第九十一話 ユグドラシルなう
係りの人からユグドラルでの注意事項を確認した後、俺達は他の旅行者と共に建物から外へと出た。注意事項は人身売買の禁止と樹木などへの不要な破壊の禁止などだった。
「おー、ここがユグドラルか!」
俺は外へ出ると外の景色を眺めて驚いた。まず建物全てに蔦が這っており、木や土壁が露出しているところは殆ど無い。看板が無ければそれぞれの建物の違いは分からなかっただろう。そんな街の風景を見つつ首を巡らせると更に驚く光景が視界に入ってきた。
それは天を突くような巨大な一本の木だった。どれ程巨大なのだろう、幹の直径は数キロか十数キロか・・・、とても太い幹は上空へと伸びており先端は雲と同じ高さかそれ以上あるようだ。
「でかい・・・!」
俺と同様、姉もアリスもその巨大な木の存在に圧倒され言葉を失った。地球で見たどれだけ壮大な景色の映像よりも今目に入る景色は余りにも異質だった。
「すごいな、高さが雲と同じくらいということは三千から四千メートルか。その木を支えてるってことは幹の直径は百キロ以上か?」
俺達は暫く木を見上げていたが何時までも立ち止まっているのも邪魔だと思い移動することにした。転移の建物から出た際に街の簡単な地図を受け取り、係りの人に教えてもらった宿へと向かう。
ふと後ろを見ると、初めてユグドラルに来た他の人も巨大な木を見て同様に呆けていた、俺もあんな顔で見ていたのかと思うと少し気恥ずかしかった。
「いらっしゃいませ。ホテル『ユグドラシル』へようこそ!」
紹介された宿は日本でも聞いたことのある伝説上の樹の名前と同じだった。俺はもしかしてと思い、宿の主にさっき見た樹の名称を尋ねた。
「ええ、あの世界樹ユグドラシルですね?あの世界樹から名前を頂きまして」
やはりあの木の名前も想像通りだった。世界樹ユグドラシル、この世界が創造された頃から生きている樹で全ての生命の源とも言われる樹だそうだ。
確か「世界を体現する巨大な木であり、アースガルズ、ミズガルズ、ヨトゥンヘイム、ヘルヘイムなどの九つの世界を内包する存在」だっけかな?意味は分からないが全ての根幹をなす木だということは理解できた。
部屋へと案内された俺達は用事を明日に済ませる事にし、今日は宿で休みながら街の地図を覚えることにした。これから一月も生活するのだから初日の今日に覚えておかないと迷子になりそうなのだ。まだファレームの王都だったら建物に変化があるのだが、この妖精国の街は蔦で覆われている所為で建物の見分けがつき難い。
「さて、今日はメダリオンでの作業をやって地図に書き込むとして、街とユグドラルの地理を少しおさらいしておこうか」
俺は一人部屋と狭い為、姉とアリスの二人部屋へと移動しテーブルに地図を広げた。アイテムボックスがあるから荷物が邪魔になる事も無く、部屋には普段使う程度の品だけがベットの近くの棚に置かれているだけしか私物が無かった。
俺は地図を拡げ東西南北を合わせると、メダリオンに魔力を通した。以前と同様メダリオンが輝くと、少ししてある一点だけに光が集まる。俺は地図にメダリオンを置くと光っている方角へとペンと定規を使って線を引いた。
「王都から示した方角が北西で、ここはファレームから見ると南に位置してるから、こうで・・・」
俺は地図に線を引くと三人で線の引いた方角へと指を走らせた。今回も王都で調べた時と同様に北西の方角に向いていた。どうやら王都からみて北西ではあるが、あまり西へ傾かない北北西で決まりなようだ。今後は東か西の隣国で調査して見れば大よそ確定するだろう。
地図の精度が低いので光を元にした線は大雑把な部分があり、線が交わることが無かった。
「よし、当初の目的は果たした。あとはお婆ちゃんの依頼の荷物を明日届けて残りは観光だな」
既に三年近くが経過しているので今更焦るような事でも無い。ある程度の方角が分かっているだけでも進歩なのだと自分を納得させると明るい声を出して二人に言った。
「そうですね、えっと・・・この街の名が『ユール』でしたね。有名なのはドワーフの鍛冶屋が作った武具などや、エルフの方が作った細工物ですね」
やはりドワーフは鍛冶が得意なんだな、聞くと火の精霊との親和性が高いので鍛冶職人になる人が多く、世界へ輸出されているらしいが噂だと他国へ輸出する武具は品質が妖精国内に比べて1ランク下がるとか・・・。戦争に使われる危険性を考えればそれも納得できなくは無いが。
「私としては色々な妖精の種族を見てみたいな~。フェアリーの郷とか行ってみたい」
姉は異種族に興味があったようで、フェアリーや人魚などを見てみたいようだ。エルフやドワーフは王都でも見たが確かにフェアリーなどは全く見かけなかった。色々な種族を見るにはいい機会だろう、どんな種族が居るのか後で宿の主人にでも聞いてみよう。
飯を食べながら宿の主人に街の観光名所と種族について尋ねてみた。
「そうですねぇ、お客様が仰るフェアリーも郷に行けばいますし。人魚は海岸へいかないと見れないのでかなりユールからは遠いですよ?あとは『精霊の祝福』を受けた精霊術師と出会えれば下位精霊や上位精霊と会話する事も出来ますよ」
「え?精霊って会話できるんですか?」
俺の疑問に主人は当然という顔で頷いた。説明によれば祝福を受けた高位精霊術師に召還された精霊は妖精族や他の種族と会話することも可能なのだそうだ。
「へぇ、明日精霊魔法の学院に行く用があるから見てみたいな」
「おや?お客様はユグドラシル学院へ行かれるんですか。あそこは他種族の方は入れませんよ?」
俺の言葉に主人が忠告してくれた。俺は依頼で行くのだから紹介状があると伝えると納得してくれた。それにしても妖精族意外は入れないのか。まあ入っても精霊術が使えないのだから当然かもしれないが。
俺達は飯を食べると一旦部屋へ戻り、ユールの街を観光する為に街へと繰り出した。