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1.幾つもの別離の後に

 たいていは7月第1週の金曜が、王立教科練の卒業式だ。既に王都エグリーダでも物資は慢性的に困窮しているから、今年は卒業式どころではないかもしれない。

 教科練においては、荒神こうじんさいという最後は必ず殴り合いになる体育祭も、山ほどの段取りが必要な銃剣じゅうけん拝領はいりょうの儀も、50kgの背嚢はいのうを背負って9日間でカラ=トゥルム連峰を踏破とうはする野営行軍も、基本的にほとんど全ての行事の日にちが決まっていなくて、1週間前くらいに突然言い渡されるのだが、その短い時間で薄い紙を差し入れる隙間もないほどに準備しなければならない。

 「有事ゆうじの際に状況は待ってくれない。常日頃からの訓練と準備が必要である」と、かつて創立者が言ったと聞いたが……多分気まぐれ、悪ければ決めるのが面倒な怠け者だったせいに違いない。絶対そうだ。

 でも、軍属ぐんぞくというのはそんな話をありがたがって聞く傾向があって、というより与えられた困難を頭脳と体力を最大限に使ってねじ伏せることに至高の喜びを感じる人種だから、むしろ教官も生徒たちも互いに出し抜き合う、一種のコン・ゲーム的に行事をこなしていたものだった。


 2年前の今日、アルクはそこを卒業した。

 「認識番号C-1436、アルク・イージス! バスティア王国軍、西方第2管区、第4大隊、第7小隊隊員を命ずる!」

 懐かしく思い出す。

校長が生徒たちに任命している最中、教科練に必ずいるような鬼軍曹・ゼグラスというハゲ頭の教官が、脱いだ帽子に顔を埋めて泣いていた。壇上から降りて横を通り過ぎる瞬間に、「頭、いつもより反射してますよ」とささやくと、ゼグラスは涙に濡れたままあっけにとられた顔を上げて、怒りかけて笑い出した。

 教官長のカザトが脇で目を正面に向けたまま「バカ」としかめ面をしてみせた。

 とてもいい学校だったと思う。

 人生に数少ない、確実に幸福に満ちた時間と空間として、アルクはマロニエのそよぐ前庭を思い出すことがある。


 卒業した56人の生徒のうち、配属後すぐにエッシャーとキリムは暴徒鎮圧の最中命を落とした。前線に配属された28人のうち、任務に耐えられなくてやめた奴はもう20人を超えたと聞いた。

 そして今、アルクも王軍を離れ、反乱軍に属している。

 王軍が間違っているわけではない。いや、恐らく今のバスティアを囲む状況から考えたら、住民の要望を聞いていられる状況ではない、と思う。

 でも、「鎖蝕さしょく」に住処すみかを奪われた住民たちが暴動を起こすたび、バリケードのこちら側から一列縦隊になってハイブリッド銃で撃ち崩すのは、自分たちの仕事の中で最も想像がつかないものだった。硝煙しょうえんが晴れると重傷者が街路のそこここに横たわりうめいていた。火器を持たない彼らにどのみち希望などなかったのだ。

 初めて鎮圧に出動した時、自分が住民にしたことを見てアルクは呆然とした。吐き気がこみあげてきて、壁に手をついて胃の中のものを全部吐いても吐いても、空えずきが止まらなかった。

 先輩のひとりが見かねて背中をさすってくれて、

 「大丈夫、任務だからこんなこともしなくちゃいけないけど、大丈夫、すぐ慣れるよ」

と言った。

 慣れる?

 一体何に?

 一体何に慣れたら、平気で彼らを撃てるようになる?

 国を守るはずの人間が、そのいしずえたる人々を撃ち崩すのに慣れて、ではお前らは一体何を守ろうというのだ?

 ごめんだった。

 まっぴらごめんだった。

 ――冗談にもほどがあるって、お前らガキの時に習わなかったのかよ?



     ☆



 見渡す限り、目に痛い白さの「しょく」の中を、4ドアのピックアップトラックが疾走している。アマトティハトと呼ばれる「鎖蝕」(ハクスロッド結晶体とも呼ばれる)は、摩擦係数が高いために砂のように車輪を取られることはなく、車で走るのは舗装された道路を走るのに近い。

 気温は夏にふさわしく45℃を超えていた。

 開け放した窓から吹き込む熱風が、熱いというより痛い。

 アルクは中途半端に伸びた髪が眼の中に入って、苛立たしそうに頭を振った。もともとは黒に近い茶色の髪だったが、「鎖蝕」の中を走り回っているうちにすっかり陽に灼けて、今ではいろせた皮のような色になっている。同様に、涼やかだった目元も灼けたために色黒の顔に白眼だけが目立つ、まだ16なのに修羅場をくぐってきた漁師のような風貌ふうぼうだ。

 運転席のリオだけが元気で、助手席のシエラは写真に見入っている。見なくてもわかる。イージス孤児院の門前で撮った、シエラとラミアとアルクの3人が映っている唯一の写真だ。ラミアがいなくなってからこっち、彼女は退色した写真を決して手放さない。


 短かめに刈り込んだ頭を撫でていたリオが運転席から話しかけてくる。

 「こっちもずいぶんと『鎖蝕』が広がってんなあ?」

 暑さがいや増すような陽気な声で指差した方向を見ると、20年ほど前に累々と作られた防砂ぼうさ隔壁かくへきのわずかに残った部分が崩れかけているところだった。見る間に音も立てず崩落ほうらくし、さらさらと太陽光に反射しながら光る白い砂に還っていく。

 建てられた当時は堅牢けんろうなコンクリート造りだったはずだが、アマトティハトの砂は単なる砂ではないそうだ。反乱軍に所属する元・国家科学省のロブクラフさんが説明してくれた。

 アマトティハトはゆっくりだが確実に侵食していく。結合を許さず水分を吐き出させ、有機物・無機物を問わずアマトティハトに変えていくのだそうだ。やがてアマトティハトの貪欲どんよくな舌は王国全土をめ尽くし、そして周辺の国も覆うのだろう。

 「鎖蝕」とは良くも言ったものだ。

 誰も手を出せず、誰も生きていけない、不毛の地。

 アマトティハトの意味は、古ランディア語で「冷厳なる清浄の地」という意味だそうだ。

 皮肉めいていて好きになれない。「清浄の地」とはね。

 頭のいい奴はムダに頭がよいものだ。もっと他に役立つことにその優秀な頭を使えばいいのに。


 アルクは双眼鏡で遠くに今日の目的地、小さな集落を見つけた。

 リオに合図するとピックアップトラックは、防砂隔壁の残る一隅の陰に鮮やかなハーフスピンをして止まった。リオの運転は荒っぽいが、どういう感覚なのか、転倒することがない。たいていの乗り物はものの1時間もあれば乗りこなしてみせる。

 分隊長のシエラがハイブリッド・アサルトライフルを拡散電撃型に入れる音が響いた。反乱軍は王軍を殺さない。アマトティハトに埋もれた集落の人間を王軍が「避難」させようとしているのは事実だ。反乱軍は、「避難」という名目で収容所に住民を押し込めるのではなく、わずかでもいいから自由意志を許容してほしいだけだった。ついでに反乱軍を保つために必要な物資をいただくことも任務のひとつだが。

 「まあ、山賊には違いないよな」

 アルクの独り言にシエラもリオも反応しなかった。

 王国内部にも反乱軍に賛同する人間はいる。彼らを通して王軍の情勢が入ってくるので、こうして「避難」のタイミングを知ることができる。してみると、王軍の規律は変わらず厳しいのだろうが、ほころびも徐々に出つつあるのだろう。

 「避難が始まった」

 アルクが声をかけると、シエラが写真をしまう気配がして、軽く頭を振ると肩口までの髪をポニーテールに結び直した。

 「そうね。追っ払って、ついでに物資をいただこう。リオ、最短距離で前進」

 「最短距離!」

 「つべこべ言わない!さっさと行く!」

 「あいよ!」

 聞き分けよくリオはアクセルを踏み込んだ。後輪が空転したかと思うと、一瞬スライドしてピックアップトラックは防砂隔壁を飛び出していく。


 集落では、王軍がほろをかぶせたトラックに住民を載せ始めたところだった。歩哨ほしょう以外は銃を置いて住民を誘導している。すでにどうにもならないことを知っているせいか、住民たちは従順だ。というより無気力に陥っているものの方が多い。

 アルクは星錘技せいすいぎ<シュートアーツ>の手技のひとつ、「落鵬らくほう」を使った。離れた敵方に打ち込むには最も適している技で、狙撃技としては最も効果が高い。人の髪より張力に優れている天爾てんじぐさとワイヤーをり合せたシュートロープ、その先の星錘は、指先のわずかな動きで使い手の意志を伝える。

 アルクは殺さぬように、こちらに背を向けている兵士の肩口を慎重に狙った。

 アルクの星錘が撃ち込まれた瞬間、リオは中隊の左翼に勢いよく突っ込んで、またもハーフスピンをして止まった。間髪入れずシエラが右翼側を一斉斉射する。拡散型の電撃が一撃で三人を打ち倒した。アルクは撃ち込んだ反動を支点にして逆側に転がり、延長していたシュートロープを切り離して星錘を巻き取ると、同時に二撃目を放つ。もうひとり。打ち倒した瞬間に治具じぐはアルクの手の中にある。そのまま鶏小屋を遮蔽しゃへいぶつにして通り過ぎざまにもう一撃。

 そこで初めて王国軍の歩哨が、

 「反乱軍だ!」

と叫ぶ声が聞こえる。

 が、ライフルの応射する音は散発的にしか聞こえない。ファーストコンタクトで半分以上が打ち倒されているのでは無理もない。すでにアルクは中隊の裏側まで走り抜けていて、腰を入れないで闇雲やみくもに撃っている新兵らしき三人ほどを打ち倒し、最後のひとりを後ろから低く接近して当身あてみを喰らわせた。文字通り目を回して崩れ落ちる新兵。

 倒れる彼が頭を打たないように支えながら、アルクはため息をついた。

 「やれやれ。新兵ばかりって、王軍もキツそうだね?」


 見上げると抵抗はなかった。

歴戦の反乱軍分隊長と、中距離・接近戦で最も威力を発揮するシュートアーツの使い手には、急造の王軍では対応できるはずもない。

 「そんじゃあ、山賊フェイズに移行するか」

 アルクは肩をすくめると、王軍の兵士の手から銃をもぎ取った。

 弾薬もまた大事な戦利品だ。戦い抜くには結局物資がものを言う。シエラも痺れて痙攣している兵たちの手元から銃を拾い集めている。

 「拡散電撃は広範囲で無力化できるけど、バッテリーを食いすぎる。アルク、ソーラーパネル型の充電ユニットあったら確保して」

 「はいよ」

 「弾薬はあたしが集めるから、アルクはリオと食糧運んで」

 シエラは指示を出しながらてきぱきと弾薬を集め始める。山賊。

 「天職なのかもな……」

 アルクが独りごちるとシエラに聞こえたようで、

 「……ちょっとシビれてみる? 遠慮はいらないけど」

 「ノ、サー!」

 アルクは銃を構え直そうとするシエラに肩をすくめて笑いながら、王軍のトラックに向かう。

 「アルクー、こっちだー」

 リオが早速王軍のトラックの運転席に入りこんでいる。リオはことのほか機械好きだ。ピックアップトラックを改造するための備品が装備されてないか荷台にないか、常々注意を怠りない。気になる部品があるとすぐに食糧そっちのけになる。今も荷物運びをアルクに押し付けて、荷台のメンテナンスボックスに手を付け始めてる。ホント、マシンバカだ。声が上ずってる。

 「あんな、改造部品は後な」

 「えー、これが楽しみでハードな任務についてるんだよオレは?」

 「荷物運んでから!」

 「いやでもさ、王軍の新型トラックなんだよこれ。今のオレのトラックが落差30m以上を登り切れるウインチがあるハズなんだよ。な? ちょっとこれな……」

 アルクは黙って星錘せいすいを軽く振った。

 リオが息を吸って止まる。

 「リオくん、な?……荷物?」

 「……反乱軍ってホント人としてどうかなあ?」

 しかめ面で言いながら、リオは荷物をピックアップトラックに移動し始める。


 シエラは昏倒した中隊を、電磁錠で拘束したまま、住民の手助けを受けながらひと所にまとめた。中隊長は30代前半の男だった。理知的で、こんな状況になっても冷静だった。

 「……不意を突かれたとはいえ、弁明のしようがないな。これほど簡単に倒されるとは」

 「ずいぶん余裕ですね。私たちが殺さないと思ったら間違いですよ。必要なら誰も返さないことが、少数派の生き残るよすがです」

 「結構。どうつくろっても、この国はもう内乱のさなかだ。敗者に弁明は許されないよ。この道を選んだ時からそう思っている」

 「……それはまた結構な覚悟ですね」

 「だが、お前らはどうするつもりだ。住民を救ったつもりか? 彼らは水もでない集落にこれ以上住むことはできない。それを誰が世話してくれる? お前らが全員を養うことはできないだろうに」

 「……私たちは、わずかの自由意志を認めてほしいだけです。アマトティハトが進む西側の住民というだけで、保護という名目で収容所に送られるのみ、というのはかたよりが過ぎるのではないですか?」

 「それはその通りだ。だが、お前だったらどうする? 東側も住民全てを養うことはできない。しばしの窮乏として耐えてもらうことは不可能なのか? すでに東側の住民が豪奢ごうしゃな生活など夢に見ることもない、とお前たちは知らないのか?」

 「……」

 シエラは首を振った。

 中隊長の言葉は直截ちょくさいだった。彼は互いの窮乏を腹の底から認識していた。珍しい軍属だった。

 「認識の違いです」

 シエラは目をそらして力のない笑いをもらした。互いに今のこの状況の理由がわかっていて、なお傷つけ合わなければならない理由など、どこにも見当たらなかった。

 「どのような形にせよ、敗北はそれ自体が理由だ。そのとがは甘んじてうけよう。だが、自分は決してそうさせないつもりだが……おまえらに救われた集落が、反乱軍の味方だとされて罰を受けることがある、と知らないとは言わさぬぞ」

 シエラは聞くつもりはなかった。

 ずいぶん前に道は別れ、互いに言葉が届かないほど離れてしまっているのだ。

 「アルク、シーバーに緊急避難信号を入れて、こいつらを集落外においてきて」

 それきり、中隊長は目を伏せて何も言おうとはしなかった。

 助かる。

 正論では誰も救えないが、感情を込めた正論は自分の心を折りそうになるから。


 ふと、集落の痩せた少女がふたり、シエラをじっと見上げていた。姉妹のようだった。

 シエラは何も言わずトラックに歩み寄り、保存食料の荷をひとつかついで、少女たちの前に降ろした。

 「持っていきなさい。何かの役に立つ」

 ふたりはうなづきもせず、ただじっとシエラを見上げる。

 トラックの近くに座り込んだ男のひとりが、ぽつんとつぶやいた。

 「土地がこんなんなっちまって……信じられるか? このあたりは5年前には一面の麦畑だったんだぜ? こんなバカな話があるか……」

 シエラは声のしたほうを透かして見るように言った。

 「ここから10kmほど北東に、まだアマトティハトに侵されていない集落があります。そこはまだ第1級強制避難区域とされていません。我々からの渡りもつけてありますので、窮屈ではありますがまだ生活を営むことが可能です」

 違う方向から力ない声が聞こえる。

 「ここを出て、違う場所で生きることにどれだけの意味があるのか……疲れたよオレは」

 シエラはあえてそちらを見ず、歯を食いしばった。

 「いいえ。まだです。生きてる限り生きてる意味はある。諦めてはいけません」

 見上げたままの少女たちが、意味を知ってか知らずか、にっこりと笑った。

 シエラは訳もなく恥ずかしくなって青い空を振り仰いだ。



     ☆



 アルクはボンネットに寄りかかりながら、シエラと姉妹を見ていて思い出す。

 教科練卒業の2週間ほど前、ラミアが唐突に訪ねてきた。

 イージス孤児院を出て1年半、手紙を書くのも恥ずかしくて送金だけしていたのだったが、弟や妹たち、それにラミアから頻繁ひんぱんに手紙が送られてきていた。イージス孤児院は変わらず何とかやっているようだった。

 ラミアはその3ヶ月ほど前に国家科学省の試験に合格して、勤務することになったとのことだった。まさか孤児院から直接科学省勤務が可能とは思わなかったが、シルバ院長のコネクションは変に多岐たきにわたっていることも知っていて――そもそも自分が王立教科練に入学できたこともちょっとした驚きだったのだし――ラミアの頭の良さから単に感嘆しただけだった。思えばその迂闊うかつさが恨めしい。あの時もう少し聞いておけば、と何度思ったことだろう。

 久しぶりに会うラミアは、なんというか、可愛くなっていた。

 カザト教官長から直々にシュートアーツの特訓を受けた後、ヘトヘトになって面会室に行くとラミアが悪戯っぽく笑っていた。

 「アルク、ご飯食べに行こ」

 「……はい? ちょっと待てお前なんでここに」

 「いいからいいから。時間あるんでしょっ」

 否応いやおうなく引っ張り出されるアルクは、最初はあっけにとられて、次いで思い思いに冷やかす級友の前を、生まれてこの方最も赤面して通ったものだ。


 「なによお~」

 ラミアはふくれっ面をしてみせる。

 アルクは、教科練から少し離れたオープンカフェまでラミアを連れてきていた。なるべく知り合いにわないように。

 「だって男の園だぜ? 汗の匂いしかしないんだぜ? いや、普通に言ったら“臭い”んだよ。もうわけわかんないくらい。そんなところに女の子がしれっと来たら、野郎ども逆上するだろ。帰ったら相当な質問攻めが待ってんだよ。ていうか、どつきまわされる。来るなら来るって言ってくれ。外で待ち合わすからさ」

 「見たかったんだもの。アルクが訓練してるの」

 上目づかいにストローをついばむラミア。

 彼女の癖だ。

 シエラにたしなめられてもこれだけはずっと直らない。

 「いやさ、そんなの見せるよ別に。見せますよ普通に」

 「そういうんじゃないんだなー。真剣にやってる姿を見たいんですぅ」

 ラミアはからかうように小首をかしげた。

 「いやちょっと……」

 「でもね、制服、似合ってるじゃない!」

 アルクはそっぽを向いて、あまり着ない制服を引っ張り出してきたことを見透かされないように平静を装った。

 「……そうか? そうでもないだろ。珍しくないし」

 ラミアはうっすらと微笑み、通りのやかましい三人の子供たちを見やった。男の子と姉妹らしき女の子ふたり。気の強そうな女の子が男の子の手を引き、優しそうな女の子が後からついていく。

 ラミアは子供たちから視線をアルクに戻して、鼻の頭にしわを寄せて笑った。

 「シエラはね、アルクが思ってるよりずっと弱いの」

 「は?」

 「アルクもわかってるでしょ」

 「? 何?」

 ラミアは心から面白そうに笑って、

 「ダメだなぁ、男の子って……シエラのことお願いね」

 と言って立ち上がった。


 それきりアルクはラミアに会っていない。

 教科練卒業の翌日、わずかの休暇に国家科学省を訪ねたが、係員は「ラミア・イージスという人間は在籍していない」と言った。「ラミアという人間は所属してもいないし、所属したこともない」と言った。

 あの時ラミアは交差点で両手を大きく振った。アルクは笑ったまま軽く片手を挙げただけだ。それが別れの挨拶だったと気づいた時には、もう会えることもなくなっていた。


 シエラの言う通り、「生きてる限り生きてる意味はある」

 その通りだ。生きてなけりゃ何も始まらない。

 もちろん、それがどれだけ不可能なことか、自分はよく知っている。なんの力もない少女の行く末に幸運など期待できるわけがない。たった1年半で、一体いくつそんな結末を見てきたことだろう。

 それでも、どんなに辛くても汚れたとしても、ラミアに生きていて欲しい。彼女こそが自分が今こうしていられる理由だからだ。何もかも亡くし、薄汚れて誰彼かまわず噛みついていた自分を、何の見返りもなくほどいてくれたのはラミアだったから。

 アルクは、いつでもそう思っている。強く。




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