が立っているのと、その周囲が木々に囲まれていて、他の建物がないことくらいだ。


「それじゃ、押しますよ?」


 門の隣に取り付けられたインターホンを押す。機械的なチャイムの音が鳴ってから数十秒ほどでドアが開き、一人の初老の紳士が顔を出した。ピシッとしたスーツに身を包んだその人は俺と鮎川を交互に見比べ、首を傾げた。


「えーと、どなたですかな?」


 多分、この人が三上さんだろう。そう思った俺は一歩前に出て、彼に挨拶する。


「いきなりすみません。俺達、小名木天璃の兄とその友人です」


「おやおや」


 天璃の名を口にした途端、その男性はふにゃりと破顔した。


「ということは、あなたが陽人くんですか。そして、そちらのお嬢さんがひよりさんですかな?」


「はい。えーと、おじさんが三上さんで間違いないでしょうか?」


「えぇ、そうですよ」


 やはり、彼が三上さんか。


 しかし、俺の名前はともかくとして、まさか鮎川の名前まで知っているとは。


「よく天璃ちゃんから聞かされていましてね。いつか会いたいと思っていたんですよ」


 俺の心の声を読むかのように、三上さんはそう言った。


「天璃は、よくここに来るんですか?」


「えぇ、よく遊びに来てくれますよ。七夕祭りが終わってからは忙しいみたいでこちらには来ていませんけど。ところで、今日はどんなご用で?」


「実は、あなたに聞きたいことがあって来たんです」


「聞きたいこと、ですか?」


「はい。実は――」


「ちょっと待って」


 説明しようと口を開くが、三上さんが手のひらを突き出してそれを制する。


「せっかくここまで来たのですから、話は中でしませんか。ここも暑いですしね」


 そう言って、三上さんは俺達を中に招き入れようとしてくれる。


「先輩、どうします?」


 鮎川が俺の袖を引っ張って小声で囁く。


「行くしかないだろ」


 元々、そのつもりでここに来たのだ。


 それにしても、こんなにすんなり三上さんと話せるとは思わなかった。


 正直なところ、俺は三上さんに追い出されると思っていたのだ。なんせ、彼女の不幸を招いた家の息子だ。何かしらの暗い感情は持っていて当然だと思っていた。


 しかし、彼からはその様子が全くと言っていいほど感じることは出来なかった。


「さ、こちらです」


 玄関で靴からスリッパに履き替え、廊下を進んでいく。施設の中はやけに静かだった。不思議に思っていると三上さんが、

「子供達はみんな学校に行っているんですよ」

 と、教えてくれた。


 廊下には子供達が描いたものらしき絵が何枚も飾ってあった。新品同然の真っ白な画用紙から少し端が黄ばんだものまで。それだけで、この施設にはどれだけの子供が生活し、そして去って行ったのかが容易に想像できた。


「先輩、これ」


 そんな中、鮎川が何かを見つけたのか一つの絵を指差した。


 親子が手を繋いでいる絵だった。真ん中の子供が両端の父親と母親と手を繋ぎ、幸せそうに笑っている。


 その絵の隅には丸っこい字で「あまり」と書かれていた。


「これ、天璃ちゃんが描いた絵ですか?」


「えぇ、そうですよ。その絵は確か、自分の夢について描いた時のものだったはずです。この絵を描いた時の天璃ちゃんはとても嬉しそうな顔をしていました」


「そうですか……」


 この絵が天璃の夢。天璃が望んでいたもの、か。


「それを見る度に思います。あの子は自分の夢を叶えることが出来たんだな、と」


「え?」


「ここに来る度に言ってくれるんです。私はあの家に住むことが出来て幸せだったと」


「……っ」


 胸が抉られるような思いだった。


 俺達にあんなことをされても、あいつは真実を告げることなく、笑顔を見せていたのか。


 三上さんを心配させないために。


「だから一度、あなたにお礼を言っておきたかったのですよ。ありがとう、陽人くん」


「……それは」


 違います、三上さん。俺は、そんなお礼を言われるような人間じゃないんです。その逆です。俺は、あいつの夢を壊したんです。


 そう言いたかった。全部、吐きだしてしまいたかった。


 だけど、

「……はい」

 吐きだすことは許されない。


 天璃が彼に嘘を吐いた理由がなんとなくわかるから。そんな天璃の努力を無駄にするわけにはいかなかった。


「先輩」


 大丈夫ですか、とでも言いたげな鮎川の視線に、俺は頷いて答えた。


「さぁ、こちらです。少し散らかっていますけど」


 廊下を抜けると、少し広めのリビングに出た。中には十人程度が座れる長机と椅子。俺達は三上さんに促されるまま、そこに座り、彼はその対面に腰を下ろした。


「それで、聞きたいことと言うのは?」


「はい」


 それに答えたのは鮎川だった。


「実は、あるおまじないについてお聞きしたいことがあるんです」


「おまじない、ですか?」


 怪訝な顔をする三上さんに鮎川は、天璃から聞いたおまじないの話をした。もちろん、今、天璃の身に起きている異変のことは抜かしながらではあるが。


「ふむ……」


 鮎川が説明を終えると、三上さんは小さくそう呟いて虚空を見上げた。


「懐かしい話ですね。あれはもう何年前のことだったでしょうか」


「やはり、ご存じなのですか?」


「もちろんですよ。トエさんがよくそのような話をしてくれました」


「トエさん?」


「そのおまじないを考えた人ですよ。よく、孤児院に来ては子供達の相手をしてくれたものです」


 ということは、その人が鮎川の言っていたおばあさんか。


「一昨年に亡くなってしまいましたけどね。それにしても、そのことを誰かに話していたとは思いませんでした」


「どういうことですか?」


「そのおまじないは彼女が本当に心を許した人にしか話さないことなんです。それを天璃ちゃんに教えていたとは、相当、気に入っていたみたいですね」


 それを教えてくれた鮎川さんもね、と三上さんは笑う。


「三上さんはそのおまじないをどう思いますか?」


「どう思いますと言いますと?」


「えーと、本当にあるのかどうか、みたいな」


 鮎川がそう言うと、三上さんはふふっと笑った。


「確かにそういうおまじないがあればロマンチックでしょうけどね。それは、ありえないですよ。あれは願掛けみたいなものです。七夕の短冊や神社の絵馬みたいな。鮎川さんだって本当に信じているわけではないのでしょう?」


「え、まぁ、それは……」


「トエさんの言っていることは子供たちを喜ばせるための作り話ですよ。もともと、趣味で占いもやっているような人でしたからね」


 三上さんの言う通りだ。


 そんなおまじないが本当に存在するとは思えない。俺だってそう思っていた。


 しかし、そうなると天璃のことはどう説明する? 


 天璃のことをみんなが忘れていく。その異変にはどうしても流れ星の願いが関わっているように思えてならなかった。


「三上さん。とにかく、天璃がそのおまじないのことを教えて貰っていたというのは確かなんですよね?」


 今度は俺が三上さんに質問する。すると、彼はこくりと頷き、

「ええ、それは間違いありません」

 と、言った。


「そうですか」


 鮎川との話を合わせても、天璃がこのおまじないを知っているのは確実だ。それに、さっきの篠田先輩が言っていたこともある。


 ここはやはり、一度、秘密基地を調べた方がいいかもしれないな。


「他になにかありますか?」


「あ、あと一つだけいいですか?」


「なんでしょう?」


「トエさんは他にもおまじないのことについて何か言っていたりはしなかったでしょうか? 例えば、間違って願ってしまったものを破棄する、みたいな」


 そう言うと、三上さんは数秒、考えるような素振りをしたあと、何かを思い出したように「あぁ」と呟いた。


「確か、そんなことをトエさんが言っていましたかね」


「その方法は?」


「簡単なことですよ」


 三上さんは少しいたずらっ子のような笑みを浮かべながら、

「その願いが、もしも何かの間違いであるのなら、その願いを取り消すように願いを掛けてあげればよいのですよ」

 そう言ったのだった。








「それでは、ありがとうございました」


「いえいえ」


 見送りに来てくれた三上さんに頭を下げる。


 話も終わり、これ以上ここにいても迷惑がかかると思った俺達は早々に養護施設を後にすることにした。


「本当にすみませんでした。いきなり押しかけてきたりして」


「気にしないでください」


 俺と鮎川を交互に見ながら、三上さんは少しだけ楽しそうに笑った。


「学校を休んでまで遊びに来てくれたのですから、知りたいことがあればなんでもお話しますとも」


「うっ……」


 そういえば、俺達って学校サボったんだったっけか。天璃のことに集中してすっかりそのことが頭から抜け落ちていた。


 もしかして、学校に連絡とかされたらどうしようなどと不安が過ったが、それを見透かしたかのように三上さんは「大丈夫ですよ」と優しい声で言った。


「ここは、町から離れているものですから町の人であっても知らない人が多いのです。ですから、こうしてこの施設を尋ねて来てくれることが、嬉しくて仕方がないんですよ」


「三上さん……」


「是非、またいらしてください」


「はい。今度は天璃も連れて遊びに行きます」


 そう言うと、三上さんは大きく頷いた。


「えぇ、お待ちしています」


 三上さんに吐いた天璃の嘘を必ず現実にすると、そう心の中で強く誓いながら俺達は施設を後にした。










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