辛い過去しかない場合、乗り越えられる自信がない
季節は春。春眠暁を覚えず。気を抜くと夢の世界へ二泊三日の旅行に行ってしまいそうだがぐっとこらえる。凍てつく寒さはどこへやら暖かい日差しがまるで天国へ誘っているかのような心地よさである。
窓をそっと開くと一枚の桜の花弁が舞い込む。俺は今日という日に感謝したいなぜならこの日から俺は生まれ変わるからだ。思えば小学校中学高校といいことは一つもなかった。小学校では女々しい名前という点から女野郎、つるリーナ、女装癖など噂がどんどん広まっていき、俺を知らない人物はいないという空間が誕生した。中学は家の都合から縁も所縁もない中学へと進学した。がしかし初日に小学校から暇を見つけては書き綴っていた「王伝勇者列伝シン」なる自作小説を中学の机の中に忘れ、気づいたときには次の日教室の黒板にプリントアウトされA3サイズででかでかと掲載され「勇者事件」を引き起こし赤っ恥勇者、露出狂等と言われ続けた三年間であった。なんとかせねばと過去を精算すべく俺は有名私立高校へと進学した。が、またしても初日にその高校のヤンキー達にヘッド足が滑ってバッドをかますという「新入生ヘッドバッド事件」を起こし多数のヤンキーからタコ殴りに合い三年間は主に学校中のヤンキーのパシリ役として名を轟かせていた。
そのような不名誉な人生は忘れてしまおう、いや葬り去るべきだ。今日は高校の卒業式である。念願だった国立大学に見事合格した俺は大学生活に夢を膨らましていた。中学、高校これらはいい教訓である。相手に弱みを見せてはいけない。第一印象で全てが決まるのだ。すでにいくつかヘアースタイル専門雑誌は購入済み服はネットでマネキンコーデ全買い、他にも話題についていくべく芸能、スポーツ、時事問題、政治経済など適宜チェック済み、勿論ネットのスレ5ちゃんねるに「大学生活必要なものなんかある?」を立て数多くのアドバイスをもらいそれらをすでに実行済みである、ぬかりはない。あとはこの黒歴史の高校生活最後の卒業式さえ終えれば人生ばら色のキャンパスライフが待っているのである。
緊張してしまっているのか卒業式の開会式は10時にも関わらず、7時に目が覚めてしまいいまこうして思いにふけっている最中である。軽い朝食をとり終え、人生最後の制服を着込んでいくうちの高校は学生服ではなくブレザーなので青い星がちりばめられたネクタイを締める。上着に手を通しかばんを手に持ち靴を履く。誰もいない家に対し小さくいってきますと呟く。当然返事など返ってはこないのだが満足して玄関から外へと出る。
ちなみに言うと両親は小学六年生の頃蒸発した。いつも通り家に帰ってくると両親の姿はなく、台所のテーブルに置き手紙がありちょっと夢を追い求めるたびに出るぜ☆などと書いてありそれ以降両親とは一度も顔を合わせていない。なんというか俺の両親はちゃらんぽらんなことで親族たちから有名らしかった。俺が生まれたときも女の子が生まれると思っていたらしく男の子の名前を考えていなかったらしく女の子につける予定だった美鶴をそのままつけてしまったという。しかし毎月銀行の口座にはそれなりの額が振り込まれており生活するにはさしあたって問題はなかった。両親がいたときも家のことは全て俺がやっていたのでむしろ三人分作らなくていいと当時は軽く喜んでいたことを覚えている。
そんなこんなで今日まできた俺だが気を抜いてはいけない。なぜならまだ高校生だからだ。大学生ではない今日という日が終わるまで高校生として立派にパシリをがんばろうと心の中で奮起する。玄関から出ながらそんなことを思いながら俺が最初に見た景色は、、、、、
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まさかのどしゃぶりである。いまもざーざーと雨が降りしきる音が絶えない。さっきまであんなに晴れてたのになぜだ。まるで卒業式に行かせようとしない神託のようにも感じられた。しかし、行かないわけにもいかない。180度踵を返しちょっと前に買った絶対壊れない傘定価8760円税込みを持ち再び外へ赴く。
早く起きられたのもこの運命に抗うためではないだろうか。一度大きく深呼吸して意を決して暴風雨に進化した中歩みを始める。自宅から高校まで普通に歩けば15分ほどの距離である。が、この雨だ、一歩進むたびに横殴りの雨が傘に襲い掛かる。進んでいる感じはまったくしないが歩みを止めるわけにはいかない。気合を入れるためにうおおおという掛け声を掛けながら進んでいく。この場に知り合いがいなくてよかった。30分後ようやく中間地点である横断歩道までたどり着いた。ここまでくればあとは直進あるのみである。右手を時計を確認すると現在8時余裕を持って校門をくぐることはできるだろう。
しかし8時だというのに一向に誰ともすれ違わない。普段ならば自転車通学の学生や徒歩通学の学生たちと何度かすれ違ったりするのだろうが今日に限って誰ともすれ違わないし追い抜かされもしない。もしかして最後の思い出作りに時間を決めて待ち合わせもしくはすでにクラスに集まり記念写真でも撮っているのだろうか。別にうらやましいわけではない。高校での友人など結局何十年後に開かれる同窓会で会う程度の存在である。そんな人間との交友関係など必要ないのである。などと極めて偏った持論を展開しながら信号が青に変わるのを待っていると横断歩道を待っている俺の横からどこからともなく現れた小学生であろうか左右均等に結ばれたツインテールをねこじゃらしのように上下に揺らしている少女がピカピカのランドセルを背負って手には赤い傘を差し雨の雫が当るたびにニコニコしてスキップしながら進行方向と同じ道を先に歩こうとしていた。一体この銃弾のような雨が当った程度で何が楽しいのやら。
今日初めての遭遇に内心胸躍らせながらそういえば高校近くの幼稚園も卒園式の日が偶然にも思い出していた。嫌でも分かるいつも帰り際に生意気な園児たちが人生の絶頂期であるかのように無邪気に遊んでいる姿に地獄は小学生から始まるのだ、弱者と強者に分かれ弱い者が虐げられる環境が構築されこの中の何人かがその標的になるのだ。今の内にせいぜい楽しめ園児共。と半分涙目で通り過ぎる俺はいつしかなぜかいつも半泣きの人と園児に揶揄されていることを知っている。が、しかしいまは雨だ親御さんが車で送迎していはずなのだが、赤の他人の家庭事情に首を突っ込む気はないのでとりあえずスルーしよう。
少女のスキップに注目していたが、信号機は赤点滅が始まったばかりで青に変わるのはまだ早い。まあ、このあたりは交通量も少なく小学生ですら信号無視してしまう始末である。あと数秒待てば直青に変わるそう思っていた俺の前に目を見張る出来事が起こった。