第四十話 彼女とこれからの方針
どうやら暫くの間寝てしまっていたようだ、目を覚ますと横でアリスが俺の寝顔を眺めていたらしく目が合った。アリスとの距離は10cm程しか無く、とても近い。
「お、おはよう?」
我ながら間の抜けた声が出た、恥ずかしくてアリスの顔を直視できず視線を彷徨わせる。アリスは何も言わず体の位置をずらし、顔を俺の胸に埋めた。どうやらアリスも照れくさかったらしい、耳が赤くなっていた。
アリス越しに備え付けの時計を見るともうお昼のようだった、ずっとこの状態で居たいがそうもいかない。姉が昼飯を食べようと誘いに来る筈だ、その時にこの体勢は色々と誤解を招く恐れがある。
俺はアリスを促し体を起こす、アリスはささっと服を整えるとベットに腰掛けた。俺がベットから離れたタイミングで扉をノックする音が聞こえる。
「アリスちゃん~十夜そこに居る?そろそろご飯の時間なんだけど、お取り込み中かしら?」
「い、いえ。大丈夫です、今トーヤに開けて貰いますので入って大丈夫です!」
際どいタイミングだ、もう少し遅かったら姉に勘違いされ後々このネタでからかわれるところだった。
俺はすぐ扉を開け姉を中に迎えた、姉は俺とアリスを交互に見ながら非常に残念そうな顔で言った。
「十夜、何時間もアリスちゃんの部屋に居て何も無かったとか無いわよね?」
「な?!何て事を言うんだ。俺はアリスと清く正しい交際をしてるんだ!そんな変な事なんて何もしてないぞ?!」
全く、この姉は何を期待してるんだ?俺達は付き合い始めてから数日だ。そんな関係にはまだ早い。俺が捲くし立てる様に叫ぶと姉が俺の髪へと手を伸ばしチョンと摘んだ。
「ね・ぐ・せ」
「?!」
俺は慌てて自分の髪を触る、どうやらさっき横に寝てしまった時に変な寝癖が付いていたらしい。俺は慌てて手櫛で髪を整える。
「あははは!慌てちゃって、冗談よ!どうせ寝不足だったから居眠りでもしてたんでしょ。変な事なんてしてたらこんなに服が整ってるわけないからね」
どうやらまた姉にからかわれたらしい、アリスは顔を真っ赤にして姉から顔を背けた。俺も流石に頭に来て姉にいい加減にするよう叫ぶ。
「でも、そういう関係に今後なったら十夜ちゃんと責任は取りなさいよ?」
姉はそう言うと「ご飯食べにいこー」と言ってさっさと部屋から逃げてしまった。残された俺達は気まずい空気になる、言われなくてもちゃんと責任は取るさ!
階下へと降り、食堂で昼食を食べながら今後の予定について話合う。昨日あんな怪我をしたばかりなので当面は冒険や依頼は控えるべきだ。俺はギルドから言われたランクアップの件を二人に話し、ランクアップが済むまでは街で大人しくしようと提案した。
「そうね、そろそろお婆ちゃんから屋敷で雇う人の面接とか声かかりそうだしね、ちょっとゆっくりしようか」
姉も賛成のようだ、アリスも特に異論は無いようなので少なくとも数日は大人しくする事に決まった。俺は今朝考えていた事についても二人に話す。
「昨日の事は冒険者としてまだ新人な俺達に圧倒的に経験が足りないのが原因だと思うんだ、だからベテランの冒険者の指導を受けるか、訓練を積みたいと思ってるんだ」
冒険者ギルドでは定期的に新人冒険者に対しての合宿を開催していると聞いた事があった、またベテランの冒険者のノウハウを少しでも学べば今後の活動に役に立つはずだ。
もしこのままランクCになったとして、更に強い魔物と戦う事になるだろう。そして昨日のような事を繰り返してしまうのではないかと俺は不安だった。だから暫くは訓練を行い、実力を付ける事が俺達に一番必要なことじゃないかと思う。
俺がそう言うと、二人共神妙な顔で頷いた。やはり思っている事は同じようで連携や周囲への索敵、役割の分担など全く連携が取れていないと昨日の件で痛感したようだ。
「冒険者ギルドもだけど、お婆ちゃんの所の学院に通うことも検討すべきだと思うんだ。兎に角駆け足でじゃなく、じっくり実力をつけて絶対に死なない冒険者になるのを目標にしたいと思う」
もう昨日のような思いは二度とご免である、姉もアリスも絶対に失いたくない。どうしても無理な事もあるだろうが、避けられる要因は全て潰せるくらい実力を付けたいと思っている。
こうして、今後の活動の方針を決めた俺達はしばらく街の中で色々と動き回る事になった。
翌日、俺は冒険者ギルドへアリスと姉は学院へと向かった。冒険者ギルドの扉を潜り複数居る受付譲の中にマリナさんを見つけそちらへと足を向けた。
「あら?トーヤさん。まだランクアップの話は決まってませんよ?何か依頼をお受けになるのですか?」
マリナさんが不思議そうな顔で俺を見た、俺は自分達の実力不足を補うためにギルド主催の訓練合宿等があれば受けたい事を告げる。するとマリナさんは驚いた顔をした後何やら感心していた。
「へぇ・・・、偉いわね。普通こうも順調に依頼を達成してランクがあがる人達はどこか調子に乗っていくものよ。自分達は優秀だ、ってね。確かに怪我はしたでしょうけど、無事に帰ってきたのだからこれからも大丈夫と過信する。そして取り返しの付かない怪我や仲間を失って初めて分かるものなの、それをこのタイミングで申し出てくるなんてね」
「俺は絶対に仲間を失うわけにはいかないんだ、100%は無いっていうのはわかってる、でもそんな確立は限りなくゼロにしたいんだ、その為ならどんな事でもして実力を付けないといけないと分かったんだ」
俺の言葉を聞いたマリナさんは頷き、机から書類を捜して俺に渡してくれた。
「その気持ちがあれば大丈夫ね、Cランクへのランクアップの前にこの合宿を受ける事を勧めるわ、現役Aランクのチームが指導してくれる合宿なの。今の貴方達にはちょうどいい内容になるわ」
俺はその合宿の申込用紙を受け取りマリナさんに頭を下げる、現役Aランクなら百選練磨の冒険者だ、一騎当千くらいの能力も持っているベテランから教えを受ければ得るものは多いだろう。
宿へ戻ると姉とアリスも戻って来ていたようだ、俺は二人に合宿の案内を貰った事を報告した。訓練期間は4日程度だから特に問題はないだろう、二人も問題は無いと頷いた。
「それで、お婆ちゃんに今朝の事を話したら学院への体験入学を勧められたの。期間は一ヶ月くらいで魔法や戦闘に関する授業とか一通り受けられる見たい、その期間で得るものがあったならしばらく学院で学ぶものいいんじゃないか?だそうよ」
流石お婆ちゃんだ、他人の戦闘を見たり魔法の応用とか学ぶことも多そうだ。俺達は冒険者ギルドの合宿を受けたあと屋敷へ引越し、落ち着いた頃に学院への仮入学をする事に決めた。
「誰も失わないように、親父達を見つける為にも俺は強くなる!」
決意を新たにし、俺達は実力を付けるため新たな一歩を踏み出した。
第二章完となります。次話から第三章となります。