第七十話 葛藤
俺はバトラさんと暫くの間話し込み、そのうち魔族の魔法を教えて貰う事になった。酒場から出た時には既に周囲は暗くなり夜の喧騒が辺りを包んでいた。バトラさんは俺の背中を叩き励ますと家へと帰って行った。俺もバトラさんの背中を見送ると家へと続く道を歩き始めた。
姉やアリスには心配を掛けたようだし、帰ったら謝ろう。そして更に強くなるためにこれからも頑張ろうと心に決め、喧騒に包まれた道を歩いた。
家へと帰った俺は晩飯を外で食べた事をララに伝えると自室へ入った。ベットに横たわりさっきバトラさんが言っていた事を思い出しながら今後の事を考えてみた。
魔族と人族のハーフである俺は三十代まで成長期であるらしい。今まで放出系の魔術が使えなかったのは人族の魔法理論が俺と合わないからである可能性が高い、後日バトラさんに魔族の魔法理論を教えて貰ってそれを試すのは必須だろうな。
あとは強くなるために武術をもっと修練しないといけないだろうか。身体強化の魔法を覚えてからはその勢いに任せた戦い方が多かった気がする。謂わば力任せに武器を振るっていたに過ぎない、もっと技術を磨いて技で戦うように動きを変えないといけないだろう。
その日の深夜、部屋で考え込んでいるとアリスの部屋へと続く扉からノックする音が聞こえた。俺は考えを中断すると扉へと向かいアリスを部屋へと迎え入れた。
「お邪魔じゃありませんでした?」
アリスは少し遠慮がちに中へと入ってきた。俺は首を横に振ると大丈夫だよと答えた。俺がベットへ座ると隣に並んで座った。
「アキさんも心配していて、様子見て来て欲しいと言われたので」
アリスの言葉にそう言えば家に帰ってきて真っ直ぐ部屋に入ったのでアリス達に何も言っていなかったのを思い出した。俺は直ぐ様アリスへと謝った。
「ごめん、ちょっと考え事してて。アリスにも姉貴にも心配かけたけど、もう大丈夫だから」
そうアリスに言うと学院とその帰りにバトラさんに会って相談に乗って貰った事などをアリスに話した。アリスは静かに聞いていたが俺が魔族寄りのタイプだと聞くと何か納得したような顔で頷いていた。
「そうなんですね、魔族についてはあまり詳しくなかったですしハーフにそんな特性があるなんて知りませんでした。通りで内燃系は特級クラスなのに放出系が苦手だったんですね」
「まあ、一応可能性という事だけどね?でも努力次第でまだまだ強くなれると言われて何か吹っ切れた感じがするよ。どんな奴相手でもアリスを守れるように強くならないとな」
俺の言葉にアリスは何故か困ったような表情で俺の顔を覗き込んだ。
「トーヤ、勘違いしているかもしれませんがトーヤは十分強いんですよ?同じCランクの冒険者の中で比べれば十分強いです。同年代から見ても断然強いです、だからあまり無理しないでください。もっと私やアキさんを頼ってくれてもいいんじゃないですか?私達はチームなんですから一人で強くなろうとせず、私達全員で強くなれるように頑張りましょ?」
アリスが普段見ない程真剣な顔で言った。俺が強くなりたかったのはアリスを、大事な仲間を守れるようになりたかったからだ、空手の試合なら力が及ばなくても次の試合があるが、この世界の冒険は一度力が及ばなかったなら誰かの命を失うかもしれないのだから・・・。
「俺は一人で気負ってたのかな?アリスを、姉貴を守れるようにと思ってたんだ。たとえ人喰鬼だろうがドラゴンだろうが、どんな理不尽からも守れるように・・・」
俺の言葉にアリスは首を横に振って言葉を続けた。
「トーヤだけがそう思っているわけじゃないですよ。私だって、アキさんだってトーヤを守ろうと思って頑張っています。トーヤだけが無理する必要は無いというだけです」
アリスの台詞に俺の中で何かがストンと落ちる感じがした。
「それに、トーヤの目的はお父様とお母様を探す事でしょう?別にドラゴンに喧嘩売る為に強くなる訳じゃないですよね?」
冗談めかして笑うアリスの顔を見ていると悩んでいたのがばからしくなった。俺は苦笑しながらアリスの肩を抱いて自分のほうへと引き寄せる。急に抱き寄せたのでアリスはキョトンとした顔をしていた、俺は照れくささを誤魔化しながら礼を言う。
「ありがとうな、アリス。ちょっと目的を見誤ってたようだ。そうだな、親父達を見つけてアリス達とで暮らせるだけの強さがあれば本当は十分なんだよな」
この数日悩んでいた事は何だったのかと言うほど気持ちが晴れやかだった。この世界に来てからなし崩し的に強い魔物と戦う事が多かったからか、気持ちが強さを求めるほうに向いてしまっていた。目的は親父達を見つける、そしてアリスと楽しく暮らせるくらいの強さがあれば今はそれでいい。
俺は感謝の気持ちを籠めてアリスへと口付けをした。今日はこのまま二人で寝るのもいいかもしれないと思いながらアリスを抱きしめた。
翌朝、俺は目覚めると横で寝ているアリスを起さないようにベットを抜け出し着替えをした。昨日まで悩んでばかりだったので少し体を動かしてすっきりとしたかった。既に起きていたセバスさんとララにジョギングして来ると伝えると、朝靄が残っている街へと駆け出した。
体を動かしていると学生の頃のように無心になれる。細かな悩みが頭から消え去っていくような感覚が心地よかった。
俺は一時間程走りこむと家へと戻った。家へ入ると既に皆起きていたようで食堂に集まっていた、俺は皆にこの数日心配かけたことを謝ると共に、もう心配無いと伝えた。
「ここ最近の依頼で倒す羽目になった魔物が強いのばかりだったから、少し身の丈に合った依頼にしようと思うんだ。この三ヶ月余りで金はそこそこ稼いだから経験を積めるような依頼や親父達の情報を少しでも得る為に護衛や商人とかにも話を聞きたいな」
この数日で一番気合が入っていた俺は姉やアリスに今後の方針を相談した。やはり人間悩みが解決すると気合が入る、だが数日前までの気負った感じが無いと姉が安心したように呟いていた。