第七十二話 天馬2
今回は天馬の機嫌を取って羽根を貰うだけの簡単な依頼なのでとても気楽だった。身体強化で走り始めて二時間程でアリスと姉が悲鳴を上げている意外は・・・。
「と、とおや~・・・。無理、もう動けない・・・」
ゼェゼェと息を切らせながら姉が座り込んだ、アリスも口が利けない状態で座り込んでいる。
「流石に全力二時間は無理だったか・・・」
既に王都は陰も形も見えない、徒歩なら半日近くかかる距離を二時間で走った事になる。流石にフルマラソンに近い距離を走り続けた所為か二人共グロッキー状態だった。俺は息を切らせてはいたがまだ暫く走れそうな程度には体力が残っている。
「トーヤのPA(身体能力)は私達の四倍以上あるんですから、比べるほうが可笑しいんです!」
普段は優しいアリスが強い口調で怒っていた、俺は頭を掻きながら謝り休憩を取る事にした。しかし、冒険者をしていて昔から運動も出来た姉の四倍か・・・、いくら魔族の血が濃いとは言え反則だよなと思いながらアイテムボックスから水を出し二人に手渡す。二人は水を少し飲むと木陰に移動して日差しから体を隠した。
「目的の山ってこの山なんだよな?」
俺は一人立ったまま少し離れた所にそびえ立つ山を見上げた。そう、俺達はたった二時間で依頼書にあった天馬が住んでいると言われる山まで来てしまったのだ。山には樹が生い茂っていて天馬の姿は見えないが、話だと山頂に居るらしい。
「そうですね、過去の依頼を受けた人の話だとここが一番居る確立が高いそうですよ」
アリスは少し復活したのか上体を起して俺の質問に答えた。
天馬は餌や外敵の有無に影響されて住む場所を転々とする生き物らしい。あまりにも天馬に対して害を及ぼすような魔物などが発生した場合などは討伐要請が出る時もある程で、どれだけ天馬の羽根が重要かが窺い知れる。
それだけ大事なら飼い慣らしておけばと思わなくも無いが、プライドが高く過去に捕まえた天馬は直ぐに逃げ出したり人間を蹴り倒したりと暴れたらしい。
少し休むとアリス達も体力が回復してきたようなので出発する事にした。今までは平地を走ってきたが、今度は山登りなので別な意味で疲れる。樹が生い茂っているし雑草も伸びている為登り難い、俺が先頭に立って剣で草を刈り払って進むこと一時間でやっと山の中腹まで登った。
「天馬らしき生き物はっと・・・」
俺は木の上によじ登ると周囲を見渡した。キョロキョロと周囲を見ていると百メートル程離れた場所に少し開けた広場が見えた。他にめぼしい物が見えなかったので広場を目標に進む事にして二人を先導した。
広場に近づくにつれ、周囲に生き物の気配を感じるようになった。どうやら当たりらしい、複数の生物の気配が広場に集中している。もしかしたら天馬の群れだろうか?
俺達が広場辿り着くと天馬が広場のあちこちに点在していた。どうやら俺達の気配に気付いていたのか体の大きい数頭が俺達のほうを見て威嚇していた。俺は敵意が無い事を示すために両手を上げた状態で近づいた。
そう言えば交渉ってどうするんだっけ?知能が高いと言っていたが言葉は通じるんだろうか・・・。俺は疑問に思いながらもアイテムボックスからフダン草を取り出すと天馬達に話しかけた。
「俺達は敵じゃない!羽根を少し貰いに来たんだ。このフダン草と引き換えに出来るくらいでいいんだが、誰か頼めないか?」
馬に向かって何を言っているんだろう、これで天馬が理解できなければ俺は只の阿呆じゃないか?そんな気持ちになりながら俺は天馬の反応を伺う。
すると、一際大きな体躯の天馬が俺達に近づいて来た。その天馬は俺の手に持っているフダン草の臭いを嗅ぐとパクっと食べ始めた。
しばらく食べている様子を見守る。しかし間近に見る天馬は大きかった。綺麗な白い体に大きな翼を広げている。俺もだがアリスも姉もその綺麗な姿に見惚れていた。
天馬はフダン草を食べ終わると首を傾けて群れに戻っていった。こっちに来いという意味だろうか?俺は恐るおそる後ろを着いて群れへと向かう。すると俺達を敵では無いと認めたのだろうか、群れの連中が皆集まってきた。全部で十頭はいるようだが、綺麗な白い翼をもった天馬が群れを成しているという幻想的な光景に俺達は息を呑んだ。
群れの中心で俺はフダン草を全て取り出すと、天馬に羽根との交換を再度お願いした。1kg程度のフダン草で何枚くらい貰えるか全くわからなかったが最低でも一枚あれば依頼は達成できるし、この幻想的な生き物を見れただけでも十分だと思える程だった。
天馬は俺の出したフダン草の量を見ると群れの仲間に対して一声鳴いた。すると群れの中の数頭が自分の翼から口を使って羽根を数本抜いて俺の前に差し出してきた。
どうやら交渉が成功したようだ。1kgの草と引き換えに手にいれた羽根は四枚だった。これで四ヶ月は転移魔道具が使えるのだろうし十分だろうと思い、俺は天馬に礼を言うと群れを後にした。
広場から離れて少し歩くと俺達は見晴らしのいい丘で休憩を取った。先程見た幻想的な光景を思い出しているのかアリスと姉が溜息をついている。
「とても雄大で優雅だったわねー、あの背に乗って空を飛んでみたいわ・・・」
姉の顔が夢見る乙女のようだった。俺も其処まででは無いがやはり天馬の姿には感動を覚えたのも事実だ。元の世界では絶対に見る事のできない幻獣を見る事ができたのでご満悦だ。
ヒヒィーン
その時だった、俺達が歩いてきた広場の方角から馬の嘶きが聞こえてきた。何事かと背後を振り返ると空に数頭の天馬が飛び立って上空を旋回していた。
「一、二、三・・・。トーヤ!天馬が九頭しか居ません。広場で何かあったようです!戻りましょう!」
アリスが飛んでいた天馬を数えていたようで、群れの数より一頭少ないと気付いたようだ。俺は姉とアリスに武器を用意させると広場のある方へと一直線に駆けた。