21.聞け、空と大地の歌
ノエルタは呆然としていた。
南西部の中心街にたどり着くと暴動は終わっていた。
勝利も敗北もなかった。軍も難民も手を取り合って、火を消し止めようと必死になっていた。
その時になってノエルタは気づいた。ここへ来るまでに火を消そうとしている人間たちは見たが、戦っている人間たちは見なかったのだ。
「おい、そこ! ぼやぼやすんな! 水か砂もってこい!」
誰かが怒鳴り声を上げる。ノエルタ達に言っているのだ。平服に着替えたノエルタが王だとは誰も気づかない。クリードはひと足早く手伝いに回っている。
ノエルタは消火の手伝いに加わった。火勢は弱くなっていて、ずいぶん前から協力して消火にあたっていたことがわかる。
彼らは歌を口ずさんでいた。
白く光る砂漠に足を取られても
髪の先まで病にむしばまれても
我は退くこともなく
君の大事な名を呼ぶ
怒るに時があり
祈るに時があり
歌うに時があり
愛すに時がある
さあ、走り始めろ
我ら、「翼のない二本足の動物」であるを誇れ
それは、良く知っている歌だった。
誰も彼も分け隔てなく歌っていた。
だから、ノエルタは一緒になって歌い始めた。
アルクを、ラミアを、リオを勇気づけるために。
ロブクラフを、ナヴァクを、カリフを勇気づけるために。
自分と自分に連なるすべての人、顔をも見たことがない民のひとりひとりを勇気づけるために。
そして、バスティアが生きるために。
☆
ライカは冷やかすように言った。
「さて、ユティエスの機能全停止までもうあと5分弱です。ラブシーンは先ほど見せていただいたので、もうこれ以上結構。生き延びて産めよ増やせよというのが次のステージですね」
ラミアが真っ赤になって叫んだ。
「何言ってんのバカAI!」
「どうもお褒めいただいてありがとうございます」
「褒めてないわよ!」
「まあまあ。さて、短い時間ですから一発勝負です。よろしいですか? 手短に説明しましょう」
モニター上に映る研究棟の奥、メインモニターの裏の壁の部分と対角線を引いた居住棟の端の2ヶ所が点滅した。
「先ほどは簡単と言いましたが……正直、ちょっと手間です――ここを見てください」
アルクとラミアはモニターに近づいて見上げた。
「今から私が24個の爆砕ボルトで制御棟と居住棟をユティエスから切り離します――が、現時点において居住棟のボルトだけは無理です。既に外が高熱になっておりますので、修理用のオートスパイダーも機能できなくなりました。この2点を同時に切り離さないと簡易ポッドが成立しません。どちらか重いほうに、恐らく制御棟のほうに振られて、私の力をもってしても突入角の保証はしかねるでしょう」
アルクは少し考えた。
「同時にってどのくらいだ?」
「コンマ数秒のレベルです」
「わかった」
「ありがとうございます。同時に爆砕した後、研究棟の実験ルーム、その最奥ブロックにご移動いただきます。若干大き目な機材がありますが、それはどかしていただくとして」
居住棟に近い、研究棟の一画が点滅する。
「ライカ!」
ラミアが大声を上げた。
「それ、だって」
「いえいえ。もったいぶることはありませんね。そうです。私の本体の保護ブロックですから、最も堅牢な部分なのです。ましてや実験ルームの隔壁は何があってもステーションを保持できる前提ですから」
「……そうだね、ライカも燃え尽きるんだね……」
「ええ。しかしこの際そんなことにかかずりあってる場合ではありません。おふたりの生還の確率を高めるためには必要な処理です」
「……AIのくせに」
ラミアが拗ねるように呟いた。
「いえ、AIだからできることでもあります」
ライカは軽快に応えて、アルクに口調を変えて注意を促した。
「アルク、気を付けて下さい。二棟共に切り離せる確率は秒単位で減りつつあります。2点を残して爆砕すれば、居住棟の質量を支えているのは通路だけです。影響を避けるためには、遂行後、居住棟の即時破棄が必要になる可能性が高いでしょう。その場合」
「居住棟と通路を駆け抜けろ、か。スイッチを入れた後に」
「そうです。しかし、たとえ居住棟が無事だったとしても、保護ブロックに入っていただかないと身の保証はないものと思って下さい。スイッチを入れた後、可及的速やかに撤退をお願いします」
「わかった。ありがとう」
「いえいえ……アルクが切り離してくれさえすれば、私が一命に代えても軌道に乗せてみせましょう。どうかご期待を」
「一命に代えても……か」
アルクは含み笑った。
大時代だったが、何がなし今の状況には相応しい。
「ワグナム教授が騎士道ものが好きだったせいですね」
ライカは涼しげな口調で人のせいにした。
「それでは! 時計を合わせましょう。ラミアも……よろしいですか。5、4、3、2、1、0」
アルクとラミアは黙って時計を合わせて、ライカを見上げた。
「では、最後まで。推して参りましょうか」
ライカはあくまで快活に言った。
☆
重い隔壁がゆっくりと開いていく。
中から凍えるような冷気が凍みだしてきた。
実験ルームの左、行き止まりの奥にライカの本体が鎮座している。
「アルク、正面壁際のレバーを引いてください。緊急用の開放レバーです」
「これか?」
アルクが応えて重いレバーを下に倒した。
ガゴン、と重い音が響き、ライカの本体がレールに沿って奥に滑っていった。入れ替わりに上から鋼板が何枚も降りてくる。
「ありがとうございます。アルク。それでは、最終オペレーションを開始しましょう。猶予はあと210秒です」
「わかった。ラミア、研究棟の奥を頼む。俺は……居住棟の爆砕ボルトをやる。今から約140秒後、秒針が12に来たら爆砕ボルトを活性化する。いいな?」
冷静に指示するアルクをラミアは心配そうに見つめた。
「アルク、大丈夫なの?……もう、外は……」
「大丈夫だ。この服ならまだ30秒くらいは持つだろう。何とかするさ」
「アルク……」
ライカが口をはさんだ。
「そうですね。彼は逃げ遅れて死ぬかもしれませんねえ」
「ライカ!」
思わずライカの軽口を叱責したラミアを制して、アルクは不敵に笑った。
「ライカ、絶体絶命、てわけだ」
「ええ」
ライカがしれっと応える。
「高熱の外に出てスイッチを押して、短い時間で保護ブロックまで戻ってくる。自由にならない中を」
「高熱の外に出てスイッチを押して、自由にならないステーション内を保護ブロックまで戻ってくるんです。短い時間で。でないと脱出できませんので」
「そうだな。でも、死なないかもしれないな?」
「死なないかもしれませんね」
「まあ、そういうことだ」
「そういうことです」
「……お前さ」
「はっはっは、つまり、私はワグナム教授の名代として、ラミアを嫁に出すような気分なのですよ。こんなことで尻込みする男にラミアを渡せるわけはない、ですね、アルク?」
アルクは眼を細めて笑った。ルーロンがピンチの時によくやるように。カザトが会心の技を決めた時によくやるように。
「知ってるよ。そういうひねた人たちを、俺はよく知ってるんだ」
「それは重畳です。人命を尊重するプログラムに従い、現状で最も可能性の高いプログラムを実行できるAIが私です。素晴らしき哉。断じて行えば鬼神もこれを避く。まあ、所詮プログラムなんですけどもね?」
アルクは破顔した。
永い夜の最後に会ったのは、プログラムのくせに口数の多いお調子者だった。このテンションのおかげで、ラミアの戦場はきっと孤独ではなかったのだろう。
ラミアを向いてアルクは言う。
「……なあラミア、オレがいてよかっただろ?」
心配そうに見上げるラミアが虚を突かれたように真面目な顔になって、そして笑った。
「行こう、ラミア。俺を信じろ」
アルクはラミアと拳を打ちつけて、走り出した。
☆
居住棟から外に出る気密室を、アルクはゆっくりと這い出た。
周囲の全てのものが、まるでセント・エルモの火のように発光し始めている。見ているわずかの間に太陽パネルの1枚がひしゃげて飛んでいく。離れたパネルが加速し始めたと見えた途端に燃え尽きた。
時計を一瞥すると、秒針が9のところだ。
ラミア、ためらうなよ。
黒々とした闇をはねのけるようにアルクは意味もなく大声を上げた。
エアロックのわずか2mほど先のレバーに取りつく。
レバーの周囲には、小型のオートスパイダーが背中に赤い光を点滅させながら機能不全に陥っている。わずかに動くものがあるが、緩慢な動作で外壁を引っ掻くばかりだ。
居住棟はライカの言う通り、保持が難しいように見えた。耐熱タイルがはがれかかって、腹の底に響いてくるような嫌な振動が伝わってくる。
それとは別に、ゴン、と突き上げるような振動が身体に伝わった。
恐らく、ライカが最後の爆砕ボルトを作動させたのだろう。
あとはラミアと自分のだけ。
わずかの時間で、軽圧耐熱服は収縮し始める。
自分が燃え上がってでもこのスイッチは入れるよ、大丈夫。
アルクは自分に言い聞かせる。
あと、10秒。
ラミアは研究棟の奥でセーフティを外したレバーに手をかけて、時計を見つめていた。
あと10秒。
ラミアの手は強張っていた。何度も胸で手を拭く。
何もしていないのに息が乱れる。
自分がちょっとでも遅れたら、アルクが身体を張っていることが無駄になってしまう。
「ラミア、落ち着いてください」
ライカが気遣わしげに声をかける。
「落ち着いてるってば」
「明らかに…………いえ、ラミア、ワグナム教授の手紙を思い出しませんか」
「え?」
「最後の手紙です」
ラミアは文面を思い出した。最後のほうの一節。
もしも、ちょっとした奇跡さえあれば、帰れる可能性がわずかながら上がると思う。
「ワグナム教授が予想していたとは思えません。私もまた、あらゆるファクターを想定してなお、可能性の範疇に入れていませんでした……が、現実にはこうなりました。教授の人を信じる強さに、私は感嘆を禁じ得ません」
おじい。
ラミアの顔に微笑みが広がった。
緊張は拭われたように消えていた。
「そうだね、ライカ。ビクビクしてる場合じゃないね。あたしは、おじいの魂を持って帰らなくちゃいけないんだったよ」
アルクは、レバーの向こうにある青い星を見ていた。
こんな時だというのに、変わらず美しい。
9927は届くだろうか。
リオは帰れただろうか。
暴動は収まったろうか。
いや、ライカならやってくれただろう。
カリフのおっさんなら何とかしてくれただろう。
ノエルタなら大丈夫だろう。
後は、俺たちが帰るだけだ。
5。
4。
3。
2。
1。
0。
力いっぱいアルクはレバーを引き倒した。
――空白の刹那、アルクは不思議なことに、ラミアが同時にスイッチを入れたことを確信した。そして、ラミアも同じように感じていることも確信した。
どん、と身体に振動が伝わって、外壁からはがされかける。
アルクは後ずさりのまま、可能な限り急いで気密ハッチに戻った。
ハッチ内に身体を滑り込ませた途端、衝撃が襲った。
そのまま壁に叩きつけられて、跳ね返る。
「アルクっ! 急いでください!」
ライカの声が響く。
もう、気密の意味はない。
アルクは衝撃で半ば開いたドアを力づくで開けて、居住棟の中に飛び出した。
既に無重力で自由がきかず、ゆっくりと居住棟の奥に流されそうになる。
アルクは星錘を振り出し、ロープをたぐりながらじりじりと進み始めた。
避難区画にたどり着くまでに残された時間は60秒。
アルクは必死に前に進む。
大して進まないうちに再び衝撃が襲った。
通路の壁に叩きつけられて、アルクは一瞬気が遠くなる。
肩越しに振り返ると、居住棟の端に穴が開いていた。
金属がまるで紙のように引きちぎられてゆらゆらと揺れている。
居住棟の支柱が熱に耐えきれず崩壊を始めたのだ。
ライカの予想通りだ。
アルクは全身に冷たい汗が噴き出るのを感じながら、歯を食いしばった。
荒い息をつきながらシュートロープを振り出す。急いで手繰り、もう一度。
居住棟の最後までロープが届き、つい後ろを見た。
崩壊はほんのわずかの間に、すぐ近くまで迫っている。
巨大な何かに飲み込まれるような心地に竦み上がった瞬間、目の前の右壁に亀裂が走った。
まずい!
高熱の中に放り出される!
アルクは前方を透かし見た。
後は通路だけだ。
頼むぜ!
アルクは、不安定な足場のままブーツを目いっぱい踏ん張り、シュートロープを最大につなげ、通路の端から端まで撃ち込んだ。
星錘は、通路に跳ね返りながら研究棟のドア脇の手すりに巻きつき――――砕けた。
ラミアは壁を伝って保護区画に滑り込んだ。
「ライカ、アルクは!」
ライカが初めて慌てていた。
「居住棟が崩壊を始めています! モニターできません!」
「……アルク!」
ヤバい。
居住棟の残りが通路を振り回している。そのたびシュートロープごと通路の壁に叩きつけられる。
このままいけば通路ごと砕けて――居住棟の崩壊には巻き込まれなくて済んだが、今度は自分ごと放り出される羽目になるだろう。
足元にはもう床がない。
アルクは歯を食いしばりながらロープを手繰り寄せる。
が、ひと寄せするたびにシュートロープはアルクの体重を支えかねて、遠目にもじりじりとほどけ始めていた。
文字通りの命綱だ。
――いつでも、シュートアーツはオレを助けてくれた。大丈夫、今度も助けてくれる。
アルクはロープに伝わる振動に合わせながら、身体を持ち上げていく。
バイザーの中は真っ赤な光で満たされていた。警告音がないのが却って恐ろしい。逆に、赤い光が無くなった時点で、ロープがはずれなくても自分は終わりだ。
居住棟の一部、壊れかけた壁が跳ね上がって通路にぶつかる衝撃が伝わる。通路の壁が割れてアルクに迫った。
自由のきかない体勢で、かろうじて避ける。
代わりに、尖った金属片がシュートロープをしたたかに打つ。頑丈なシュートロープがささくれ立った。
もう少し。
あと、2手。
居住棟の残りと通路が無音でひしゃげた。背中が粟立つ。
アルクは眼の端でそれをとらえると、身体を右に振りながらロープを一気に引き寄せた。
巻き込まれるのを避ける。
かろうじて避けきった。
ほっとする間もなく、ロープがほどけた。
あと、1手が。
アルクは足場も力点も無くし、全身の毛が逆立った。
もがくように手を伸ばす。
研究棟の手すりにわずかに足りない。
――――もう少し、なんだけどな。
空間に投げ出され、肺から全ての息を吐いた瞬間。
手が掴まれた。
ラミアの手だった。
アルクはラミアの手をしっかりとつかむ。
ラミアは非力な力を全部込めてアルクを引っ張り上げる。
――俺がかじかんだ手を温める。そんな偉そうな話じゃないな………そんな偉そうな話じゃない………つまり、そういう、ことだ。
荒い息をつきながら、何も言わずにアルクとラミアは保護区画に走り込んだ。
振動はいよいよ激しくなる。
アルクはシュートロープを支柱に巻きつけ、ラミアを抱きかかえたまま、手早く三点保持で自分ごと固定した。ラミアはアルクの腕の中で、アルクを抱きしめる。
鈍い振動と共に、一瞬エアポケットのように静かになった。
ユティエスから実験区画が切り離されたのだ。
「……えー、本即席ポッドにはユティエス内のアブレータが全て装着されています。耐熱はどうにかなるのではないでしょうか。乗り心地は保証しかねますが」
ライカの声が言う。
「アルク……上出来でした。ラミアを頼みます」
「……ライカ!」
ラミアの叫び声に、眠り込みそうなライカの声が応えた。
「ラミア、アルク……ワグナム教授がよく言っていました。
輪廻という意味でも、アカシアという意味でも、物質の連鎖という意味でも、私たちは、つながっている、と――――私には、最初のふたつはよくわかりませんが、最後はよくわかります。
私は塵になり、それは原子になり、雲になり、雨になり、土になります。
私はやがて、いつでもあなた方のそばにいることでしょう……それでは、よい航海を」
それきり、ライカの声は聞こえなくなった。
ラミアが訴えるようにアルクを強く抱きしめた。
アルクはラミアを抱えたまま、無言で敬礼した。
☆
イソラの制御室では、シャトルのタッチダウンが終わった後も、誰ひとり席を立つスタッフはいなかった。9927の回収手配も済ませ、自分たちの仕事は全て終わったけれど――全員が、ユティエスを見届けなければならない、と思っていたのだった。
その重い空気を突き破るように、通信士の叫び声が響いた。
「長官! ユティエスから再び物体が射出されました!」
「何だと!?」
「と、突入角進路にシンクロしています! 待ってください……生命反応あり! 識別コードあります! ふたり搭乗しているようです! ふたり乗っています!!」
カリフ、そして隣にいたナヴァクも思わず拳を握りしめた。
制御室のスタッフは全員立ち上がり、顔を見合わせた後、歓喜の叫び声を上げた。
ひとり、西部出身のスタッフがコンソールの上に飛び上がった。そのまま歌いだす。今日の夜、バスティアの全土で歌われていた歌だ。誰も彼もが抱きしめあってハイタッチして、一緒に歌いだした。
カリフは恥ずかしそうに、でもすぐに大声で唱和を始めた。
副官は初めて見るカリフの姿に目を丸くし、そして笑いをこらえながら注進に及んだ。
「……長官、すごい音痴ですね」
カリフは笑っているナヴァクと副官を一瞥して、得意そうに言った。
「知ってるとも! でもな、こんな時に大声で歌うために長官なぞになったんだよ、私は!」
カリフは自分の眼から涙がこぼれているのにも気づいていなかった。
☆
明け方、水晶のように限りなく透明に近い青の中、西の空を紅い星が落ちていく。
ユティエス――――恵みの雨をもたらす女神。
それは犠牲に目をつぶった『紅雷』ではなかった。
それは、今を生きる人間たちへの祝福だった。
☆
ジープは『鎖蝕』を走っていた。
乗っているのは、シエラ、リオ。運転するのはクリードだ。
もう夏の朝日は昇っていて、白い砂が輝き始めている。
見渡す限りのアマトティハトの中、目的の物が見えた。
打ち捨てられた残骸のような金属の塊だ。シエラは心配そうに双眼鏡を覗き込んでいる。
と、遠目に中から人が出てくる。
リオも身を乗り出した。
恐らく一生で二度と乗らない最低の乗り心地な代物から、アルクは内側から鋼板を蹴り開けた。失神したラミアの頬を軽く叩いて起こす。
「帰ってきたな、ラミア」
眩しそうに眼を細めながら外を見るラミア。
「どうだ、久しぶりのバスティアは?」
ラミアは微笑んで応えない。
アルクは手を貸してラミアを立たせた。
遠くからジープが近づいてくる。止まる前に転げ落ちるように、ふたりが降りた。
リオとシエラだ。
走ってくる。
リオは一目散に、シエラは右腕をかばいながら。
アルクは走ってくるふたりを見ながら言った。
「なあ、ラミア」
ラミアも走ってくるふたりを見ながら応える。
「うん?」
「感謝するよ。ありがとう。本当はいつも感謝してる」
ラミアはアルクを見上げて、華やかに笑った。
「ううん。あたしこそ。ありがとう」
リオがアルクに飛びついた。そのままわめくように泣き始める。
「アルクッ! ごめん! ごめん! 俺はよう……」
「さわんな、暑苦しい。お前のおかげなのはわかってるから触るな」
「ひでえっ! 俺は……俺は……」
シエラが遅れてたどり着いた。腕が痛いのだろう、ゆっくり歩いてくる。
少し手前でシエラは立ち止った。
「ラミア……」
シエラはラミアを見つめたまま立ちつくし、ぼろぼろと涙を流した。
ラミアは微笑んだまま、シエラに近づこうとして、長い宇宙生活から重力に慣れず、膝を落とした。
シエラも思わず支えようとして右腕が動かないままに膝をついた。
「ラミア……ラミア……」
シエラは大声で泣き始めた。彼女が人前で泣くなんていつ以来だろう、とアルクは思う。
ラミアがシエラの右腕をかばうように優しく抱きすくめた。
シエラは左腕で、力いっぱいラミアを抱きかかえた。