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8月「檸檬のような恋」

 ゲームとは、子供から大人まで幅広い世代の人々が盛り上がることの出来る不思議なものである。


 その種類は様々でアクション系、シュミレーション系、RPG系、パズル系等々。

 近年ではゲーム媒体も持ち歩きが簡単なものへと進化を遂げてきている。


 たかがゲームと侮ることなかれ。一度ゲームにハマり始めた物は皆、その中毒的なまでの面白さにどんどん溺れていく。


 私も小学生の頃、ボールの中からモンスターを繰り出し相手と闘わせるゲームにドハマりした。何時間でもやっていられた。


 しかし、私の家は午後6時以降のゲームは禁止されていた。ゲームをやりたい衝動に駆られた私は寝ている風を装って布団の中でゲームをしていた。


 小学生のそんな計画は親にはバレバレですぐに見付かり、こってりしぼられた。けれど止められなくてまた隠れてする。そして怒られるを繰り返していた。


 ……ゲームの中毒性、恐ろしい。


 中学に上がった頃からは小学生の時の経験を生かし、漢字検定のソフトや脳を鍛えるゲームをやっているのだと誤魔化すようになった。


 こうして、嘘を吐くのが上手な人間が誕生していくのかもしれない。


 幸いなことに私の父と母は電子機器に詳しくなかったので、その嘘がバレることはなかった。

 我がことながら「なんて奴だ」と思う。


 そもそもこんなにも面白いゲームを開発した人が悪い。ゲームがあるから年々家庭での勉強時間が減っていくんだ。


 嘘です、やり過ぎる私が悪いです。

 製作者の皆さんには感謝してもしきれません。


 ゲーム万歳。ゲームがある時代に生まれてきて良かった。



 私と夏はその偉大なるゲームの中の一つをすることになった。


 我がマンションの大家さんの娘さん、春樹さんのお姉さんでもある吉川(きっかわ)鏡花(きょうか)さんに借りたものだ。

 そのゲームの名前は「恋せよ乙女~仕事も恋も充実させて~」。恋乙という愛称で知られているらしい。



 所謂乙女ゲームだ。



 ゲームのタイトルはともかくとして、この恋乙というゲームはそれなりに評判が良いらしい。


 美麗なイラスト。

 豪華声優陣のボイス。

 それぞれの個性を持った素晴らしいキャラ。

 プレイヤー達を萌えさせるシナリオと台詞。


 鏡花さんが熱く語っていたのを思い出す。


 彼女は私に何を求めてこのゲームを渡したのか甚だ疑問だ。

 単純に恋乙について語り合える仲間を増やしたいからという理由なら良いのだが、私に彼氏がいないことを心配してという理由なのなら非常に対応に困る。


 別に恋人が居なくても充実しているのでお気遣いは結構なんですが。

 一度も彼氏なんていたことないですけど寂しくなんてないんですが。


 そう思いながらもせっかく貸していただいたのでソフトをセットし、ゲームを開始してみた。

 するとどうだろう。数年ほど前に奮発して買ったテレビの大画面にイケメン達が続々と登場してきた。


 彼らと恋愛をしていくのか……。


 主人公が勤める会社の優しく時に意地悪な上司。

 同僚のクール系眼鏡。

 後輩の人懐っこいワンコ系男子。

 ライバル会社の御曹司。


 色々なタイプがあるんだなと思わず感心してしまう。


 いや、それよりも重要なことがある。これを死神とはいえ男性である夏の目の前でプレイすることだ。

 一体彼はどんな心境でいるのだろうと横目で夏を見る。


「あ、選択肢が出てきたぞ! どうする?」


 ……結構ノリノリだった。

 なんだか複雑な気持ちになりながらもコントローラーを握りなおし、彼と一緒に選んだ選択肢のコマンドを押す。


 主人公がその通りの行動をし、攻略対象の好感度が上がったことが画面に表示される。どうやら選択肢が合っていたらしい。


 ふむふむと乙女ゲームの進め方を学ぶ。


 そういえば流れで進めてしまっているが、誰を攻略するか決めていない。

 これといったタイプはないので誰でも良いのだが、ここは攻略が簡単そうな上司にしておくか。


 そんな調子で夏と共にゲームの分岐点に立つ度に悩み、なんとか上司を攻略することが出来た。


 途中選択を誤ってしまったり、ライバルが登場してきた時はどうなるかと思ったが無事ハッピーエンドを迎えられ、一安心すると同時に芽生える謎の達成感。

 これが乙女ゲームの力なのか。


「俺、初めて乙ゲーやったんだけど普通に面白かったな」


「そうですねーって、男性がやったことあったらビックリですよ」


「それもそうか」


 そんな風にゲームの感想を言い合っていると、主人公のライバルとして登場した子の話になった。


 主人公と攻略キャラの恋路を邪魔しつつも彼らの絆を深めるのに一役買い、攻略キャラのことが好きだった筈なのに最後は彼らの幸福を祈る。なんて良い子なんだろう。


 どうか彼女にも幸せになって欲しいものだ。


 恋乙の第2弾の主人公として登場することを希望する。

 そして許可されるのであれば、私がそのシナリオを書きたい。




◇◆◇◆◇◆◇




「何でそうなるのよー!!」


 カフェの席でそう叫んだのは私に恋乙を貸した鏡花さん。


 プレイした感想を詳しく聞かせてと言われたので、主人公のライバルの子が気に入ったとアイスコーヒーを口にしながら彼女に伝える。

 そして返ってきた反応が先程の台詞である。


「私が聞きたいのは、()()()()()の中で誰が一番魅力的かってことよ」


「あー、すみません。浮気とかになって修羅場展開になるのが怖くて上司ルートしかやってません」


「心配しなくてもそこまで現実的な展開にはならないわよ。第一、次のルートをする時はデータは始めからになるし」


「そうなんですか?」


 てっきり上司を彼氏に持ちながら他の男性を攻略していくのかとばかり思っていた。

 言われてみれば、また一からでないと主人公がとんだ最低女になってしまう。


 そうなれば一人しか攻略出来ないし、その一人を選ぶのに熱い議論がプレイヤーの中で交わされることとなるだろう。


 なるほどと、実は私の隣でゲームをしていた夏と一緒になって頷く。

 夏は恋乙をしてからドラマだけでなく、ゲームにもハマったらしい。


 彼は何にでもハマりやすい質なのかもしれない。


「そっ。だから浮気にはならない。

 どうする? もう一度プレイしてみる?」


「……いえ、お返しします。ありがとうございました」


 カバンの中から件のゲームソフトを取り出し、鏡花さんに渡す。すると彼女は苦笑しながそれを受け取った。


 ちょうどその時、鏡花さんが追加注文をしたパフェがきた。アイスクリームやチョコといった甘いものがふんだんに使われている。


 パフェの前にもショートケーキを胃に収めていたのによくそんなに食べられるなと見ていたら、鏡花さんがスプーンを動かす手を止めた。


 因みに彼女はこんなにも甘いもの好きなのにまったく太っていない。ニキビ知らずの綺麗な顔に目鼻口などの完璧なパーツと配置。

 鏡花さんといい春樹さんといい吉川家の血筋が恐ろしい。


「どうかしました?」


「んー。恋愛にあんまり興味無さそうだから良かれと思って乙女ゲームを貸してみたんだけど、余計なお世話だったみたいね」


「そんなことは……面白かったですよ」


「ふふっ。なら良かった」


 これは本当だ。

 綺麗なイラストに個性豊かなキャラクター、よく作り込まれたゲームだったと思う。評判が良いのも頷ける。

 その証拠に私は夏と一日中、恋乙で盛り上がった。


 再びアイスコーヒーを口にする。

 そう言えば、昔はコーヒーなんて苦いものはまったく飲めなかったのに今では好んでそれを飲むようになった。


 これが成長したということなのか。


 大人になって沢山のことを知った。

 仕事の辛さ、お金の大切さ、お酒の味、多くの人に支えられながら生きていること。きっと子供のままでは知ることの出来なかったものばかりだ。



「ねぇ、恋ってしたことある?」



 鏡花さんが唐突に言った。


 恋だの愛だの何故、人はそんなにも不確かな気持ちを持ちたがるのだろうか。

 たまたま出会った男女が恋に落ち、お互いに愛が芽生える。たったそれだけのことなのに結婚だのと大袈裟に行動を起こす。


 それでいて愛が冷めたらまた離婚などという。

 今こうしている間にも何人ものカップルが生まれ、何人ものカップルが別れている。


 人それぞれ感じ方は違うのだろうけれど、私にはそういったものに夢を持つことは出来ない。

 だから私には、もう良い歳だというのに彼氏がいないのだろう。


 このままでは恋人どころか結婚出来る気がしない。

 困ったら結婚相談所か母親にお見合いをセッティングしてもらおう。うん、それが良い。


 と考察していると、返事をしない私の答えを否と捉えたらしい鏡花さんが呟く。


「恋って、なんだか檸檬みたいよねー」


「檸檬……ですか?」


 よく分からなくてオウム返しで聞き返す。

 すると鏡花さんは力強く「うん」と頷いた。


「綺麗な黄色の皮に包まれてて、中の実は一体どんな味なんだろうって期待してみるけど、実際は酸っぱくて苦くて。私、食べられないんだよねー」


 檸檬といえば梶井基次郎の小説が浮かぶのだが、きっと鏡花さんは読んだことはないと思い、大人しく聞き手にまわる。


「恋もそう。想像してたのと全然違うの。一種の詐欺だと思うわ。もっと綺麗で素敵なものかと思っていたのに喧嘩とか嫉妬とかしちゃって苦しくて」


 鏡花さんがメロンソーダをストローでかき混ぜる。

 カラカラと氷とコップの触れあう音が響いた。


 ふと窓から見えるカフェの外を行き交う暑そうな人々を見て、夏なんだなあと実感した。


「でも、楽しかったのも事実で。もう二度と恋なんてしないなんて思ってもしちゃうんだよねー」


 檸檬も調理次第で美味しくなるでしょ?

 だから恋と檸檬は似てる。


 そう鏡花さんは締め括って、メロンソーダから私に視線を移した。


「本当に “恋” したことない?」


 声を出そうとして、自分がひどく口が渇いていることに気付き、アイスコーヒーを飲もうとする。

 しかしカップの中身は既にほとんどなかった。


 それでもその少しのコーヒーで喉を潤わせ言う。


「恋と呼ぶには不完全かもしれませんが、それに似た気持ちなら経験したことがあります。高校時代、同じクラスの男子に」


「おお、青春だねー」


「彼は私の隣の席だったんですけど、友達が多くていつもクラスの中心にいました。そして私はそんなクラスメイトに憧れていました。好意を寄せていました」


 隣の席ということ以外接点なんてなかったのに沢山私に話し掛けてくれた。



____もしかしてそれ、(ひいらぎ)雷鳥(らいちょう)の本?


____俺の座右の銘は一期一会と百聞は一見に如かず! 一生に一度の出会いを大切にして、気になったことはこの目できちんと確かめて生きていくんだ。



 彼の傍は日だまりにいるみたいに心地好かった。

 だから人付き合いが苦手な私も彼とはすぐに仲良くなれた。


 彼は、私の自慢の友人の一人だった。


「でもそれと同時に彼が妬ましくて嫌いでもありました」


 幼かった高校生の私にはその気持ちの整理がつかなくて、どうすることも出来なかったことを思い出す。


 恋じゃないと言われれば、そうかもしれないと思う。

 だけど、あれほどまでに特別な感情を異性に抱いたのは初めてで。

 

 恋って何なんだろう。


 きちんとした定義があれば楽なのだが、数学みたいに定まったものではない。きっと答えは人それぞれ。


 口に出すのは簡単。

 漢字で書くのも簡単。

 けれどそれが恋なのか見極めるのだけは簡単じゃなくて。



「あれが恋だったのか、私には今でも分かりません」

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