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20.それは鏡、それはルミネセンス(承前)

 「9927、完成しました。急いでください」

 ラミアの表情が一変する。

 「ライカ、データは?」

 「キューブディスクにコピー中です。あと16秒。ラミア、サンプルをもって搭乗していてください。搭乗というより収納ですが」

 「ライカ、こんな時まで!」

 「いえ、失礼失礼。ブラックボックスは、研究棟上、A−12ブロックの第1グリッドに移動させてあります」

 「ありがとう!」

 ラミアが駆け出す。



    ☆



 熱遮断シートは劇的な効果をもたらした。

 と言っても、時間にして7分ほどだったが、ユティエスの熱崩壊前に9927は完成し、ラミアを射ち出す時間が担保できた。


 アルクとラミアはじりじりと完成か崩壊を待つ身だったが、ライカのミサイルが向かっている、という言葉に眉根を寄せた。

 「……どういうこと!?」

 ラミアの疑問にライカは応えず、わずかの後にはずむような声で報告した。

 「なるほど! これは地上から、たぶんリゾ支部からです」

 「え?」

 「スペックデータがないので正確ではないのですが、つまり耐熱フィルムですね。9927醸成の時間を稼ぐために打ち上げてくれたのでしょう」

 「だから何!?」

 「失礼。今のユティエスの下半分を、耐熱フィルムが覆ってくれています。大気摩擦による熱が軽減されて、ええ、喜んでください! 9927は完成できます! 機能全停止まであと416秒延長されました! ナイスアシストです!」

 ……ナイスアシスト?

 このAIのセリフはもう、ホントに。



 アルクはラミアの後を追おうとして、ライカに呼び止められた。

 「アルク、あなたはキューブディスクを持って行ってください」

 「わかった」

 「右の出口を出るとすぐ右側が実験施設です。そこを通り抜けて、ドアふたつ開けたところが1番グリッドです。はい、できました」

 メインモニターの下、ラミアのシートの右側でライトが点滅している。

 アタッシェケースほどの大きさの箱がつながっている。

 「大きいな」

 「保護素材です。データケース自体は握り拳くらいでして、これに入れておけば理論上は10kmほど落ちても中身が壊れません。緩衝材を入れたブラックボックスならば、大気圏から落ちても中身は無事です」

 「なるほど」

 「しかも機材ではなく、パーツにしてあるので、最悪壊れてもサルベージ可能です」

 「大したAIだな」

 「そうでしょうそうでしょう」

 ライカの得意そうな声を聞きながら、アルクは手早くコードを外した。

 ケースを片手に持って走り出し、研究棟からドアを走り抜ける。重力がきかなくなっていても、こちら側はマグネットブーツが使えるから移動が楽だった。

 「ラミア!」

 ラミアが振り向いた。耐熱シートを敷いてある2m四方のチタン合金らしき箱、その外側を覆っているところだった。

 「9927だ!」

 ラミアは頷いた。

 手渡すと、胸にしっかりと抱きかかえた。

 アルクは安堵のため息をついた。

 ――ここまで来た甲斐があった。

 「アルクに会えてよかった。あたしね」

 ラミアがなおも何か言おうとした時、ライカが割り込んだ。

 「用意はいいですか。突入角が取れる方角がわずかの時間しか取れませんから、射ち出し準備と同時に溶接ようせつします。お見送りの方は白線の内側まで退避してください。射出口開口まで60、59、58」

 アルクは、傍らにあったヘルメットをラミアにかぶせて拳を軽く出した。ラミアがおずおずと拳を出す。アルクは、とん、と打ち合わせた。

 電子音が鳴り始める。打ち出すために扉を開けば、ここは真空になる。

 ラミアを送り出さねばならない。

 頭の中を言うべきことがすごいスピードで明滅したが、

 「幸せにな」

と、アルクは口の中で呟いて、きびすを返した。

 ドアを開けてモニターまで急いで戻る。

 間違いなく打ち出されるのを確認するためだ。

 メインルームを開けると、ライカが何も言わずに1番グリッドに映像を切り替えた。

 「4、3、2、1、0」

 カタパルトの火花が射出口に光り、箱が打ち出されるのが見えた。



 アルクは息をついて腰を下ろした。

 「9927、射出されました。約38分後に東経138°11′50″、北緯36°38′66″付近に着地します。マエナス州のアマトティハト内です」

 「そっか……終わったな。よかった……」

 身体から力が抜けて座り込んだ。頭を振る。

 ライカが驚いたように言った。

 「アルク? まだ終わりではありませんよ。これからが始まりです」

 「? ……ああ、まあ確かに始まりだけどなあ」

 壁に頭をもたせかけて、アルクは気が抜けたように応えた。



     ☆



 モニター上でリオがこわった顔で応えた。

 「アルクから伝言だ。9927は、必ずユティエスから射出するから受け取れ、と」

 カリフは奥歯を噛みしめた。

 「……リオ、ありがとう。シャトルは必ず地上に誘導する。ショックに備えていてくれ」

 「……俺は、俺は……くそったれだ! アルクを残してきちまった。こんな……」

 リオが泣きながらコンソールを叩いた。

 「やめなさい。君は危険を冒してよく頑張ってくれた。君がいなかったらユティエスに近づくことは難しかったろう」

 「アルク……! くそ……」

 制御室のスタッフは感情を押し殺していた。戻ってこられない者がいることを、今は悲しんでる暇はない。我々のやるべきことは、残った彼を何が何でも地上に取り戻すことだ。あの勇敢な少年を。

 「オートジャイロZ軸破損は、補助スラスター常時16%アップで保てます!」

 「突入角、シンクロまであと12秒!」

 「メインスラスター、地上に垂直に6秒最大噴射!」

 スタッフたちは互いに指示を怒鳴り合う。


 その中で、ユティエスとシャトルの位置をレーダーで睨んでいたスタッフのひとりが、ひときわ大きな声を上げた。

 「!! 長官! 長官! ユティエスから何か発射されました! 脱出ポッドと思われま……! いえっ、いえっ、それほど大きくありません!」

 喜びの声を上げたのもつかの間、喉を鳴らして悲鳴のような声で訂正した。スタッフの間を一瞬だけ希望の風が吹き、去っていく。

 「……データが、入っているのだ……!」

 カリフは、我知らず執務席の肘掛を、手が白くなるほどに握りしめた。



     ☆



 「イブナー博士による物理限界実験です」

 ライカは唐突にモニター上に回路図を映し出した。研究棟を中心にして、居住棟の通路までを含む下半分。

 「……ん?」

 「かつて、ユティエスが崩壊するとしたらどのように壊れていくのか、数十のパターンが計算されました。ユティエスがやがて放棄される時のための演算です。そしていま現在、そのうち最も可能性の高い壊れ方をしています」

 「……はあ」

 アルクには、ライカの言いたいことがよくわからなかった。

 ライカはなおも得意げに言う。

 「ユティエスは、放棄されるにあたって細かく爆砕され、地上に落ちても途中で燃え尽きるように計算されていたということです。素晴らしい」

 「あー、はいはい。素晴らしいですね」

 「アルク、真面目に聞いてください」

 「聞いてるよ」

 アルクはしかめ面で応えた。

 一体、このAIは何が言いたいんだ?

 「この爆砕システムは、ユティエスの軌道高度に自動反応する独立したシステムです。私からは手を触れられません。間違いを避けるためには当然ですね――ですが、こんな緊急事態なら話は別です。私の能力を以てすればハッキングなぞは朝飯前のコンコンチキです」

 「はあ」

 誰だこんな言葉仕込んだのは。

 「……アルク、察しが悪いですね。私が作業の間黙っていたのを、まさか遊んでいたと思ってるのですか?」

 「……いや、だって、何か作業があったわけでもないだろ?」

 ライカは大きくため息をついた。

 アルクは笑い出しそうになった。

 AIが、ため息?

 「アルク、モテないでしょう、あなた」

 「……てめ、ケンカ売ってんのか!?」

 「図星をさされるとカッとなるあたりも、モテないと察するに余りあります」

 ライカはからかうように言う。

 アルクは身体を起こして、片方の眉を上げた。

 「……で?」

 「はい。爆砕システムのデータをアーカイヴからハッキングした際に、ワグナム教授がユティエスに関わったデータを全検索しました。

 いいですか、アルク。

 爆砕システムは、かつて装備された時のような、ただ細かく爆砕するためのものではありませんでした。手順を踏んで爆発させれば、その指向性の鋭さによって、研究棟の一部だけを切り離し脱出できる可能性を示唆するものになっています」

 アルクは眉をひそめた。

 「!……本当か!?」

 「だから。さっきからその話をしていますが」

 ライカはちょっとバカにするように言う。

 「……何でそれを早く言わない! どうすりゃいいんだ!?」

 「最優先事項は9927を届けることでしたのでね。手順は簡単です。手動で爆砕する場合、私がユティエス全体の爆砕ボルトを順番に対角で処理した後、最後のキーになる、研究棟の奥と居住棟の外のスイッチを同時に入れることで成立します」

 「スイッチを……って、なんだよそれ、同時にって無理だろ」

 アルクは立ち上がりかけて、がっくりと腰を下ろした。

 「それは無理です」

 ライカは当然のように言う。

 「ですが、もうひとりいれば別です。先ほどラミアにも言いました。ユティエスにはワグナム教授の細工がもうひとつありました、と――何と言いましょうか、さすが“百年にひとりの頑固じじい”です」


 ドアが開いた。

 アルクは首だけ回して、止まった。

 自分が目にしている光景が信じられなかった。

 ラミアがヘルメットを小脇に抱えて立っている。

 呼びかけようと思ったが、声を上げたら消えてしまう幻を見ているようで、言葉にならなかった。

 アルクは呼吸も忘れて、切れ切れに息を吸い込みながら、その幻を見つめていた。

 「会えてよかったって言ったでしょ?」

 ラミアは小首を傾げて笑った。

 「帰るのは一緒。ね?」

 ライカが得意げに言う。

 「ラミアが残る可能性は98%を超える、と推測していました。私のAI進化度と来たらちょっと相当猛烈に……」

 アルクは聞いていなかった。

 ひと足飛びに飛んで、ラミアを力いっぱい抱き締めた。

 幻では、なかった。





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