第百三十二話 再会
メッシオの街を出てから九日目に俺達に目に目的の開拓村が見えて来た。これまで道中見て来た獣族の村とは異なる、人族らしい村と言うべきか。明らかに雰囲気が今までの村とは異なっていた。
村の周囲で農作業をしていた人を見つけると俺は声を掛けた。
「こんにちは。この村の方ですか?」
「ああ、同族の人は珍しいな。そうだ、この開拓村の者だよ」
その男は手を止めて顔を上げ挨拶を返してくれた。農作業をしていたのはまだ三十代くらいの男だったが、俺達を見ると嬉しそうに目を細めた。
「やっぱり人間を見るとほっとするな。獣族はいい奴らばかりだけど未だに慣れん」
会話をしていると目の前の青年に違和感を感じるようになってきた。
なんというか、教養を感じるのだ。開拓村で農業をしている人の雰囲気ではない。俺は疑問に思いつつ話を先に進める事にした。
「実はちょっと用事があって。この村の村長さんにお会いしたいのですが」
「村長?ああ、彼女の家なら村の中心にある。村に入れば他にも住人がいるから尋ねてくれ」
「ありがとう。手を止めさせてすみません」
俺は青年に礼を言うと皆と一緒に村の中へと向かった。
村へ入ると俺達を興味深い目で村人が見てくる。警戒をしているわけでもなさそうだが、やはり青年が言っていたように余所の人族を見るのが久しぶりなのだろうか?
村の中心にたどり着くと近くに居た人に村長の家へ案内して貰った。
「リティさん!お客さんだよー」
案内してくれた人が扉を叩き中へ声を掛ける。中から「はーい」と女性の声が聞こえて、俺の心臓は止まりそうになる。今呼ばれたリティとは母さんの愛称と同じではないか?今聞こえた声は懐かしい母さんの声にそっくりではなかったか?
暫くして扉が開く。扉を開け姿を現した女性はにこやかな笑顔で挨拶をする。
「村の村長をしていますリティアラと言います。村へようこ・・・・そ・・・」
挨拶の言葉尻は小さくなり、言い切る前に女性の表情は驚きに変わった。無言になった村長を訝しんだのか案内してくれた人が俺と村長の顔を交互に見やる。
数秒か十数秒かの沈黙の後、先に沈黙を破ったのは俺だった。
「母さん・・・」
「うそ・・・、十夜なの?それに千秋も」
互いに目の前に居る相手が本物かどうか確かめるかのようにじっと見つめ合う。母さんの目に涙が浮かんできた辺りで俺は再度口を開く。
「やっと探し出せた。三年・・・いや、四年ぶりかな?母さん」
「十夜ぁ!」
母は目から涙を溢れさせ俺に抱き着いてきた。俺はしっかりと受け止めるとそっと抱き返した。姉も近づいてきて横から母さんに抱き着くと、今度は姉を抱きしめると「千秋!ごめんね!」と涙ながらに謝っていた。
「ごめんなさいね。とりあえず中に入って。そちらのお仲間さんもどうぞ」
暫く互いに再会を喜んだ後に母は落ち着きを取り戻したのか家の中へ入るように促した。俺はふと気になる事があって母に声を掛ける。
「なあ、母さん。親父は?」
俺の言葉に母はビクッと肩を震わせる。俺は最悪の結果を考えたが続く母の言葉は違っていた。
「父さんは奥の部屋で休んでいるわ」
よかった。一瞬既に亡くなっているとか言われるかと思ってドキッとした。それにしても入口であれだけ騒いでいたのに出てこないのが腑に落ちない。何か母さんは隠しているのかもしれないなと俺は心の中で思った。
家の中に入ると母さんは「狭いけど・・・」と言って俺達を座らせてくれた。中に入っても親父が出てくる気配は無い。奥へと続く扉があるのだから、あの先に親父が居るのだろうか?
「お父さんに会わせる前に少し話しておきたい事があるの。それに千秋と十夜の事も聞きたいし」
「そうだね。先に親父の事を聞いてもいいか?これだけ騒いでたのに出てこないってことは病気か?」
恐らく言い難い事なのだろうと思ったが、俺は直球で尋ねる事にした。俺達の事を話すなら親父も一緒の方がいいんだが、それが出来ないなら親父が顔を見せない理由を先に聞いた方がいいと思ったからだ。
母は辛そうに目を伏せながらも、俺達に親父の事を伝えてくれた。
「お父さんは三年前から動けない身体なの・・・」
「「・・・」」
嫌な予感は家の中に入った時からしていた。これだけ騒いでたにも拘らず顔を出せないのだから病気か怪我という予想は想定していた。俺達は黙って母の話を聞いた。
親父と母は地球での旅行中、事故に巻き込まれたらしい。絶体絶命の危機に咄嗟に親父が使ったのが異世界転移の魔法だった。母と二人だけなら単純に転移魔法で逃れる事ができただろうが、周囲には同様に逃げ遅れた人が居たらしい。その全員を助ける為に異世界転移を発動させるはめになった。
俺達がアリスと三人こっちの世界に転移するだけでも周到な準備と魔方陣を用いた。それに三人が魔力を込めてやっと行えたのだ。それを十数人の転移を、親父一人の魔力で補った。
結果として、親父の魔力は枯渇し生命維持すら危ぶまれる状態になった。母の治癒魔法で何とか命だけはとりとめた。
だが、無茶な転移の代償は親父の体から自由を奪ってしまった。母は気落ちしたが、悲しんでいる暇も無かった。周囲には一緒に転移することになった十数人の地球人。彼らに状況を説明しなければならなかった。
幸い命を救ってくれた事に彼らは感謝してくれて、親父と母の知識でこの世界の事を学ぶことが出来た。母は残念ながら『知識複写』の魔法は使えず、一から教えなければならなかったので大変だったそうだ。
四年の間、こうして開拓村を造りながら懸命に生きて来たらしい。
「異世界転移を使えるお父さんがああなって、あなたたちにはもう二度と会えないと思っていたわ。それだけが心残りで・・・」
そう言う母は四年前よりだいぶ老け込んでいた。それだけの苦労をしてきたのだろう。
「ファレームの爺ちゃんや婆ちゃんを頼ろうとは思わなかったの?」
俺が尋ねると母さんは二人が元気だったかを聞いてきた。俺はファレームで会った人達の事を聞かせ、元気だと伝えるととても喜んでくれた。
「言葉も通じないみんなを連れて旅させる事はできなかったの。戦った事も無ければ唯一の戦力であるお父さんがああなってしまってはね。この辺りは魔物も出なくて平和な土地なの。周囲の獣族の人達に助けてもらって生きていくだけなら可能な土地だったわ」
やっと開拓村として形作られてきたのはこの一年程だと母は溜息を吐いた。駆け落ちした事も実家に頼れなかった要因だけどね、とほほ笑みながら付け加えていた。