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11.望まぬ戦いが始まる

 「助けなきゃ!」

 モニターの中、ルーロンやノエルタを見送ったロブクラフが弾かれたように立ち上がった。クリードが面倒臭そうにいなす。

 「よせ。お前さんが行ったところで役に立つことは何にもねえよ。捕虜ほりょをひとり増やすだけだ」

 「でも、でも、だって!」

 「最悪、ルーロンが捕まっちまった今、ここが最後のとりでになる。わかるだろう? 俺たちができるのはミサイル整備と基地防衛しかない。すぐにでも王軍が来る」

 リゾ支部のシステムルームには、クリードとロブクラフ、ナガサキしかいなかった。

 ロブクラフはうろがきて、ナガサキは無心に軌道計算に向き合い、事態の急変きゅうへんを把握しているのはクリードだけ。

 クリードはいつもは工学知識しか駆使していない頭を振りながら、対応策を数え上げた。リゾ基地には1大隊しか詰めておらず、しかも戦闘経験は少ない奴らばかりだ。王軍の精鋭を迎え撃つには不安過ぎる。

 ふん。

 クリードは鼻でわらった。

 仕方がない。

 愚直に対応するしかないか。砲兵隊も機甲部隊もいない以上、真っ直ぐ玉砕するしかない道理だ。


 クリードは大隊長を呼んだ。

 「すぐに王軍が来る。ワナを仕掛ける時間もない。籠城ろうじょう戦だ」

 「いえ、でも、ここは」

 「でももしかもねえんだよ! 王軍が来るんだよ! ミサイル整備できるまであとどのくらいだ?」

 「1時間強」

 ナガサキが短く応える。

 「わかったか? あと1時間強、何が何でも持ちこたえろ」

 「いえ、でも」

 「だから、でももしかもねえっつてんだろ! 死守。わかったか? 死守!」

 大隊長がおびえてるのが傍目はためにもわかった。砂漠監視隊がいきなり精鋭と対峙たいじするはめになったのだから無理もない。

 「お前らが死守してくれたら、バスティアを救った英雄になるかもしれんぜ?」

 クリードが口をゆがめて哂った。

 「いえ……」

 「しかたがねえ。当初の作戦通り、整備が完了次第ユティエスを撃墜する。俺たちに選択肢はない」

 大隊長はすがるようにクリードを見つめた。

 「おいおい、そんな子犬のような眼ェしても、俺が助けてやれるわけじゃねえよ」

 クリードは今度は素直に破顔した。

 「……これが反乱軍だ。しかたがねえ……お前らだけでやれなんて言ってねえよ。工兵で手が空いた奴から順に使え。うちのヤツらはバカ揃いだから、大喜びで助けにいくぜ?」

 「クリードさん……」

 大隊長は息を飲んだ。

 工兵が銃撃戦で役に立つわけがない。工兵は軍人ではないのだ。銃を扱うことはできても、狙いが定まるわけではない。

 クリードは、そんなでも盾には使えるだろう、と言っているのだ。クリードがあれほどに可愛がってきた工兵たちを。

 軽い口調とは裏腹に、クリードの表情に隠し切れない焦燥と悲しみがにじみ出ていた。

 「クリードさん……」

 「おう、しのごの言ってんじゃねえぞ。とっとと迎撃の用意をしろ」

 大隊長もまだ若い20代後半だった。子供もふたり、まだ小さい。生きていれば様々にやりたいこともできることもある。

 それでも、やるべきことをやらなければ子供にだって顔を向けられない。

 大隊長はクリードに敬礼した。

 「わかりました! リゾ守備大隊、迎撃戦に突入します」

 「お? いきなりものわかりがよくなったな? 言っとくが簡単に死ぬんじゃねえぞ? 最後の最後まで粘って死ねよ? その粘りのわずかの差で発射できるかどうかが決まる。わかったか?」

 「はい!」

 「だから、それがダメなんだよ! いいか、銃を撃つだけが防衛じゃねえ。怪我したらわめきつづけて軽蔑されるまで頭下げて泣き叫んで手を取らせろ! 大事なのは時間だろ? 死ぬばっかりが大事とか考えてんじゃねえぞ!」

 大隊長はこんな時だというのに吹き出しかけた。

 「はい! 承知しました!」

 「復唱!」

 「リゾ守備大隊は全力をもって時間を稼ぎます! 全精力を以て迎撃を行います! しかる後に、わずかの怪我でものた打ち回り、助けてくれ!と土下座で泣き叫び、足にしがみつき、王軍をわずらわせます!」

 「ようし! 行ってこい! クソったれが……死ぬんじゃねえぞ?」

 クリードは小さく呟くように言って哂った。


 ロブクラフは黙って聞いていた。

 クリードという男は皮肉が多い中年だが、もとい、皮肉が多すぎる中年だが、工兵のみならず反乱軍全体に人気があるのがよくわかった気がした。

 彼はその口ぶりに反して、向日葵ひまわりなのだ。ノエルタやルーロンにはない明るさを持っている、諦めない快活な運命論者。

 ロブクラフは、自分に当たりがきついクリードにそれほどいい印象はなかったが、それでも憎めない理由を見つけたような気がした。

 クリードは少し照れたような素振りでナガサキに声をかけ、迎撃準備のために連れだってシステムルームを出て行った。


 ロブクラフにできることはもうひとつもない。

 あとは、暴力と時間が全てを決める。

 彼女は脱力して椅子のヘッドレストに頭をもたせかけた。皆が文字通り命をけて動き始めた世界では、彼女の分子生物学は意味を持たない。

 ロブクラフは口をとがらせた。

 ふと見るとユティエスの実験データがサブモニター上にあった。ナガサキが軌道計算を呼び出した時に、ラミアの直近の実験結果が一緒に呼び出されたままになっている。

 王軍が攻めてくるまでもう少し時間がある。

 科学者のありようとして、ラミアが誰かに認識してほしいであろう実験結果を、ロブクラフは閲覧えつらんするつもりで呼び出した。

 サンプルNO.9902から見るともなく見て、最後のNO.9926でロブクラフは背もたれから起き上がった。

 あれ?

 その化合式。

 ロブクラフは少しの間動きを止めて沈思ちんしした。

 これって……。

 これって分子量を変えれば……?

 あれ?

 これって?



     ☆



 ナヴァクは執務室で休憩していた。

 パイプを手にしてみたが、火をつける気にならなくて手元で遊んでいる。イソラから1級通信が鳴った。カリフだ。

 「首相、第2次コード全て終了です。『740計画』はあと2時間弱でファイナル・シークエンスに入ります」

 「よくやってくれた。明日は歴史的な一日になるだろう」

 ナヴァクは微笑んだ。

 カリフはほっとしたように微笑んだふりをして通信を切った。

 執務室は照明もけていない。

 先ほどまでの音も光もない静寂に戻ると、月明かりの下にナヴァクの独り言が響いた。

 「太子……私は、正しいことをしていないのでしょう。でも、間違ってはいないのです」

 彼の独り言をさえぎるように通信が入った。

 今度はカザトからだった。

 「ルーロン以下、反乱軍一派を拘束しました」

 「そうか、ご苦労……その中にノエルタという男はいるか?」

 「はっ、おります」

 「カザト、彼をイソラへ連れてきてくれないか」

 「彼だけ、ですか?」

 「……そうだ」

 意外な命令だったようで、カザトは軍人らしくもなく一瞬沈黙したが、了解と応えた。



     ☆



 「本日、23時より戒厳令が発令されました」

 街頭モニターが割れるほどの大音量で、戒厳令を告げていた。

 街を走る広報車も、政府広報を同期して流している。店も全て閉じられ、石畳の街路には既に人っ子ひとりいない。

 首都はものものしい空気だった。

 今までも注意や警告はあったが、戒厳令かいげんれいは初めてだ。しかも一切理由が告げられていない。

 今までとは違う、何かとんでもないひどいことがおきるのではないか、今よりもっとひどいことが起きるのではないか、と根拠もない不安に、エグリーダの住民たちは、外を落ち着かない眼で見まわして例外なく窓を閉めた。外からの侵入さえなければ安全であるかのように。


 同じ頃、幾つもの難民キャンプで男たちがくらい眼を見交わしていた。

 戒厳令となれば、警備が手薄になる。彼らを制御するものはない。どんなことが起こっても誰にも止められない。

 今より悪くなるとしても、どうせもう耐えられないのだから、同じことだ。

 彼らは自暴自棄になってからも長い間耐えた。家族にも子供たちにも長い間耐えさせた。

 その結果がこれだ。

 栄養が足りなくて乳幼児の死亡率はじりじりと上がり、ある時点から極端に下がった。死ぬ幼児がいなくなったからだ。

 母親たちは気鬱きうつになり、少年や少女たちは粗暴そぼうになった。

 男たちは打開策を得るために走り回り、それがないことを知ると無気力になり酒におぼれた。

 必死に見ないふりをしているうちに、怒りと苦しみは臨界点を超え―――降り積もった赤い雪と白い雪はもう取り返しがつかないほど、誰かの身じろぎで雪崩が起きるようになっていたのだ。

 誰かがシャベルを、杖を、武器として取り上げさえすれば、もう止まることはなかったのだ。

 そして――。


 「本日23時より、戒厳令が発令されました。全バスティア国民に、夜間の外出を禁止します。繰り返します。本日23時より、戒厳令が発令されました。全バスティア国民に、夜間の外出を禁止します――」




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