一年前の幕間
ラミアへ
これを読んでいるのであれば、もう私はユティエスにいないことだろう。心残りは多くあるが、ラミアに後事を託して去ることを私は最も心残りに思っている。
――そんなことを言うとまた怒られそうだ。ラミアは私に連れてこられたのではなく、自分の意志でユティエスに来たんだからな。
すまない。
まあ、最後だから許してくれ。
私は、師匠の電離物性変化理論の助手として、RS計画の一員として、普通の幸福をもってはいけないと考えていた。私たちが多くのものを失わせた人々を考えれば、家族を持つことなど到底望み得ぬことだったのだ。
研究にうちこむことが彼らに贖う唯一の方法だったし、研究をしていれば良心にも苛まれることもなかったしな。
結果、百年にひとりの天才などとおだてられもしたが……その実、凝り固まったただのじじいなのだ。
ひとり相撲も甚だしい。
まったく。
家族を持たなかった私だったが、多くの教え子たちを送り出せた。
彼らがみんな私の家族だ。
誰も彼もずっと抱き締めていたいくらい愛している。
互いにこんなにも愚かで、迷い、間違いを犯す人という生き物でありながら、科学は人を幸せにしてくれるよすがだと信じ、夢を見られる。
完璧な科学は人を不幸にすることはない。
イブナー博士がよく言っていた言葉だよ。
我々は届かなかったけれども、そうであることを私も確信している。
完璧な科学は人を不幸にすることがない。
実にいい言葉だ。
ラミア、愛しているよ。
最後の教え子の君は、実に優秀な生徒だった。
レダやスチュワートとコンビを組んだら、と想像する。
私の最愛の子供たち。
私などより、ずっと多くのことを成し遂げられ、ずっと美しい定理を発見し、もっともっと完璧な科学に近づけたろう。
――ユティエスには、できるだけのことをした。
金属工学は私のもうひとつの専門だからね。
難しいことではあるが、とても難しいことだと思うが、あるいはちょっとした奇跡さえあれば、ラミアが戻れる可能性はわずかながら上がるだろうと思う。
――――もしも、もしも帰れる時は、許されるならば、私の魂だけでもバスティアに持ち帰ってくれたら、これほど嬉しいことはない。
奇跡と共にあらんことを
ワグナム
☆
ラミアは、ワグナムの手紙を肌身離さず持っている。
アルクとシエラと3人で写っている写真と共に。
片方は、大事な人から愛していると言われる喜び。
もう片方は、大事な人と手をつないだ記憶の証明だから。
それ以外に必要なものは、今のラミアには、ない。