第五十五話 ダンジョンの最下層
この数日、姉がとても機嫌がいい。アリスも気になって尋ねた所『片翼』のバトラさんとお付き合いしていると嬉しそうに話してくれたらしい。
「姉貴、ああいうのがタイプだったのか?」
その日の昼飯時に姉に尋ねた、頼れる兄貴っぽい感じはするけど姉はもっとインテリっぽいのが好みだと思っていた。俺の質問に姉は苦笑しながら答えた。
「今は”お試し”期間よ?お友達からよりはちょっと上くらい。でも好きか嫌いかでいったら好みね」
俺は意外ではあったが、応援する事を姉に伝えた。両親が居なくなってからずっと俺の面倒見てくれてたからな、幸せを掴んで欲しい。
「それはそうと、今日はどうするの?お婆ちゃんからの指名依頼は解決しちゃったし普通に学生生活するだけ?」
姉の言葉に俺は暫く考えた、そういえば潜ったダンジョンって五層まであるんだよな。この前は四層で想定外の事態で戻ったから最後まで行っていない。聞いた話だと最奥には定期的にレアアイテムが出現するらしい、何故かはダンジョン発生の原因が分かっていないのと同様謎だそうだ。
「この前潜ったダンジョンが途中だったからクリアしてみないか?奥に出現するアイテムとかも興味あるし」
「それはいいかもしれませんね、前回クリアしたのがジェシカ先生達だった筈なのでもう十年程誰も到達していませんし。長い期間到達者が居ないとアイテムの価値が上がると言われてますから期待できるかもしれません」
俺の言葉に隣にいたアリスが情報を教えてくれた。クリアされない期間が長いとレアの出現率上がるのか、これからの冒険に役立つ物がでるかもしれないな。因みにジェシカ先生が10年前にクリアした時のアイテムはこの前使っていた魔法の杖らしく、効果はINTが増え魔法威力が上がるのと、一つだけ魔法を登録する事が出来て無詠唱で連発できるらしい。
「よし、じゃあ準備してダンジョンに潜るか。先生に言って許可貰ってくるわ」
俺の言葉で決定となり、アリスと姉は準備や消耗品を補充に一旦街に出た。俺はお婆ちゃんにダンジョンに改めて潜ると伝え、入る許可を貰った。獲得したアイテムについては所有権は俺達になるが、研究用やデータを取る為に学院の研究室にも見せて欲しいと言われたので快諾した。
俺達は午後から迷宮に潜った、一層から三層までは前回の通りだったので割りと余裕で進んだ、前回よりも早いペースで四層への階段に辿り着いた。四層は前回の例があるので慎重に進んだが魔物の沸くペースは前回とは比較にならないほど少なかった。
「やっぱり白ゴリラ倒したからか沸きが落ちてるな、これが通常なのかな?」
「そうですね、記録だともう少し出現したようですけど・・・前回倒しまくったので絶対数が減っているのかもしれませんね」
俺の言葉にアリスが答えてくれる。前回はかなりの数を倒したからなぁ、主にアリスと姉の魔法だけど・・・。特に問題なく進み、遂に五層の階段が見えてきた。
「ここからはかなりの難易度らしいです。一層から四層までの魔物を更に強化して出て来るそうですし、情報だとファントム系や精霊系の実体の無いものも出た記録があるそうです」
ファントムかぁ、幽霊もどきだっけ?半透明で物理攻撃が効かない厄介な奴だ。まあ、魔力を込めて殴ると一発で潰れるとバトラさんに合宿で聞いていたけど。
精霊は姿が見えず悪戯をしかけてくる程度の害しか無いが他の魔物と戦っている最中に悪戯されると致命的な隙が出来るので注意が必要だそうだ、エルフなどの妖精族が居ると対処可能らしいが、人族と魔族のハーフである俺達や人族のアリスでは対処が出来ない。
「精霊か・・・、強い敵の時に出られると困るな。どうしようか?」
「大丈夫ですよ、精霊避けの護符買ってきてますから各々装着しましょう」
流石はアリスだ、事前にダンジョンの情報から対策を講じていた。俺と姉は護符を受け取って首から下げた。さて、これで準備は完了だ、俺達は階段を下りて五層へと進んだ。
五層は俺達でもかなり厳しい階層だった。今まで見てきた魔物なのに強さが全く異なるのだ。一層のスライムだと思えば酸を吐いてきたり、魔法で攻撃すると蒸発して毒ガスに変化したり兎に角変化に富んでいるのだ。
俺達は慎重に道を進んだが毒消しや回復薬などかなり消費してしまった。今までの層から推定するとそんなに掛からず最深部に辿り着く予定だが・・・。
幾度も休憩を取り慎重に奥へと進む、魔獣タイプやゴーレムなどが入り乱れて絶え間なく襲ってくるので俺達は三人ともかなり疲れがたまってきていた。それでも合宿の効果が生きているのだろう、以前に比べると体力も気力も強くなっている感じがある。
途中、話題になったファントムも現れた。半透明の幽霊みたいだが日本のホラーに慣れている俺や姉はあまり怖くなかった。
「なんか、洋物っぽい感じよね。日本の陰湿な演出を見習って欲しいものだわ」
「なんでアキさんそんなに余裕なんですか?初めて見た人って大概恐怖でパニックになるのに」
姉と俺が余りにも平然としているのでアリスは不思議そうだったが、そう言うアリスも特に怯えてないからな?
ちなみにファントムはアリスの魔法一撃で蒸発して消えたので雑魚っぽかった。
魔物の群れを蹴散らして進むと奥に扉が見えてきた、あそこが最深部なのだろうか?よくあるゲームのようにボスは居ないらしいので俺達は扉を開けて中に入った。
心配していたような敵の姿も無く、10m四方の小さな部屋に入った俺達の目の前に宝箱が置いてあった。どうやら最深部で合っているようだ、この中にアイテムが入っているのだろう。
「やっと到達したな~、これでクズアイテムだったら恨むぜ・・・」
俺は宝箱に手を伸ばし蓋を開けた。中にはソフトボール程度の大きさの水晶が入っていただけだった。俺はそれを手に取り、色んな角度から覗いて見るが何の変哲も無い水晶だった。
「は?水晶ってこれだけかよ!10年ぶりの到達なんだから価値ある物だと思ったんだけど」
俺はそう言い、水晶を姉へと手渡す。姉も覗き込んだり魔力を込めたりしたが何の変化も無かった。姉も気落ちした感じで水晶をアリスへと渡した。
「通常であれば貴重なアイテムの筈なんですけど・・・、念のため学院に戻って研究室へ預けましょう。私達でわからないだけかもしれませんし」
アリスの言葉に一縷の望みを賭けることにした。部屋を見渡しても他に何も無いので諦めて道を戻って地上へと帰るのであった。