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14.消失する道、消失していた道

 ライカが強制的に作業を中断した。

 「ライカ、止めないで」

 ラミアが鋭く言った言葉に、ライカがのんびり応えた。

 「5分休憩です」

 「何言ってるの!? あなた何言ってるのかわかってるの?」

 「いえいえ。この10分でラミアのタッチ修正は倍増してます。人間が集中力を保てるのは90分が最大ですから」

 「だって……!」

 「状況は把握してます。あなたが休んでいる間にもシミュレーションは続けます。あなたの思考パターンからすると、次と次の次はこうなりますね」

 手前左側のサブモニターに関連性実験の例示が出た。ラミアがやろうとしていた分子浸透力の拮抗きっこうについての実験だ。ご丁寧にモデル数値を入れてある。

 「ああ、ライカ……」

 「私ができるのは基準になるモデル数値だけです。どんな発想をするかはオペレーターにゆだねられてますから。しかしラミア、あなたは脳内コチルコトロピンが明らかに減っています。このまま作業を続けても、むしろ重大な結果を見過ごすほどに集中力が落ちています。わかりましたか?」

 「……はい」

 ラミアは背もたれに身体をもたせかけた。わずかの間にずいぶん消耗した気がする。眼を閉じると少し眩暈めまいがして、ライカの言う通り、効率は落ちる一方だったろう。

 メインモニター上には、イブナー博士の実験結果が映っていた。

 「イブナー博士の実験結果……」

 「はい。記録によると、イブナー博士は『紅雷』を発現させた後、半年ほどでアマトティハトの発生を予見していたようです」

 「そうだね……おじいから聞いたよ」


 モニターは移り変わって、王立ジスティナ研究所爆破テロの記録になった。容疑者エイリアル=イブナー死亡。

 1,000人以上も働いていたのに、その他の死傷者はゼロ。

 「心ある科学者として、動かざるを得なかったのでしょう。RS計画が繰り返されないように、制御システムのアルゴリズムごと削除された形跡が見えます」

 ライカが沈痛に言った。

 モニターは次々に移り変わる。ライカはイブナー博士の残したデータからラミアの実験結果に至るまで、電離でんり物性ぶっせい変化へんかの生成物について検索をかけ続けているのだ。


 レダ・オルカチームが映し出された。

 「レダもオルカも……優秀な研究員でした。流星群と太陽風の暴風が重なったために、ユティエスに予想を超えた数の隕石がぶつかることが判明した日、彼らは素っ気ないほどにこのステーションの救助を決断しました。彼らは私の退避の要請をきかないまま、全員が宇宙に投げ出されました。ユティエスが存続しているのはそうした経緯です。

 6時間後に乗組員の全ての信号が途絶え、10時間後にレダを回収できたのは僥倖ぎょうこうでした。バスティア中央病院に入院している、酸素欠乏で脳障害を起こしたレダが、もうかつてのレダではないとしても」


 ラミアは眼を閉じたまま聞いている。

 「……みな、忘れえぬ人々です。彼らはバスティア王国を想い、その身を捧げました。豊かな王国を、一面の麦畑を、緑なす稜線りょうせんを誰もが夢見ました。電離物性変化も『紅雷こうらい』も、人々の想いを実現するために編み出されたのです。それは神の御手みてを離れた、人による、人のためにされた、価値のある挑戦だったとわかります」

 「……うん、そうだね」

 ラミアは再び検索を実行し始めたモニターを見ながら言う。もう一度、イブナー博士から始まり、ラミアの実験結果に至る。

 「先ほど申し上げた人災という言葉を訂正します。ワグナム教授の言葉が記録に残っています」

 ライカはワグナム教授の音声を合成して言った。

 「意志ある行動が失敗に終わったとしても、覚悟があるならばそれは失敗ではない。人は功績で語られるものではない。意志と覚悟で語られるものだ」

 ラミアは微笑んだ。

 「似てないね、ライカ」

 「いえ、声紋の構成はこれであってるはずなんですが」

 「……電離物性変化は多くの恵みをもたらし、『紅雷』はその最たるものだった。そうだね。でも間違いがわかった時、イブナー博士もおじいも可能な限り責任を取ったんだ。私たちがやらなくちゃいけないことは、もう一度『紅雷』に頼ることじゃない。当時の『紅雷』のような発明を、自分たちで成し遂げることだよね」

 ラミアは独り言のように呟き、モニターの年代別の膨大なサンプルを眺めながら、かくっと頭を下げた。

 「ごめんなさい。ここまでやったけど、ちょっと遅いかもしれないですね」

 申し訳なさそうに笑うラミアに、ライカがワグナム教授の声音で言う。

 「未来を作るのが科学者の仕事だよ。まさに命を賭けるに値するんじゃないかね……ワグナム教授はよくそう言ってました」

 ラミアは片手で回路図を呼び出した。回路図の中の異物のようなブラックボックス。

 「おじいはずっと腹をくくってたね」

 ラミアは懐かしむように見入った。

 「……さて、再開しよっか」

 新しいPFSを馴染なじませるように両手を握り合わせると、ラミアは作業に戻る。

 「承知しました」

 少し迷うような素振りをして、ラミアは小首をかしげて言った。

 「……あとね、ライカ、やっぱり似てないって」



     ☆



 地下牢の反乱軍は全員が解放された。監視はさるぐつわを噛ませて縛り上げてある。まだ時間を稼げるはずだ。

 ルーロンが低い声で矢継ぎ早に指示する。

 「武器を奪うぞ! 切り込み隊2分隊! リオ! 足を確保しろ! 武器と足を確保したら市街地を突っ切ってリゾ支部に急行! 合流は西側3km先の丘を越えた防砂隔壁、合流できなかった場合はカンナ湖の対面側に集結!」

 反乱軍のひとりが声をかける。

 「司令は?」

 ルーロンはニヤッと笑って、傍らのアルクに言う。

 「俺はイソラに向かう。こいつらだけじゃ心もとないからな」

 二正面作戦のためにもう何人か選ぶと、ルーロンは司令の眼に戻って鋭く言った。

 「急げ! もう猶予はないぞ!」


 命令を全部聞く前に飛び出したリオは、素早く地上へ、建物の外へ出た。

 収容所の表側には軍用車だけしかなくて、リオは舌打ちした。直結に時間がかかり過ぎる。

 幸い、裏手側には作業用の車でもあろうか、四輪駆動の車が幾つも並んでいた。得意のピックアップトラックも何台か見える。

 とりあえずひとつを直結する。

 エンジン音に歩哨が気付いて、いぶかしんで近づいてきた。リオは体勢を低くして逆側のドアからするりと逃げる。隣の車。そしてその隣。ほとんどドアの音をさせないまま、10台余りある車を片っ端から直結する。

 駐車中の車のエンジンが次々にかかっていく状況に戸惑っている歩哨を、遅れて上がってきた反乱軍のひとりが羽交い絞めにして落としたまではよかったが、通りがかった別の歩哨に見つかった。

 「貴様ら? 反乱軍か!」

 血の気の多いヤツらしく、いきなり撃ち始めた。


 リオは最後の1台、自分の車と同じ型の――軍用に改造してあるが――ピックアップトラックを苦労して直結すると、そろりそろりとバックして、いきなり加速した。

 例のハーフスピンでギリギリに止まって、銃を撃っている歩哨の尻を軽く押し出す。用意のなかった歩哨が地面に顔から突っ込むと、反乱軍の面々が寄ってたかってのしかかった。

 伸びてる歩哨から誰かが銃を奪ったのを確認すると、リオは叫んだ。

 「みんな、乗ってくれ!」

 反乱軍の皆が各々の車、荷台に乗り込む。追うようにして、最後に駆けつけた何人かが全ての車に銃を放っていく。


 リゾ支部には1大隊しかいない。全力で戦って持ちこたえても消耗戦、穴が一箇所でも空いたらリゾ支部は終わりだ。

 リオは祈るような思いで、それでも明るく期待していることを示すように、声のトーンを上げた。

 「頼む! リゾを頼むぞ! 待ってろよ!」



     ☆



 収容所からルーロンの指定した合流地点に向かうには、市街地を通り抜けなければならない。

 追撃に移った王軍をゆさぶるために、反乱軍は三方に分かれている。

 王軍から銃声、武器を奪った反乱軍も、負けずに叫びながら撃ち返す。時々小さな爆発音と衝突音。

 王都を東から西に横断しながら、あちこちで時ならぬ戦場の音が響き渡った。

 物音もない深夜、住民たちが雨戸をシャッターを閉めて不安におののいている戒厳令下、カーチェイスの爆音と耳障りなスキッド音、スタッカートのきいた銃声が次々に通り過ぎていく。


 ふと、スタジアムに収容されている難民の中で、男たちがその音を聞きつけた。

 戒厳令なのに、誰かが戦っている。

 誰が戦っているのだろう……?

 遺跡発掘後の広大な遊休地ゆうきゅうちに設置された難民キャンプで、男たちが顔を上げた。

 ……何だろう。

 王軍と反乱軍だろうか……?

 学校の校庭にひしめき合っているテントの中で、男たちが身体を起こした。

 誰かが戦っている。

 何のために戦っているのだろう……?


 ………。

 ……いや、俺たちのため以外に戦う必要があるか?

 不安と疑問は、積み上げられてきた不満のために、たやすく期待に変わり、すぐに確信に変わった。

 あれは、俺たちのために反乱軍が戦ってくれているのだ。

 ヤツらを見殺しにしていいのか? ……いいわけがない。

 もう何も持ってないけれど、もう何もできないけれど、俺たちのために身をていしているヤツらを助けなければ、卑怯者になるのではないか? ……卑怯者になるくらいなら死んだ方がマシだ。

 男たちは、縮こまっていた矜持きょうじがもう一度凛々しく立ち上がるのを感じる。

 ――それから後は、熟した果実が落ちるように簡単だった。

 銃声で雪塊せっかいがひとつ落ち、それは弱層じゃくそうの雪全てを巻き込んだ巨大な雪崩になった。

 もともと、シャベルを、角材を、工具を、武器として持った瞬間に流れは確定していたのだ。



 王都の収容所と難民キャンプのほとんど全てで、門扉もんぴが破壊された。

 決壊するようにキャンプから敵意があふれ出た。

 誰に対する敵意かもわからないまま。


 ほどなくして、王都全域で暴動が始まった。




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