16.誰がために君は荒野を目指す
イソラは騒然としていた。不安を増す警報音が鳴り響く。サブモニターが一斉に真っ赤になった。
「どうした! 何が起こっている!」
カリフの切迫した叫びに、スタッフが鋭く返す。
「事故です! ユティエスが爆発した模様です!」
「原因は!?」
「不明! ユティエス、軌道外側に大破! 通常対角を間もなく超えます!」
「何だと!?」
「今、超えました! 減衰速から推測! およそ3時間で墜落します!」
「バカな!」
カリフは惑乱した。今までに積み上げた来たものが全て、私のせいで。
「待ってください!」
通信員が通常通信が入ったことに気づき、振り向いて声を上げた。特級の通信管制を敷いている今のイソラに、暗号なしの通常通信が入るとしたら、ユティエスからしかない。
「メインモニターに上げます!」
画面に正対したラミアが映った。
「えー、聞こえますでしょうか?」
管制室の全員が声もなく見入った中、シエラだけが力なく声を上げた。
「ラミア……っ!」
ラミアは声の主を探すように見渡し、シエラを見て愕然と言葉を失う。
ナヴァクが苛立ちながら問うた。
「……聞こえている。君は?」
「……ユティエスに残った唯一の乗組員です。ラミア・イージスと申します。ワグナム教授の遺志を継ぎ、『紅雷』の発動を止めます」
シエラの様子を見た衝撃も冷めやらぬまま、表情を引き締めて噛みしめるように言った。
カリフはナヴァクとラミアを往復するように見てわめいた。
「バカな! 発射プロセスに入った今、ユティエスは一切の外部制御を拒絶するはずだ!」
「はい、その通りです。ユティエスは、『紅雷』を撃つまで止まりません」
「ならば……」
カリフの顔色が変わった。
――教授、それほどまでに私を否定するのですか。
「制御は拒絶されます。ワグナム教授は、ユティエスに最終コードで起爆する爆弾をしかけました……『紅雷』が二度と落ちることがないように」
ナヴァクはモニターを見上げたまま、たたらを踏むように2、3歩踏みだした。
「……バカな真似を。ユティエスは軌道を外れ、大気圏に落ちる。君ごと燃え尽きるぞ」
「覚悟の上です……!」
ラミアは凛、と言い放った。
「このまま手を拱いていれば、いずれ国は亡ぶ。国民を救うのが私の使命だ」
「いえ。『紅雷』はいずれ、バスティア全土をアマトティハト化させ、国を亡ぼすでしょう。今考えられている手立てが追いつく時間さえ飲み込まれ、誰も『鎖蝕』に手を出せなくなります」
ラミアはあくまで明るく言った。まだ希望があるかのように。
言い募ろうとしたナヴァクは思いとどまり、奇妙に哀しそうな眼でラミアを見つめた。
「ラミア、と言ったかね……もはやその時間さえないのだ。君は考えたことはあるか……私たちが、『740計画』を本当に実行したいかのどうか」
ラミアは訝しそうに首を傾げた。
「電離物性変化ならば大丈夫、と私たちが盲信して頼っている……違う道を探す努力もせずに、全て『紅雷』が解決してくれると信じている、と」
ナヴァクは堰を切ったように言葉を継ぐ。
「食料の備蓄はもうない。農業国であるこの国が来年の収穫も期待できず、難民にも王都の住民にも公平に配給している有様だ。ライフラインも早晩保てなくなるだろう。かろうじて省庁と病院だけが動いているだけの、もはや国とも呼べない状態なのだ。
……最後の手段なのだよ。
なぜわからない。
今、暴動が起きている。悲惨が渦を巻いている。何人死ぬだろう。鎮圧する者たちにも死人が出る。同じ国民でありながら互いに信じることもなく……これほどの悲惨に値する罪など、誰が犯したのか……教えてくれ、なぜこれほどに……なぜ!」
ナヴァクが膝をついた。
いつも雄々しい、常に不動の首相が、顔を覆っていた。
3年前に「740計画」を受諾した時、彼は家族を捨てた。子供たちにも自分の姓ではなく、妻の姓に変えさせた。妻は痛ましそうに彼を見て、従容とその要請に従った。なぜとは聞かなかった。ナヴァクがもう帰らない決心をしているのがわかったからだ。
彼は独りで立ち向かってきた。変わらず先頭に立って、その重さを背負ってきた。ふたつの拳を握りしめて立ってきた男が、とうとう何かを支えきれなくなったのだった。
管制室は無言だった。
シエラさえも息を止めて見つめていた。
「わかってらっしゃるのですね」
ラミアの優しい言葉が響いた。
「お願いです……それでも、考えることを諦めないでください。私ではたどり着けなかった答えに、いつか必ず、たどり着く人がいるはずです。それまで、どんなに辛くとも、諦めないでください。最後の手段なんて存在しません。いつでも次にやるべきことがあるだけなんです。完璧な科学は、誰も不幸にしません」
アルクは、入り口の脇に立ってモニターを見つめていた。
幾つもの疑問が氷解した。
なぜラミアが国家科学省に存在しないのか。
なぜ政府が「紅雷」を撃つのか。
ノエルタが何者なのか。
でも、ひとつだけわからないことがあった。
――なぜラミアが生贄にならなければならないのか。
アルクは胸いっぱいに空気を吸い込んで、叫んだ。
「いい加減にしろ!」
全ての視線がアルクに向けられた。モニター上のラミアもアルクを見た。
「アルク……?」
「どいつもこいつも勝手しやがって……!」
アルクはラミアを睨みつけた。
「ラミア、勝手に死ぬなんて言ってんじゃねえぞ。死ぬんじゃ意味ねえんだよ! お前が見つけろよ! これからオレが助けに行くから、お前がその答えってのを見つけろよ!」
「む、無理だよ。来れるわけないよ」
「うるせえ! 黙って見つける努力してろ! ……いいか、必ず助けに行く」
アルクはシエラに歩み寄った。
「大丈夫か、シエラ」
シエラは肩口を押さえたまま、撃たれたショックとラミアが墜落するショックとでまだ青い顔をしていたが、アルクを認めて少し立ち直りかけていた。
ナヴァクがゆっくりと立ち上がった。
銃口をアルクに向ける。
その絶望の眼の色。
アルクは我知らず立ち止った。
「無駄だ小僧……これで、この国の歴史は終わった……」
「……終わらねえよ。アマトティハトに飲み込まれようがどうしようが、生きてる奴がいる限りはな」
「愚か者め……!」
ナヴァクの眼が一転して怒りの色に変わった。
「生きて未来を見るために、『紅雷』が必要だったのだ!」
ナヴァクが暴発したように銃を撃つ。
アルクは読んでいた。
掌にあった星錘を天井のキャットウォークに手首の返しだけで投げ、そのまま右に大きく身体を振った。
さっきまでアルクのいたところに着弾する。
反動で左に振られながら、アルクは器用にシュートロープを手繰り寄せて、何発かの銃弾を回避する。ノエルタがナヴァクの銃に飛びついたのが見えた。
もう一度大きく身体を振って執務席の柵に飛び降りる。
「シエラの分は返しとくぜ!」
アルクは、ノエルタを振り切ったナヴァクに、上から力いっぱい右足を蹴り下ろす。
衝撃。
ナヴァクがガードを固めた肩口で受け、そのまま右足を後方へ巻き込まれた。思わず声が上がる。アルクは柵から引きずりおろされ、その勢いでしたたかに額を打った。
ナヴァクが背中にのしかかる。腕をねじりあげられて、関節が悲鳴を上げた。ナヴァクが荒い息をつきながら耳元で叫ぶ。
「その程度の力で何を為せる! 思い上がるな!」
「アルクっ!」
ラミアがモニター上で悲鳴を上げた。
☆
クリードはジープを運転しながら、上機嫌で鼻歌交じりに歌っていた。ロブクラフはじりじりとしながら前を見つめている。
灼けた荒野は我を止めない
陽照る熱風は我を駆り立て
交わした誓いは今もここに
遠く離れた君を呼ぶ
祈るにはまだ早い
悲しみは埋め戻せ
立て、立て、進め
我らの未来はその先にある
「……クリードさん、それって」
「ん? なんだ?」
「応援歌の歌詞、違いますよね?」
クリードは煙草を吸いながら笑った。
「ああ、お前らは知らないだろうけど、3番まであるぞ」
「はあ……」
ロブクラフは誰得な豆知識を仕入れるつもりはなかったのだけれど、明るいクリードを見ているのはそれはそれで楽しかった。この人、こんな表情するんだ。
と、クリードの顔が引き締まった。
「見えた!」
道の先に夜中だというのに、煌々と明るいエグリーダが見えた。照明ではなく、赤い火の手が見える。
「戦闘!?」
ロブクラフは叫んだ。
「どうなってんの一体?」
「落ち着けよ、お嬢。おかしいぞこれは。反乱軍は捕まってんだ。誰が戦闘する?」
王都に近づくにつれ、道の左右に逃げ出してきた難民が目につき始めた。
取るものもとりあえず逃げ出してきたようで、服のあちこちが煤けている。
「暴動……?」
「そんなところだろう。あれだけ明るくなってんだから、全域でドンパチやってそうだ」
クリードは軽くあごをしゃくった。
「イソラに直接向かうぞ!」
クリードが大きくハンドルを切ると、ロブクラフはシートに押し付けられた。それから王都を透かして見るようにして爪を噛んだ。
「よりによってこんな時に……!」
☆
ラミアは眼前の光景に目を奪われていた。
「アルク!」
助けに行く、と言われて、それが望んでいたことだったと半ば予想通りに知って、ラミアはうろたえた。惑乱したままモニターにかじりつく。
「離してっ! やめてっ!」
ライカの声が遮った。
「ラミア、重力圏に捉えられるまであと187分です。大気圏突入の角度が足りません。当ステーションは燃え尽きるでしょう。対策を提示します」
モニターに3つほどの対応策が出た。
「ライカ、黙ってて!」
ラミアはモニターに叫んだ。
「ナヴァク首相、手を離してください。あなたはそんなことをしてはいけない。間違っています! 『紅雷』に賭けた自分自身を否定しないでください!」
☆
クリードとロブクラフはイソラの正門前までたどり着いた。王宮警備隊や機動隊のほとんどは暴動鎮圧にかかりきりで、ここまで一直線に走ってくることができた。
が、さすがに正門前には警備の一隊がいる。警告を無視すると一斉斉射を受けた。
クリードはハンドルを大きく切って避ける。
「参ったね。さすがにスルーで入れるわけないか」
皮肉に笑うクリード。
「お嬢、ハンドル頼むわ」
いきなりクリードはロブクラフに運転を任せた。慌ててロブクラフが運転席に乗り出してハンドルを取る。
「クリードさん!」
「ちょっと待ってろよ」
クリードは後部座席を物色していたが、無反動バズーカを取り出した。
「クリードさん!それ……」
「いやさ、一度こういうの撃ってみたかったんだ。なかなか機会がないからな」
悪戯っぽく笑うなり、クリードはバズーカを撃った。
曲線を描きながら飛んだ砲弾は、正門を見事に破壊した。
☆
ナヴァクはラミアの言葉を途切れ途切れに聞いていた。
犯罪者か。
もう、国が救えないのなら、それでいい。
ナヴァクは精神失調の様相を呈していた。自分の身さえ捨てて賭けてきたのに、全て徒労に終わったことが、ナヴァクを著しく弛緩させていた。
ナヴァクは無感動にアルクのこめかみに銃口を押し当てた。
八つ当たりだ。
自分でもわかっていた。
でも、この引き金を引いて、そうしたら自分のこめかみに銃口を当てて引き金を引く。
もう自分がやるべきことはそれだけだ。
反乱軍の少年が叫んでいる。
「もう『紅雷』は撃てないんだろうが!」
そうだ。もう撃てない。もう救う術もない。
「そうだ……そして亡ぶ。私もお前もな。犠牲を厭う惰弱さがこの国を亡ぼすのだよ……」
どこか遠くで誰かが言っているように、ナヴァクは聞いた。
☆
ジープはなおも王宮警備隊の斉射にさらされていた。
クリードがやむを得ずもう一発撃とうとした時、放たれた銃弾の一発がジープのエンジンを撃ち抜いた。がくんと減速し、ギアボックスが壊れる音がした。そのままジープはスピンして横倒しになる。
クリードとロブクラフは砂まみれになってジープから這いだした。
警備兵の隊長らしき男が銃を構えて近づいてくる。
「何なんだ貴様ら!」
ロブクラフの眼が、隊長の腰にある携帯通信端末に吸い寄せられた。
「それを……貸しなさい……」
「あ?」
「その端末を貸しなさい!」
「な、何?」
「いいから、早く」
「黙れ! おとなしくし」
ロブクラフの忍耐はそこまでだった。
「っ! ガタガタ五月蠅えんだよっ! 早くしねえとぶっ殺すぞド低能がああっ!」
☆
アルクは地面に押し付けられ、ナヴァクに銃口を押し付けられたまま、必死に頭を起こした。
「俺は、ラミアを助ける……!」
「無駄だと言っている」
アルクは頭をひねりナヴァクを睨んだ。
「無駄なんかじゃねえよ! 大事にしている奴らを助けられねえで、どの面下げて守るとか言えんだよ」
「平時であればそうだろう。だが、国家存亡の前には個人の在りようなど何の意味もない」
「……その未来を、あんたは胸張って生きていけんのかよ!」
ナヴァクは無感動にアルクを見つめた
「アンタ、そうやって言い訳してるだけじゃねえか! 百人を生かすためにはひとりを殺すのもしようがない。そうだな。そう言ってれば十字架を背負ってる顔ができるもんな」
ナヴァクは眼をむいた。
怒りが吹き上がる。
「……貴様、侮辱するか」
「俺は逃げねえぞ。正々堂々と、全員を救うために、最後まであがくぜ。そんで、勝つんだ。必ずな。そう思ってなくて、なんで勝てるかよ!」
ナヴァクは歯ぎしりした。引き金にかかった指にじりじりと力がこもっていき、ナヴァクの額に汗がにじんだ。
いきなり大声でイソラに通信が入った。
息を止めて立ち回りに見入っていた全員がメインモニターを見上げた。
「ユティエスは! どうなったの?」
ロブクラフだった。
ノエルタが一歩進んで応える。
「ロブクラフさん? なんで?」
「ああっ、ノエルタ。良かった。ユティエスは? 『紅雷』は?」
「……ユティエスは爆発して、『紅雷』は発動しませんでした」
「ばばば、爆発っ! ユティエスはどうなったの?」
「まだ飛んでいますが、いずれ落ちるでしょう。もはやラミアを救う術はありません」
「ちがーう! ユティエスに、私たちが望んできたものがあるのよっ!」
顔中を口にしたロブクラフが大声を上げて、ノエルタは後退った。
「いい、ユティエスのデータが、ユティエスの実験結果がこの国を救うわ! イブナー博士の、ワグナム教授の、レダやオルカの執念がたどり着いたの!」
管制室のスタッフに驚きが走る。スタッフの中にもロブクラフの顔を知っているものがいた。ロブクラフは分子生物学では若手の中で突出して優秀と評されていたから、分野を超えて知る者がいて当然だった。反乱軍に身を移した彼女が、中枢のイソラに危険を冒して通信をしてきている。しかも顔中砂まみれだ。
「いや、しかし……」
ノエルタが間抜けな声を挙げた。
ロブクラフは首を振ってカリフに目を移した。
「カリフ教授、お久しぶりです。エレーナ・フォン・マルヴィン・ロブクラフです。元・国家科学省分子生物学室所属の研究員です。憶えてらっしゃいますか?」
カリフは軽くうろたえたように応えた。
「ユティエス内の無重力実験で生成されたサンプル、NO.9926をご覧になりましたか。このサンプル自体の機能は高分子体との結合をスムーズにするのみです」
「ああ……見たよ」
ロブクラフは大きくうなずいた。
「私の合成したタンパク質は、ハクスロッド結晶体と選択的に脱水結合しますが、炭素の側鎖を顕わにすることはできませんでした。しかし、この9926は脱水結合したタンパク質を最優先で触媒とし、ハクスロッド結晶体の塩基をふたつ引きはがします」
「……いや、待ってくれ。それはつまり……」
「親和性は25.9%。私の培養した共生細菌を素地にして、9926の分子量を3,000以下で平準化すれば、親和性は99.9%です」
ロブクラフは震えながら、声を押し殺して叫んだ。
「すなわち、アマトティハトの分解が可能です!」
「そんなバカな……」
「カリフ教授、シミュレーションを送ります。今、今見てください」
「あ、ああ」
ロブクラフの画面が切り替わり、データのダウンロード画面が出た。じりじりとデータが入ってくる。カリフはふらふらと自分の執務席に戻り、待ちきれぬように右手を握りしめた。
データがダウンロードされた。カリフは震える指先でキーボードを打った。
NO.9926の組成式とオルカの実験結果。
ロブクラフの合成タンパクと共生細菌のスペック。
シミュレーションは劇的な効果をもたらしていた。
「ロブクラフ君、これは……」
「はい」
「ロブクラフ君、これは……これは……」
カリフは身内から巨大な何かがせり上がってくるのを感じた。
そうだ。私は知っている。
これは、希望だ。
「これさえあれば、この物質さえあれば、アマトティハトなど……」
後は言葉にならなかった。
カリフの身体は小刻みに震えていた。
また負けた。
けれど、これは。
心から、嬉しい敗北だった。
私たちはまだ、科学者として誰かの役に立てる。
ロブクラフは最後の言葉を一気に吐き出した。
「ユティエスを、ラミアを助けましょう!」
管制室のスタッフがざわめいた。
サブモニターに移ったラミアが、突然の応対を目を丸くして追っている。
ロブクラフが呼びかけた。
「ラミアに通信はつながるの?」
「いえ、はい、ここにいます」
「……え? ラミアにつながってるの今?」
「はい。先ほどから聞いてました」
「そう。聞いてたなら話は早いわ! ハクスロッド結晶体の係数についてのオルカの紀要は読んだことある?」
「はい。確か……より高圧をかけ、より結合性の高い触媒との距離を人為的に置くことによって」
「そう。比例して分子量は決定されかつ平準化する……ありがとう、ラミア。読んでいてくれて。オルカに変わって礼を言うわ」
ロブクラフはラミアの姿を見えないままに軽く頭を下げた。
「はい。やります。必ずこれを届け」
モニターにノイズが一気に走り、ラミアの姿は消えた。
オペレーターが悲鳴のような大声を上げる。
「ユティエス、通信回線途絶!」
息を止めていた緊張は儚い希望によってほどけたが、再び別の緊張に――前よりも深い絶望にとってかわった。
アルクは拘束されたまま、モニターを見上げていた。
「おい、ラミア……?」
「ラミアっ! アルク、ラミアがっ!」
シエラが呼びかけて、その衝撃でうめき声を挙げてうずくまった。
アルクはシエラとモニターをもう一度見て、
「……ふざけんな。冗談じゃねえ……なあ、あんたこれで文句はねえな?」
最後の言葉はナヴァクに向けられたものだ。
ノエルタが一歩進んで、ナヴァクの銃を優しく包むように取り上げた。
ナヴァクの戒めから力が抜ける。
アルクは腕を振って立ち上がり、顔を伏せたナヴァクを見つめた。
お互いに無言だった。
アルクは頭がまとまらないまま、シュートロープを手繰り寄せた。そして、いつも自分を救ってくれたシュートアーツに、まるで答えがあるかのように握りしめた。
応えはない。
だが、不思議と迷いはなかった。
誰も彼もが一生懸命に戦い、にもかかわらず、負けて朽ち果てるとしても、自分のすべきことに変わりはなかった。
アルクはナヴァクに一度だけ頭を下げて、ロブクラフに向き直った。
「ユティエスに行くにはどうすりゃいい!?」
ロブクラフはカリフに視線を振る。
「……確かに、発射場にシャトルがある。燃料も入っている」
カリフが言い淀んだ。
「しかし……不可能だ。今からシャトルを打ち上げるのは無理だ。3時間しかない。もし、万一間に合ったとしても、地上に戻ってくることなどできるわけがない……」
「わかった」
アルクは小気味いいほどカリフの懸念を無視した。
「とにかく打ち上げてくれ。後は何とかして見せるよ……シエラを頼む。ロブクラフさん、クリードさん、北東側に回ってくれ!」
アルクは歩き出した。夕方侵入した時に見えたから、場所の見当はつく。
ナヴァクが顔を伏せたまま、アルクの背中に声をかけた。
「小僧……死ぬぞ。不可能だと聞こえなかったか」
アルクは立ち止った。振り向かなくとも、彼がどんな顔をしているか、わかるような気がした。
「やってみるさ……大事なんだよ。俺には。ラミアもこの国にいる人も」
アルクは振り返った。
ナヴァクはうなだれたままだ。
「あんただって……あんただって、そうじゃねえのかよ?」
ナヴァクは苦痛に耐えているような顔を上げた。
アルクはその顔を見届けると、風のように走り出した。