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プロローグ


笑いあり涙ありの恋愛ファンタジーを目標に!!



 もしも、突然目の前に真っ黒な外套に身を包んだ人物が現れたら、人は一体どんな反応をするのだろうか。


「お前は1年後の今日この時間に死ぬ」


 そして、その人物に近い未来にある自分の死を告げられたら。


「は? いきなり何言って……てか貴方、誰ですか」


「俺は死神」


 更に、その人物が自分は死神だと言い出したら。


 きっと大抵の人はそんな状況に混乱し、この見るからに不審な存在を追い出すだろう。

 こんな得体の知れないものを受け入れろというのは無理な話だ。



 性別は声や口調からして男だろうか。

 分かるのはそれだけ。


 しかも彼は蝉がミンミンと煩いこの季節に姿を隠すかのように全身を覆う外套を着ている。絶対可笑しい。

 いくら室内は冷房が効いていて涼しいと言っても、外は常夏だ。燦々と地球を照らす太陽の熱をもろに受けたコンクリートの上を歩くのは修行に値すると思う。


 そんな中、その格好で外に出てみろ。怪しすぎて警察に事情を聞かれることになるぞ。

 「いや、これ日焼け対策なんです」なんて言っても流石にそこまでいくと信じてもらえない。


 何処から入ってきたのか知らないが、こんな怪しい人物には早々に出て行ってもらう他ないだろう。

 そう思い、立ち上がり部屋の扉を開ける。


 あ、しまった。長時間床の上に座り込んでいたせいで足が痺れてしまっている。

 なんとも形容し難いその痛みに悶絶しているのを悟られぬよう彼に笑顔を向けたその時。



「お前のファンでもある」



 自称死神サンは爆弾を投下してきた。


 彼を追い出そうと扉を開けたことにより風通しのよくなった部屋の中を、心地好い風が通り抜けていった。

 いつもの私ならその涼しさに目を細め喜ぶのだが、今はそんな余裕などない。

 思うことは、ただ一つだけ。


 さっきから何言ってるんだ、こいつ。




◇◆◇◆◇◆◇




 霧矢(きりや)(りん)


 その小説家の名前は最近になって広く世間に知られるようになった。

 作品のジャンルは多種多様。それぞれ全く違った印象を感じさせる。故に読者の世代も中高生からおじいさんおばあさんまで実に様々だ。著名な賞も数多く受賞している今人気沸騰中の作家。


……とテレビや雑誌などで大袈裟に取り上げられている作家の正体は、実は私だったりする。


 そのことは身内や一部の限られた人間しか知らないことだ。

 顔はもちろん個人を特定できるような情報は一切公開していないし、普通に生活していれば私があの霧矢鈴だなんて夢にも思わないだろう。


 身内に「本なんて漫画とファッション雑誌くらいしか読まなさそうなアンタが小説家とかあり得ない」と盛大に笑われながらもお墨付きをもらっているので、この先も気付かれずに執筆を続けることが出来る筈だ。


 そう、思っていた。信じて疑わなかった。

 それなのに今目の前に私のファンだという人物が現れた。それも人間ではなく、死神サンだ。



 改めて彼の姿を見る。


 真っ黒な外套に隠れてしまっていてよく見えないが、多くの人がイメージする死神と違う気がする。

 死神についてあまり詳しくないので確かなことは言えないのだが一般的に死神は骸骨で、フード付きの黒い衣装に身を包み、魂を狩るための大きな鎌を持っているのではないだろか。


 確かに黒い衣装を着ているという点は同じだ。しかし彼は鎌を持っていないし、骸骨ではない。生身の人間のように骨は皮膚に覆われている。


 これの何処が死神なんだ。

 死神と言える要素が少な過ぎのではないか。


 仮に彼を死神だとして、何故死神が小説家の霧矢鈴を知っている。

 死神が私の本を見たというのか。もしそうなら本を読むに至った経緯は何だ。まさか “そっち” の世界にも人間界のそういった物事が伝わっているのか。


 捲し立てるように尋ねると、彼は一つ一つ丁寧に答えてくれた。



 曰く、霧矢鈴の「群青シリーズ」の結末を見届けるまでは成仏しないと喧しい魂がいたので、そこまで熱中する本とは一体どんなものなのか興味本意で読んだらその作品にドハマりしたらしい。


 曰く、そのハマった作品の最終巻がなかなか出ないため同作者の作品を暇潰しがてら読み始めたらこれまた「群青シリーズ」同様お気に召し、霧矢鈴のファンになったらしい。


 曰く、そんな風に「群青シリーズ」が完結されるその日を楽しみに待っていたが、ある日たまたま霧矢鈴が1年後には死んでしまうことを知り、このままでは「群青シリーズ」の結末を見れないままになってしまうと焦った彼は、私の元へ続きを早く書くよう執筆の催促に来たらしい。



 なんとも信じ難い話だ。それなりに人気が出て、ファンもそれなりに付き始めてきたが、まさか死神が自分の本のファンになってくれる日がくるなんて。


 これは彼の嘘かもしれない。死神なんて霊やUFOのように非現実的なものが存在する訳がない。そんなこと分かっている。


 けれど彼が人間ではなく、死神だというならば霧矢鈴の正体を知っているのも納得出来る。

 私が霧矢鈴だということを知る人の中に人の秘密を簡単に口にするような人はいない。


 それに私の見た目は「見るからに小説と無縁そうな現代人」と母から散々揶揄されている。きっと私が小説家だと言っても誰も信じないだろう。


 だからこそ今まで平穏無事に生活出来た。


 彼が人知を越えた存在ではないのなら相当ハイスペックなストーカーでもない限り、霧矢鈴のことは知り得ないのだ。



 が、彼が霧矢鈴(わたし)を知っていることについて納得するのと死神だと信じられるかどうかは別だ。

 「死神だという証拠を見せてくださいよ」と言えば、彼は暫し逡巡した後フワリと空中に浮いてみせた。


 まるでそれが当たり前のように。

 何も可笑しなことはやってませんとでも言うように。

 いとも簡単に自身の身体を床から離した。


 思わず床と彼の足の間に手を入れ、透明の箱のような物がないか確認する。しかし彼から怪訝な目で見られただけで、そのような物は何も見つからない。


 ならば上から持ち上げられているのではと思い、天井と彼の頭の間に超ロングものさしを入れる。結果は同様。

 ただでさえあんな小馬鹿にされた視線を向けられるのは精神的にくるものがあるのに、今までずっと目を背けてきた自分の背の低さを目の当たりにして泣きたくなった。


「これで信じてくれたか?」


 私の心情なんて知ったこっちゃない彼が問う。

 あれをジャンプだとするには滞空時間が長過ぎる。つまりは、そういうことだ。


「まあ、はい。現実味のない話ですが貴方が死神でもないとこの現象に理由がつきませんから。

 でも何で鎌を持ってないんですか? 骸骨でもありませんし」


「骸骨は人間達の勝手なイメージだよ。

 鎌は邪魔だからいつもはこんな感じに小さくして、必要な時だけ大きくする」


 そう言って彼が小指サイズの鎌を一振りすると、死神が持つ鎌のイメージ通りの巨大な鎌となった。


 なるほど、これが最先端の死神か。持ち運びに便利な鎌が誕生していたなんて。驚き桃の木山椒の木だ。

 きっと死神の世界も私達の世界と同じように日々進化を続けているのだろう。



「時代は軽量化なんだよ、ワトソン君」



 またしても小馬鹿にされた。外套で顔が隠れているとはいえ、雰囲気で分かるんだぞ。

 そして誰がワトソンだ。彼は霧矢鈴(わたし)のファンじゃなかったのか。憧れの相手に対する態度じゃないんだが。


 ジロリと彼のことを睨むと、とても死神とは思えないおどけた態度で私を宥めた。


「俺の話はともかく執筆状況はどうなんだよ」


「あー、全然駄目ですね。私の寿命が1年なら完結は無理になるんじゃないですか」


 今こいつ話を逸らしやがったな。やっぱり霧矢鈴(わたし)のファンとは思えないなと感じながらも私は彼の質問に答えた。


 彼が気にしている執筆状況とは、死神がわざわざ私に会いに来るきっかけとなった「群青シリーズ」のそれだろう。

 この作品は霧矢鈴のデビュー作で、当初は読み切りものの予定だったのだが、有難いことに続編の希望が多数あったためシリーズ化することになった。読者様々だ。

 全7巻になる予定で、現在店頭に並んでいるのは6巻まで。


 私の執筆ペースはそれなりに早い方で、年に数冊出版させてもらっている。もちろん自分が満足するものが書ききれなかったり、編集さんに「面白くない」とか「インパクトが足りない」と一蹴されたりし、出版に至らなかった作品も沢山ある。


 なので実際の出版数よりも多く作品を書いてきた訳だが、「群青シリーズ」の最終巻は5年以上もの間、世に出せずにいる。


 次回、完結!!と6巻の最後に予告したというのに完結させることが出来ないなんて読者様に会わせる顔がない。元々顔出しがNGなのでサイン会なんかもやったことがないのだが。


 5年以上も最新巻を出版出来ずにいるためそろそろ霧矢鈴死亡説が浮上してくるのではいかと怯えている。今のところ「群青シリーズ」以外の作品はなんとか世に送り出せているので大丈夫なようだ。

 もしこれで他の作品も書けなくなったらと考えるのは止めておこうと思う。怖いから。



「全然駄目? 完結は無理?

 何言ってるんだ根性で完結させろ!!」


「えぇぇぇ!? ちょ、無茶苦茶ですよ。5年も待って出版出来なかったのに1年で書ける訳ないじゃないですか」


「それを何とかするために俺が来たんだろ」


 とドヤ顔で言うものだから何か策があるのかと思い、尋ねてみる。すると彼は待ってましたと言わんばかりに答えた。「俺が傍で見守っておいてやるよ」と。


 想像していた以上にこいつは駄目な奴なのかもしれない。


 誰かが私の傍にいることで執筆が捗るならもっと前から編集さんや母に頼んでお世話してもらってるよ。何故会って間もない死神と衣食住を共にしなきゃならないんだ。


 やはりさっさとお帰りいただかなくては。


「私を見守る。つまりそれはパシリ業もこなしてくれると解釈して良いんですか?」


「死神をパシるとは……。

 まあ、完結させるためならそれくらい構わない」


「へー、じゃあこのマンションの下にある自動販売機で何か飲み物を買ってきてください。はい、これがお金です。出来ますか?」


「馬鹿にするな!! 待ってろ。すぐに帰ってくるからな」


 と張り切って外に出ようとする彼を玄関のドアを開けて見送る。気持ちはさながら初めてのおつかいに出る我が子を送り出す母親のようだ。


 小さな子供が初めておつかいに挑戦する某番組のテーマ曲を口ずさみながら彼を見送った私はドアを閉める。

 そして鍵までしっかりかけたことを確認すると先程まで自分と死神がいたクーラーの効いた部屋に戻った。

 よしっ!! これで彼を追い出すことに成功した。


 案外ちょろいな死神も。

 ちょろいヒロインのことをチョロインと呼ぶのなら、ちょろい死神はチョロ神? うん、何か違うな。


 まあ、チョロ神のことはもう忘れて早く次の作品の執筆に取り掛からなくては。そう思い、床の上に正座し机に向かう。

 次の話はどうなものにしようか。ミステリーものなんか書いてみたいが、私に謎解きは難しい。うーむ。

 

 案がない訳ではない。ただ、それをどうやってありきたりなものにさせないかが悩みどころだ。


「ただいまーって、あれ?」


 玄関のドアノブをがちゃがちゃと動かす音と困惑する声が耳に届いた。チョロ神が帰ってきたらしい。あの全身黒ずくめな格好でよく通報されなかったな。感心するよ。


 がちゃがちゃ。がちゃがちゃ。何度もその音が絶えず聞こえる。彼が部屋の中に入ろうと必死に頑張っているのが伝わってくる。

 申し訳ないが、鍵をかけさせてもらっているのでチョロ神がドアを開けることは出来ない。早く諦めて自分の世界帰ってくれ。



 やがて玄関の方からドアを開けようとする音が聞こえなくなった。帰ってくれという私の願いが届いたのかとホッと息を吐き出す。


 死神を相手にするほど私は暇ではないのだ。私の本を待ってくれている人がいる。

 何も言わず追い出してしまったことに罪悪感はあるが、彼も霧矢鈴のファンなのだ。きっと分かってくれる。


「よーし、書くぞー!!」


「やっと続きを書く気になったか」


 自分以外の声が聞こえ、振り返る。するとそこに追い出した筈の彼が居た。

 彼は私に炭酸飲料とおつりを手渡す。


「な、何で此処に」


「ん? ああ、鍵がかかっていたのに何では入れたかって? 俺は死神だからな。ドアをすり抜けた」


「……不法侵入ですよ」


「そんなの今更だろ」


 そうだ、全部今更だ。もともと彼は突然私の前に現れたのだ。その時もすり抜けとやらをやったのだろう。

 彼はチョロ神なんてあだ名をつけられているが、一応死神だ。鎌を大きくさせたり浮いたりすることが出来る。


 そのことはきちんとこの目で確認していたというのにドアをすり抜けて部屋に入って来ることを予想していなかったなんて、なんたる不覚。


「どーせ俺を追い出そうとでもしていたんだろ。そんなの無理無理。俺は『群青シリーズ』を読み終えるまでお前の傍を離れないから」


 ああ、何てことだ。誰か夢だと言ってくれ。


 一体どうしてこんなことになったんだ。ちゃんと分かってますよ。私が「群青シリーズ」の続きを書かなかったからですよね。

 でも神様、流石にこれはあんまりです。


 

「てことで、今日からよろしくな」



 よろしくなんてしたくない。私はこれからも自分が霧矢鈴だと気付かれず静かに生活していたいんだ。

 そう思うけれど、死神をどうにかするなんて人間の私には無理だ。諦めるしかない。


 深い深い溜め息を吐き、私は彼が買ってきてくれた炭酸飲料の缶のタブを起こす。

 缶は周りの水蒸気が露点に達したことにより汗をかいていた。親指の腹でそれを拭う。


 小説家が共同生活を始めることになった。それも相手は死神。

 これが第三者的立場から見られるのなら面白いと素直に思えるのだが、当事者なら話は別だ。


 面倒くさいことが起こりそうな予感をひしひしと感じながら私は炭酸飲料を飲み干した。

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