第九十二話 調和
ユールの街を歩くと目に付くのはやはり妖精族の姿だろう、金髪美女美男のエルフや屈強な姿と髭が特徴のドワーフ。それだけなら王都でも会う事もあったが当然ながら数は圧倒的にユールの方が多い。
中には15cmくらいのサイズであるフェアリーと思しき姿もちらほらと見受けられる。蜻蛉のような羽かとイメージしていたが、どうやら蝶の羽のようでパタパタと飛んでいた。
「フェアリー可愛いわ~、一人くらい欲しいわね」
飛んでいるフェアリーを見て姉が喜んでいる、確かに小さな姿は愛らしく人形みたいなので気持ちは少し分かる。
「でも、フェアリーってあんなサイズでどうやって戦うんだ?まさか肉弾戦は無理だよな」
俺が気になってアリスに尋ねたがアリスは首を横に振って答えた。
「私も妖精族については詳しくないから・・・。ただ、妖精族は精霊魔法が使えますし恐らく魔法が主体だと思うんですけど」
どうやらアリスも流石に妖精族には詳しくないようだ、そのうちフェアリーの郷にでも行く事があれば尋ねてみればいいか。
「ほれ、姉貴。あまり見てると失礼だぞ?先進もうぜ」
余りにも姉貴が凝視していたので俺はそっと注意した。自分だったら珍しいからといって視線を浴びるのはいい気持ちはしないし、当然自分がされて嫌なことは相手も嫌だと思う。
「そうね、ちょっと失礼だったわね。あ~でも可愛いわ!チャンスがあったらチームに一人欲しい!」
「回復役なら一人欲しいのは確かだな、そうすればアリスも火力に集中できるし守りを任せることもできるから」
やはり三人では冒険中に立ち回りが厳しくなるときがあった。俺は純粋な前衛だし、姉が中衛、アリスが後衛で一見バランスは取れているのだが、所詮三人なので相手が多くなるとアリスの守りに姉がつくしか無く、総合的に火力が落ちるのだ。
冒険者ギルドで知り合った他のチームも最低四人、通常で六人だった。三人のチームは俺達くらいなものでバトラさん達からも心配されたりギルド職員のマリナさんからもメンバーを増やすべきと忠告を受けたりした経緯もあった。
そうは言っても気心の知れたメンバーというのは簡単に出会えないものだ。特に俺達のような特殊な事情がある場合は特にだ、事情を聞いても利害が絡まず秘密を守れる奴が好ましいのだが王都では出会う機会が無かった。
「バトラさんが一番ベストな人なんだけどなぁ・・・」
俺は誰にとも無く呟いた、事情を知っていて姉の彼氏であり、何より強い。彼ならこのチームのリーダーを任せてもいいのにと思いながらも無理な事だと理解していた。彼は『片翼』のリーダーだし責任もあるだろう、そして今の俺達と実力に差がありすぎて釣り合わないのだ。
いずれ親父達の問題が片付いて、俺達がAランクになったときにはあの三人とチームを組むのもありなんだけどな。俺はそんな事を考えながら街の中を進んだ。
しかし、景色が良いのは確かだけど街並みは全ての建物が蔦で覆われてるせいで代わり映えしない。正直看板が無ければ迷うぞ?そう思いながら家で待っているメイド達へのお土産などを装飾品店で購入したりと観光を続けた。いい加減景色が一緒なので街並みに飽きつつ宿へ帰るとテーブルに突っ伏して溜息をついた。
「おや、どうやらお客様も街の中はお気に召さなかったようで?」
突っ伏したままの俺に宿の主人が声を掛けてきた。というか、お客様もということは俺みたいな態度は見慣れてるってことか。
「まあ、景色が良いとか感じるんだけど、何せ建物が一緒すぎてね」
「ははは、ではお客様にお勧めを教えてあげましょう。街の中央に立っている塔があるでしょう?あの最上階に行くと何故街並みがこうなのか理解できますよ」
俺の正直な愚痴を気にした風も無く、宿の主人がお勧めの観光スポットを教えてくれた。街並みがこうも単調な理由か、気になった俺達は少し休憩すると言われた塔へ向かう事に決めた。
夕暮れも近くなった頃、俺達は街の中央にある塔を登っていた、かなりの高さがあるらしく塔の中央には人力と魔力で動かす籠が取り付けられており、一人10エルのお金を払って最上階まで上げる仕組みになっているようだ、俺達は早速三人分の金を渡し籠に乗り込んだ。しかし、係りの人が必死に力を入れているのにピクリともしない。三人が定員だし内二人が女性なのだから大丈夫な筈なんだが、係りの人も頻りに首を傾げて俺達の方をみていた。
「あ!」
俺は原因に気付いた、先王から教えられた鍛錬法用の錘をつけたままだった!俺は慌てて二人に耳打ちをすると二人共やっと思い出したのか慌てて籠から降りた。俺は係り員に謝り身体に着けた錘を外すとアイテムボックスに仕舞った。
係り員は最初は半信半疑だったが俺の着けていた錘を持つとその重さにびっくりし呆れていた。俺の着けていた錘が75kg、アリスと姉とで50kgはあった為実質五人が籠に乗っていた計算になる。それじゃ籠が動かない訳だ・・・、俺は改めて謝罪すると籠に乗り込んだ。今度はきちんと動いたようで俺達を最上階へと運んでくれた。
「うわ~」
最上階に辿り着くと眼下に広がる景色に俺達は言葉を失った。遠くに世界樹が見え、その周辺に広がる広大な自然が見渡せる。そして何故街が蔦に覆われているかを塔に登った今ならはっきりと理解した。
街の建物の屋根は苔に覆われていたのだ、そして屋根も壁も緑で覆われているため見える範囲全てが自然な色で統一されており、まるで街なんてここに無いかのような景観を保っていた。
「すげぇ・・・」
自然と調和しているというのだろうか、ここまで徹底されていると感動を覚える。俺は感嘆の声を上げるとその見事な景色に見入っていた。