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読むにしても書くにしても、「物語」というのはどうも嘘くさいと以前から感じていた。自分自身の書くものに対してそう感じてきたので、書いては消す、書いては消す、という期間が過去に結構あった。


物語というのに嘘くささを感じるのは、映画を見る時もそうで、物語が導入される前の細かい描写、細かな生活感とかキャラクターの感情がうまく表出されていると愉しく見られるのだが、物語が導入されはじめると急にその人工的な手つきが気になって、見えなくなってしまう。こういう気持ちは個人的なもので、一般性はないのかもしれないが、続けて考えてみよう。


最近だと東浩紀の「クォンタム・ファミリーズ」という小説がそうだった。「クォンタム・ファミリーズ」は決して低次元の作品ではないが、途中から作者が物語を導入しはじめたなという、その手つきが見えてくると読む気がなくなって読むのをやめてしまった。作者が登場人物を自分が作った物語の中に放り込む時、どうしても登場人物は硬化してしまうという現象があるのではないかと思う。それは、人間は本来、自由であり自分の内面があるのに、それを作者が自分の決めた路線に強引に押し込めようとする時に起こる仕方ない現象であるように見える。


別に東浩紀を批判したいつもりでもないので、話を進める。


物語の嘘くささを現実の問題として捉えていく事にする。人間の存在を考えてみると、人間は完全に自由なわけではないが、完全に不自由なわけでもない。未来が確定的に決まっているわけでもないが、同時に、全く決まっていないというわけでもない。


何故そんな風に見るかと言うと、例えば、僕という存在を例にとって考えてみよう。僕がこの先、小説家になる未来はあるかもしれない。なれない未来も当然あるが、小説を書いたり書かなかったり、そこで成功したり失敗したりという未来は予想される。だが、僕が歩いて月に到達する未来は考えられないし、数学者になる未来もまず考えられない。現時点の僕の存在が未来に対してある程度、可能性を絞っている。今の存在が未来の存在を予知している。しかし、それは完全な予知ではない。


人間には資質とか方向性というものがある。これは身体的な問題も含まれる。人間というのは、自我意識に目覚めた時には既にある程度の方向性が決まっている。仮にこの社会が全く自由なもので、自分の努力次第で何にでもなれる存在だとしても、自分の存在自体、最初からある程度決定されている。その決定からまた次の決定がぼんやり予期できる。つまり、人間の生涯は白紙に自分を描いていくものではない。全くの白紙に自己を思い描く事はできない。だが、全く決められた経路を辿るわけでもない。自分の資質とか運命とかを感じながら、それと終始葛藤していくのが人の人生であると思う。


問題は、ここから起こる。こうした、葛藤した個人を客体的に見ると、その人間はある経路を通っているように見える。未来の観点に立つと、過去の人間はみんな、それを望んでそう意思して生きたような気がしてくる。アンネ・フランクが少女のまま死んだのは彼女の確定的な運命だった気がする。が、彼女が生存している立場に立つと、彼女はどれほど生きたかったかわからない。生きられる可能性だってあった。現実にはそうならなかった。この時、アンネの内面に立つ事と、結果としてアンネが死ぬ事は、フィクション作品の中ではどのように整合が取れるのだろうか?


作家が物語を作り、その経路にキャラクターを従わせる時、作家は未来の観点に立っている。彼は確定的な過去というものを知っている。だから、アンネ・フランクの人生を題材にして描く場合、彼女の死に焦点を絞って描く事ができる。しかし、アンネ・フランク自身は自分の死に焦点を当てて生きる事はできない。彼女は別に自殺したわけではないし、彼女の死は彼女の外側にあった。そこでは、彼女の内面は意識として様々に展開されるものの、死はその外側にある。


「アンネの日記」を読む人は、そこに若いままに死んだかわいそうな彼女の姿を見る。だが、日記を書いているアンネにはその姿は見えていない。彼女は生きたかったはずだ。彼女の内面は広がっていき、自分の意識について意識している。それをノートに書き付ける。が、読者はそれを彼女が死んだという事実の場所から覗く。


物語の嘘くささというものを僕が感じるのは、登場人物は本来、ある程度の自由を持っているにも関わらず、作者が登場人物を強引に自分の作った物語の中に引き込むからだと思う。実際、物語性があるにも関わらず、物語の嘘くささを感じない小説というのは存在する。

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