チーム結成
翌朝、教室に着くと海は珍しく椅子に座って勉強をしていた。その集中する姿といえば、いつもの海と真逆でいつもの僕と一緒だった。
珍しく僕は自ら海の机へと向かい、言葉をかけた。
「海」
彼の返答はなく、ただ机に向いていた。その鋭い視線の先に向けられているのは数学の参考書だった。
「海!」
僕はボリュームを上げもう一度呼んだ。僕自身が大きな声を出せることを改めて気付き自分でも驚いてしまった。しかし考えてみれば昨日叫んだばかりだった。
「うぉ!びっくりした!どうした、雪、珍しいな。お前が朝話しかけてくるなんて。」
彼も案の定仰天しその反動で彼の持つシャープペンの芯が折れていたが、気にしてはいなかった。
「あのさ、僕、前に夢の話してただろ、それでやりたいことを思い出したんだ。」
僕は少し言い出すのに恥じらいがあり勿体振るような言い方になった。
そこから僕は昨日の出来事の話をし、桜との約束の話もした。
「雪も青春だなー!」
はっはっと白い歯を見せながら笑う海に僕は少し苛立ったが強くは否定できず、僕は少し口を尖らせて自分の気持ちを誤魔化した。
「で?」
「それで海にも手伝って欲しいんだ。」
僕は知っている。海がただの目立ちたがり屋ではなく演技力の才能があることを。
僕はステージ上の彼を見た時、夢を見ているようだった。僕が思う主人公がそのまま舞台化されていたからだ。だから、彼にはどうしても桜と共に映画に出てほしいのだ。
「ダメだ、俺は主役しかしない…っていうのは嘘だけど…いいぞ、やるか!…」
一瞬本当にダメなのかと思ったのは彼の表情に引き気味があったのを僕は見逃さなかったからだ。
「…ありがとう!じゃあ、今日放課後。…あ、海、今日塾か。」
「あぁ、悪いな…」
彼は申し訳そうに片手を出し謝る。
彼は週に3回塾に通っている。海の父親が厳格な人らしく、昔は習い事を5つさせられたこともあるらしい。
「いいよ、じゃ、明日。」
明日は終業式のため午前中で学校が終わる。
僕と海にいたっては部活をしていないということも早く帰れる理由の1つ。
「おう!了解!」
彼の元気な返事の後、チャイムが鳴り授業が始まった。
帰り道、また、あのバーガーショップへ寄った。今度は、軽食目当てではなく桜を待つためだった。
「雪、お待たせ。」
「うん。」
「桜はさ、どんな映画にしたいの?」
「えっ!最高の女優にしてやる!とか言ってた癖に聞くの?」
僕が思い切って聞いてみると、彼女は驚きながら僕をバカにした。
「うるさいな。念のためだよ。」
僕は頬が熱くなり、ムキに答えた。
「そうだなー。
人の心に季節を作りたいな。」
彼女は自信満々に僕の頭では理解できない一言を言い放った。
「え、どういうこと?」
「いろんな人にいろんな気持ちになってほしいってこと。心の中に桜を咲かせたり、海の波を寄ってこさせたり、果物を実らせたり、雪をチラチラ降らせたり!
きっと、最近何も面白くない、毎日の繰り返し、そうやって生活してる人多いと思うの。喜怒哀楽、感動、そういう感情が薄くなってきてる人も少ないんじゃないかな。
だから私達の作る映画で人に季節のような感情を届けたいの!」
言っている内容は理解しづらかったが、彼女の目はキラキラ輝いていた。
彼女は昔からそうだった。
昔から、人を笑顔にするのが好きで得意だった。それは多分、彼女自身が笑顔でキラキラ輝いていたからだと僕は悟っている。
「桜…」
「何、見てるの。もしかして、アホだな、こいつとか思った?」
彼女のキラキラ輝く目に魅了させらてぼーとしていた僕に彼女が顔を顰めて言った。
「あ、い、いや、思ってないよ!すごくいいと思うよ!」
我に返った僕は咄嗟に思ったことが口に出て彼女は少し顔が赤くなった。
なんと言えば良いか分からず沈黙が続く。気まずくなりお互いそっぽを向く。
「明日終業式?」
「うん…雪も?」
「うん。」
仕方なく咄嗟に思いついた質問をしたがすぐ話はあっという間に途切れた。
この後に言った言葉は彼女の家の前でのバイバイ、またね、だった。
家に帰ると妹のつららがニヤニヤして口を開く。
「お兄様はこの時間に帰ってくるとはもしかして桜さんとデートですな?」
「は?ち、違うよ。」
いつもは話しかけることもしないつららだが桜に会ったのが嬉しかったのかニヤニヤして突っかかる。
おかしな妹を払いのけた。帰り道を思い出し少し意識してしまった自分が恥ずかしい。
夜、ベッドに寝転び天井を見上げながら映画の内容について考えていた。
映画を作る前にまずしなければいけないことは台本作成。
「心に季節を作る、か…」
桜の言っていたことが頭の中で蘇る。
その瞬間僕の脳内でインスピレーションが浮かんだ。
僕はとっさに机に向かい、閉じてあるノートパソコンを開き電源をつけた。
僕は空白の画面に文字を埋め始めた。
何も見えない世界。
何も聞こえない世界。
何も嗅げない世界。
何もない世界でただ1人ぼっち。
何を見ても何をしても何も思わない世界。
何も感じない世界でただ1人…
小鳥の鳴き声と共に目が覚めた。
どうやら脚本を書いている途中で寝てしまい、脚本の内容が夢にまで出て来たらしい。
僕は朝食を済ませ着替えをし、家を出た。長期休暇の前日の朝は何故か特別な感じがしてとても気持ちがよい。
「雪、成績どうだった?」
「相変わらずだよ。海は?」
「ま、俺もまずまずかな、」
終業式はどこでもこんなトークがあるあるなのだろう。そう思いながら海の成績をちらっと見た。
海は今回も5段階評価でオール5というベストな成績なのだろうと思ったがそうではなかった。
2つほど4が混じっていたのだ。
と言っても僕は3に4が2つほど混じっている位だから何も口を挟めないのだが。
その後桜との待ち合わせ場所に行った。
「雪、こっちこっち。」
桜が手を振りながら僕を呼んだ。
「そちらの人は?
「僕の友達の海。一緒に映画製作を手伝ってくれるんだ。」
桜の視線の先は海だったため、海を紹介した。
「雪、この人がお前の言ってた人?」
「ああ、幼馴染の桜だ。」
同じく海の視線も桜からは離れないようで改めて紹介した。
「はじめまして桜です。よろしくお願いします。」
「可愛いじゃん!
はじめまして俺、雪の友達の海。よろしく!」
少し距離の空いた桜の挨拶も関係ないように海はいつも通りの熱さを披露した。
「では第1回目映画製作会議を始めます。まず、今日決めることは映画の内容です。」
僕は映画製作の責任者として会議を開いた。
「内容の案はあるのか?」
海の質問は至極真っ当だった。
「ああ。まだ途中だが、 こんな作品にしようと思ってるんだ。」
僕は昨日書き上げたあらすじを2人に見せた。
「これ、昨日書いたの?」
桜は紙の量に驚いていた。僕もつい夢中になって書いたため、どれだけ書いたかあまり把握はしてなかったがこうして紙で重ねると結構あると思った。