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20.それは鏡、それはルミネセンス(続)

 バスティア全土に一風変わった即位式を放送した後、ノエルタは暴動が続いている南西部に向けて車を走らせていた。

 クリードが運転する車の後部座席、隣にはロブクラフがいる。

 ノエルタはどうしても彼女をイソラに残したかったが、ロブクラフもどうしても、と言ってきかなかった。

 外は火がおさまっていなかった。王都中の消防車、そして住民らしき人間たちが懸命に火を消そうとしている。ノエルタは車窓から外を見ながら呟くように言った。

 「ひどいな」

 隣でロブクラフがささやくように返す。

 「そうね」

 「……お互いがお互いを信じられなくなっている。こんなにも状況は深刻だ。……これほどに荒廃してしまった国と人心を」

 ノエルタが、人々を見つめて言葉を切った。ロブクラフが不思議そうにノエルタを覗き込む。

 窓の外では、一向に火勢が落ちる気配はない。人々も消防車も、延焼をとどめるのが精いっぱいの様子だ。

 ノエルタは消え入りそうな声で呟いた。

 「……私が取り戻すことができると思うかい?」

 「そんなこと心配してたの?」

 驚いて振り返ったノエルタの手を、ロブクラフは優しく取った。

 そして、満面の笑みを浮かべて、あなたならできるわよ、と言った。



     ☆



 ナガサキは、ユティエスの予測墜落ルートを「マザー・ダッチ」から取り出して、注意深く軌道計算を繰り返していた。打ち上げロケットはわずかの誤差もなく、完全に衝突する軌道でなければならない。

 ちょうど確定軌道をイソラに送ったところに、元・大隊長が飛び込んできた。

 「ナガサキさん、積み込み完了です! 作業員、退避しました!」

 「ありがとう。言った通り、ミウラ折りにしたか?」

 「はい。幸い、王軍に宇宙工学係官の経験者がいましたので」

 「そりゃありがたい」

 ナガサキは構内全域にミサイル発射を告げるサイレンを鳴らした。同時に、ミサイルサイロのひとつを開ける。

 前に王軍が踏み込んだ際、破壊されたと判断されたミサイルは、3基までは本当に破棄されていたが、1基だけは外板と機器を外されただけだった。最も派手に壊されているように見えたそれを、ナガサキたちは元のように整備し直している。

 「チャイルド・ダッチ」のモニターに、ゆっくりとサイロが開き、ミサイルが発射台ごとせり上がってくる様子が映し出された。重々しい音と共に固定される。

 「打ち上げなくて済むなら、そのほうがいいんだけどな」

 ナガサキはひっそりと呟いた。



     ☆



 「ラミア、データポッドに使えるものを見つけました」

 ライカの報告に、ラミアははじかれたように顔を上げた。

 「何?」

 「成功率は78%」

 「だから何!?」

 「ブラックボックスです」

 「……え?」

 「ワグナム教授の仕掛けた爆発物は、制御棟の『紅雷』発射ユニット破壊において、精密なモンロー効果で一点に集中するようになっていました。爆発で一方だけは破壊されましたが、ボックス自体の損傷は軽微です。しかも、教授は“ふた”のスペアを用意してくれています。地上にディスクとサンプルを送る強度は十分と推定されます」

 ラミアはうなずいた。おじいは金属工学のマスターだったから。

 「ラミア……これにはラミアが乗れると思います。乗り心地は最悪ですがね。恐らくワグナム教授の考えたことだと思います」

 「……どういうこと?」

 「ディスクを抱えてひとり乗る分の余地があります。地上から追えるだけの発信装置と緩衝かんしょう材の用意もありました。ただし、その場合の生存率は45%に下がりますが」

 「おじいが……」

 「はい」

 アルクが脇に立って会話を聞いていた。

 「そうか……なら問題ないな。最悪の場合でも、ディスクとサンプルを持ってラミアが乗れるわけだ」

 ラミアは心配そうな顔で振り返った。

 「アルク、そういうわけだから、シャトルに早く戻って。もう、大丈夫だから」

 アルクがラミアをじっと見つめると、ラミアは眼をらした。

 「……戻らない。帰る時は一緒か、さもなくばお前を送り出すまで俺はここにいる」


 ユティエスの機能停止まで、あと何分あるだろう。

 9927醸成じょうせいが間に合わない、とライカは言い、ラミアは射出できる可能性に賭ける、と言っていた。

 ラミアは自分と9927の完成を引き換えにするつもりだ。

 もしそれが可能だとしても、ラミアの手では難しいだろう。自分の手が必要だ。もとより、ラミアを見捨てることはできない。ラミアを送り出すまでが自分の使命だ。

 「……ダメだよアルク……!」

 ライカが沈痛に口をはさむ。

 「――いえ、ダメなんです。ラミア、“箱”が推進装置を持っていない以上、ユティエスの可能な限りの推力をもって射ち出したとしても、大気圏突入角を担保できる重量はあなただけなのです」

 「え? ライカ?」

 「アルクでは突入角を担保できません。燃え尽きることになります。ふたりではなおさら」

 「……ライカ? アルク?」

 ライカが言った。

 「アルク、あなたはそういう判断だ、ということでよろしいのですね」

 「ああ」


 アルクはリオからの度重なる通信を黙殺もくさつしていた。シャトルも限界にきているようだ。もうとっくに5分を過ぎている。リオは必死にシャトルを保ちながら、不審に思っているだろう。

 すまん、リオ。

 「アルク、シャトルからの通信をモニターに上げてもよろしいでしょうか?」

 「……ああ。頼む」

 ……バカAI。空気読め。

 モニター上にシャトルが映る。

 シャトルはユティエスに右の主翼をひっかけていたが、じりじりとはがされかけていた。

 「アルク、通信に出て下さい」

 アルクは無言でバイザーのスイッチを入れた。

 真っ赤な顔を通り越して、赤黒くなった顔のリオがモニターに現れた。

 「アルク! 何やってんだ! 早く戻れ! もう持たねえ!」

 「リオ、すまん」

 「ムリだよ! もうムリ!」

 言ったそばからシャトルの振動が伝わった。モニターでは、シャトルの右主翼に亀裂が走り、半分を残して削り取られるところだった。

 「アルク! アルク!」

 リオが血相を変えた。

 アルクはかぶせるように、強い口調で告げる。

 「リオ、聞け。9927はもう少しで完成する。ユティエスから射ち出すから、必ず回収するように伝えてくれ」

 「アルク! お前!」

 「リオ、気をつけて帰れよ!」

 「アルク! アルクっ!」

 ノイズでリオの顔が消えた。

 シャトルはユティエスから離れて、恐らく地上管制に切り替わったのだろう、補助スラスターをふかしながら、角度を変えて離れていく。

 リオ、助かってくれよ。

 アルクは息をついた。気が付けばラミアも立ち上がって、モニターを見つめながら手を握りしめている。

 「ライカ、9927は?」

 「アルク! シャトルが……!」

 アルクは肩をすくめた。

 「……まあそれはいい。9927はどうした?」

 ラミアはコンソールに寄りかかって眼をきつくつぶった。



     ☆



 リゾ支部に、カリフ長官からシャトル離脱の通信が入った。

 やはり、ラミアはユティエスを放棄しなかった、ということだった。

 ロケットを打ち上げるなら今しかない。

 ナガサキは自分がしていることが正しくないどころか、ある意味残酷なことだと承知していた。

 もう猶予はない。意志の確認もできない。弁解する時間もない。わかってる。独りよがりな、勝手な判断なのかもしれない。死んでも遂行すいこうしろ、と非情な鞭を入れることなのかもしれない。

 でもラミアが、顔も見たことがない妹弟子が、ワグナム教授の弟子ならば恐らく――完成を選ぶだろう。


 ロケットに積んであるものは爆弾ではなかった。

 リゾ支部の熱源探知をさえぎるために1km四方にわたって敷きつめられた熱遮断シート。それをユティエスの前面だけでもおおえる程度、300m程度の大きさを切り取ってある。

 本来それは、宇宙工学のために発明したものだった。

 ハクスロッド結晶体の不活性を逆手に取り、耐熱フィルムと結晶体とを二重に多錐たすい体構造に合成、現時点で存在する耐熱素材としては最高値を取る。

 ナガサキは、墜落中のユティエスをそれで覆い、熱崩壊から9927を合成できる時間を稼ごうとしていたのだった。

 ――彼女を救うことができないのならば、せめて彼女のやりたいことを助けなければならない。

 それが兄弟子のやることではないか。そう思ったのだ。


 一発勝負。

 カウントダウンしている時間さえない。

 元・大隊長が息を飲んで見守る中、ナガサキは唇を噛んで発射ボタンを押した。

 ロケットは空の一点を目指して、凄まじい勢いで飛び出していく。

 ナガサキは、地上からのレーダーで、識別信号が確定進路を上がって行くのを最後まで追った。レーダーから光点が消えると、身体で息をついた。

 「……最後まで、できるといいな」

 ナガサキはうつむいた。

 そして妹弟子のために、彼女が助からないことがわかっていてなお――生まれて初めて何かに祈った。



     ☆



 ライカが冷静に告げた。

 「あと醸成まで9分です。ユティエスの全機能停止まで6分、といったところでしょうか。もう少し何とかなるか思案中です」

 「そうか……とにかく急いでくれ。ラミアと9927を送るんだ」

 ラミアがすとん、と腰を下ろした。

 「しっかりしろ、ラミア。もう分析だのなんだのやってる時間はない。早く耐熱服に着替えろ」

 「……アルク」

 アルクは聞こえないふりをして気密室の耐熱服を取りに出た。

 通路はすでに照明が落ちていて、薄暗い赤い光の中をアルクは軽くなった重力に苦労しながら――奇妙なことにほっとしていた。

 何とか、自分にできることはできそうだった。

 心残りと言えば、シュートアーツの奥義おうぎをもう少し習いたかったけれど、ラミアのためならそれでいい。彼女が多くの人の役に立ってくれるのならば、自分などよりもっと多くの人に役立ってくれるのならば、それでいいだろう。

 アルクは軽圧耐熱服の小さいサイズを苦労して探しだし、研究棟に戻った。

 ラミアはうなだれたまま座っていた。

 「ラミア、これを持ってろ」

 ラミアを立ち上がらせて耐熱服の腕部分を肩の上からかけた。アルクは彼女の背中側に回る。軽圧耐熱服はひとりでは着られない。足から入れて上半身から肩のフックまでロックしないと、背中の生命維持スフィアが重すぎて支えられないのだ。

 「ラミア、足から」

 ラミアは緩慢な動作で耐熱服を着始めた。

 アルクは急がせなかった。一緒にいられるのも最後だったから。

 途中、腰のあたりで服にからまった。アルクは何も言わずに内部ロックにからまったラミアの服の糸をほどいた。スフィアを片手で持ち上げて、肩のフックを片方ずつ止める。最後に、腰の継ぎ目から背中にまわって両肩の後ろで止め、気密ロックを閉める。

 ラミアを抱きすくめるようになった時、ラミアが見上げた。

 見つめ合う。

 さっきみたいに緊張しなかった。

 ラミアが呟いた。

 「なんで……こうなるの?」

 アルクは微笑んで、黙って首を振った。



     ☆



 大気が引きとどめられている、宇宙と星の引力圏の境目。

 リゾ支部から上がったロケットが、その中を孤独に突き進んでいく。固形燃料搭載パーツを切り離すたび、シンプルな姿になっていくそれは、最終形に至って何物にも似ない流線形の意志となって、ユティエスの墜落軌道に迫る。

 雷流圏直上450km地点。

 誰も聞くことのないブザーが鳴る。

 墜落軌道上に到着したことを示したのだ。

 ロケットは弾頭を切り離し、同時に電動モーターが一瞬だけ動き、弾頭を解放する。

 内包されていたフィルムは、拘束こうそくかれてバネ仕掛けで広がる。ナガサキの計算通り、正確に広大な空間の一点、ユティエスの墜落軌道上に、大きく柔らかな花弁をもった花が音もなく開いた。


 ――――そして、心ならずも尖った12枚の翅をもった天使を、優しく抱きかかえるように包んだ。





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