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8.非才たる我が身よ、呪われてあれ

 最終制御まで、残り236分。

 ラミアはほとんど忘我の状態でPFSを操作していた。R1サンプルの第2次試験に落ちたものをふるい落とす。第3次はこう紫外線試験、第4次有機物親和性実験、細かく分ければ30に至る試験を、ラミアは行うつもりだった。今がそれを必要とする時間だ。もっと早くやっておけばよかった、と彼女は後悔している。

 ――だから、全然気づかなかった。

 ユティエスと地上の通信は全て暗号化された圧縮レーザー通信で行われている。通常通信設備は申し訳程度に付帯しているのみ。搭乗者が明らかにされていないどころか、搭乗者の存在さえも秘匿されているからだ。

 恐らくは建造されてから一度として鳴らなかったであろう知らせに、置いてきぼりにされたように明滅するライトに、だから、気づかなかった。


 ライカが一拍おいて慌てたように、ラミアに声をかける。

 「ラミア、通常通信です! 通常通信ですよ!」

 「……え?」

 没我ぼつがの境地を邪魔され、眉根にしわを寄せてラミアは顔を上げた。

 「通常通信……地上からです。あり得ないです。2年前の事故の時もなかったのに」

 「どういうこと?」

 「わかりません。論理的整合が見当たりません。マザー・ダッチのNKOコードは長官と首相のみです。考えられるとしたら1次コード発令の確認ですが……」

 「イソラなの?」

 「はい」

 「……とにかくつないで」

 メインモニターに、打ち上げ前に訪れたイソラの中央管制室が映った。

 奇妙に懐かしい機器類の羅列の中に、それ以上に懐かしいふたりの顔にラミアの焦点が合った。

 「……シエラ! アルク! どうして! なんでイソラに!?」

 ラミアの口から、理解するより早く言葉がほとばしった。



     ☆



 メインモニターに映し出されたラミアの姿に、アルクとシエラは絶句した。

 「ラミア……ラミア!」

 「ラミア! なんでお前がそこになんでお前がそこにいるんだ!」

 そこが敵地だとも忘れて、ふたりはモニターに見入った。シエラは乗り出したまま、我を忘れている。

 「ラミア……なんであなたが……なんであなたが!」

 シエラは頭をかきむしった。

 「ラミア!」


 第12班が扉を破壊する轟音が響いた。バリケードごと破壊するべく携帯型の火器の使用を許可したようだ。乾いた銃声が管制室にこだまし始める。

 アルクはシエラの後頭部をつかんで伏せた。

 闇雲に放たれた銃弾が、さっきまでシエラがモニターを見つめていた位置に弾痕だんこん穿うがつ。

 「くそっ!」

 「……ラミア……どうして」

 歴戦の分隊長は、喪心そうしんしたまま繰り言を呟くのみだ。

 「工兵!」

 「ほい、コピー済み!」

 機器の陰に身体ごと伏せていた工兵が簡易メモリを放ってよこした。

 「ダメだ! マザー・ダッチは壊せねえ!」

 「んだと? ダメかよ!」

 アルクが大声を上げる。

 「ちげーよ! ユティエスの現在位置は! 全部取った! 雷流圏の軌道計算ごとひっこぬいた! くそったれが!」

 工兵が連続する銃声に負けないようにわめく。

 「よし! 退くぞ!」

 アルクは機器の横からわずかに顔を出し、応戦するメンバーに合図を送った。うかつに顔を出すと撃たれる危険性以上に、シュートアーツで拘束される危険性がある。

 「しんがり、取れるか!」

 メンバーのひとりがはすに振り返って口の端だけで笑った。ウインクしてみせる。

 アルクはシエラの頬を強く張った。

 「シエラ! 戻ってからにしろ! 誰も死なせないぞ!」

 シエラの瞳に理解が浮かぶ。

 それを見て、アルクは瞬時に立ち上がり、入ろうとしていた男を星錘で打ち倒した。扉に挟まれた状態で男が崩れ落ちて射線しゃせんさえぎった。

 「行くぞ!」

 アルクは逆側の扉に向かって走り出した。



     ☆



 空中で軌道を変えた星錘を、ルーロンはかろうじてナイフの背ではじいた。嫌な感触が手に伝わった。

 星錘をナイフの腹で受ければナイフごと折れるし、背で弾いても何度かで折れる。何合か打ち合っただけで、すでに2本折られた。避けるか、突き落すしか方法はない。中距離では圧倒的に不利だったが、近接戦闘なら有利になるわけでもない。相手は『教授』なのだ。

 とんでもない。

 ルーロンは歯噛みした。

 これじゃ、アルクたちを助けに行くどころか俺が捕まりかねない。ナイフもあと1本しかない。ルーロンは後退しながら懐に入る隙を窺うが、カザトに隙はない。

 ――もともとシュートアーツは、カラ=トゥルム山脈に住まう山岳民族マド=ウィルガの移動と猛獣からの防衛手段として発達したものだ。第2方面軍の捜索大隊で採用された後、中央の軍で完成された。

 ゆえに、中距離戦闘で攻防一体の絶対防衛圏を作るのは最も得意とするところで、その最高の使い手と対峙する以上、簡単にいくわけもないのだ。

 ルーロンが消耗する前に決着をつけるために、少々強引に突っ込む気になったその時、中央管制室から轟音が響いた。突入班がステンレス鋼の扉のハンドルを爆破したのだ。

 その刹那せつな、カザトの注意がほんのわずかだけ、常人であれば気づかないほどゆらぐ。ルーロンはその尻尾をつかみまっすぐに跳躍した。

 冷静にシュートロープを手元に寄せ、ルーロンのナイフを受けるカザト。

 ミシィンッと嫌な金属音が響き、ルーロンとカザトは少しの間鍔つばいしながら睨みあった。

 「……ルーロン、なぜお前たちは犠牲を出すことに怯え、国を捨てる。それではただの国賊だ」

 「ふん! あんたほど悟れてねえんだよオレは。カザト、あんたこそ思い出せ。俺たち軍人の仕事は、人を護ることじゃなかったかよ!」

 ルーロンは真っ直ぐにカザトに言葉を叩きつけた。


 ルーロンは思い出す。

 11年前。

 防砂隔壁の完成間近、行政手続きが遅れたために、疑心暗鬼に陥った西側の住民たちが殺到し、暴動が起きた時のことを。

 隔壁の上から、王軍は威嚇いかく射撃を命じたのだったが、逆に銃声で住民たちは逆上した。隔壁に殺到した住民の一部が王軍の兵と小競り合いを起こし、銃を手に入れたのだった。パニックに陥った彼らがわめきながら銃を乱射すると、王軍の前列が崩れた。

 王軍はすぐに体勢を整え暴徒を撃ち崩す。拡散電撃だからケガは少ないはずだ。

 だが、住民側に反政府主義者がまぎれていたことが仇になった。手製の手榴弾のようなものを作っていた人間がいて、王軍に投げ込んだのだ。

 爆発音と共に紙形かみがたのように王軍の兵が舞った。

 同情していた王軍は一転、恐れを知らない「聖戦」を戦う戦士になり、「聖戦」はまたたく間に一方的な蹂躙じゅうりんに変わった。

 無辜むこの住民がおうぎで仰ぐようにひとりまたひとりと倒れ、逃げ出した後ろ側の住民さえも王軍は逃がさなかった。訓練を受けた銃弾が的確に人垣を撃ち崩す。

 混乱が、惨劇が、死の鎌を持った死神が降り立つ。

 「第1次マエナス動乱」――これ以降、西側住民の蜂起に対して、王軍は銃で対処するようになった。


 まだ着任して1年にもならないルーロンは言葉もなくその有様を見ていた。

 何を。

 一体何を、俺たちはしているのか。

 ルーロンは拳を握りしめて走り出した。

 何か、何でもいい、こんな馬鹿なことを止めるために何かできることがあるはずだ。

 兵たちをかきわけ、殴りつけ、肘で突き飛ばし、ルーロンは前列に出ようともがいた。

 「やめろ! こんな馬鹿なことはやめろ!」

 わめく声さえ銃声にかき消される。

 しかし、ルーロンが混乱の中心にたどり着くより早く、たったひとり、声を枯らして止める男がいるのが見えた。その男は無数の銃の前に身をさらし、鬼神の形相で必死に王軍の前進を止めていた。

 それが、カザトだった。


 「あんたはわかってる。犠牲を許したらその後も犠牲なしにはいられなくなる。あんたは、止める人間だったろうが!」

 ルーロンのナイフがシュートロープにじりじりと食い込む。

 カザトはそれを一瞥して目を細めた。

 「軍人が理想論を語ることの怖ろしさを知らないと見える。我々が護るべきは無辜の住民のみ」

 「軍人じゃねえよ! 人としてだろうが!」

 カザトはシュートロープを手首だけでねじってナイフを巻き込んだ。

 ルーロンのナイフが、鋭い透明な音と共にわずかを残して折れた。

 中央管制室から銃声が響き渡ったのを、カザトが明らかに見たのを機に、ルーロンはナイフを放り捨てて脇の右側の通路を走り出した。

 「カザト、思い出してくれ!」

 ルーロンは一心に走りながら、捨て台詞のように言った。



     ☆



 「おせえなあ……大丈夫かなみんな」

 リオがピックアップトラックの運転席で呟く。

 西側のフェンスはくたくたになっていて、この車さえ通れそうだ。

 すでに西側、北側の別働隊を他の車に乗せて本拠に返し、最後の本命を待っているのだが、あと10分でリオはイソラ襲撃隊を見捨てて帰らなければならない。もう少し近づいて待ちたくなる衝動を抑えながら、リオは凝視していた。

 遠目に、中央棟から抜け出した一団とその追手が見えた。アルクがいる。

 リオはニヤッと笑ってトラックをスタートさせた。アクセルを踏み込んで見る見るうちに一団に近づくと、アルクたちは応戦しながらトラックを認識したようで一直線にこちらに向かってくる。スピンターン。荷台に厚いブーツ底の音が響く。

 斜め前方にルーロンがひとりだけ飛び出してきた。加速しながら併走するとルーロンが横から飛び乗る。ひとまず回収は成功だ。


 が、リオが安心する間もなく、機甲部隊の軍用ジープらしき砂漠用の車両が3台、ピックアップトラックを追い始めた。こちらのタイヤを狙って撃ってくる。

 「おいおい! 撃たれてるぞ! 何とかしろよおい!」

 リオが前を向いたままわめくと、何人かが伏せ撃ちを始めた。

 運転席の後ろの窓をノックする音がした。

 リオがバックミラーを見ると、アルクが合図する。

 「行くぞ! リオ!」

 「またそんな勝手なこと言う!」

 アルクが迫ってきたジープのひとつに星錘を放った。

 狙い通り、一番近いジープの運転手の首筋に命中した。

 リオがハンドルを切るのと同時にアルクがそのジープに飛び移る。

 助手席にいた兵が慌てて銃を向けたが、運転手が失神したジープでは、蛇行していて狙いが定まらない。

 アルクは助手席を無視して運転手の頭で踏切ふみきった。ほとんど同時に大きめの岩でジープは横転する。

 少し後ろのジープの着地点は、前部と後部座席の境。

 前部にふたり、後部にひとりいた。

 突然現れたアルクに3人は惑乱したが、助手席の男がいち早く反応して銃を向ける。

 アルクが着地した右足を横から跳ね上げて銃を蹴り飛ばす。

 返しの左足で後部座席のひとりを黙らせた。

 そのまま回り込むように運転席の後ろに座り込んで、運転手に軽くヘッドロックをかけて助手席の男の次撃の盾にする。彼の渾身の拳は、運転手の眉間に打ち込まれた。

 そのまま体を返して、肘を助手席の男の首にいれる。

 守備兵たちは、全員が声を上げなかった。

 意表を突かれた時は叫んでしまうものだが……カザトの統制が文字通り行き届いていることが感じられた。

 

 アルクはジープのスピードが落ちないうちに星錘を放って、蛇行する車からリオのピックアップトラックの後部の突起に巻きつけた。

 アルクのためにわざわざリオが作ったシュートアーツ用のピークだ。アルクは、前部のボンネットを2、3歩助走して、ピックアップトラックに飛び移る。リオがタイミングよく斜め左に併走してくれた。

 飛び移った時、ちょうど最後の1台のタイヤをルーロンが撃ち抜いたところだった。

 「やほー! これで大丈夫だー!」

 運転席からリオが首を出してわめいた。

 ため息をついてアルクは荷台に座りこんだ。リオの気楽さに少し滅入った。

 長い一日になったもんだ。

 シエラは顔を伏せたまま、身動きもしない。

 「軌道計算のデータは?」

 ルーロンが言った。

 工兵が皮肉な感じに笑ったまま、簡易メモリを示して答える。

 「ここ。あとアルクにも持ってもらった」

 疲労感に打ちのめされたアルクも軽く手を挙げる。

 「ようし。どうにか初期の目的も達したか」

 「やったー!」

 「リオ、ちょっと黙れ!」

 闇雲に怒りが湧いて、アルクは怒鳴った。

 息をついて見上げると、空に砂漠特有の無数に光り輝く星空があって、アルクはしかめ面をしたままひとりごちた。

 「……くそっ。あそこのどこかにラミアがいるのかよ」

 低く吐き捨てた言葉にシエラだけが反応して、彼女もゆっくりと星空を見上げた。



     ☆



 ラミアはモニターが消えた後も、コンソールのはしを握り締めたまま硬直していた。

 一体どうなっているのか。

 アルクもシエラも大丈夫なのか。

 「そんな……どうして」

 ライカが取りなすように言った。

 「えー、反乱軍は逃げたようです」

 ラミアは聞いてないようだった。肩を落としたまま、ゆっくりときびすを返し通路に出た。


 眼下には青い美しい星と、遠い遠い、遠くにあるバスティア。

 震え始めた身体を抱きしめて、ラミアは深呼吸した。

 収まらない。

 震えが収まらない。

 「もう……もう大丈夫なはずだったのに。もう、こちら側にいるはずだったのに」

 ラミアは拳を握ってガラスに軽く当てた。

 最初は軽く、でも衝動が止まらなくて、もう一度、そしてもう一度ガラスを打った。そのまま力いっぱい押す。

 「大丈夫だったはずなのに……シエラ。アルク」

 ラミアは手の痛みを思い出した。

 先ほど暴れた時の痛みより強い。

 でも、自分がここにいる罪のように感じて、まだ生き残っている罪のように感じて、少し納得した。

 そして、ここに上がって初めて泣いた。

 意識しないうちに涙が出てきた。

 嗚咽おえつが口かられる。

 なんだかそれを認めたくなくて、認めたらおじいを汚すような気がして、ラミアは必死に声を押し殺した。




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