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7月「きっとそれは儚く」

 そんなこんなで始まった私と死神の共同生活。


 一人暮らしで良かったと心底思う。両親にこの死神の存在をどう説明しろと言うんだ。 

 一からとなると病気でもない自分が1年後には死ぬことを伝えなくてはならないのだが、そんなこと両親と言えども絶対信じてもらえない。精神科に連れて行かれる未来が容易に想像出来る。


 そもそも私以外の人間に彼は見えるのだろうか。

 顔は未だに外套によって隠れているし、私のファンというのもにわかに信じられない。普通それだけの理由で本人にわざわざ会いに来るだろうか。


 彼について私は知らないことが多すぎる。


 というか余命を本人に教えたりして良かったのか。

 実は死神界の禁忌に触れていて、私まで巻き沿いを喰らうなんて冗談じゃないぞ。そこのところ大丈夫なのかおい。


 そんな気持ちを込めて、彼を見つめる。

 残念ながらこのチョロ神には人の心を察するという能力が備わっていないらしく呑気に扇風機の前で涼んでいた。


 やはり真夏に外套はキツイようだ。若干寒いなと私が思うほどクーラーが効いているというのに扇風機を強にするとは。


 今月の電気代がどうなるか心配だ。やれやれと肩を竦めたその時、ふと名案が浮かぶ。

 口元がニヤけるのを抑えつつ彼を呼ぶと、チョロ神の名にピッタリな間抜けな声で彼は返事をした。


「死神と言っても所詮貴方は居候の身。一緒に住むからには、きちんとこの家のルールを守ってもらおうと思います」


「何だよルールって」


 彼のその言葉に私は「よくぞ聞いてくれました」と言わんばかりに微笑む。

 そして右手の人指し指を立て説明を始めた。



 “ ルールその一、働かざる者食うべからず。”



 これは日本国内ならば何処へ行っても共通だと思う。この国はニートに優しくない。

 ガミガミと煩い親、厳しい世間の目。私も一時期それを経験していたのでニートの気持ちがよく分かる。

 だからこそ、ここは甘やかさず彼にはしっかり働いてもらいたい。


 本心では彼がいることで家事が少しでも楽になれば良いと思っているのだが、それは言わないでおくのが賢明だろう。



 “ ルールその二、執筆中の私に話しかけるべからず。”



 これは先程のルールとは違い、純粋に彼を思ってのものである。

 多くの人がそうであるように私も集中し出すと周りのことに一切気を配れなくなる。話し掛けられても聞こえないし、ちょっかいなんか掛けられでもしたら無意識の内にペンで相手の手の甲を刺してしまうかもしれない。


 私が霧矢鈴だと知る友人は、執筆中の私を「取り扱い注意のラベルを全身に貼っておきたくなるような存在」とよく分からない喩えで表してくれた。


 要するに集中している時の私には危ないから近寄るなということか。何だそれ、某スナイパーのように背後に立たれると撃ってしまうのか私は。それは本当に小説家なのか否か。


「まあ細かいルールなら他にもありますが、大まかなものはこの2つですかね」


「だりーなあ。2つ目は俺の身が危ないから守らざるをえないけど、何だよ1つ目のルールは」


「何も就職しろとは良いません。家のことを手伝ってくれれば良いんです。衣食住を提供してあげるんですからそれくらいやって下さいよ」


 と言うと、彼は少し不服そうにしつつも「へいへい」と了承してくれた。

 私は心の中でガッツポーズをする。これで苦手な家事から解放される!!


 彼がチョロ神であることを利用したようで良心が痛まない訳ではないが仕方あるまい。これはギブあんどテイクだ。


 さっそく家事を分担しようと近くにあった紙に表を作る。

 炊事、洗濯、掃除と仕事は沢山ある。個人的にはごはんを作ってもらえたら助かるのだが、果たしてこの死神に料理は出来るのか。


 気になったので尋ねてみると、「料理? ああ、カップに熱湯を注いで3分待てば良いんだろ。任せろ」と自信満々にそんなことを宣った。

 いやいや、それ料理じゃないし。カップラーメンの作り方だし。それを料理と呼ぶのならシェフが作った料理は何になる。魔法や錬金術か?

 やむを得ず料理を彼に頼むのは諦めた。


 では、何をしてもらおう。


 洗濯は自分のものばかりなので申し訳ないし、第一私が恥ずかしい。出会って間もない死神に下着を畳まれるとかどんな罰ゲームだ。


 となると、残るは掃除のみ。これなら誰にだって出来るだろう。

 近年ではロボットが床を掃除してくれるらしい。いつか買おうと思っていたけれど、これからは彼が部屋を綺麗に保ってくれる。それならルンバに用はない。


 ああ、そうだ。部屋のついでにお風呂も掃除してもらおう。

 なんだか楽しくなってきて鼻唄を歌いながら表を完成させていく。私の担当は主に炊事と洗濯。彼は部屋とお風呂の掃除に加えゴミ捨て。


 それぞれの担当する仕事の項目に名前を書き込んでいく。

 そこでようやく気付いた。



 ……この死神の名前を私は知らない。



 いつも彼とかチョロ神と呼んでいたせいで、名前で呼ぶという人間にとっては当たり前のことを忘れてしまっていた。

 もういっそのことそのままでも良いような気がするが、1年も一緒に生活していく相手の名前を知らないのは流石にどうかと思う。


 名前を聞くため恐る恐る彼に声を掛ける。何故こんなにも緊張するのか甚だ疑問だ。普通に、ナチュラルに尋ねれば良いのだ。


「え、えっと……その、What's your name!?」


「は?」


 私よ、どうして英語で聞いた。わざわざイングリッシュに直す必要性は何だ。

 ほらみろ、唐突過ぎて彼が呆然としてしまっているじゃないか。


 そりゃそうだ。いきなり目の前の人物が英語をぶち込んできたんだ。私でもツッコミに困る。


「あ、いや貴方のお名前は何ですか?」


 先程のことはなかったことにして再度尋ねてみる。

 だが彼は答えない。一体どうした。


「もしもーし?」


「死神に名前なんてねーよ」


 思わず固まってしまう。

 そうか、私達人間にそれぞれ名前があるのは当たり前だったが、死神界ではそうではない。だから名前ない。答えられないと。


 それじゃあ死神界では今までどうやって一人一人の死神を識別してきたんだ。

 やっぱりコードネームなのか? 死神42219みたいな感じの。何それ格好良い。


 彼はどんなコードネームで呼ばれていたのか気になるが、此処は人間界。郷に入れば郷に従え。名前はこの世界に必要不可欠だ。

 なので私が命名してしんぜよう。

 エリザベス4世という名前が浮かんだが、それだと怒られる未来しか想像出来ないので真剣に考える。


 彼にピッタリな名前。シニガミーはそのまま過ぎるし、チョロ神は可哀想だ。


「うーん、じゃあ夏の日に出会ったから(なつ)で」


「何だよその単純な理由。数々の作品に登場するキャラクターの名前を名付けている小説家とは、とても思えない」


「良いじゃないですか。はい、今日から貴方の名前は夏です。異論は認めませーん」


 ネーミングセンスの無さはきちんと自覚しているつもりだ。

 小学生の頃飼っていた犬に付けた名前はナポレオン。中学に上がってようやく犬に皇帝の名前とは如何なものなのかと思うようなった。


 強く逞しく生きてほしいという願いを込めて名付けたらナポレオンになっていた。当時の自分のボキャブラリーの無さを呪う。


 それにもっと日本っぽい名前があっただろうに。強志とか剛とか。

 柴犬にナポレオンはない。


 散歩中に会う近所のおばちゃん達に「可愛いねー、この子の名前はなんて言うの?」と聞かれ、ナポレオンですと答えた後の数秒の沈黙が痛かった。


「夏、か。

 ……なあ、もう1回名前聞いてみてくれよ」


「え? What's your name?」


「まいねーむいずナツ」


 英語が得意ではないのか発音が少々幼い。本人が満足そうにしているので言わないでおいてあげよう。


 余程夏という名前が気に入ったのか彼は「夏、サマー、夏蜜柑」と小さく呟いていた。最後に違うのが混ざっていることはツッコんだ方が良いのか。

 面倒くさいから放っておこう。


 冷たいと言うことなかれ。ただでさえ死神と共同生活など面倒事を背負わされているのだ。これ以上は勘弁願う。


 それに彼を追い出した後、私は本を書こうとしていたのだ。死神のすり抜け能力を使われ忘れそうになってしまったが。


「夏さん、私はこれから執筆活動に入るんで邪魔しないで下さいね」


「分かってるよ。俺は自分の身が大事だからな」


 どこまで警戒しているんだ。

 執筆中にちょっかいを出されたら手の甲にペンを指してしまうかもしれないと言ったが、流石に殺しはしない。


「んで、どんな話を書くんだ? ひょっとして『群青シリーズ』の続きか?」


「残念、不正解です。今回は短編に挑戦してみようかと思って。最後にどんでん返しとか良いと思いません?」


「へー、面白そうだな。『群青シリーズ』じゃないのは残念だけど」


「5年も待たせてすみませんねー」


 棒読みで思わず言う。しつこいんだよ、こいつ。

 悪いのは続きを書かない私なのは分かっているが、もう少し気長に待っていて欲しい。


 彼がガミガミと喧しい姑に見えてしまう。

 そんなことを思っているのが伝わったのか彼は此方に視線をよこした。嘘ですごめんなさい。貴方は姑じゃないです死神様ですね。

 心の中で必死に謝る。そうでもしないと魂を狩られそうで怖かった。


 そうして、彼が口を開く。


「あと、その……さ」


「はい何でしょう?」


「お前が名付け親なんだから “夏さん” は止めろ」


 ああ、良かった。姑みたいと思っていたことがバレた訳ではなかったのか。

 気にしていたのは呼び方とな。名付け親がさん付けをすることはそんなに可笑しなことなのだろうか。


「それじゃあ、夏?」


 言われた通り呼び方を変えたにも関わらず彼はパクパクと口を開閉させるだけで何も言わない。何を伝えたいんだ。私はエスパーではないからきちんと喋ってくれないと分からない。

 彼の顔の前で手を振ってみるが反応はない。仕方が無い、放っておくことにしよう。


 座布団を用意し、その上に座り込む。

 目の前の机にあるのはメモ帳とペン、ストップウオッチ、そしてノートパソコン。


 ストップウオッチは執筆にかかった時間を計測するため。メモ帳とペンはそれを記録するために用意。

 パソコンは物語を書いていく原稿のようなもの。紙よりも此方の方が資源を無駄にしないし、早く書き上げられる。


 更に私はペンの持ち方が可笑しいらしく、よく指を痛めている。学生時に定期的に行われるテストの前は地獄だった。

 懐かしき青春の思い出かな。


 こうしてみると得しかなさそうなパソコンだが、実は恐ろしい危険が潜んでいる。データ消失である。

 記録しておかず誤って電源を切ってしまう、もしくは停電事故などが起きてしまったら大変なことになる。2度目の執筆は精神的にしんどい。

 よってこまめな記録は欠かせないのだ。



 パソコンを起動させ、執筆専用のソフトを開く。壁に取り付けられたデジタル時計で時間を確認後、ストップウォッチを手に取った。

 そしてストップウォッチのスタートボタンを押せば手元に映し出される数字が目まぐるしく変わる。


 ストップウォッチを机の上に置いたことにより自由になった両手はキーボードの前へ。

 さて、本日も良い作品を読者様に届けるために頑張りましょうかね。


 観客は放心状態の死神サン。大丈夫か、早く目を覚ませ。

 彼を横目に見た私はこっそり笑った。


 そして四角い小さな画面に私は文字を入力していく。


 先程まで騒がしかったのが嘘のように、部屋にはタイプ音しか聞こえなくなった。


 ……これが、この部屋の本来あるべき姿なのかもしれない。孤独、虚無、空虚。私にはそれがピッタリだ。

 人生を楽しむ資格なんて、私は持っていない。



 そんなことを思っていたせいか、霧矢鈴の初短編作は重苦しい雰囲気の悲しい話となってしまった。

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