プロローグ 『始まりの記憶』
――オレは何もできなかった。
夢を語り力を振るい、傲慢な態度と仕草で辺りを翻弄した。しかしそこに意味などはなかったのだ。
アレが起きてしまったから――。
声が聞こえた。オレの名前を呼ぶ声だ。右手にはしっかりと温もりが握りしめられていた。なのになぜオレの名を呼ぶのか。その時のオレは何一つわからなかった。
目の前で壁が崩れ落ちる。大きな音とともに。足場が不安定になり始め、その時ようやくオレは目の前で起きている現実に気付かされたのだった。
「――ジュンッ!!」
あぁ、またオレの名を呼ぶ声だ。懐かしいような悲しいような、よくわからない感情が胸の中を埋め尽くした。君はいったい何のためにオレの名前を呼ぶ。オレの名を呼ぶことの意図が知りたかった。だが、同じように何度も何度もその声が繰り返されるだけで、オレの記憶の中にその答えは見つけられないでいた。
足元が崩れ落ちて、そこに世界はなくて、オレの体は宙を舞って、でも右手にしっかりと握られた君の温もりはその時でさえ残っていた。
温もりの正体との優しく温かい思い出の日々。そうだ、オレは彼女と一緒だったんだ。今まで忘れてしまっていたことが嘘のようだった。彼女と築いた今までの時間。二人で過ごした日々。懐かしかった。嬉しかった。だが無性に腹立たしく、無性にむなしい。オレの名前を呼ぶその声の正体は――オレ、羽田純が愛したヒト、結城奈都子その人だった。
時間がオレを作る。今ある記憶。時間とともに取り返していく幸せな記憶とともに、辛く苦しい記憶もまた、オレの心に蘇る。
『第三次世界大戦――』
オレの記憶にふと流れたそのワードがオレの背筋を撫で、寒気を走らせる。絶望的なそのワードとともに、オレの視界に広がるその光景がまじまじとオレの脳裏に焼き付いていく。崩れ落ちた足場と壁がその現状を物語っているのだ。そして俺の右手に握られたその温もりの正体は、オレが振り返ろうとした途端にオレの右手を弾き飛ばしていた。否、オレの体そのものを弾き飛ばしていたのだ。
落ちていく体と崩れた足場。ここはビルの8階。突き飛ばされた体が空中で振り返る。そしてオレは、オレの右手を振り払った彼女の表情をようやく目視したのだ。瞳に涙を浮かべ、悲しみの笑みを浮かべた彼女がオレの方を向きながら口を開く。何を言っているのかはわからない。だが、その言葉を言い終わったのか、彼女は再び笑顔を向けてきた。オレの体は真っ逆さまに宙を舞って、心だけが切り離されたかのような心情だ。
そして彼女は、
崩れ落ちたビルの中に呑まれ、二度と彼女を目にすることはなかった――。
オレの体もまた、落下しながらどこかへと向かう。そしてこの景色は、いつもここで途切れてしまうのだった――。
『プラスティック・メモリーズ』に感銘を受けて書き始めました。
更新いつになるかわかりませんがご了承ください!