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桜ノ木ノ下ノ雪達磨  作者: 心乃季節
1/2

再会

ふと雪達磨の気持ちを考えた。雪達磨は桜を見ることができない。当たり前なのかもしれない。しかし、当たり前だと思いたくはなかった。雪達磨に気持ちがあるとしよう。雪達磨はその桜を見たいと思うはずだ。例えば人で言えば未来に行ってみたい、そんな気持ちと同じだと思う。そう考えて見るとこの雪達磨の気持ちを書かずにはいられず、文字を埋めていった。

君が咲き出す頃に僕は溶け始める。

桜が見れない雪達磨のように。





室内でも少々蝉の音が聞こえる。

普段はやかましいと思うがヘッドホンを付ければロックな曲の良い飾りになる。背後には涼しい冷気が当たる。

周囲は無の空間のように静けさがある。

図書室、これ以上に落ち着く場所はない。特にこれからの時期は家で扇風機を浴びてぐうたらする生活よりも、クーラーのかかる図書室で勉強をしたり、本を読む方が充実しているのではないだろうか。

僕は勉強がキリの良いところまで終わり、集中力も持たなくなったため音楽を聴きながら、本を1ページ1ページめくっていく。しかしその本の内容はあまり頭には入らない。

なぜならその本の表紙に明朝体で書かれた文字は職業辞典だからだ。高2になるとそろそろ進路を決めなければいけない時期となる。進学にしても何処の道に行くかで、学科が変更する。

僕は真面目君と呼ばれることがあるが、それは性格とメガネだけだ。成績を見ると普通より悪い。

その為、何になりたいかという視点ではなく何になれるかという視点で考えがちである。それも何になりたいというのがパッとしないせいなのかもしれないが。

僕は溜息をつき席を立って職業辞典を棚に戻した。


僕にも昔夢を見た時期はあった。

何の夢だったかは記憶の隅で眠っているが、あったことは確信している。

夢のことを思い出そうとするとセットで1人の目を輝かせる少女の横顔も浮かぶ。

これも同様、記憶の隅だ。


「雪、おい、雪、何ぼーっとしてんだよ。」


僕はその大きな声がヘッドフォンから流れる歌詞ではないことを把握した。


声の主は唯一と言っても良い友達の海【うみ】だった。

大きくキリッとしている目、180センチの高身長、半袖カッターから見える筋肉、見下ろされているこの状況は周りから見れば絡まれているように見えるのだろう。

しかし、僕は160センチのためこの身長は何とも羨ましいと素直に思う。


彼は社会で言えば、イケメンの分類にも入る。女子の皆さん、注目!しかもこのイケメン、成績良くて運動神経抜群!それに何といっても彼女なし。

どういうことか、告られても全て振るようにしているらしいが。


そんな彼とは中学校からの友達だ。

こんな僕と真逆のタイプの彼が友達なのにはきっかけがあった。

中学1年の終わり頃、1年間の思い出を動画にする企画があり、僕は動画の編集を行った。それはもともと写真、動画の撮影と編集、劇の脚本を書くのが好きだった僕にとっては学校で唯一楽しいことだった。

文化祭の劇の脚本も動画も評判だったが、僕が作ったことはみんな気づいていなかった。そもそも気付こうともしなかった。なぜなら作成しているのはクラスの端にいるような真面目君だったからだ。みんなにとっては僕は陰の存在だったのだ。

しかし、クラスのムードメーカーで人気者の海が近づいてきた。

陰が濃い陰に変わった瞬間だった。

海はクラス劇の主役を演じるなど表に出たいタイプの人間で、自分の動画を撮りたいと言った。つまり、僕にその撮影と編集を頼んだということだ。


僕は断った。

しかし彼は何度も頼んだ。

それでも何度も断った。

僕は風景等の写真、動画が撮りたいんだ、僕じゃなくてもいいじゃないかと。

でも彼は譲らなかった。


「お前が撮る、お前が編集する、お前の作る動画が好きなんだ。お前の動画が最高なんだ。」



僕はそんな彼のストレートな想いを思わずキャッチしてしまった。


そして海と僕で、動画を作成することになり、いつも一緒にいる本当の光と陰の関係に至った。


「え?!…じゃねえよ。今日雪が勉強するっていうから、動画撮影するの諦めたんだぞ?」


「あ、ごめんごめん。」


「何考えてたんだよ。」


「別に…」


「いえよ!親友だろ?!」

ちょっと向きになる海に僕は戸惑った。

親友だからと言うというのはよく理解できない。


「いや、僕、何になりたかったのかなと思ってさ。」


「将来の夢かー。そろそろ決めなきゃだもんな。」


「あぁ…」


「ま、いいから、早く撮り行こうぜ!」

こいつは将来について考えているのだろうかと軽く考えてそうな海を見て疑問に思った。

強引に手を引かれ、図書館を出た。

図書館と外の温度差は激しくクラクラした。

腕を掴まれた状態で走らされる。

海の額に汗が溢れた。

最寄りの駅に着くと出発直前の電車に駆け込む。乗車した瞬間自動ドアがしまった。

もうここまで、連れてこさせられた以上諦める以外選択肢はない。


確か今日は最近売れている店の紹介だった気がする。


「行きます、3.2.1アクション」

僕はアクションをきる。

「今日は、ここ、×…@/#◎に来ています!!…」


動画の撮影が始まる。

実際、撮り始めるといつも元気な海を撮影するのは嫌いではないと思う。

最初の方は1人劇っぽい動画だったが、海がつまらなくなったらしく、最近は紹介動画が多い。


海をアップして撮影した後、海が差す店にピントを合わせた。すると店を通り過ぎる1人の見覚えのある女子高生に焦点が当たった。


誰だったかな。

喉に引っかかる魚の骨のように気持ちが悪い。


「おい、なにしてんだよ。

今日ぼーとしすぎ!はい、もう一回録り直しー!」


その海の声で、また我に返させられる。

横切った彼女に自分の目のピントが行くと同時に無意識のうちにカメラも彼女を追いかけて撮影してしまっていたのだ。

彼を撮影しなければどうやら今日は帰れそうにないので、考えるのをあきらめた。


帰り道を歩きながらあの彼女について考える。

街灯に照らされた歩道は、安心感がある。しかし考え過ぎたせいか、少し頭痛と起立性低血圧に襲われる。道が少し歪む。

一度止まり目を瞑り脳を落ち着かせた。僕は家に帰り睡眠を早めにとることにした。


朝、頭の痛みは消え去っていた。

学校に行くと、早速海が寄ってきた。



「雪、見ろよー、昨日載せた動画が早くも視聴回数50回超えてるぜ」


「ばか。50回でそんな喜ぶな。あと校内ケータイ禁止な。」


僕は相変わらず、海の熱い声に冷水をかけるように冷静に言った。


「そんな固いこと言うなよー。先生だってまだ来ねーよ。」


「海」


冷水を受けず、軽いことを言っている海の背後から、影を感じた。


「ん?」


「背後。」


「え、」

海は軽く背後を向いた。

「碧生何してる」

クラスの担任の佐々木先生が、太い声で海に話しかけた。


「あ…。」

海は止まって汗がひとしずく流れた。

先生は海のケータイを取り上げた後

僕に言った。



千城ちしろ、ちょっといいか。」


「あ、はい。」


僕はしぶしぶ相談室に連れて行かれた。何か悪いことをしたのかと不安が過ぎる。先生の閉めるドアの音が小さいことから、説教ではないと自信を持ち、少し安心感が顔を出した。


「進路どうする。

お前だけ、どうしたいか全く希望用紙に書いてなかったぞ。」


「すみません。まだ、分かりません。」


「千城、あまり言いたくはないが、お前の両親はやりたいことをしてほしいと言ってくださってるんだから、やりたいことをやればいいんだ。やりたいことがあっても叶わないやつだっているんだから。」


先生は眉を潜める。

やりたい事がわからないから、記入してないんじゃないかと僕は思い、まだ先生の言葉を軽く見ていた。


僕は小さめに返事をし、退室した。


放課後、海は携帯のことで反省文を書かされるらしく、先に帰ることにした。

僕は帰り道小腹が空いていたため、バーガーショップに寄ることにした。

いつも6時を廻ってから家に帰るため、6時閉店のこの店に寄るのは久しぶりである。このハンバーガーのソースの香りとポテトの香りも久しぶりだ。


「テリヤキバーガーとレモンスカッシュですね。どうぞ。」


「あ、ありがとうございます。」


同じ年頃の女の子が笑顔で僕にハンバーガーとジュースを渡す。僕はそれに会釈をして顔を上げると、彼女の表情が変わった。


「あれ?」


「え?」


「あ!もしかして、雪?」


「そ、そうですけど、あなたは…」

彼女は僕に見覚えがあるらしい表情をした。

たしかに僕も見覚えがある。

海のおすすめ動画撮ってる時、通りすがった人だ。

昔会ったことあるような人だが思い出せない。記憶の隅から目を覚ましそうだがそのままレム睡眠を続けているようだ。


「私だよ、木咲桜! 昔、よく一緒に遊んだ!?」


「…あ、はぁ。」

彼女は目を大きく開きアピールする。

僕は何も思い出してはいないがとりあえず、思い出したふりをしたその場をしのぐ。


「もうすぐ終わるから待ってて。」


「はい…」

うまく彼女の言葉に乗せられたが、思い出さなければ話が通じない。

僕は考えながら、バーガーを口する。

レモンスカッシュの泡がプツプツと出ては消える。

しばらくすると、こちらに近づく足音が聞こえその方向を見ると制服姿の彼女が駆け寄ってきていた。


「お待たせー。」


ほつれ髪を耳の後ろにかける彼女から、バーガーとは違う柔軟剤のいい香りがする。


「はい…。」


「久しぶりだね。」


「そ、そうですね…。」


もしかしたら先輩かもしれないと警戒した僕はとりあえずここは敬語を使い相手の会話にのってみる。


「なんで敬語?

昔はよく遊んだよね、一緒に映画いっぱい見たしさ。あー、可愛かったなー、オードリー・ヘップバーン」


敬語が少し気になった様子だったが彼女は話を続けた。


「オードリー・ヘップバーン?!」

僕はその懐かしい名前を聞き返した。


「そうだよー。」

なんで驚いているのかとクリクリお目目で不思議そうにこちらを見る彼女。


小さい頃から、ローマの休日を見てたのか…。

ローマの休日。

1953年のアメリカ映画だ。

僕は息を呑む。そして少し考えた。


いや、見た。

そう、確かに見た。

確かにいつも隣にいた。

テレビを目の前に、目を輝かせる彼女の姿がくっきりと蘇ってきた。

そして記憶の隅から目を覚ました。


「もしかして桜?」


「さっき言ったじゃん。」


自信はあったが信じられないことから少し弱気で聞くと、当たり前のように彼女は答えた。戻ってきたのかと聞くと、今思い出したのと怒られてしまった。


しかしその後は2人とも懐かしくて目を合わせて笑った。こんなに心地よい感覚は久しぶりに味わった。思い出したおかげで気分も爽快感がある。


帰り道の橋を歩きながら、彼女が今年の春からこちらに戻っていたことや、アルバイトをしていることなど話を聞いた。

そして今度は彼女から質問を持ちかけた。


「ねえ、今も映画好きなの?」


「うん、好きだよ。」

最初の質問にしては意外な質問だった。しかし、僕はこの質問にはスムーズに答えることができた。

そして、再会した嬉しさでつい、これから家で映画を観ようと誘ってしまった。彼女はあっさりその誘いを受けた。

「でも本当にいいの?」


「いいよ、お母さんも驚くと思し。」

月は薄っすらと空に現れ始めていた。


家に帰ると、母は案の定驚いた。

違う意味の驚きだったが。

「雪に彼女?!」


「違うよ、ほら、昔近所に住んでた桜!」

僕が強く言うと、先程より驚いた様子だった。

「え!桜ちゃん?!」


「はい。お久しぶりです。」

桜は頭を下げた。

「大きくなって、立派なお嬢さんね。」


母は感動したのか少し涙がでていた。


「何泣いてるんだよ。」

僕は母に言い、桜は笑っていた。

すると前の方で部屋のドアから顔を出す中学生の制服を着た妹の姿に桜が気づいた。

「え、もしかして、つららちゃん?」


「そうですけど、どちら様ですか?」


桜は近づいて声をかけたが、つららはあの時は小さかったため覚えてないような反応で他人行儀だった。


「私、昔、近所に住んでた、桜!って言っても覚えてないか。」


「え、桜ちゃん!久しぶりー!すごく綺麗だね!」


桜は覚えててくれたことが嬉しかったのか満面の笑みを浮かべた。

その後僕の部屋で桜と映画を見た。

子供の頃のように、電気を消し、DVDをセットし、トッポの封を開ける。そこはポップコーンではないのだ。なぜだかは知らないが。


僕達が再会できたこの日に選んだ映画は、やはり「ローマの休日」だった。

彼女の横顔を見ると昔の彼女の姿が蘇る。それと共に大人へと成長している彼女に気づいた。でも、輝く目だけは昔と何も変わらなかった。

映画を見終わったあと、彼女の座ってる前には紙くずが散らかっていた。

「泣きすぎ。」

僕は呆れてゴミ箱を渡す。


「だって…切ないじゃん」


涙をティッシュで拭き鼻を擤み、トッポを加える彼女の姿に少し笑ってしまった。


「ねぇ、約束覚えてる?」


彼女は切り替えて話を始めた。


「約束?」


「いや、ううん、なんでもない!」


僕がまだ何か忘れていることを象徴する一言だった。


「夕食まで一緒に呼ばれてありがとうございました。」


すっかり時計の針が9時を表した所で桜は帰ることにした。


「また来てね。」


「はい!雪、またね。」


「じゃあな。気をつけて帰れよ。」

僕と母と妹は玄関で手を振る桜を見送った。

彼女がドアを閉めた後、隣に居た母が口を出す。


「気をつけて帰れよ、だけ?普通、送ってくよとか言うんじゃないの?ふーん」

「お兄ちゃん、情けない。」

未練たらしく言う母、憎たらしく言う妹に負け、桜の後を追いかけることにした。


外は涼しく気持ちが良かったがあいにく走っているため、えらいという気持ちが勝つ。

僕は走って彼女を追いかけている時、ふと昔の約束を思い出した。



「私、オードリーヘップバーンみたいな女優さんになりたい!」


「え、桜がこの人を目指すのはやめといた方がいいいよ。」


輝く目で彼女は夢を語ったが僕は冷静に返事をしたあの昔の出来事が脳内のスクリーンで蘇る。


「なんで?私頑張って綺麗になるもん。


「無駄な努力だと思うよ。」



「なによ!そこは応援してくれたっていいじゃん!」


「わかった。なら、将来僕が君をオードリーヘップバーンのこえる女優にしてみせるよ。


「どういうこと?」


「桜を最高の映画で最高の役で最高の撮影をしてやるって言ってるんだ。


「偉そうに!じゃ、シチュレーションしてみようよ。」


「いいよ。やろう。」


その日から僕はお父さんのカメラを使って桜をよく撮影していた。桜にも今の海と同じように何度も撮り直しさせられてたが、僕も桜も気を使わず自分が楽しいと思える時間だった。


そして、彼女が家の都合で母と出て行くことになった時、僕は母とバス停で彼女の見送りをすることになった。


「私が大きくなったら、私の夢叶えてくれる?」


「女優の夢だろ!再会したら絶対桜を最高の女優にしてやる!約束な。」


彼女の涙の質問に涙で答えた。


「ありがとう。」

そう言い残し彼女はバスに乗った。

バスが走り去ると共に彼女との過ごした日々が遠くなる気がして、青春ドラマのように諦めず、走り続けた。バスの窓を開け涙を流しながらこちらを向く彼女の姿がいつの間にか遠くに行ってしまっていた。


でも、今は彼女の後ろ姿が見え、近づける気がした。


「桜!」


「雪!どうしたの?そんなに息切れして。あ、わかった、お母さんに送ってこいって言われたんだ。」

息切れをしながら叫んだ僕に桜は笑顔で言った。

昔から、彼女はとんでもなく感があたる。しかし今日はその感は外れていた。いや、言うならば外させた。


「いや、それもあるけど、忘れ物。」


「え、私、なんか、忘れたっけ?」


忘れた覚えのないように彼女の頭上にはクエスチョンマークが浮かんでいた。


「いや、僕の忘れ物。

君をオードリーヘップバーンをこえる女優にする!」


「雪…思い出すの遅いよ」


彼女は笑いながら泣き出した。


そして僕、千城雪と彼女、葉咲桜は共に夢を叶えることを再び誓った。




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