六花に込めた願い
ナツ様の新企画『 共通プロローグ企画 』に参加させていただきました。連載を2作品すでに参加させて頂いておりますが。いつ終わるか不明な為、頑張って短編も仕上げてみました! こちらの短編は、『 雪が貴女を奪っても、私は貴女を愛す 』の妻視点作品です。連載作品は、しばらく放置になるかもしれませんが。もしよかったら一度だけでも目にして頂けると嬉しいです。連載、短編共々宜しくお願いします。
夜半に降り出した雪は眠るように横たわる一人の女の上へ、まるで薄衣を掛けたようにうっすらと積もった。
一面の白に反射した光が彼女の黒髪を照らしている。
音すらも包み込む静かな雪の中、一人の男が近づきそのまま彼女の脇に屈み込んだ。それに合わせ装身具が冷たい音をかすかに鳴らす。
男は剣をしまうと目を閉じたままの女の息を確認し、彼女を抱え上げた。青白い頬に血の気はないが、少なくとも生きている。急がなければ――。
力強く雪を踏みしめ、男は足早に来た道を戻っていった。
☽ … ❀ … ☾
――私の記憶は、そこから始まる。
そしてその時の「男」は何もわからない私に親身になって世話をしてくれ、いつも笑顔でいる。言葉も、雰囲気も、仕草も、香りさえ優しくて、温かくて。私はこの男性に、いつの間にか恋慕を抱いていた。この気持ちがそういうものだということは、男が暮らしている村の女性たちに教えてもらった。
その男性、ううん、今は私の夫であるあの人は、今も昔も変わらず優しくて温かい。
夫と出逢って早半年。もうすぐ年が明ける。年明けの儀式、星祭りが行われ。無事に儀式が終了したら、長い冬が終わり春がやってくる。そう、新しい春、新しい年が始まる。温かい春の日差しを覚えていない私にとっては、初めての春。心が浮足立つ。
「ふふ、ふ~ん」
冬の朝は夜よりも特に冷え込む。家中に冷たい空気が漂っている。服を着こんで頭の先からつま先まで可能な限り暖かくして、一日の活力になる朝食作りに専念する。外に働きに出る夫のためにも、美味しい朝食を作るのは妻の大事なお仕事。
すると、外から足音が聞こえリビングの扉がガチャっと開いた。一瞬冷たい空気が、温まり始めた部屋に入り込むもすぐにそれは扉が閉まったことによって遮断された。
「おはよう」
「おはよう」
扉から入って来たのは愛しの夫。まだ少し寝ぼけたような声で挨拶をしてくれる。それに私も挨拶で返す。
「今日も美味しそうな匂いだね。何を作ってるんだい?」
匂いに釣られて近寄ってきた夫の問いかけに、私は笑顔で答える。何故なら今日はいつも以上に力を入れているから。
「今日は、あなたの好きなお野菜がたっぷり入ったボルチーナよ。もちろんふわっふわのパンもあるから安心してね」
「それは朝からご馳走だな。私の奥さんは、器量が良くて料理も上手で、本当に自慢の奥さんだよ」
「あら、あなたったらそんなに褒められても何もありませんよ」
「おや、心外だな。私はただ思ったことを言っただけなのに」
肩をすくめる夫の姿に笑みを浮かべていると、毎朝の大切な習慣としているキスを夫が優しく唇に落としてくれる。
「さ、もうすぐできますから大人しく待っていて下さいね」
「わかったよ」
大人しくリビングの方へ行き暖炉の様子をみている夫の姿を数秒見つめてから、目の前の朝食の仕上げに取り掛かる。以前に夫が料理を運ぶのを手伝うと言ってくれたけれど、これは譲れない私の大切な仕事だからと、なんとか説明して朝食の支度から配膳は私の仕事となっている。
朝食を運び終え、夫と一緒に食べ始めていると夫が外の雪を皆がら呟いた。
「そういえば、もうすぐ星祭りの日だね」
「もうそんな時期なんですね。確かにここ数日はずっと雪続きでしたし」
〝星祭り〟
私が初めて体験する年越しの儀式。夫に教えてもらった、その内容は。毎年この世界で行われる冬への感謝と春の訪れを願い。春を司る女神、六花の女神が無事にその力を揮えるように場を整えるための祭り。女神がその恵の光を世界に渡らせると、それが冬から春への架け橋となり世界に春が訪れる。大切な、この世界に生きる人たちにとって生死を分ける大切な祭り。
「今年もきっと、凄く綺麗な祭りになるんだろうね」
「ええ、きっと。一生の想い出に残る、祭りになるんでしょうね」
夫から初めて聞いた日から、その日を心待ちにしていた。夫がその日のことを話す時は、とても瞳が輝いていて。私も一緒に嬉しく、楽しみになっていた。
「今年も、楽しみにしているよ」
「私も、楽しみです」
笑いあう。幸せを噛みしめて。
夫と過ごす、これからの日々を思い浮かべて。
何故か、痛くなった胸の苦しみを気づかないフリをして……。
☽ … ❀ … ☾
部屋の片づけを終えた時、ちょうど玄関の扉が開く音がした。夫が帰ってきた。少し早足で階下に降りると、夫が何かを呟く声が聞こえた。夫がいるはずのリビングの扉を開けると案の定夫がそこにはいた。けれど、夫が手にしている物をみたその時。〝 私 〟は、全てを思い出した。
「――あなた……」
夫が手にしているのは、綺麗な、とても綺麗な白い花。触れたら消えそうなほど淡く、繊細な。その美しさに魅入ってしまいそうになるほど、この世のモノではない輝きを持った六花……。
「とうとう明日だな、星祭り」
「そう、ですね」
声が震えながら夫を呼べば、彼は憂いに満ちた微笑みを浮かべて私を見つめる。
泣き笑いのような微笑みを浮かべる夫。
でも、きっと私も同じような顔をしている。
〝 何度 〟見ても、その顔を見慣れることはできない。無視できない程胸を締め付けるほどの痛みと苦しみが私を襲い悲しみが溢れる……。
「明日は、二人っきりで過ごそうか。家で、のんびりと」
「ええ、ええ。二人っきりで、一日中ずぅっと」
私を見つめる優しい眼差しに、私は何度も救われる。
☽ … ❀ … ☾
星祭り当日―――――
女神を統率する、大神様もこの日を祝福して下さっているのか。空は綺麗に晴れ渡り、地上に咲く六花に溢れるほどの光を注いでいる。
そんな、美しく清らかな光景を。世界で一番凛々しい夫と共にみる。
「私は永遠にお前のことを愛しているよ」
「私も貴方のことが、世界で一番愛おしいです」
何度目かの想いを精一杯こめた愛の言葉を送り合う。私にだけ向けてくれるその笑顔が、大好きだった。光を受けて輝く装束を身にまとった夫は、世界の誰よりも素敵で。大神様さえ今この時ばかりは、夫の引き立て役に思えてしまうほど。
「必ずまた見つける、六花の女神」
「行ってきます、七星の騎士」
夫は、いえ。六花の女神の唯一無二の守護騎士である七星の騎士は、変わらぬ愛を私に約束してくれる。私はそんな彼に今できる最高の笑顔を浮かべて、留まりたい気持ちを押し殺して六花の女神としての役目を果たすべく歩みを進める。
私を出迎えたのは、ただただ清らかで眩しい光の洪水。何も見えないその場所は、不思議と居心地が良かった。とてつもなく大きく優しい存在に守られているような感覚に陥る。
――一年ぶりだな、愛しいむすめよ
――お久しぶりです、お父様
――今宵も万事つつがなく儀式は終了した
――それは、ようございました
――今一度問う。お前は此度もまた、地上に降りる道を選ぶのか
――はい。選ばせて頂けるのなら、私は一時でも人として生きとうございます
――もしも目覚める事なきまま、一年が過ぎればお前は二度と人と交わることはできぬ
――覚悟の上でございます。
――よかろう。では、次にお前の目が覚めるその時まで眠れ
――望みを叶えて下さりありがとうございます
そうして私は緩やかな眠りにつく。私の行く先を示す手がかりを一つだけ、私の唯一の愛しい騎士の元へ送り届けてから。
愛しい愛しい、唯一の夫よ。
私と貴方が初めて出逢ったあの日から、私は初めて「愛」という存在を知った。己の記憶という名の時間を対価に、私は一年だけ地上で人間として生きることができる。
全ての記憶を失い、愛しい貴方のことさえも、感じる想いも全て忘れて。それなのに、貴方はいつも私を必ず世界中から見つけ出して傍にいてくれる。何度時間を重ね、想いを育んでも私は忘れてしまう。とても辛いはずなのに、貴方は六花の女神を護る唯一の騎士に迷うことなくなってくれた。私が貴方との日々を思い出すのは、最後の一日だけ。築き上げた日々を忘れていたという激しい後悔と、嬉しさが私を襲う。貴方に負わせてしまっていることを思うと、胸が張り裂けそうなほど痛くて苦しい。
――それでも、私は貴方を手放すことなんてできない
目覚めて一番に見るのが、愛おしい七星の騎士。貴方と過ごし、いつも芽生える恋心。そして別れの時に交わす真実からの想い。
私はあなただけの、唯一無二の姫でありたい。
貴方を、貴方だけを、愛しています。
夫よ、例え幾度も記憶を失おうとも。私は貴方の唯一の妻でありたい。
愛しています。死が二人を別つとも、私は貴方を愛し続ける――――……。
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文法上誤用となる3点リーダ、会話分1マス空けについては私独自の見解と作風で使用しております。




