第五十四話 千秋の一日
今回はチアキ姉の回となります。
閑話にしようかと思いましたが本編に絡むので普通にアップします
学院へと通って一週間が過ぎようとしていた。十夜とアリスは歳が近い事もあって周囲に馴染んだのだが、私は歳が離れている所為か周りに馴染めないでいた。
「この歳で学生っていうのもねぇ・・・、大学は行きたかったけど一旦就職しちゃうとなんだかなぁ」
私は学院の外れにある公園で時間を潰していた。別に話しかけて貰えるしこちらも普通に会話は出来るのだけど・・・、クラスの皆の年齢は十五~十七歳で五歳も離れている私だとどうしてもお姉さん的立場になってしまう。
暫く公園でぼ~っと風景を見ていると悲しくなってきた。両親が行方不明になってから大学を諦め近所の工場の事務に就職した、十夜と食べていく為だったから仕方ないと割り切ってはいた。だけど仲の良かった友達が大学へ進学し、お互い環境が異なったせいで疎遠になった。彼は元気にやっているのだろうかとつい考えてしまう。
「あ~あ、ホームシックって言うのかな?これ。もう五年も会わないんだもん、彼女くらい作ってるよね・・・」
どちらかと言えば好意を持っていたとは今になって思う、だけどそこまで当時は気付かなかった。だから失恋という程では無いのだけど無性に寂しくなる。
「こんな気分じゃ駄目よね、街にでもいって甘いものでも食べよ!」
私は立ち上がり頬を叩く、ウジウジしているのは性分では無い。この世界ではスイーツは高級品だ、砂糖と蜂蜜だけでメイプルシロップとかは知られていないようで、蜂蜜は以前私達が獲得した時の値段からも察して貰えるだろうか。
街を歩き、甘い臭いを頼りにお店を探す。貴族向けの高級店なら確実なのだろうが、やはり庶民が立ち寄れる程度の店のほうが落ち着く。いざとなればアイテムボックスにある蜂蜜で何か作ってもらうのもアリだろうと考えフラフラと店を捜し歩いた。
ふと、周囲を数人の男が囲んだ。私は警戒し囲んだ男達を見るとどれもぱっとしない風貌のチンピラだった。
「よう、姉ちゃん。暇してるなら俺達と遊ばねぇか?いい店知ってんだよ」
男達は「へへへ」と下卑た笑みを浮かべている、十夜風に言うなら”テンプレ”という奴なのだろうか、私は溜息を吐いた。
「はぁ・・・、貴方達には悪いけど今そんな気分じゃないのよね。他を当たって頂戴」
今は甘いもので気分を回復したいのに、更にストレスが溜まった気がする。私の返事を聞いても男達は相変わらず下卑た表情のままだ。男の一人が私の腕を掴もうと手を伸ばしてきた。
「いいから俺達についてこい。全員でかわいがってやr、うぉ?!」
私は護身術の要領で男の腕を取り、足払いをかけた。男が顔面から地面に叩きつけられて変なうめき声を上げた。
「て、てめぇ!大人しくしてりゃいい気になりやがって!」
全く、どうしてこうもお決まりの台詞ばかりなのだろうか!知性が全く感じられない。面倒だけど仕方がないよね、男達には退場して貰おう。私は残った四人と相対して構えを取った、そのとき。
「おいおい、綺麗なお嬢さんにお前らのようなゴミタメは似合わねーよ。生まれ変わるまで大人しくしてろ」
横から声が掛けられると同時に私を囲っていた四人がうめき声を上げて地面へ崩れ落ちた。
「え?」
咄嗟の事に理解が追いつかなかった、ぽかんとした顔をしてるんだろうな今の私は。声のした方を見ると見知った人が立っていた。
「よっ!余計な世話かと思ったけど見てて気分が悪かったんで手を出した。後悔はしていない」
そこに立っていたのは以前お世話になった『片翼』のリーダー、バトラさんだった。
「そうか、甘いもの売ってる店なら俺も何件か知ってるぜ?案内するよ」
私はバトラさんに状況を説明すると、知り合いの店に案内して貰う事になった。バトラさんは何時もの冒険者風の服装ではなく、礼服のような服を着崩して着ていた。どこか貴族に会った後なのだろうか?冒険者も貴族に仕事で会う時もあり、その時は礼服のような服装を義務付けられていると聞いたことがある。
暫くバトラさんに案内され私は一軒の店へと入った、ふわっと甘いいい匂いがしてくる。
どうやらバトラさんも付き合ってくれるらしい、同じ席に着いて店員に本日のお勧めを注文した。
「で、一人は珍しいな。他の二人はどうしたんだ?チアキのような美人さんが一人で歩いていたら変な虫が寄ってくるだろうに」
バトラさんに美人と言われて嬉しいけれど、そんなに自分が美人だとは思っていない。この世界に来てから化粧もろくにしてないし、冒険ばかりしているからお洒落もしていないし・・・。
スイーツが運ばれて来たので食べつつ世間話をした。学院の仕事を請けた事や十夜やアリスの事、バトラさんは歳が私より少し上で時折言葉を挟むがちゃんと私の話を聞いてくれた。
「バトラさんって合宿だと粗野な人かと思っていたんですけど、結構紳士なんですね」
私はふとそんな事を言ってしまった、年上の人にかなり失礼な物言いだったと慌てて謝る。だけどバトラさんは気にした風も無く、手をひらひらと振って言葉を返してきた。
「いや、粗野なのは否定しねぇよ。冒険者家業ともなると舐められないようにしてる部分もあるからな。この歳まで独身だしなぁ」
「バトラさんはまだ若いじゃないですか。でも不思議ですね?バトラさんなら恋人くらいいそうなのに」
私の言葉にバトラさんは”片翼”の魔族という為に同属の伴侶はまず無理だと答えた。かといって他の人族や妖精族と魔族が結ばれるのは稀だと答えた。
「聞いた話だと先代の魔王が人族と駆け落ちしたとか聞いたな」
私はドキっとした、それは確実に私の両親の事だろう。私は表情に出さないよう注意しながら先代魔王について何か知っているか探りを入れた。
「いや、俺も面識は無いし魔人族での噂話程度だ。その後全く姿を見せていないようだし保守派と言われる純血主義者に粛清されたんじゃないかとか憶測は流れてたがな。だけど、魔王と名がつく人がそうそう簡単に殺される訳がない。俺はどこかで生きてるんだと思ってるよ」
どうやら現状や経緯を知っている訳ではないようだ。私はほっとしつつ気になっている事を尋ねた。
「そういえば、魔族と人族のハーフってこの世界ではどういう風に見られるんでしょう?」
その言葉にバトラさんの表情が険しくなる、あれ?聞いちゃいけない事だったかしら・・・。
バトラさんは私の顔を暫く見つめていたが、何かに納得したのか頷いていた。
「そうか、嬢ちゃんやトーヤ達に感じてた違和感の理由がやっと分かった。お前さん達はハーフか。道理で近い臭いを感じた訳だ、まあ片翼の俺達もそうだが明確に差別はされない。だが純血主義者共からは排他されるから気をつけるんだな、見た目が人族だから人族と名乗っていれば問題は無いだろうし、人族の国で生活する分には困らないだろう」
「バトラさんはどう思いますか?」
私は何を聞いているのだろう、この世界でどう思われるかよりこの人にどう思われるかのほうが知りたいなんて・・・。私の言葉に少し面食らった顔をしていた、バトラさんのこんな表情は珍しい。
「俺か、俺はなんとも思わんよ?純粋な人族よりは近い感じがして好感が持てる、とは思う。同族だと片翼への忌避感が根本にあったりで付き合い難いが、ハーフなら付き合いやすいと思ってる」
なんだろう、バトラさんの言葉が少し嬉しかった。この感覚はあれかな・・・。
「ねぇ、バトラさん。私もこの歳で独り身なんですけど」
私は自分で何を言っているのか理解できなかった、だけど最近の十夜とアリスを見ていると心に乾いた風が吹いていたのも本当だった。心のどこかで羨ましいと思っていた、私にも誰かと思っていた気持ちがここに来て暴走しているのかもしれない。
「まあ、譲ちゃんなら申し分ないが・・・。俺は”片翼”だぞ?」
私の気持ちに気付いたのか、バトラさんは確認をしてきた。片翼だから何だと言うのだろうか
「私は”ハーフ”ですよ?駄目ですか?」
私の返した言葉にバトラさんは声を立てて笑う、私も何か可笑しくなって一緒に笑った。この世界に来てから・・・いいえ、両親が行方不明になってからここまで素直に笑えたことなんて無かったな。
暫く二人でお茶をしながら、いろんな事を話し合ってお互いをもっと知った私達は”お試し”で付き合う事になった。