第九十四話 ユグドラルの歴史
この間延びした声なんとかならないものだろうか?どうにも力が抜ける気がするのだが。取り合えず推薦状がどこまで効力があるのかを尋ねて見る。
「推薦状という物は何処まで効力があるんです?」
「そうね~、まずユグドラル国内の殆どの地域へ行くことが許可されるわ。通常の冒険者や旅行者はユールの街から外へ出るには許可証が必要になるの~。それに何か事件に巻き込まれても身分証になるから問答無用で拘束される事は無くなるかな~」
どうやらフリーパスで国内を動けるようになるらしい。そして門番の態度でも分かるがこの国の住人の大半は人族に良い感情を持っていないようで、何か犯罪やトラブルがあると直ぐに人族に対して疑いを持つとの事だった。それにより、人族の行動範囲が限定され一部の観光客意外はユグドラルを訪れる事が無くなったという経緯がある。
「どうしてそこまで妖精族は人族を毛嫌いするんです?何か過去にあったんですか?」
俺の質問にサーシャ学院長は美しい眉を寄せて事情を説明してくれた。
今から百年ほど前、まだ交流が盛んだった頃に人族の宗教団体がユグドラルへと流れてきて布教活動をしたらしい。妖精族は世界樹ユグドラシルのみを神聖化しており他の神などには興味を示さない。その宗教団体は自分達の崇める神こそが絶対神だとし、世界樹に対しての破壊活動を行ったのだという。
当然、世界樹を神聖化しているユグドラルの国民は激怒し、宗教団体のメンバーに対して対抗。幹部などを捕縛、殺害し教団メンバーの全てを探し出して国外退去という強硬手段に出た。勿論、教団のメンバーは百名程度だったのだが多くの無関係の人族が巻き込まれ国外追放にされたり、ユグドラルの住人からの暴力・迫害を受けたそうだ。
「成る程ねぇ・・・。宗教なんてのはロクな物じゃないからなぁ」
事情を聞いた俺は呆れを含んだ声で呟いた。サーシャ学院長も同様の考えのようで溜息をついた。
「私達は神聖化をしていると言っても世界樹を崇めているわけじゃないわ。ただ、全ての生命の根幹だと信じているだけ。だというのに人族のその集団は自分の価値観を只押し付けてきたの」
「つまり、推薦状はそんな宗教と無関係の人物であるという証明にもなると。だから歩いて居ても大目に見てくれるという訳ですね?」
なんとも面倒な関係である。因みに身分を証明する為にバッヂを胸に着ける事も必要らしく、普段はそれを着けて居ないと街の外は歩けないらしい。
「当然、そのバッヂを着けて居ないと冒険者として依頼も受けれないわよ?冒険者と身分を偽って世界樹に近づいて工作をしないとも限らないから~。あと、如何なる理由でも世界樹に対しての破壊活動をすると問答無用で捕縛されるから注意してね~」
ひとまず事情を理解したし貰えるのなら推薦状は貰っておく事にした。人族だってだけでトラブルに巻き込まれるのは嫌だ。どうも妖精族は寿命が人族より長い為か百年前の出来事でも当事者が未だ多く存命のようだ、人族からすると忘却の彼方にある出来事らしいのだが妖精族にとっては昨日の出来事なのだろう。
「今度暇を見てシアちゃんの事を聞かせてね~」
サーシャ学院長のゆるい声に見送られ俺達は建物を後にした。門へと戻って来ると案内した時の門番が俺達の胸に着いているバッヂを見て目を見開いた。
「ふむ、客人として認められたか。先程までの態度は謝ろう」
どうやら効果はあるようだ、偉そうな口調は変わらないが来た時に比べて態度が柔らかくなったようで少しだけ普通のやりとりの後、俺達は学院の外へ出ると宿のある方へと歩いた。
「ついでに冒険者ギルドに行こうか。推薦状の無い状態で先に行ってたら二度手間だったな」
俺はそう二人に言うと冒険者ギルドのある方向へと向かった。
ギルドの前に辿り着くと何やら中が騒がしかった。喧嘩かと思い中を覗いてみると冒険者であろう数人がギルドのカウンターに居る職員へと怒鳴っている所だった。
「何で依頼を受けれないんだよ!こっちで一稼ぎしようって有り金叩いて来たんだぞ?!町中の雑用しか受けれないなんて納得出来るか!」
どうやらこの冒険者も紹介状が必要な事を知らなかったようだ。俺達も知らなかったし同情してしまう。
「ですから、この国の冒険者ギルドのルールは各国のギルドにきちんと通達しております。情報を事前に確認していれば知ることは出来た筈ですよ?」
ギルドの職員であろうエルフの少女は動じた様子もなく反論していた。そうか、ギルドで調べれば分かる情報だったのか。同じく調査不足だった俺達にも耳が痛い台詞だった。
「それと、町中の雑務でも生活費は十分稼ぐ事は出来ますし、達成数と生活態度により外への通行証が発行されると言っているじゃないですか!」
どうやら完全に駄目な訳では無く時間さえ掛ければ許可されるらしい。個人的にはここが妥協する所だと思うのだが冒険者側は納得が出来ないようで引く気は無いようだ。徐々に険悪さが増すギルド内を見て溜め息をついて俺は中へと入っていった。
「気持ちはわかるけどここ等が引き時だぜ」
突如介入してきた声に冒険者はギロリと俺を睨んだ、俺は肩を竦めながら口を開く。
「事前の確認が不足でしていたのは事実だろ?ギルド側にこれ以上文句言っても状況は好転しないぜ。逆に立場が悪くなれば今後街の仕事を折角こなしても許可証が発行されまで延びるかもしれない」
俺の言葉に冒険者は「うぅ!」と呻き声をあげてギルド内を見回した。圧倒的に妖精族が多い中、僅かにいた人族も同意の意思を示したのを見てガクッと項垂れた。
「ギルドの方も気持ちを汲んでくれると有り難い。こっちも生活が掛かっていてついカッとなったんだろうから」
俺の言葉に職員のエルフ少女も頷いた。冒険者は頭を冷やしてくると告げると外へと出て行き、ひとまずギルド内に落ち着きが戻ってきた。