明日のエピローグ
【バスティアラ・デイリー 東和歴140年9月25日のテレビ欄コラム】
「国営放送の『ノーサイド』一挙放送の暴挙に思う」
一昨日に放映が終わった『ノーサイド』というドラマ、見た方々も多いだろう。ニュースを除くと、全ての放映時間を使ったのだから当然だ。
本作は、ステレオタイプのドラマが華やかなりし頃、その全盛期の25年も前に製作されたものだ。
国営放送がその存在理由を否定するような、映像の保存も悪い低質なドラマを3日間ぶっ続けで放映したことについて、ひと言苦言を呈したいと思う。
――明るく優しい資産家の令嬢・セーラは、分け隔てない性格のために学校で嫉妬され、クラスの女王格とその取り巻きから嫌がらせを受けている。セーラはけなげに彼女たちとも仲良くしようとし、その姿は多くの級友たちから慕われていく(このあたりの演出は悪くない)。
しかし、状況は一転する。セーラの父親が海外で死んでしまうのだ。混乱の中、彼女が引き継ぐべき財産は次々に奪われ、彼女は一文無しになってしまう。学園は彼女を小間づかいとして雇い、それも慈悲、と園長は言う。離れの屋根裏部屋をあてがわれただけで、食事も満足に与えられない彼女の境遇は悲惨としか言いようがないが、彼女はくじけない(女優はデビュー作にして熱演である。応援してしまう)。
そこで起居するうちに、隣の家の3階に若い青年・レオンがいることを知り、互いに名を知らぬまま深夜だけの交流が始まる(ふたりの演技は実に自然である。レオンが言う「自分の境遇を悲しんではいけない。悲しんだら自分を貶めてしまうよ」「行けるところまで行って、やれることを全てやればいいんだ」というセリフが沁みる)。
実はレオンは、セーラに残した財産を彼女の父親から託され、様々な詐欺師から命を狙われながらセーラを探している。貧しい彼を拾ってくれた彼女の父親の恩義に報いるためだ。だが、些細なすれ違いばかりで青年はセーラがその娘だとわからない(ひと言でいいのに)。
セーラは日々の生活で困窮しながらも明るさを取り戻す。
が、運命は過酷である。セーラは急性の骨髄性白血病に倒れる。医療費が莫大なため、学園は手当てもしない。屋根裏部屋で死地に至るセーラをレオンは助けようとする。セーラを慕っていたが、彼女がクラスメイトでなくなってからは距離を取っていた級友のひとりが、運のいいことに移植に適合する(そんなバカな)。
だが、費用がない。
レオンは悩む。お金はある。だが、それは自分のものではないのだ(嗚呼)。
そんなことは知らず、セーラは病床で初めてレオンを間近に見て喜ぶ。屋根裏部屋からのコミュニケーションばかりで、体温を感じることもなかったレオンと直接言葉を交わせる。ずいぶん前から、レオンはセーラの心の支えだったのだった(このあたりは泣かせる話が満載だ)。
病状は急激に悪化する。
ついにレオンは託されたものの一部を、好きになった娘のために使うことを覚悟する。渡さなければならないお金を使いこんだならば、身を呈して返さなければならない。つまり、それは同時に別れを意味するのだった(このあたりも泣かせる話が満載だ)。
だが、時既に遅く、セーラは危篤。もはや助からないとまで医師に言われるが、レオンは手術を頼みこむ。その際に、初めてレオンはセーラの名と事情を聞き、自分が探していた娘だと知り、手術室の前で慟哭する(なんてことだ)。
そこに主題歌が流れてくる。みなさんもよくご存じの歌「今日も旅の途中」だ。夜の帳は~だ。しかも3番まで。不覚にも涙せずにはいられない。
………ここまで引っ張って、まさかと思うだろう。
セーラが助かるのだ。
生還したセーラは、かつての級友たちが集まった病床で、元々レオンがラグビーの選手だったところから、「全ての悪いものは出て行ったの。もう、あたしたちはひとつ。ノーサイドのホイッスルが鳴ったのが聞こえない?」と笑ってみせる。
……いや、いくらなんでもご都合主義すぎるというものである。
ドラマというものはそういうものではなく、人のありようをつぶさに描いた総合芸術であり、感情に迎合するものであってはならないのではないか。
今回は、いたずらな編成局員が倉庫から見つけ出してきて放映したものだし、確かに、私としても許可した責はある(見たかったことは否定しない)。
しかしながら、より良いドラマを制作する、という観点から、今回のようなことは別して避けるべき、と考えている。そうではないだろうか。
国営放送編成局長 フォルミキーニ
――再放送の「ノーサイド」の視聴率は、実に70%を超える。全国民のほとんどが見たと言っても過言ではない。恐らくだが、その記録は今後も破られることはないだろう。
☆
今日も旅の途中。
ロブクラフはイソラの研究室に戻り、センター長になった。席次としては2番目、次の長官になるだろうことは誰もが認めるところだ。
間もなく王妃になることが公表されたのにもかかわらず、ロブクラフは相変わらず白衣をだらしなく着こんで、今日もイソラを徘徊している。
シエラは医者になる勉強を始めた。
右腕はリハビリ中だが、元のように戻るのは難しそうだったから、左手で字を書く訓練と共にテキストを進めている。
「双子なんだから、アタシも少しはできるはずよね」と時々首を傾げながら。
――だいぶ先の話だが、内科、というより全身を見られる医者になるシエラは、小児予防医学のメソッド、シエラ=ラクリマ法を開発することになる。
ルーロンはノエルティン王付きの剣術師範だったが、内務があわないとさんざんに文句を言うのに辟易したノエルタが北部方面軍の司令補に任命、嬉々として向かうことになる。
4年後、小競り合いの絶えなかったラガスタ=アーテゥルスラインを細かいところまで確定し、ソレント峠への共有ルートを作るなど、ヌミディア連合国との歴史的和解に一役買った。
ナヴァクは首相を辞して家族と共に隠遁すると主張したが、議会と国民からの要請は強く、板挟みになったノエルタが、「一旦罷免して選挙によって選任」という回りくどい方法を取らねばならなかった。
その後、首相を4期務めることになる。
カリフは地場で9927がアマトテイハトを克服していく様をみたいと言い、長官を辞した。今は家族と共に農園をやっている。他の農園仲間のところを幾つも飛び回って、その土壌変化のデータをイソラに送ってくれている。
カザトは、肩書は王宮警備隊隊長兼カラ=トゥルム連峰を含む西武方面軍の司令になった。
かなりイレギュラーな兼務だが――カザトの本名はカザト・アルガムといって、マド=ウィルガの血を引いている。マド=ウィルガには、名前の後に「ト」が付くのは族長であり勇者である証明という慣わしがあり、混乱の収束が長引く西部において、そうした地縁を求められるのも順当、少々大変な兼務を与えられている。
ちなみに、ほとんど西部方面に出ているカザトの代わりに、王宮警備隊は副官のルカが隊長代理をやっている。小柄でトランジスタグラマな彼女は、カザトがいない間はクールだが、カザトが帰ってくると色っぽくなる、ともっぱらの評判だ。
クリードは、2年後のヌミディアとの紛争で、工兵隊を守って戦死することになる。
それを境に、ナガサキと工兵の一部は軍を辞めて民間の修理・開発工場を作る。軍の技術を民間で発展させるのは歓迎されていて、いいお金を取るけども品質が抜群という評判をとり、その利益を基に、技術者養成のための私塾が作られる。
――やがて、その私塾は王立大学の工学部に張る工科大学の雄になる。
校訓は「行けるところまで行って、やれるだけをやって死ね」という、アカデミアらしからぬ、けれどクリードらしいものになる――――。
☆
ロブクラフさんへ
お忙しいところに申し訳ありません。
きっと今頃、研究とバスティアを上げた結婚式の準備でそれどころではないと思います。
でも、報告したいことがどうしてもひとつだけあったので。
9927の共生細菌への親和性は驚くほどでした。
こちらではもう植物が根づき始めました。
計算してみると、ロブクラフさんの計算さえ超えていて、親和性が予想の138%という結果が出ました。余剰分は保水力として効果が出つつあります。
アマトティハトは、これで、本当に緑化できます。
あたしは、昨日コスモスの花が咲いているのを見て、嬉しくてちょっと泣きました。
ありがとうございました。
あと、ちょっとわがままな話なんですが、聞いてくれますか。
あの後すぐ、9927の管轄はイソラに引き取られて……あれって未だにコードネームなんですが――名前を付けたいと思ってます。
「ライカ」って。
勝手なこと言ってすみません。
どうか、そう名付けてくれれば、これほど嬉しいことはありません。
ひとつ、て言いながら、ふたつになってしまいました。
しかも、追加したのは図々しいお願いです。
ごめんなさい。
でも、どうか聞き届けてくださると嬉しいです。
イージス孤児院にて
ラミア
☆
「ラミア?」
アルクだ。
静かに彼の呼びかける声がする。
徹夜すると彼はすぐ怒る。
ラミアは試験管を音がしないように片付けて、アルクに見つからないように忍び足で研究室を出た。
アマトティハト化した、かつてのイージス孤児院は立て直されていた。改めて違う建物が建てられて、再び子供たちのケアをしている。
ラミアの身体は宇宙生活でひどく衰弱していて、療養に3ヶ月かかった。その療養期間もようやく終わり、月を越えたところでイソラに研究職として編入されることになっている。
同じ時期から、シエラは王都の医学系予備校に通う予定だ。
リオは運転の腕を買われて、王軍の輜重隊に編入された。変わらず調子よく物資を届けに来てくれる。
アルクは再編成された西部方面の大隊に戻った。カザト教官のもとでシュートアーツを学びながら――アルクは頻繁に戻ってきてくれる。ラミアに会いに。
ラミアは研究室から外に出て、一歩踏み出した。
まだ白い砂が目立つけれど、そこここに植物が生え始めていて、シルバ院長とワグナム教授のお墓にはつる草が絡みついている。
ゆっくりとバスティアはよみがえりつつある。
「また徹夜したのかよ?」
後ろからアルクの声がした。
アルクは早起きだ。朝方に訓練を始めるから。
ラミアは首をすくめて、ゆっくりと振り返った。
口をへの字にしてるが怒っている風でもないアルクは、ラミアの隣に並ぶ。
ラミアは、鼻の頭にしわを寄せて笑い、アルクと手をつなぐ。
――――今日もいい天気。
ラミアは、空を見上げた。
白い砂の上を超えて、明け始めた朝日が、青空が続いていた。
まるで、終わりのない永遠のように、どこまでも続いていた。