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この世界は美しい、だが同時に悲しくもあるな


 ミライとフィロスの出会いから二日。

 いまだに二人は、濃い緑が彩る森の中に留まっていた。

 それもそのはず、いざフィロスを元の世界に返そうといっても、手掛かりは何もなく途方に暮れていたのだ。


 時が経つにつれてフィロスは空腹になり、食料を求めて近くの林に飛び込んでは兎や狸に逃げられるを繰り返す。

 ミライに、なぜ竜なのに狩りができないの? と尋ねられた彼は、「我はシティー育ちなのだ」と返していた。


 それでも野生の本能なのか、その日の晩にはようやく小さな兎を捕まえることができたようだ。

 足を怪我した、手負いの兎だったが、フィロスは大変満足そうにそれを咥えて、ミライに見せびらかしていたのだった。


「どうだ? すごかろう。これぞ、竜の力よ」

「竜の力は、兎を狩るのにずいぶんと時間がかかるのね。それにこの兎、足を怪我してるわ」

「細かいことなど気にするな。なんにせよ、ようやく食料にありつける。もう、腹が空いて今にも倒れそうだ」


 フィロスは、ウサギの腹を食いちぎり、口元を血で汚しながらくちゃくちゃと肉を食べ始めた。

 はたから見れば、残酷な自然の営みにも見えるが、ミライは眉一つ動かさず、ただそれをじっと見つめている。

 兎を貪るフィロスと、それを眺めるミライ。

 弓なりの月が照らす薄暗い森の中、無言の時間が流れた。

 やがて、兎を食べ終えたフィロスが、大きなげっぷを一つした後、辺りを見回した。


「この世界は、静かだな」


 風も吹かぬ夜の森は、まるで息を殺した獣のように、息苦しい静けさが充満していた。

 普段、町の喧騒の中で生活してきたフィロスにとって、その感覚は違和感でしかないようだ。


「そうね。でも、今は少しだけ、にぎやかだと思うの」

「にぎやか? これのどこがにぎやかだというのだ」

「だって、今はあなたとお話しているもの」


 フィロスは、ミライがこれまでずっと一人だったことに気がついた。

 彼は、ミライの置かれていた状況を、頭ではわかっていたが、それがどれほど寂しいことなのか、この時ようやく理解したのだ。


「そうか……。では、少し我の話をしてやろう。我はな、元の世界では、それはそれは由緒正しき家の出で、将来は竜族を代表して宇宙に行くのだと志していた」

「宇宙……。この世界の人間は、ずいぶんと昔に行ったみたい」

「なにぃ? この世界の人間はとても頭がいいのだな。宇宙に住む者もいたのか?」

「いいえ、そこは人の住める場所ではなくて、黒い水がどこまでも続く海の中だったんだって。そこで暮らすためには、肉体から解放されなきゃダメなんだってさ」

「外の世界なのに、海の中なのか。それは難解な答えだな。だが、結局のところ、生き物が天に昇るのは、重い体を脱ぎ捨てた時だけなのかもしれんな……」


 フィロスは、夜空を仰ぎ見た。

 木々の間から見える空は、まるで熱いグリセリンの中を踊る気泡のような、不規則な配置でいながらも、永劫の時を変わらず動き続ける星々が煌ていた。

 星と月の隙間を埋めるように、黒く塗りつぶされているのは、ミライが言った『黒い水』で満たされているからなのかもしれない。

 ふと、フィロスは、この世界もまた、気泡の一つであり、いずれは水面に浮かび上がって消えてしまう運命(さだめ)なのではないかと考えていた。


「この世界は、美しい。だが、同時に悲しくもあるな」

「そうね。そうかもしれないね」


 ミライはただ、フィロスの意見に同意した。彼の言葉全てを理解したわけではない。

 ただ、彼女は、彼の言った言葉がこの世界の真理のような気がしたのだった。


「さて、話を戻すが、我は宇宙を目指しておった。来る日も来る日も勉強とトレーニングに費やし、気が付けば20歳。いよいよもって、宇宙開発センターの試験を受けたのだが……」

「落ちたの?」

「……先に答えを言うな」

「どうして落ちたの?」

「どうしてだと思う?」


 ミライは顎に手を当てて考えた。普段は使わない脳をフル回転させているのか、眉間に皺を寄せて、フィロスが落第してしまった理由を考える。


「小さかったから?」

「なぜ最初にその答えが出るのだ!? だが正解だ」


 フィロスはふんっと鼻を鳴らし、いくらか不満げにミライを見つめた。

 

「フィロスは、小さいものね」

「これでも、脱皮を繰り返して、徐々に大きくなっているのだ。あと、100年もすれば我も立派な火竜の一匹となるだろう。それまでは、この明晰な頭脳を活かして偉大な先人達のサポートをするつもりだったのだ」


 フィロスは、胸を張って答えた。

 小さな竜の、大きな態度に、ミライは少しおかしな気持ちになって、くすりと笑みをこぼしてしまった。


「なぜ笑う? しかし、お前といてしばらく経つが、初めて笑顔を見たな」

「なぜかしら。わからないわ。ただ、博士がまだ生きていた時には、よく笑っていた気がするの」


 ミライは、博士と共に過ごした日々を、フィロスに聞かせた。

 彼女を作った博士は、最近の研究に従事するにあたり、外界との接触を断って一人地下に潜り研究を進めていた。

 彼が、70歳の頃にミライが誕生したが、地上ではすでに人類がほとんど死滅しており、瓦礫の山と、逞しい草花で埋め尽くされていた。

 その草花も、人の死の上に咲いたものであることを、まだ生まれたばかりだったミライに言って聞かせていたのだった。

 

「博士は、とても楽しい人だった。いつも、自分でアレンジした昔話を私に聞かせてくれてたの。『聖剣金太郎伝説』とか、『桃太郎・ギア・ソリッド』とか『ウイニング猿蟹イレブン』なんてのもあったかも。でも一つだけ、これは昔話ではなく、本当の伝説だって言ってたことがあるの」

「本当の伝説?」

「『竹取物語』っていうのだけれど。お姫様が、いろんな男の人から求婚されて、無茶苦茶な贈り物を要求するの。当然、男の人たちは、それを達成できなくて、お姫様は月へと帰ってしまうのだけど。その物語の後、お姫様は富士山に逃げてきて、今もまだ、どこかに身を隠しているんだって」

「なぜ、その姫は月から逃げたのだ?」

「それはわからない。けど、きっとなにか事情があったのよ」


 フィロスは、釈然としないような微妙な表情になった。

 ミライは、ころころ変わるフィロスの表情を目に焼き付けるようにじっくりと眺めていると、急に彼はぱっと顔をあげたのだった。


「その姫に、会いに行こうではないか!」

「どうして?」

「月に行ったり来たりするほどの者ならば、我を元の世界に返す方法くらい知っているかもしれん! いいや、絶対に知っている!」


 なぜか、妙に自身満々なフィロスは、特にこれといった反応を見せないミライの鼻先にこつんと、自身の鼻をぶつけた。

 彼の緑色の瞳は、強い決意の炎が燃えているような、頑なな意思を感じさせている。


「あなたが行きたいのなら、案内する」

「よろしい。では、明日からはまず、フジさん(・・・・)という者を探そう! どこに姫を隠しているのか、問いたださねばな!」


 フィロスの言葉に、ミライはしばらく驚いたように口をぽかんと開くと、再びくすりと笑ったのだった。


「ふふ、違うよフィロス。富士山は、山のことだよ」

「なに!? 紛らわしい名前の山だな!」


 フィロスは翼をはためかせて、ぼっと小さな火を吹いた。

 


 

 


とりあえず二話目を投稿。

雰囲気、出てるのかな。

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