第三十九話 彼女の告白
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宿へと向かう途中の店で花束と果物を購入した、お見舞いの定番といえばこれしか思い浮かばなかった。一応姉にも買っておく、アリスにばかり構って機嫌を損ねても困るし。
俺は急ぎ宿へと戻り、まずは姉の部屋へと向かった。姉の腕の調子を先に確認しておきたかったのだが、部屋を訪ねると姉は平気そうな顔で俺を出迎えた。
「あら、一応心配してくれてたの?アリスちゃんばっかり心配してたから私の怪我なんて忘れてるのかと思ってたわ」
開口一番、嫌味が飛び出した。俺は一瞬言葉に詰まるが、調子の確認とアリスの治療への感謝を伝えた。
「アリスちゃんへの治療は当然よ、私より一目で重傷だったから優先的に治療するのは当たり前ね。確かに腕は折れてたけど今は特に問題ないわ」
どうやら怪我の後遺症は無いようだ、俺は次からもっと慎重に行動することと強くなって姉も守れるようになると思いを告げて見舞いの花と果物を渡して部屋を出た。
「十夜からの貰い物なんて何年ぶりかしらね~♪」
扉を閉める際に中から姉の言葉が聞こえた、何だかんだで機嫌は直ったようだ。俺は肩を竦めアリスの部屋へと足を向けた。
コンコン、アリスの部屋をノックする。アリスは少しして扉を開けて迎えてくれた。
「アリス、体の調子はどうだ?これ大したのじゃないけどお見舞いのつもり」
俺は花と果物をアリスへと渡す、当然姉に渡したものより数段階上等な物だ。
「ありがとう、花なんて貰ったのずいぶん久しぶりだわ。向こうの世界ではお見舞いで花と果物が定番なの?」
あれ?こっちの世界では違うのだろうか、アリスに尋ねるとこっちの世界では見舞金と酒らしい。見舞金は向こうでもあったけど、酒って・・・ちなみに未成年だと果実水とからしい。
やっぱり世界が違うと文化は異なるんだろうけど、酒とかどこの親父への見舞いだよと思う。
アリスは花を備え付けの花瓶へと移し、ベットへと腰掛けると俺を横へ座るように手招きした。俺はアリスの横に座ると、体の調子を尋ねた。
「体の調子はどうなんだ?昨日に比べると大分顔色は戻ったと思うけど」
「そうね、内臓を痛めたせいか昨日は体に力が入らなかったけど一晩経ってだいぶ体調は戻ってきてるわ。・・・学院の頃から考えてもあれだけのダメージを受けたのは初めてね、重傷を負うと治癒魔法でも完全に体力が戻らないのね」
アリスは昨日のリザードマンとの一戦を思い出し顔を青ざめさせていた、俺はアリスの肩を抱き自分へと手繰り寄せる。少し驚いて体に力が入っていたが、直ぐ力を抜いて俺に寄りかかった。
「トーヤにも心配かけちゃったね、ラミアに気を取られて背後に近づかれるまで全く気付かなかった。もっと周囲に気を配らなくちゃいけないわね」
アリスは目を瞑り独り言のように呟いた、俺も全くリザードマンに気付いて居なかったからアリスの所為だけではないと返した。しばらくそのままの姿勢で二人共黙って寄り添っていた。この部屋の中だけ時間が止まったような錯覚に陥る。
しばらくして落ち着いたのか、アリスは俺の顔を見上げて囁いてきた。
「ねぇ、昨日言った今日は甘えさせてくれるってホント?」
俺の鼓動が跳ね上がった、確かに昨日そう言ったし俺も期待はしていたが具体的に何をという事を考えていなかった。俺は動揺を悟られないよう軽い調子で答える。
「ああ、アリスがして欲しいこととか何でもしてやるよ。我が侭なんでも言ってくれ、出来る範囲で今日はアリスにしてあげるよ!買い物あれば荷物もちするしさ!あ、さっき持ってきた果物でも剥こうか?」
平静を保って言おうとしたのに、途中から声が上擦っていた。アリスがクスクスと俺を見ながら笑う、なんか情けないな・・・伊達に彼女居ない暦=年齢じゃないんだよ!
アリスはしばらく考えていたようだが、俺から目を逸らして下を俯いてから言った。
「トーヤ、私を抱きしめてください・・・。力一杯」
アリスの声は震えていた、俺は正面を向いてアリスを胸に抱きしめる。アリスも俺に抱きついて首に顔を埋める。・・・アリスは震えていた、しばらくすると徐々に嗚咽が聞こえてくる。
「怖かった・・・、リザードマンに殴られたとき死んだと思った・・・。折角トーヤやアキさんと冒険に出て、こんな短い間であっさりと死ぬのかって・・・」
俺の肩をアリスの涙が濡らす、ああ・・・やっぱり怖かったんだな。俺がアリスを失うかと思ったのと同様にアリスだって自分が死ぬかもしれなかった事を怖くなんて無い筈が無いんだ。
「やっと!やっとなのよ?!トーヤに告白して付き合うことになって!それが数日もしないのに私は死ぬの?って思ったらとても怖かった!初めて好きな人が出来て、告白して。やっと付き合い始めたばかりだったのに?!」
嗚咽が慟哭へと変わる、俺は力一杯抱きしめながら背中を摩る。俺だってアリスを失うのは怖かった。もう二度とあんな目には遭わせないとアリスへと必死で囁く。
アリスはしばらく俺の腕の中で泣いていたが、どれ程時間が経ったのだろう、アリスは泣きつかれて眠ってしまった。俺はアリスをベットに横たえると毛布を掛けてずっとアリスの頭を撫でていた。
俺は二度とアリスにこんな思いをさせない、アリスだけじゃない俺自身も姉もだ。もっと強く、二人を守れるだけの強さを貪欲に求めなければならない。冒険者は明日には死ぬかもしれない職業だ、だがそれが何だ?俺は、俺達は意地でも親父達を見つけて、そしてアリスと結ばれて・・・。
そうだ、アリスとずっと一緒に暮らすんだ。俺達は生き延びて死ぬときは老衰以外にはあり得ないくらいの覚悟で望まなければ駄目なんだ。
俺はそんな事を考えながらアリスの寝顔をずっと見ていた、俺が撫でているからだろうかアリスの寝顔は穏やかだ、俺は横に寄り添いながら次第に眠りへと意識が落ちていった。